他の記事を読む

国際情勢の四月馬鹿化

2014年4月2日   田中 宇

 私は「エイプリルフール(四月馬鹿)」が苦手だ。毎年4月1日は記事を配信しないようにしている。四月馬鹿は「ありそうだが、よく考えるとありえない話」を発して人々を信じ込ませることだが、私が書いている記事の多くはこの逆で「『常識』で考えるとなさそうだが、現実にはある(ありえる、起きそうな)話」という「逆四月馬鹿」みたいな内容だ。4月1日に記事を配信するとエイプリルフールと人々に誤解されかねないと心配し、私はこの日に記事を配信しない。逆に田中宇流のエイプリルフールは、多くの人にとって笑えない話になりそうで書けない。前回4月1日に配信したのは2011年で【この記事はエイプリルフールではありません】という但し書きを冒頭に入れた。 (震災対策にかこつけた日銀のドル延命支援

 当時はまだ民主党政権だったが、日銀は震災対策にかこつけて円の大増刷をやり、その後のアベノミクスで常態化した日銀の量的緩和策の先駆けとなった。対米従属の日本が、日銀の量的緩和策によってドルの延命に貢献しているという見方はまだ一般的でないが、量的緩和によって景気が回復しないことはすでに明らかだ。消費税値上げの影響で4−6月の景気が減速し、下手をすると7月以降も回復せず、日銀が量的緩和を加速して人為的な金あまり状態を強め、株価など見かけの景気をテコ入れするのでないかと予測されている。 (Abe adviser warns on impact of tax hike) (Sales tax rise threatens to derail Abenomics

 国際情勢に関する米政府などの発表やマスコミ報道は最近、誇張や意図的な事実誤認が目立つようになり、大真面目に書かれた記事の方がエイプリルフール的だ。たとえば最近「ロシア軍がウクライナに侵攻しようと、国境に数万人の軍を結集している」とウクライナ政府が騒ぎ、米欧政府がそれを事実とみなしてロシアを非難し、マスコミもその路線で記事を書き、NATOは4月1日に対露関係を断絶した。露政府は「ウクライナ国境近くで軍事演習をやっているが、侵攻するつもりなどない」と発表したが、米欧は信じなかった。 (NATO suspends ties with Russia, urges international law compliance

 ところが米国NBCテレビがロシアの対ウクライナ国境地帯を取材してみると、今にも露軍がウクライナを侵攻しそうな状況は全くなかった。露政府の発表どおり、演習中の兵士やトラックはいたが、米国やウクライナ政府が主張するような戦車部隊はおらず、状況は平静だった。実は、4月1日にNATOが発した対露関係断絶の決定話が、悪質なエイプリルフールだったのかもしれない。今回のNBCのように、米英ではマスコミの中に、誇張宣伝にまみれながらも誇張を暴露する社がいくつかある。 (Russian Military `Buildup' Greatly Exaggerated, Putin Redeploys Troops

「米欧は世界の平和を守る正しい国で、ロシアや中国は平和を乱す間違った国だ」というのが米欧日での常識だ。しかし現実の国際政治を見ると、中国・上海の新聞が指摘する「ロシアでなく米欧(NATO)の方が、世界平和を脅かしている」という見方の方が今や正しい。国際情勢は近年、こうした善悪の逆転があちこちで起きているが、米欧日マスコミはそれをめったに報じず、現実と報道が逆転したまま「ネタばらし」を永久にしない悪質な四月馬鹿報道が常態化している。 (It's NATO, not Russia, that poses threat to peace and security) (善悪が逆転するイラン核問題

 米議会は10億ドルのウクライナ支援をようやく決議した。しかしこの金は、ウクライナの「民主化」を推進する団体への支援に使われ、IMFの財政緊縮を受けて生活苦にあえぐ市民には届かない。米国が支援する諸団体は、11年の選挙で民主的に選出されたヤヌコビッチ前政権を2月の騒乱で倒し、政権を奪取した勢力だ。彼らの政権転覆は非民主的であり、倒された前政権の方が民主的だった。米国の「民主化支援策」は、ウクライナの民主化を妨害している。ここでも、善悪の倒錯が堂々とまかり通っている。 (US `Democracy Promotion' Destroys Democracy Overseas) (Aid to Ukraine Is a Bad Deal for All by Rep. Ron Paul

 ウクライナ新政権の中枢では内紛が起きている。新政権の捜査当局が、政権転覆を導いた極右指導者の一人(Olexander Muzychko)を過去の虐殺容疑で逮捕しようとして銃撃戦になり、殺害した。傘下の極右勢は怒り、内相に辞任を求め、国会議事堂に乱入する騒動を起こした。ウクライナ新政権は経済を改善できないまま、内紛が悪化して統治不能になりそうだ。米欧は事態を改善できず、最終的にロシアに任せざるを得なくなる。これはロシアの思う壺だ。 (Ultranationalist's Death Signals Split Between Maidan Leaders - Lawmaker) (Ukrainian nationalists threaten to storm parliament after's leader killing

 報道や発表の誇張がひどくなり、善悪が倒錯し、状況が不明瞭になる中で、世界がどちらに向かって動いているかを分析するのが私のやりたいことだが、今回も伏流的に見えてくる流れは「多極化」だ。その一つは、中国が自国の儲けとロシアを助けるためを兼ねて、EUの主導役であるドイツに接近していることだ。中国の習近平主席は3月末にドイツを訪問し、フランクフルトを欧州初の人民元決済市場にすることを決めるとともに、中国とEUで貿易協定を結ぶことをメルケル首相に提案した。 (Frankfurt becomes Europe's first yuan payment hub

 3月末まで、中国が欧州初の人民元決済市場に選ぶのはロンドンだと報じられていた(英当局がリークして報じさせていたのだろう)。しかし習近平訪欧でふたを開けてみると、フランクフルトの方が先に選ばれていた。ロンドンも、間もなく2番目の市場として認定される予定だ。英国は、ここ1年ほど急に中国に接近したが、それまで米国と組んで中国いじめの国際政治を張ってきただけに、中国から意地悪されたかたちだ。 (Bank of England agrees Chinese London currency clearing hub) (中国主導になる世界の原子力産業

 ドイツは以前から英国よりはるかに親露的で、独政府は米国主導の対露制裁に一応賛成しつつも「6千社の独企業がロシアに進出し、経済制裁できる状況にない」「ドイツはロシア以外にガスを買える国がなく、制裁は無理だ」と表明したり、独財界人の集団が訪露してプーチンに会いに行ったりして、親露的なところを見せている。 (Merkel not ready to back economic sanctions against Russia) (German energy minister: No alternative to Russian gas) (German Industry Goes To See Uncle Putin

 ドイツだけでなく東欧諸国の多くも、経済的にロシアへの依存が大きい。特にガス供給において、ブルガリアが9割、ハンガリーが8割、チェコが7割、ロシアからの輸入だ。原発もロシアの燃料で動いているものが多く、東欧に来る観光客の3割近くがロシア人だ。政治面でも、東欧はロシアと対立すると情勢が不安定になる。米国で、ウクライナをNATOに入れようとする動きが出てきたが、オーストリア外相は、ウクライナのNATO加盟に反対し、逆にウクライナを中立国として確定すべきだと表明した。東欧の盟主であるドイツは、ロシアと敵対したくない。プーチンのロシアは、そんなドイツを味方につけて対露戦略における米欧間の亀裂を拡大しようとしている。 (How EU's eastern members depend economically on Russia) (Austrian Foreign Minister against Ukraine's admittance to NATO

 中国はそうしたロシアの戦略に協力するため、ドイツに秋波を送っている。訪独した習近平はメルケルに、経済だけでなく政治的な欧中協調を強めることを提案した。これは要するに、EUもBRICSの仲間になって、経済的・倫理的に失墜する米国を見捨てて対米従属を脱却しなよという誘いだ。 (China, Germany establish comprehensive strategic partnership

 EUは中国との貿易が赤字なので、欧中が協定して貿易を自由化すると、EUの対中赤字が増えかねず、EU内で対中協定に反対する声が強い。中国に売る商品が少なく、中国が欧州市場に入ってくる時の先導役をやりたい英国だけが、欧中貿易協定に積極的だ。 (China courts EU on bilateral trade agreement

 しかしその一方で、交渉が進められてきたEUと米国の自由貿易圏構想(TTIP)は、米国の大企業が裁判によってEUの規制や政策を無効にできる国際法廷の仕掛け(ISDS。国家と投資家の紛争解決)についてドイツなどが反対を強め、交渉が頓挫しかけている。もともとTTIPやTPPは、名ばかりの自由貿易協定で、米国を中心とする国際的な大企業が政府を押しのけて各国市場を席巻するためのものだ。TPPを受け入れるのは、日本のような無条件降伏的な対米従属国か、米国よりはるかに規模が小さい小国だけだ。 (Corporate Sovereignty Provisions Called Into Question Around The World

 アジアでは、対米従属から対中従属に切り替えつつある韓国も、米韓FTAに盛り込まれた国際法廷条項(ISDS)を削ってくれと、米国に言い始めている。TTIPに反旗を翻したドイツは、対米従属を離脱しつつあると言える。おそらくTTIPは実現しないだろう。EUが経済的に米国と組まないなら、その反動で露中などBRICSに接近する可能性が大きくなる。 (Far From `Free Trade,' the TPP Is About Global Power and Corporate Favors

 ウクライナ危機でロシア敵視を過激に拡大する米国に、ドイツがついていけなくなるのと同期して、ドイツ主導のEU統合が進んでいる。EUは5月の選挙の後、EU憲法を改定し、加盟国の政府や議会が制定した国家予算に対して拒否権を発動できる財政責任者の職位を新設する予定だ。これにより、これまで国家権力の重要な柱だった財政決定権が一気にEUに統合される。加盟諸国から「内政干渉だ」との反対論が出ているが、もともとEU統合は各国の内政権をEUに統合する計画で、いまさら「内政干渉」なとど言っても遅い。独仏はすでに1月、この財政統合をやることで合意している。統合が進むほど、EUは対米従属から離脱し、独自の地域覇権勢力になっていく。 (Schauble revives push for eurozone integration

 ロシアはソ連崩壊後、一気に経済が自由化・対外開放されたため、ロシア独自の金融システムが形成されず、完全に米国中心のシステムに組み込まれた。ロシアは金融面で米英投機筋から攻撃されやすく、ルーブルは不安定だった。プーチン政権は、こうした自国経済の脆弱さを改善するため、リーマン危機後、独自の金融システムの構築を構想したが、露財界人は米国システム内で儲けることを好み、コスト高になる独自化が進まなかった。ところが今回、米国がロシアを経済制裁し、それが逆に、プーチンがやりたくてもできなかった独自システム構想の実現を早めることになっている。米国は、ロシアを弱体化させると言って強化している。 (Putin Flushes the US dollar: Russia's Gold Ruble Payments System Delinked from Dollar?) (プーチンを強め、米国を弱めるウクライナ騒動

 ウクライナ危機の後、米国が「ロシア銀行」を制裁対象に指定し、同行などが発行していたビザとマスターのクレジットカードが使えなくなった。これを受け、ロシア政府は、これまで何度か構想したが具現化していない、ロシア独自のクレジットカードシステムを制定することを決めた。 (Russia renews plan for domestic alternative to Visa, Mastercard

 カード業界は米国勢が世界を席巻してきたが、中国はすでに02年に独自のカードシステム「銀聯」を作り、米国に依存しないシステムを構築している。日本には独自システムとしてJCBがある(政府が対米従属なのでJCBも伸びにくいが)。プーチンは、JCBや銀聯から学ぶべきだと述べた。中露が連携すると、いずれBRICSが米国に依存しないカードシステムを持つことになる。 (Russia to Set up Own Payment System

 BRICSはリーマンショック後、基軸通貨としてのドルの弱体化を感じるとともに、米国が国際金融システムを支配して覇権的に利用しているのを見て、ドルや米国に依存しない国際システムの必要性を論じてきた。経済利得の面で、新システムを作るより既存システムを使う方が安上がりなので、BRICSの新システムは具現化していない。だが今回のウクライナ危機で、米国に依存しないシステムの必要性をロシアが痛感し、中国もそれに同調して、新システムの構築が急進する可能性が高まっている。通貨の面では、人民元の国際化や自由化がその一環だ。豪州の中央銀行幹部は、人民元の自由化が基軸通貨制度の地殻変動になると表明した。 (China currency liberalization to be a 'seismic event': Australia

 ロシアは、中国を引っぱり込んで、米国に依存しない国際システムを作るため、中国に天然ガスを売る計画を加速したり、ロシアの最新鋭の地対空ミサイルシステムS400を中国に売ることを決めたりしている。ロシアはこれまで米欧に気兼ねしてS400の拡販を自制してきたが、米国が対露敵視を強めたので、ロシアも心おきなくS400を拡販できる。中国は11年からS400を欲しており、中国への配備は日米と中国の軍事バランスに影響する。 (Crimea Crisis Pushes Russian Energy to China From Europe) (Putin gives green light to sale of S-400 missile system to China

 米国が自国の覇権を大切にしたいなら、いまロシアを敵視するのは馬鹿げている。露中などBRICSを米覇権を解体する方向で結束させてしまうからだ。米政府は、米国主導の対露制裁に参加してもらうため、中国やインドにいろいろ譲歩しており、インドで嫌われている米国大使(Nancy Powell)を辞めさせると決めたりしている。しかし、インドは間もなく反米的なモディ政権になる。譲歩は、米国の弱さを露呈し、さらなる譲歩を迫るものになっている。 (US ambassador to India resigns on eve of election

 イスラエルのハアレツ紙は「米国中枢の右派ユダヤ人が本当に親イスラエルなら、ロシア敵視策をやらなかったはずだ。米国への報復として、ロシアはこれまで抑制してきたイランへの武器輸出を拡大し、イスラエルにとって脅威が増した」と書いている。米国の右派ユダヤ人は親イスラエルのふりをした反イスラエルだと、以前から何度も書いてきた私からすると、いまごろ何言ってんだという感じだ。イスラエルのためにと言いながら、イスラエルを危機にさらす過激策をやり続ける米国の右派ユダヤ人も、逆四月馬鹿的な存在である。 (Russia crisis proves American Jewish hawks aren't 'Israel firsters'



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ