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蛇行する多極化

2014年10月30日   田中 宇

 中国、ロシアと中央アジア諸国でつくる安全保障機構である上海協力機構が、インドとパキスタンの同時加盟を来年に実現しそうな流れになっている。上海機構は9月中旬にタジキスタンで年次サミットを開き、印パの同時加盟に道を開く決議を行った。 (India and Pakistan expected to become full members of SCO) (What Does Adding India And Pakistan Mean For The SCO?

 上海機構では表向き中露が同格の主導役だが、実質的にはロシアより中国の方がやや強い主導役になっている。中国がロシアと協調しつつ周辺諸国と関係するための機関といえる。その上海機構が印パの同時加盟を実現するとしたら、それは中国がインドとの長年の対立を乗り越えて和解し、仇敵だった印パが中国(中露)の仲裁で和解していくことを意味する。パキスタンは中国への依存が強い国だ。上海機構が印パを同時加盟させ、中国(中露)の仲裁で印パが和解するシナリオは数年前から存在していたが、それがようやく実現することになる。 (インドとパキスタンを仲裁する中国

 上海機構の拡大は、これまで日本や西欧などユーラシアの周辺諸国が米国の主導で中国やロシアなどユーラシアの内陸諸国を包囲してきた対立構造を、内側優勢に逆転する地政学的転換だ。上海機構は、いずれ米国が敵視してきたイランや、米軍撤退後のアフガニスタンの加盟も認める予定で、米国のユーラシア包囲網策を無力化する多極型覇権の組織だ。上海機構の動きを見ると、長期的な大枠として多極化が進んでいることが実感できる。 (立ち上がる上海協力機構) (India's entry into SCO to affect the regional security

 しかし大枠の話から、各論であるインドと中国の2国間関係の話になると、中印関係はなかなか改善が進まないことが見えてくる。9月中旬に中国から習近平主席がインドを訪問し、中国からインドへの投資を増やす件などを決定した。中印間の年貿易額は、00年の29億ドルから11年の740億ドルへと急増している。経済分野では中印関係の緊密化が進んでいる。だが、軍事や国境紛争の分野は、関係の改善が一進一退にしか動いていない。 (Border issues gnaw at stronger India - China trade ties) (India, China sign 12 trade agreements

 中印はヒマラヤ山脈に沿って長い国境線を持ち、西の方のアクサイチン(ラダク)地域と、東の方のアルナチャルプラディシュ州の2地域の国境線をめぐって対立が続いている。習近平の訪印直前の9月10日、中国軍がアクサイチン地域で中印の分界線を超えてインド側に越境し、習近平がインドにいる間も越境行為をやめなかった。中国軍は9月末にようやく撤退した。 (China Tests India in Ladakh) (India-China stand-off in Ladakh ends, joint mechanism on border affairs to be held

 中国政府は、インドとの国境紛争を解決したい表明する一方で、自国軍をインド側に越境させる敵対行為を展開している。これには裏がありそうだ。インドがアクサイチン地域を中国領と認める見返りに、中国がアルナチャルプラディシュ州をインド領と認めることで中印の国境紛争を解決しようとするシナリオが、昨年から提案されている(アルナチャルプラディシュ州はインドが実効支配している)。このシナリオでの交渉は表面的に進んでいないが、中印は秘密裏に話し合っている可能性がある。インド政府は「中国はアルナチャルプラディシュをインド領と認めてほしい」と繰り返し表明している。 (India 'ready to let China keep Aksai Chin' if neighbour country drops claim to Arunachal Pradesh) (India focus on Arunachal Pradesh

 それを前提に考えると、中国軍がアクサイチンで分界線を超える越境行動を行ったのは、上記の紛争解決シナリオに沿って、アクサイチンは中国領だと主張する示威行為の意味があったと考えられる。中国軍が越境行動をやめた後、中印は国境紛争解決のための対話の機構を新設した。まだ具体的な進展は報じられていないが、今後、昨年から出ているシナリオに沿って、紛争解決のための対話が進み、来年の上海機構へのインド加盟につなげようとしているのかもしれない。 (India-China border stand-off resolved: Minister) (India, China agree to improve ties

 プーチンが大統領になった2000年から、中国とロシアの国境紛争は交渉が急進し、中露間は紛争がすべて解決されている。対照的に、中国とインドの国境紛争はなかなか解決しない。今年5月に就任したインドのモディ首相は親中国派と目されている。だが、インドは英国の植民地から独立しただけに、政府や財界などの上層部に米英への従属構造が根強く、モディは勝手に中国に接近できない。インド政府は、経済面で中国との関係を強化する一方で、ベトナムが中国との紛争海域で海底油田を開発する事業にインド企業が協力することを決め、中国を苛立たせている。今週ベトナムの首相がインドを訪問した際、インドはベトナムに海軍船を売ることも決めている。 (時代遅れな日米同盟) (Risking China's Ire, India Signs Defense and Oil Deals With Vietnam

 モディは10月初めに訪米したが、その際の印米共同声明で、中国と東南アジア諸国が対立する南シナ海の南沙群島問題に初めてふれ、これも中国側を怒らせている。インドは中国に接近して極型世界の形成に手を貸す一方で、従来の米国覇権の一環として行われている米国の中国包囲網にも参加する姿勢をとり続け、どっちつかずな態度を維持している。 (China unhappy over India-US reference to South China Sea

 モディは就任当初、パキスタンとの関係改善にも意欲的だったが、その後、印パの軍事対立はむしろ激しくなっている。インドは、独立時に旧宗主国の英国からパキスタンとの恒久対立の構造を埋め込まれ、その呪縛から逃れられないでいる。敗戦後、対米従属の構図を埋め込まれたまま、その呪縛から逃れられない日本と同じ目に遭っている。上海機構は、来年までに印中と印パが対立を解消して印パを機構に迎え入れたいのだろうが、それがうまくいくかどうか不明だ。 (Fighting Intensifies on India-Pakistan Border) (India axes peace talks with Pakistan over `interference'

 中国は先日、インドや東南アジアなどアジアの20カ国とともに、アジアインフラ投資銀行(AIIB)を正式に設立した。同行は、米国(日米)主導のアジア開発銀行(ADB)に対抗する存在で、ADBが米国覇権体制、AIIBが多極型覇権体制に根ざす存在だ。米国が圧力をかけたので、日本、韓国、豪州はAIIBへの参加を見送った。AIIBの登場は、世界の多極化の趨勢を示している。インドはそこに入っている。 (21 Asia nations initiate new bank) (Big nations snub Beijing bank launch after US lobbying

 インドは、米国の反対を押し切ってイランからの石油輸出を倍増している。インドは、インド洋に面したイランのチャバハル港を開発し、イランを経由し、パキスタンを迂回して中央アジアやロシアとつながる貿易ルートを造っている。インドは、ロシアや、南アフリカなどアフリカ諸国との経済関係も急拡大しており、米欧よりBRICSを重視する点で多極化の波に乗っている。その一方で、印中関係の改善はなかなか進まない。多極化は一直線に進んでいない。蛇行している。 (India ships in 50% more Iranian oil in January-August

 前回の記事で書いたように、米国のオバマ大統領は、議会や軍産イスラエルの反対を押し切ってイランと和解する構えだ。米国が03年に自滅的なイラク侵攻を開始し、案の定占領に失敗して撤退し、イラクの事態を収拾するためにオバマが政界の好戦派の反対を無視してイランと和解する流れは、1960−70年代に、米国がベトナム戦争で自滅的に失敗した挙げ句、ニクソン大統領が政界の好戦派の反対を無視して中国と和解した流れと良く似ている。72年のニクソン訪中は、その後40年かけて中国が台頭した出発点で、20年後の冷戦終結につながる動きでもあり、戦後の多極化の流れの源流だ。同様に、オバマがイランと和解したら、中露がイランを取り込んで多極化が進展する動きが予測される。 (イランと和解しそうなオバマ) (非米同盟がイランを救う?

 米政界を席巻する好戦派が好む、たいしたことない敵に対する大規模な地上軍侵攻を過激に自滅的にやり、未必の故意的に大失敗した挙げ句、地政学的な敵である中露やイランを強化して多極化を推進する「隠れ多極主義」的な戦争だった点で、ベトナム戦争とイラク戦争は似ている。しかしこの数年間、米国はイランに核兵器開発の濡れ衣をかけて制裁したままで、今年来年中にオバマが本当にイランと和解するかどうか、イスラエルやサウジアラビアはオバマ政権の言動に焦っているものの、今一つ確証がない。 (Saudis SOUND ALARM ON OBAMA 'CAVING' TO IRAN) (US beginning to 'disengage' from Israel: Analyst

 経済面では、米連銀のQE3(ドルを大量発行し債券バブルを膨張させて金融を延命する策)の終了によって、債券市場やドルがバブル崩壊に向かうかどうかが、米国覇権の延命と終焉を分ける分岐点だ。米連銀のバーナンキ前議長は、今年初めの辞任時に「QEは理論的に経済に効果がないはずだが、現実的には効果をもたらしている」と語っていた。現実的な効果とはバブル膨張であり、バブルはいずれ崩壊して終わる。米金融が崩壊したら、覇権の多極化が進む。しかし、いつ崩壊するか明確でない。崩壊前の蛇行が続いている。 (US quantitative measures worked in defiance of theory

 米国の代わりにユーロ圏がQEを開始するとの予測が喧伝されている。欧州中央銀行のドラギ総裁は、米連銀の傀儡と化してQEをやろうとしているが、ドイツがQEを了承しているとは考えにくい。 (European Central Bank to start buying private-sector debt



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