中国包囲網と矛盾する米朝対話2011年12月23日 田中 宇金正日の死は、08年に彼が倒れて以来予測され、金正日自身によって政権世襲の準備が進められていた。ある程度の準備が整っていたようなので、12月17日の彼の死は、北朝鮮の崩壊につながりそうもない。それは、前回の記事に書いたとおりだ。私から見ると、金正日の死そのものより、その直前に米国が北朝鮮と進めていた米朝交渉と、その先に6カ国協議が予定されていたことの方が重要だ。 (金正日の死去めぐる考察) 米朝は、金正日の死の2日前、北京での交渉で、北朝鮮が核兵器開発を廃棄する見返りに、米国が食料支援を再開することを合意した。金正日が死んだ後も、彼の死が大して重要でないかのように、米朝交渉の延長としての、6カ国協議の再開に向けた動きが続いている。米国は、北朝鮮の新政権と交渉を継続することを表明した。中国政府系の研究者が、6カ国協議の再開が近いと指摘した。韓国政府の6カ国協議担当の代表は、北京に向かった。韓国の李明博大統領は、これまで中国の胡錦涛主席と会談したことがなかったが、来年早々に訪中することにした。これらは、6カ国協議の再開が近いことをうかがわせる。 (South Korean President to Visit China) 6カ国協議を再開しようとする国際的な試みは、今年の3-4月ごろから続けられていた。米朝と南北が対話を再開し、敵対を和解に変えていくプロセスが始まったら、米国が6カ国協議の再開を主導するという、米中協調型のシナリオだった。夏から秋にかけて、米朝対話は何度か行われた。 (◆米中協調で朝鮮半島和平の試み再び) だが、韓国の李明博政権が、北と敵対して軍事主導の対米従属を続ける「1周遅れのネオコン戦略」に固執し「天安鑑沈没事件について北が謝罪しない限り、北と対話しない」という姿勢だったので、南北対話の方が進まず、6カ国協議を再開できなかった。 (◆金正日の訪中と南北敵対の再開) その後、今秋から李明博政権(与党ハンナラ党)に対する支持率が低下し、10月下旬のソウル市長選挙でハンナラ党の候補が破れたため、ハンナラ党は12月に入り、それまでの北朝鮮敵視をやめることを決め、次期大統領候補に親北派の朴槿恵を返り咲かせた。これによって、韓国が南北対話を行う方向に転換し始めた。 (◆北朝鮮6カ国協議再開に向けた動き) それに合わせて米国が北朝鮮との交渉を進め、交渉がまとまっていよいよ6カ国協議の再開を宣言しようという時に、金正日が死んでしまった。しかし、死後の米国や韓国の対応を見ていると、金正日の死を乗り越えて、6カ国協議の再開に向けた動きが続きそうだ。動きが再開するとしたら、北朝鮮の喪が明けた来年の正月以後だろう。 ▼6カ国協議の成功は対米従属の終わり 6カ国協議は、北朝鮮が核兵器開発を放棄するとともに、韓国と北朝鮮が和解して朝鮮戦争の正式な終戦を宣言し、在韓米軍が撤退し、朝鮮半島の安保体制は、日米韓と朝中露との冷戦型の対立構造を脱却し、代わりに6カ国(日米韓朝中露)が協調する東アジアの新安保体制を作る方向性だ。米軍のプレゼンスが縮小し、日韓は対米従属からアジア重視に転換せざるを得なくなる。 (アジアから出て行くアメリカ) 6カ国協議の枠組みを創設した米国の前ブッシュ政権が、そうした方向性を打ち出した。オバマ政権は、前政権が打ち出したこの方向性について、肯定も否定もしていないが、6カ国協議は依然として中国主導であり、オバマ政権は6カ国協議の意味について前政権を継承していると考えられる。要するに6カ国協議は、米国と中国が朝鮮半島の和解で協調する方向性だ。しかしこの方向性は、最近の米オバマ政権が採っているとされる中国包囲網の強化策とは、正反対の方向だ。 (アジアのことをアジアに任せる) 米国のオバマ大統領は11月中旬にアジア諸国を歴訪した際に「今後はアジア太平洋地域を最重視する」と宣言した。同時に米国は、中国と東南アジア諸国が対立する南沙群島問題に東南アジアの肩を持って介入し、豪州に海兵隊を恒久駐留させることを決め、中国抜きのアジア太平洋の自由貿易協定TPPの創設を推進するなど、中国包囲網を強化している。オバマのアジア最重視策とは、つまるところ中国包囲網の強化なのだと、日本などで理解されている。 (米国の「アジア重視」なぜ今?) しかし、中国包囲網を強化するのが米国の新戦略であるとしたら、それは米国が北朝鮮と交渉して6カ国協議の再開を目指していることと矛盾している。中国包囲網と6カ国協議のどちらか一つの方向性が、イメージ先行の見かけ倒しの「演技」であると考えられる。どちらかが見かけ倒しだとしたら、6カ国協議でなく、中国包囲網の方だろう。中国政府は世界最大の米国債の保有者なのに、米政府が中国を敵視する包囲網を作るのは頓珍漢だ。中国を敵視するなら、先に米国の財政を黒字化することが必要だ。 (米国が誘導する中国包囲網の虚実) オバマの中国包囲網は、裏側に日本のTPP加盟や米韓FTAの話が存在している。TPPやFTAは、米政府に政治影響力を持っている米国の産業界が、日本や韓国の経済利得の一部を収奪するための方策であり、日韓が対米従属策の裏返しとして米国が中国包囲網を強めることを望んでいるので、オバマは「中国包囲網を強めてやるから日韓はTPPやFTAに入り、米企業を儲けさせてくれ」と言っているにすぎない。 (◆貿易協定で日韓を蹂躙する米国) 法外な高値であるうえ性能に疑問がある米国製の新型F35戦闘機を、日本や韓国が大量購入させられるのも、同じ構図に見える。「中国包囲網」は、米国の詐欺商法の「だまし文句」に見える。詐欺商法をやる米国は悪質だが、対米従属に固執して、だまされるすきだらけの日韓の間抜けさの方が主たる原因である。TPPも米韓FTAもまだ交渉の途中なので、日韓が本当に米企業に収奪される構図を定着させてしまうかどうかは、まだわからない。 (Japan selects troubled F-35 as new fighter jet) もし来年6カ国協議が進展し、北朝鮮が核兵器を廃絶するとともに、米朝と南北が和解する動きが進むと、それは極東における冷戦構造がようやく終わることを意味する。東アジアにとって日本の敗戦以来の大きな転換となる。 (朝鮮半島を非米化するアメリカ) ブッシュ政権の米国は、北朝鮮に「核兵器開発の設備が北朝鮮に存在しないことを立証できなければ、核廃棄したとみなせない」という無理な条件をつけていた(国内のどこにも核兵器開発施設を隠していないことを立証するのは、どんな国でも不可能だ。イラクのフセイン政権は、この理屈を使って潰された)。しかし、今後の米国は、北の核廃棄の検証方法について、現実的で寛容なやり方をするだろう。北が「核廃絶しました」と宣言して、以前にやった象徴的な原子炉冷却塔の爆破解体と同程度のパフォーマンスをやれば、それですむのでないか。 (北朝鮮核交渉の停滞) 東アジアの冷戦構造の上に座って蓄財や権力を維持する勢力は、米国にも韓国にも、北朝鮮にも日本にもいる。これらの勢力が今後、いろんな手を使って、6カ国協議の進展を妨害するかもしれない(金正日の死は、その一つだったのかも)。以前に米中が和解しそうだった1950年には、朝鮮戦争が起きて米中の敵対構造が固定化された。今回もどんでん返しがあり得る。 だがもし今後、大したどんでん返しもなく、6カ国協議の目標が達成されたら、日本にとっても大変なことになる。南北や米中対立が解消され、在韓米軍と在日米軍は「グアム以東」に撤退していく。韓国と北朝鮮は、米中(特に中国)の監督下で、連邦的な体制を強める。韓国は親中国の色彩を強め、北朝鮮は中国式の市場経済化を進める。極東の秩序は中国主導になっていく。 (North Korea May Adopt China-Style Economic Reforms, Mobius Says) 日米同盟は空洞化する。小沢一郎が09年秋にやろうとした、対米従属からの離脱や官僚支配解体の策が、いずれ再燃するかもしれない(最近の大阪の選挙は、地方からの官僚支配への反逆といえる)。米国は台湾への関与をますます弱め、台湾は年明けの総統選挙で誰が勝っても、中国に吸収される方向になる。 日本政府は従来、北朝鮮の拉致問題について、北朝鮮が日本を納得させる目的でどんな対応をしても「北が言っていることはウソばかりで、よこした証拠はインチキだ」という不信の態度を貫き、拉致問題を解決不能なものに押しやっていた。これは、北への敵視を続ける対米従属策の一環だった。官僚機構が、金丸信の北朝鮮訪問のような政治主導の日朝和解を阻止するためにも、拉致問題の構図が維持されていた。 (北朝鮮6カ国合意と拉致問題) しかし今後6カ国協議が進展するとしたら、日本は拉致問題に拘泥することが国際的に許されなくなる。もしくは、日本の官僚機構が、対米従属の代わりに鎖国策をとり、拉致問題に固執することで、意図的に6カ国協議の体制から日本だけ外れていく道を選ぶかもしれない。 (日米安保から北東アジア安保へ) 来年から再来年にかけて、ユーロ危機が一段落すると、ドル買いの方に煽られていた資金の流れがゆるみ、米国の債券金融システムが再度くずれ、ドル崩壊が起きるかもしれない。貧富格差の拡大など、米国の社会不安も拡大する方向だ。米政府はそれらのことに追われ、米国は混乱し、朝鮮半島や東アジアのことを中国に任せる傾向を強めそうだ。6カ国協議の再開は、そういった流れの一つと見ることができる。 (北朝鮮問題で始まる東アジアの再編)
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