米株価は粉飾されている2010年9月29日 田中 宇今月(2010年9月)、米国のダウ平均株価は、9月の約1カ月間で8%以上も上昇した。雇用や消費、製造、不動産市況など、米国の経済指標を見ると、全体として好調でない。最も楽観的な見通しでさえ、景気回復は少しずつしか進まないと予測されている。この株価上昇は異常だと見る金融専門家が多い。ウォールストリート・ジャーナルは「11月の中間選挙(民主党が不利)の後の米国の政治変動を見越して、選挙後に上昇しそうな株が買われているからだ」と書いている。 (A pre-election boost for U.S. stocks) しかし、財政難の米政府はブッシュ時代の減税措置を期限とともに破棄する方向にあり、財政を回復させるために消費を犠牲にせざるを得ず、中間選挙の後に景気が回復するのでそれを先取りして9月に株高が起きるとは考えにくい。ごまかすための説明という感じだ。 そんな中、9月27日、英国の証券会社(Cazenove)のストラテジスト(Robin Griffiths)が、CNBCテレビで爆弾発言を放った。9月の米株高の理由は、米連銀が通貨調整や景気テコ入れ策にかこつけて、銀行界に資金を入れ、その金で銀行に株式をプログラム売買させ、S&P500などの株価をつり上げているという指摘だ。 (Cazenove Strategist Discusses PPT And POMO Interventions To Keep Markets Ramping Higher) 連銀は、民間銀行との間で、米国債や不動産担保債券を売買する「恒久公開市場操作」(Permanent Open Market Operations、POMO)を、昨年春から開始し、今年8月にはニューヨーク連銀に専門の取引担当デスクを置き、8月17日から活発な売買を開始した。 (newyorkfed.org; Permanent OMOs: Treasury) NY連銀がPOMOの取引相手に指定した民間銀行は、米投資銀行のゴールドマンサックス、英投資銀行のバークレイズ・キャピタル、独ドイツ銀行証券という、英米独の3社である。連銀がドルを刷り、この3社が持っている米国債や不動産担保債券をそのドルで買い、3社はその金で米国株を買って、株価の下落を防いでいるのではないかという指摘が、9月初旬から出ていた。 (Do Permanent Open Market Operations affect the stock market?) そして今回、9月27日に英証券のストラテジストが指摘したのは、9月の米株式市場における大きな上昇要因が、POMOの資金を連銀から受け取って、株式のプログラム売買システム(アルゴリズム)を使って株を買っている銀行群だということである。その他の一般の投資家は、昨今のような先行き不透明な株式市場には入ってこないので、アルゴリズムが株価の上昇要因となっているのだという。 (Cazenove Strategist Says It's The Plunge Protection Team Driving The U.S. Equity Markets) ▼強まるドルの崩壊感 米連銀は、景気テコ入れ策と称し、10月以降、ドルを増刷して長期米国債を買い取る量的緩和策をさらに拡大しようとしている。昨年の量的緩和策は、大々的に発表して行われたが、今後の量的緩和策の拡大は、ドルの刷りすぎと見られて米当局に対する信頼失墜やインフレを引き起こしかねないので、目立たないように拡大していく予定だという。 (Fed Mulls New Bond Approach) 米連銀が量的緩和をしても、資金は銀行界に貯まるだけで実体経済をほとんどテコ入れしないので、量的緩和の真の目的は、景気テコ入れではない。真の目的は、銀行の不良債権(不動産担保債券)の救済と、上で紹介した株価操作、ドルが信用失墜するほど上がる金地金の相場を抑制すること、などである。連銀が量的緩和を拡大せねばならないのは、米国の金融界や株価が、潜在的にかなり危険な状態になっており、裏から支えねばならないからだろう。 米当局が「下落防止チーム(PPT)」を作って株価を操作しているという疑惑は1980年代からあった。だが金融界の下部組織といえる「金融専門家」の業界には「まともな専門家は、当局による株価操作など信じるべきでない」という風潮があり、テレビや新聞に名前が出る専門家が株価操作を口にすることはまずなかった(同様のことは911事件、天安艦沈没事件などについてもいえる)。今回、CNBCテレビで英証券会社の専門家が株価操作を指摘したのは珍しいケースだ。 米当局が量的緩和策のふりをして株価を操作し、急落を防いでいるのだとしたら、今後それがいつまで維持できるか疑問だ。すでに、ドルは世界的に忌避される傾向を強め、その分、円などアジアや新興市場諸国の諸通貨が買われ、各国とも自国通貨の為替上昇を防ぐのに必死だ。ブラジルの中央銀行総裁は「国際通貨戦争が始まっている」と宣言した。 (Brazil warns of `currency war') 金相場も、市場最高値を更新している。欧州各国の中央銀行は、これまでの慣例だった金地金の放出をやめてしまった。ドルの崩壊感が強まるほど、金は上昇する。 (Europe's central banks halt Gold sales) 米連銀が量的緩和を拡大・持続するほど、ドルは過剰発行となり、連銀は銀行界の不良債権を抱える。総額20兆ドルの「影の銀行システム」(債券金融システム)が吐き出す巨額の不良債権を、連銀がどんどん吸い込み、連銀は不良債権のかたまりと化している。連銀が発行するドルが国際信用を失って下落するのは当然だ。連銀は、量的緩和をやってドル崩壊を引き起こすか、やらずに金融界の崩壊を黙認するかという二者択一を迫られて窮し、ドルと金融の両方が崩壊に瀕している。 (影の銀行システムの行方) 金融界がバブルの元凶だという考え方に立ち、金融規制を国際的に強化する動きもあるが、規制を強化すると、行き場を失った巨額資金が、規制の少ない高リスク債券などの方に向かい、金融バブルがむしろ拡大してしまうと、欧州中央銀行が警告した。一方、中国人民銀行の元顧問は9月28日に「状況は日に日に悪化し、ドル崩壊に近づいている」と述べた。金融界は世界的に、かなり不安定な状態になっている。劇的な崩壊がいつ始まってもおかしくないと感じられる。 (New kinds of financial risks lie ahead, ECB warns) (U.S. dollar Is `One Step Nearer' to Crisis as Debt Level Climbs, Yu Says)
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