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中央銀行がふくらませた巨大バブル

2015年3月27日   田中 宇

 上がり続ける米国や日本の株価や債券価格は巨大な金融バブルであるという指摘が、あちこちから出ている。この1カ月ほどの間で「日米の株や債券はバブル状態だ」ということが、常識になった感じだ。3月上旬には、グリーンスパン米連銀元議長も株価のバブル状態を指摘し、日銀などがQEをやめたら株価が急落すると警告した。 (This Stock Market Bubble Will Burst Like An Overinflated Balloon) (This number may predict the stock market bubble) (Tokyo's Stock Bubble: Revisiting the First Signs of a Burst in 1990) (Alan Greenspan Warns Stocks Are "Without Doubt Extremely Overvalued"

 米連銀(FRB)や日本銀行が続けてきた、通貨を過剰発行して債券や株を買い支えるQE(量的緩和)は、いずれ大崩壊する金融バブルを膨張させると私は考えてきた。バブルを指摘する最近のマスコミ系の記事には「影の銀行システム」の縮小など、QE以外のバブル膨張の理由を指摘するものもあるが、今後のバブル崩壊の規模が非常に大きくなりそうだと書いているものが多い。(リーマン危機後、機能不全に陥った「影の銀行システム」を穴埋めするため、米連銀がQEを開始した) (◆QEやめたらバブル大崩壊) (QEするほどデフレと不況になる) (世界の運命を握る「影の銀行システム」) (Fed Will Open "Pandora's Box" With Rate Hike, UBS Warns

 米日欧の金融相場がバブルだという警告は以前からあった。「中央銀行群の中央銀行」といわれる国際決済銀行(BIS)は、去年から何度もバブルを警告している。BISは、米連銀や日銀のQEが、バブルを縮小させず逆に膨張させる間違った政策であり、QEを続けているといずれバブル崩壊が起きると警告している。 ('Euphoric' capital markets are out of step with reality, warns BIS) (BIS Slams The Fed: The Solution To Bubbles Is Not More Bubbles, It Is Avoiding Bubbles In The First Place

 英国では、機関投資家の8割が債券相場がバブル状態だと考えている。最もバブルがひどいのは、日米欧の中央銀行のQE策の対象である国債市場だと考えられている。 (Global fund managers warn of a bond bubble

 日米当局がやってきたQEは「バブル扇動」というよりも不正な「株価操作」だという指摘もある。金融マスコミとして「権威」あるWSJ紙は、日銀が2010年から続けているETFを使った国内株式の買い支えについて、株価の不正操作であり、市場をゆがめ、日銀自身の信用を失墜させると指摘する記事を3月初旬に出した。日銀は、東京の株価が前日終値より安く始まった日々の76%の日において買い支えに入っている。 (Plunge Protection Exposed: Bank Of Japan Stepped In A Stunning 143 Times To Buy Stocks, Prevent Drop) (逆説のアベノミクス

 日本の税務当局(黒田日銀総裁の出身地である財務省)は、個人投資家が株の儲けを申告しなくてもほとんど取り締まらず、株価をつり上げる策に協力している。

 最近NYポストに出た記事は「当局による株価操作は数年前から指摘されていた。従来は、指摘した者が嘲笑・無視されるだけだった。しかし今や、より多くの関係者が現実に起きていることとして株価操作を指摘せざるを得なくなっている」と書いている。これまで何度か株価(債券相場、金相場、雇用統計など)の不正操作を指摘して、この筆者と同じ目にあってきた私は、そうだそうだと思ったりする。 (Stock market rigging is no longer a `conspiracy theory') (米株価は粉飾されている) (操作される金相場) (アベノミクスの経済粉飾

 米連銀は、今年中に利上げしそうな姿勢を醸し出しているが、利上げすると株のバブルが崩壊すると懸念されている。機関投資家は、自分たちの投資配分に占める米国株の割合を減らしている。米国の大手ヘッジファンドが「株を買わない方が良い」と投資家に勧めている。ヘッジファンドが株価下落に賭け始めた感じを受ける。 (Asset managers cut exposure to US stocks) (Dalio warns Fed of 1937-style rate risk

 米連銀自身、金利を引き上げるのは、景気が過熱しているからでなく、金融バブルの膨張を防ぐ必要があるからだと言い出している。連銀自身が、ここ数年のQEによる金融政策によってバブル膨張が引き起されたことを認め、BISの批判を受け入れたことになる。バブルの膨張を防ぐ(もしくは収縮させる)ために金利を上げる際には、慎重にやらないと軟着陸でなくハードランディングになり、バブル崩壊と金融危機を引き起こす。この懸念から、米国株から投資が逃げ出している。 (Albert Edwards: "It Is Already Too Late To Avert Another Crisis"

 私は、たとえ米連銀が利上げをとてもうまくやったとしてもバブル崩壊の大惨事が起きる可能性が高いと考えている。もし、米国の景気が本当に回復しているなら、米連銀がうまいこと利上げしてバブルを収縮させても、景気回復による上昇分が残るので、株や債券は上がり続ける。しかし米経済の「回復」は雇用統計などの指標を歪曲して作り上げた実態のないイメージだけで、株や債券の上昇の原動力はQEなどゼロ金利策だけだ(最近は歪曲も限界で、米国の不況再突入が指摘されている)。だから、すでにQEをやめている連銀が金利を上げると、バブル崩壊する可能性が高い。 (QEの限界で再出するドル崩壊予測) (The U.S. Economy Just Keeps Disappointing) (Surprise: U.S. Economic Data Have Been the World's Most Disappointing

 連銀はいずれ利上げしそうな姿勢を醸成しつつ、実は利上げしない(できない)と考える分析者が米国にかなりいる。マスコミのWSJ紙も「米連銀は、曖昧な言葉を放って市場を誘導する策略を続けている。市場はこの策に喜んで引っかかり、連銀が忍耐強く利上げの時期を見守るという表現をやめたから利上げが近いと大騒ぎしている」という趣旨の記事を出している。 (Fed Forward Guidance: A Look Back

 米連銀は以前から「半年後に利上げするかも」と言い続けている。「いつになっても半年後だ」という指摘も出ている。私はこれを読んで、イスラエルが以前から「半年後にイランが核兵器を完成させる」と言い続けてきたことを思い出した。イランは核兵器開発などしていない。同様に、米連銀は利上げなどしない、といえそうだ。 (The Fed no matter what month it is, a rate hike is always six months away

 万が一、連銀が本当に今年中に利上げして、それでもバブルが崩壊しないとしたら、それは日銀のQEが、日本国内だけでなく米国の株や債券をもつり上げるからだ。日本は、自国の通貨や国債を犠牲にして、米国(と世界)のバブルを維持している。今後、米国のバブルが崩壊するなら、その前にまず日本が経済崩壊するだろう。日銀のQEは「デフレ対策」の口実で行われいるが、やりすぎており、金融界が日本国債の真の価値を見極められなくなって債券の信用失墜が起こり、国債金利が逆に急騰し、デフレがひどいインフレに転換するおそれが以前から指摘されている。日本国債の市場では値決めできない問題が続いており、その混乱がいつ急拡大するかわからない。 (We Are All Trapped-Alasdair Macleod) ("Unprecedented" JGB Supply/Demand Imbalance If Inflation Stays Muted In Japan, Morgan Stanley Says

 最近では日銀の黒田総裁自身が、日本政府内でQEを批判する人々に対し、QEをやめたら国債金利が高騰してデフォルトに瀕するので、日本はもうQEをやめられないと事実を暴露することを、脅し文句として使っている。私自身、3月始めに日銀のQEが意外に早く日本国債の崩壊を招きそうなことを知り、驚いて記事にしたが、それから1カ月もたたないうちに、日本国債がいずれ崩壊することが「常識」になりつつある。米国の金融分析者の中には、日本がいずれ通貨や金融が崩壊したアフリカのジンバブエのようになると予測する者まで出てきた。 (黒田総裁ついに白旗…国債「リスク資産化」で高まる暴落危機) (日銀QE破綻への道) (Is Japan Zimbabwe?

 米当局は、自国のドルや金融界を守るため、ユーロ圏の市場や金融機関を潰そうとする策もやっている。米英投機筋が先物取引でギリシャなど南欧の国債の信用を失墜させ、ユーロ危機を煽ってきたのがその一つだ。最近では米連銀が、金融危機が再燃した時に備える準備として、米国で活動する大手の各銀行の潜在的な脆弱性をいくつかの方法で測定し、ドイツ銀行、英国のHSBC、ロイヤルスコットランド銀行、フランスのBNPパリバといった欧州勢を不合格にする嫌がらせをやっている。 (US regulators veto `living wills' of RBS, HSBC and BNP Paribas) (The World's Largest Derivative Holder…Just Failed the Stress Test

 また米当局はドイツ銀行を、ロンドンで金利(LIBOR)の不正操作を行っていた疑いで捜査している。米国で資金運用する独英仏の銀行がバブルまみれであるのは確かで、ドイツ銀行のLIBOR不正も事実だろうが、同様の危険行為や不正は、JPモルガンやバンカメ、シティ、ゴールドマンサックスといった米国の大銀行も行っていた。米当局が、英仏独の銀行だけに脆弱のレッテルを貼ったり捜査したりするのは、米国の大銀行にえこひいきして救済しようとする策だろう。 (英国金利歪曲スキャンダルの意味) (Deutsche Bank next up on Libor chopping block - reports

 その腹いせなのか、欧州の大銀行は、米国の金融バブルが崩壊しそうな現実を露骨に指摘するようになっている。HSBCは、ドル高の局面が間もなく終わるとの予測を発表した。スイスのUBSは、米連銀の利上げは、債券の「パンドラの箱」を開けてしまい、債券相場の急落につながると指摘している(このぐらいの指摘は「常識」であり、腹いせなどという水準のものでないかもしれないが)。 (HSBC: This Is the Beginning of the End of the U.S. Dollar's Bull Run) (Fed Will Open "Pandora's Box" With Rate Hike, UBS Warns

 ユーロ危機による資金流出でギリシャの銀行が続々と破綻しそうであるなど、ユーロ圏の危機を煽ってドルを延命させる米国の策が続いている感じだ。とはいえ、米国自身の金融危機もかなり広範囲だ。金融界以外のところで米国に金融危機をもたらしそうな最大の産業は、原油安でシェール石油の採掘企業が破綻に瀕しているエネルギー業界だ。 (原油安で勃発した金融世界大戦) (Shale Is Going on Sale

 米国のシェールの油井は数年で枯渇するものが多く、採掘企業は債券や株でさかんに資金調達して次々と油井を掘ってきたが、多くの場合、1バレル60-80ドルの原油価格が損益分岐点だった。原油相場がそれをはるかに下回る状況下で、米シェール産業は、増産して売上を増やすことで対応している。石油の需要は増えていないので、この増産によって米国の石油備蓄の余力が急速に減っており、今年6月ごろには全米の石油貯蔵設備が満杯になると予測されている。シェール産業は値下げして石油を売るしかなく、原油安に拍車がかかって悪循環になり、最後には米国の産油企業の相次ぐ破綻となる。 (US Crude Production To Soar Just As Storage Runs Out) (シェールガスの国際詐欺) (シェールガスのバブル崩壊

 シェール産業には、構造的な破綻が起きる前に株式や債券をどんどん発行して資金調達し、運転資金(や持ち逃げ資金)を貯めておこうとする、かつての「エンロン」に似た動きがある。エネルギー関連の株や債券のバブルは、各産業の中でもっともひどい。いずれシェール産業の経営が行き詰まると、エネルギー関連の株や債券が急落し、それが株や債券の全体のバブル崩壊の引き金を引くおそれがある。 (Desperate Shale Companies Issue Stock To Stay Afloat) (US high-yield bonds running on empty

 何が引き金になるかまだわからないが、米国で金融危機が再発した場合、もしくは危機再発を防ぐために、米金融界がテロ対策を口実に、銀行からの資金引き出しを選択的に規制する事実上の資本規制の動きが広がるかもしれない。大口預金者が預金を引き出そうとすると、資金の用途が不透明だとして銀行が引き出しを止める手口だ。米国でも日本でも、事態が金融危機に近づくほど、自由市場経済の根本的な仕組みが隠然と潰されていく。 (Prosecutor: Banks Need to Do More Than File SARs) (Justice Department Rolls Out An Early Form Of Capital Controls In America

 潰されるのは経済面だけでない。米国の資本家ジョージ・ソロスは、ロシア周辺諸国の親露政権を反政府運動で潰す目的で、これらの諸国の野党や市民団体に活動資金を出してきたことで知られるが、ソロスは外国だけでなく、米国の反政府的な運動に対しても、資金を出していたことが最近ワシントンタイムスによって暴露されている。 (George Soros funds Ferguson protests, hopes to spur civil action

 それによると、ソロスのオープンソサエティ基金は、昨年から暴動が断続的に続いている米国ミズーリ州ファーグソンで当局と対峙する運動を続けている市民団体に昨年3300ドル以上の資金援助を行っている。ソロスの基金の担当者は、米国の民主主義を涵養するために市民の社会参画を支援していると述べ、資金援助の事実を認めている。確かに、ファーグソンの暴動は市民の社会参画であるが、同時に米当局は、ファーグソンの市民を弾圧し、意図的に怒らせることもやっている。ソロスと米当局の動きを一体としてみると、米上層部はファーグソンに象徴される市民の暴動を、抑止するのでなく扇動している。

 オバマ大統領は、ファーグソンの市民は決起する権利があると述べる一方、オバマの側近はファーグソンの警察が市民を不当逮捕・射殺することを正当化する発言を繰り返している。米政府もソロスと同様、暴動を扇動している。ソロスが資金援助している団体の一つ(Gamaliel Foundation)は、大統領になるずっと前にオバマ自身が属し、彼の人生最初の政治活動であるシカゴのコミュニティの組織役を成功させた場所でもある。 (Obama Continues To Fan The Flames Of Civil Unrest In Ferguson) (Gamaliel Foundation - Wikipedia

 米司法省の報告書によると、人口2万1千人のファーグソンで、1万6千人に対して逮捕状が出されている。つまりほとんどの市民が、警察に追われる「犯罪者」として暮らしている。市民の大半が「犯罪者」という驚くべき状況下で、警察は何をやっても正当化できる。市民生活の奥まで警察が入り込んでいる。市民の怒りを扇動する装置が動いている。 (The Shocking Finding From the DOJ's Ferguson Report That Nobody Has Noticed

 米国の上層部は、金融バブルの膨張で貧富格差が急拡大し、中産階級が貧困層に転落して反政府的な傾向を持つことを容認(扇動)してきた。金融バブルが崩壊し、米国が経済難と政府機能の低下に見舞われた場合、最も困窮するのは貧困層だ。彼らは、暴動を起こす方向へと押しやられている。米国で崩壊しそうなバブルは「金融」だけでない。「治安」のバブルも、おそらく金融と同時に破裂する。米国は金融システムが崩壊すると、社会システムも崩壊する。イスラエルのネタニヤフ首相の演説騒動や、イランの核開発に対する濡れ衣騒動を見ると、米国はすでに政治システムも崩壊している。これらの多重的な崩壊感は、01年の911事件あたりから15年ほどかけてひどくなっている。全体として、米国の上層部が自国と、自国が主導する世界体制を自滅させようとしている感じがする。 (飢餓が広がる米国

 米国の上層部が自滅的なことをやらなかったとしても、中産階級の貧困層転落は、日本を含む先進国全体で、長期的に不可避だ。コンピューターの発達により、これまで企業が人々を雇用してやらせていた仕事のうちの何割かが、今後20年ぐらいの間に、機械による自動作業に取って代わられる。米国では、現在の雇用の47%が、20年以内にロボットやコンピューターに奪われると予測されている。 ("47 percent" of U.S. jobs are at risk because of advancing technologies

 従来、職業訓練によって人に付与されてきた仕事の多くを、機械がやるようになる。若者が職業訓練を受ける意味が低下していくと予測されている。20年は長いように見えるが、歴史としてみるとあっという間だ。 (A degree of creativity

 近現代の世界は、人々を雇用して労働してもらって給料を出し、その金で消費してもらうことで経済を回してきた。日米など先進国では、経済(GDP)の6-7割が「消費」で成り立っている。しかし、そうした賃金と消費のシステムは今後、コンピューターの拡大によって機能しなくなる。長期的にみて「完全雇用」は永久に達成できないものになる。完全雇用に近い状態を前提にしていた消費社会は回らなくなる。 (No Demand for Skilled Jobs: "Millions cannot find work because the jobs simply are not there") (The changing face of employment

 賃労働に代わる、何らかの根本的な対策が必要だが、ほとんど何も考案されていない(FTのGillian Tettが、この問題を何度も取り上げている)。実際には逆に、企業が政府の政策をねじ曲げられるTPPに象徴されるように、企業の政治権力が拡大し、ごく少数の金持ちが、中産階級から転落した貧困層に半失業状態を強いつつ低賃金で雇う体制だけが強化されている。 (国権を剥奪するTPP

 話が拡散したが、米国や日本で今後、金融バブル崩壊が起こり、より多くの中産階級が貧困層に転落することは、たぶん不可避だ。それがいつ起きるかはわからない。日本国債の不安定化から見て、早ければ今年中だ。バブルを延命させるためにバブルをさらに膨張させる中央銀行群の策がうまくいけば、まだしばらく持つかもしれない。



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