時代遅れな日米同盟2014年4月23日 田中 宇米国で、公的なインフレ統計から外されている食料品の価格が今年に入って19%も高騰している。報道では今冬以来、米経済が悪いのを大寒波のせいにして「ぜんぶ雪のせいだ」と、どこかの鉄道の宣伝文句のような理由づけが行われており、食品の高騰も、天候不順による不作や、加州などの(「全部温暖化のせいだ」的な)かんばつが理由とされている。 (U.S. food prices up 19 percent in 2014, increasing inflation feared) (Long winter leaves dollar bulls shivering) 米政府発表の食料価格は11年以来の3年間で合計6・1%しか上がっていないが、先物相場の影響を除外した実体に近い食品のスポット価格は年初来19%の高騰をしている。品目別に見ても、牛ひき肉16・8%、鶏肉18・4%、ベーコン22・8%の値上がりで、米国の消費者の多くが物価の高騰を感じている。ガソリンなど燃料の値上がりによるコスト高、ドルの過剰発行の影響による国際的な食料価格の上昇なども要因となっている。 (The Real Inflation Fear - US Food Prices Are Up 19% In 2014) (Food prices soar as incomes stand still) (Inflation Alert: Grocers Are Starting To Pass Along Their) 米国民の多くは、給料が上がらないのに食費や交通費(ガソリン代)が値上がりし、生活が苦しくなっている。米国では新しい皆保険的な公的健康保険制度「オバマケア」が始まり、米国民の健康保険料を下げるはずだったのに、オバマケアに移行した米国民の健康保険料が平均で12%も高騰していることがわかった。米国民は、生活苦が増大し、いずれ大都市で暴動が起きると予測されている。 (Ready For The Price Of Food To More Than Double By The End Of This Decade?) (Survey: US sees sharpest health insurance premium increases in years) (Trend Analyst: "Yes, There Will Be Riots In Major Cities") 今は統計上、先進諸国はすべてインフレ率が低く、米連銀主導の通貨過剰発行策(QE)によって金利も低く抑えられている。しかし金融界では、QEがインフレや金利の高騰に結びつく懸念が指摘され、すでに昨年から「今後の長期傾向は金利高だ」と言われている。各国の中央銀行がリスクを恐れて米国債を買い控えるようになり、その穴埋めを米国から頼まれたらしいEUの金融決済機関「ユーロクリア」が、大量に米国債を買い増しし、米国債金利の高騰を何とか抑えている。民間の金融界はジャンク債の大量発行で明らかにバブルが膨張しており、このバブルが崩れるときに金利が反騰する。 (What The Heck Is Going On With US Treasuries In Belgium?) (American subprime lending is back on the road) ドイツ連銀の総裁は「しだいにインフレがひどくなるだろう」と語っており、米連銀の議長もインフレの懸念に言及している。米国などの今回の食料高騰が、先進諸国でのデフレからインフレへの転換につながらずにすむかどうかが注目される。米国の経済覇権の終わりを以前から予測していたマーク・ファーバーらは「米経済は今年中に崩壊しそうだ」と言っている。 (Bundesbank's Weidmann: Deflation risks are 'pretty limited') (The Reckoning: "All Evidence Points to US Economic Failure in 2014″) (Whole Eastern World Rebelling Against The U.S. dollar) 経済が崩壊過程にあるのは米国だけでない。日本もだ。輸出の不振から貿易赤字が急増し、少し前まで日本が輸出大国だったのがウソのようだ。日本も米国も、政府は「経済が回復している」と言うが、プロパガンダにしか聞こえない。国民は逆に経済の悪化を体感している。賃金は21カ月、減少し続けている。私は東京都内の喫茶店をはしごして記事を書くことが多いが、4月の消費増税以来、客の入りが急減した喫茶店がいくつもある。大手チェーン店以外が特にひどい。消費増税は消費を減退させており失策だ。 (Japan's trade deficit quadruples in March) 政府が、公的年金基金の国内株への投資を増やすと決めたが、バブルで最高値水準にある株を買って長期の利益を出せるはずがない。日本政府は、短期の株価テコ入れ策のために、国民の年金を犠牲にしている。日米とも当局が「雇用は回復している」と言うが、日本では、正社員を採らず切りやすい派遣社員を増やし、正社員は無賃残業が増える傾向だ。米国も雇用増はフルタイムをパートに切り替えているからで、日米ともに雇用環境が急速に悪化している。 (Pension fund torrent makes shorting Japan high risk) 日米双方の経済が実質的に悪化する中で、米国からオバマ大統領が訪日する。オバマ政権は、3年前に始めた「アジア重視策(中国包囲網)」の巻き直しをやりたがっている。オバマのアジア重視策は、日本やASEANなど中国の台頭に脅威を感じるアジア諸国に対し「米国の軍事力で中国の脅威から守ってやるから、経済面で市場開放などを言うとおりにやって米国(米企業)を儲けさせてくれ」と持ちかける軍事と経済利権のバーター戦略だ。利権獲得の中心がTPPだ。 (On upcoming trip, Obama will try to pivot to Asia - again) しかしTPPの交渉は、日米間がまとまらず、頓挫している。頓挫の原因は、米国側が、農産物市場の開放について日本側に無茶な要求をして譲歩しないからだ。日本が提案する牛肉市場の漸進的な開放について、米国は拒否したが、オーストラリアは喜んで飛びつき、日豪の貿易協定だけ先に締結された。 (Japan-Australia trade deal is dismissed by the US) TPPやTTIP(米欧自由貿易協定)の本質は、米国などの国際的な大企業が、日本など対米従属の諸国の政府よりも大きな権限を持ち、日本などの政府が定めた貿易政策を、大企業の息がかかった判事たちが審判する国際法廷で無効化できることだ。これは、企業が国家の政策をくつがえせる新たな世界秩序の創設を意味する。フランス革命以来の近現代世界の建前は、国家が人類最高の権力機構である。国家をくつがえせるのは、諸国が集まって作った国連の安保理事会だけだ。冷戦後、EUが超国家的な権力機構として出現したり、国際NGOが国策を批判し改変させる勢力として現れたりして、国家以外の権力が増える一種の「多極化」が起きているが、企業が国策を改変できるTPPやTTIPも、この流れの一つだ。 (WTOの希望とTPPの絶望) 米国自身、TPPやTTIPの交渉の戦略を立てているのは米国の大企業群や業界団体の要員で、彼らの代表がオバマの側近の貿易交渉担当者と話し合って米国の方針を決定しており、国家権力の決定機関である議会はほとんど外されている。米国では次期大統領選挙に向けて政治資金規制法が改定され、米企業が政治献金で大統領を操れる傾向が今後さらに増すことが確定している。企業の方針は国民の民意と関係なく、資本家の意向にだけ従うから、TPPやTTIPが象徴する新体制は、世界的な「企業独裁」「資本家独裁」である(米国は昔から資本家による隠然独裁の国だが)。たとえオバマ政権が農産物問題で対日譲歩したくても、米国の農業団体などが強硬姿勢である限り譲歩できない。 (Tokyo TPP talks end in stalemate) TTIPのEU側の交渉の主導役であるドイツは、米国側が主張する、国策をくつがえせる国際法廷(ISDS)をTTIPに盛り込むことを拒否し始めている。ISDSの条項が拒否されるなら、米国側はTTIPを締結しないだろう。TTIPは失敗に向かっている。日米の交渉頓挫でTPPの実現も困難だ。TPPやTTIPは、選挙で選ばれわけでもない大企業や資本家に国策を決める権力を移譲する「非民主的」な体制だから、失敗した方が、日米など加盟各国の国民を不幸にせずにすむ。 (TTIP Undermines Democratic Norms) (国際情勢の四月馬鹿化) 最近日本では集団的自衛権、つまり米国が「自衛的な」戦争をするとき(米国の戦争は、濡れ衣に基づくイラク侵攻ですら、テロ対策として「自衛」だった)、日本が米軍と並んで出兵できるようにすることが議論されている。米国のアジア重視策の中で、日本の集団的自衛権は、TPPと表裏の関係にある。米国は「日本が米企業を儲けさせる市場開放をできないなら、代わりに、日本が米国の要請に応じて海外派兵できるようにして、アジア(やその他の地域)における米国の軍事負担を減らしてくれ」と要求しているからだ。 (Despite doubts, Japan prepares end to ban on defending allies) 米国の国際大企業にとって、高齢化する成熟社会である日本市場は、これから儲かる市場でない。アジアにおいてこれから儲かる最大の市場は、日米が敵視する中国である。米国は一方で「中国包囲網」と銘打って日本やASEANでの儲けを拡大しようとしているが、その一方で中国との経済関係も拡大したい。だから米国は、中国を敵視する姿勢をとりつつも、軍事交流や戦略提携を含む中国との外交関係を重視せざるを得ない。オバマ政権のアジア重視策は、イメージやうたい文句に偏重した、実体が曖昧で中身が矛盾したものになっている。 (Obama's Asia policy is distracted and ambiguous) 日米中を含む西太平洋諸国は、1年おきに海軍シンポジウムを開いており、今年は中国が主催国だ(青島で開催)。参加各国の海軍艦が主催国に集まり、観艦式が行われるのが通例だった。米国はことし中国に海軍艦を派遣する予定だった。ところが中国は、日中関係の悪化を受け、日本に海軍艦の派遣を要請しなかったため、孤立を恐れた日本が米国に頼み、米国も軍艦を中国に派遣するのをやめた(中国はその後、観艦式自体を中止した)。中国は、米国が経済面から中国との関係を悪化させたくないことを利用して、日本を孤立させようとしている。同種の事案は昨年末、中国が東シナ海に防衛識別圏を設定したときにも起きた。 (In a Test of Wills With China, U.S. Sticks Up for Japan) (米国にはしごを外されそうな日本) 米国は最近、スローガンすら中国に引っ張られがちだ。中国政府は最近、米中関係を「大国関係の新規範」と名づけようと米国に提案し、米中が世界の模範であるというこの呼び名(new model of great-power relations)を、米国のバイデン副大統領とライス安保補佐官が演説の中で使った。米政府は前政権時代、米中関係に「世界の2大国」を意味する「G2」という呼び名をつけ、中国側にG2の名称を使おうと提案したが、時期尚早と断られた。今回、中国側から似たような提案を受け、米国の2人の高官が「大国関係の新規範」を公式に使った。「日米こそ大国関係の模範」と思っている日本の政府は、米高官が日米でなく米中を大国関係の模範だと公言してしまったことに、不満を表明した。 (Asian diplomacy: Pivotal moment) 日本も米国も経済が衰退している。米国は、衰退する日本と組むより、何億人もの貧困層が中産階級になって消費が急拡大しつある中国やインドなどBRICSと組んだ方が良い。日本も、衰退する米国に従属し続けるより、BRICS、特に近くにある中国との経済関係を強化するのが良い。対米従属を持続が日本国内での権力維持の基盤にある官僚機構(や傘下のマスコミ)は、オバマ訪日を受け、日米同盟(対米従属)こそ日本の繁栄の基礎と喧伝するが、世界の現実は全く違う。 中国の裁判所が戦争賠償関連の判決がらみで日本の商船三井の運搬船を差し押さえた件で「日本企業が中国に寄りつかなくなって中国経済が崩壊する」と報じられたが、実際のところ話は逆で、中国との経済関係を縮小して不利益になるのは日本の方だ。中国は、BRICSなど新興諸国との経済関係が急拡大しており、長期的に、日本との経済関係が重要でなくなる方向だ。 (China seizes Japanese cargo ship over pre-war debt) BRICS諸国は従来、相互にゆるやかな関係しか持っていなかったが、ウクライナ危機でロシアが中国への接近を強めるとともに、世界を混乱させる過激な米国の単独覇権体制より、BRICSが結束して多極型の世界秩序に移行した方が良いと考える方に引っ張られている。 (ウクライナ危機は日英イスラエルの転機) (プーチンを強め、米国を弱めるウクライナ騒動) インドはこれまで、BRICSの中でも対米従属の色彩がある国だったが、いまインド各地を巡業して行われている総選挙(4月7日から開始、5月16日開票)で、下馬評どおり右派の人民党(BJP)が勝って党首のナレンドラ・モディが首相になると、インドは反米・親中国の傾向に転じる。モディは01年にインド西部のグジャラート州の首相になって以来、中国と親密な関係にあり、中国から同州への投資が急増した。モディが訪中すると中国は国賓級の扱いをするし、昨秋モディが首相候補になったとたん、中国はインドへの投資を3割増やすと発表した。 (New China-India era no shoo-in under Modi) ヒンドゥ教至上主義の人民党を率いるモディは反イスラムの傾向があるとされ、02年にグジャラート州で起きた反イスラム暴動を黙認したとして米国がモディを非難してビザ発給を停止した。それ以来モディは米国を嫌っており、最近も「米国には何の関心もない。首相として訪米するとしたら、ニューヨークの国連本部に行くときだけだ」と語っている。モディのインドが反米親中に転じると、BRICSは米国の覇権を終わらせようとする戦略を強めるだろう。ブラジルも、NSAスパイ事件などで米国を嫌う傾向を強めている。 (How Obama lost friends and influence in the Brics) オバマはBRICSと協調する戦略を採ってきたが、協調に失敗している。ウクライナ危機後、米国は、中印に接近してロシアを孤立化しようとしたが、中国との接近は日本に反対され、インドも反米首相の誕生が確定的だ。BRICSは、米国と協調でなく対抗する気運を強めているが、国際大企業にとって大事な市場であるBRICS(特に中印ブラジル)を、米国は邪険にできない。オバマはアジア重視策も、BRICSに対する政策も腰が引けたまま、覇権を失いかけている。 (BRICS countries to set up their own IMF) 多極化と中国の台頭、米覇権の衰退が加速する中で、米国の単独覇権体制の一部である日米同盟(日本の対米従属)は、時代遅れのものになりつつある。FTですら、そのように指摘する記事を、オバマ訪日に際して出している。 (Asian diplomacy: Pivotal moment) しかし日本は、自力で対米従属から離脱できそうもない。08年に対米従属を離脱しようとした鳩山政権が官僚機構に潰され、その後、対米従属の堅持とその裏面である中国敵視を旨とする安倍政権ができたことで、日本の権力は、対米従属を大黒柱とする官僚独裁体制が再確立している。日本では、対米従属(日米同盟)が時代遅れになりつつあることも、国民に知らされていない。日本人は、何が元凶かわからないまま、ずっと衰退の中で生きることになる。
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |