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アジアから出て行くアメリカ

2004年6月15日   田中 宇

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この記事は「北朝鮮をめぐるアメリカの詭弁作戦」の続きです。

 冷戦終結から現在までの10数年間、北朝鮮をめぐる国際問題の中心はずっと、アメリカと北朝鮮がどのような関係を持つかということである。米朝関係が良くなる方向の到達目標は、クリントン時代に実現しかけた「米朝枠組み合意」の完全実施で、米朝は和平条約を締結することになる。逆に米朝関係が最悪になると戦争になる。

 アメリカのタカ派、軍産複合体系の人々は、米朝関係が悪いとミサイル防衛システムを米国内に配備し、日本などにも売れるので、枠組み合意を推進したくない。逆にロックフェラーなど東アジアに投資する資本家などは不安定化を好まず、枠組み合意を推進したい勢力に見える。(日本でも、タカ派的なアメリカの傘下での対米従属が望ましいと考えている人々には、北朝鮮との関係改善を阻止したいと考える傾向がある)

 クリントンは2000年の政権末期、枠組み合意で決めたことを現実化しようと動き、オルブライト国務長官を平壌に派遣したが、北朝鮮との国交樹立までたどり着かず、任期を終えた。あとを継いだブッシュ政権は、2001年1月の就任直後は、北朝鮮とは交渉しない姿勢をとったが、その後2001年夏までに、東アジアに進出している企業や投資家の圧力を受け、北朝鮮と交渉する軟化姿勢に転じた。そこに起きたのが911事件で、それ以降ブッシュ政権は、2002年1月に発表した「悪の枢軸」の中に北朝鮮を含め、同6月には悪の枢軸に対する「先制攻撃」の方針を打ち出した。

 911後、ブッシュ政権は再び北朝鮮に対して強硬姿勢に転じたように見えたが、その後現在に至るまで、ホワイトハウスは北朝鮮に対する発言こそ辛らつで敵対的だが、実際にやっていることは、北朝鮮と交渉したくないという消極姿勢が目立っている。交渉の主役を中国に任せたり、いやいやながら6カ国協議に参加したり、在韓米軍を縮小するなど、いずれも「アジアの問題はアジアで解決してくれ」「アメリカに代わって中国がアジアを安定させる主導権をとってくれ」という態度である。(関連記事

 つまり今から振り返ると、ブッシュの狙いは最初からイラクだけに絞られていたように感じられる。北朝鮮が「悪の枢軸」に含められたのは、タカ派がミサイル防衛構想を推進するために好都合だったのと、北朝鮮を入れないとイラン、イラクという中東のイスラム諸国だけが悪者扱いされ、アメリカがイスラム諸国をことさら敵視している態度が露骨になり、イスラエルにとって脅威になる国ばかりを敵視していることも問題にされるため、中東以外の国を一つ入れておくのが良いと考えられたのかもしれない。

▼新冊封体制の出現

 在韓米軍の縮小は、アメリカがアジアから撤退する兆候などではなく、北朝鮮に先制攻撃する前兆だという見方や、アメリカの軍事力はもはや多数の地上軍を必要としないほど高度なので、兵力縮小は無駄の削減にすぎない、といった見方もある。だが、これらの見方はおそらく間違いである。

 先週すでに書いたように、在韓米軍の縮小が決まるとともに、韓国と北朝鮮とは急速に緊張緩和を進め、敵対をやめて親密化する方向へと動いている。北朝鮮側は早くも、韓国政界内で北朝鮮に融和的な政策を掲げる政党に接近する姿勢を見せており、政治的に韓国を揺るがそうとする作戦を開始している。南北の主戦場は、むき出しの軍事的敵対から、政治的な駆け引きや謀略の世界に移転し始めている。(関連記事

 これはこれで韓国にとって危険だが、北朝鮮が韓国の政治を混乱させる事態になれば、中国が北朝鮮をたしなめて歯止めをかける動きをするだろう。つまり、朝鮮半島は中国の権威のもとに安定する方向に動き出している。明や清の時代にあった中国中心の外交秩序である「冊封体制」に似たものが、朝鮮半島に再現されつつある。この新体制が確立した後、アメリカが北朝鮮を攻撃しようとすると、北朝鮮だけでなく韓国と中国をも敵に回すことになる。

 大胆な仮説として「アメリカはもはや、北朝鮮・中国・韓国を全部仮想敵と考え、それに対抗してアメリカ・日本・台湾・オーストラリアあたりが軍事同盟を強化する」という予測も見たことがあるが、これも現実を無視している。アメリカは昨年、中国をG8に招いたり、人民元のドルリンクを外させてアジア通貨統合を促進しようとしたり、台湾に圧力をかけて独立志向の住民投票を見直させたりして、中国を重視する政策をとり続けている。(関連記事

 韓国と中国にはアメリカの投資がたくさん入っており、アメリカとしては敵に回すことができない。在韓米軍の縮小を決めた時点で、アメリカは新冊封体制の出現を容認したことになり、その分アジアでの自国の覇権を縮小させる決断をしていたことになる。

 米軍の技術が高度になって地上軍が必要なくなったのなら、在韓米軍の兵力削減はこっそりやるべきだった。大っぴらに兵力縮小を発表したため、米韓関係だけでなく東アジア全体の外交バランスを変えてしまう事態になっている。イラクでの兵力不足に対応するだけなら「数カ月で韓国に戻る」と言ってイラクに転戦させ、あとで延長すればよかったはずだが、米国防総省は「韓国に戻ってくるかどうか分からない」と表明してしまった。これを失策と考えるには無理がある。

 以前の記事「消えた単独覇権主義」で紹介したように、パウエル国務長官は今年初めに「今後のブッシュ政権は中国とロシア、インドを支援する」と宣言しているが、在韓米軍を縮小することは中国の覇権拡大を支援することにつながり、宣言が実行されていることになる。(関連記事

▼危機を煽って交渉する北朝鮮

 米朝関係が悪化したきっかけは北朝鮮の核兵器開発疑惑であるが、これも経緯を詳細に見ると、アメリカがつけた言いがかりに対し、北朝鮮側が一触即発の事態の発生をむしろ歓迎した結果として起きており、どうも一般に理解されている危機とは異なる背景が感じられる。

 2002年10月、訪朝したケリー国務次官補が北朝鮮側に対し、パキスタンからウラン抽出用の遠心分離機を取得しただろうと詰め寄ったところ、北朝鮮側は取得を認める発言を行った。これを受けて米政府は1994年の米朝枠組み合意は無効になったと宣言し、枠組み合意に基づいて実施していた北朝鮮への重油提供を止めると発表した。

 これに対する北朝鮮側の反応は、1993−94年にクリントン時代のアメリカと対立したときと全く同じものだった。2002年の年末から翌年正月にかけて、北朝鮮側はIAEAの査察団を追放し、核拡散防止条約からの脱退を宣言し、寧辺の原子炉の封印を解いて原子炉を再稼動させ、使用済み核燃料の貯蔵庫の封印も解き、使用済み燃料棒を再処理工場に運び込んだ。そしてその上で、アメリカが枠組み合意の無効宣言を撤回し、北朝鮮を軍事攻撃しないと宣言すれば、すべてを元に戻すと表明した。

 さらに、核拡散防止条約からの脱退を宣言した同日、北朝鮮の国連代表団が、クリントン時代に国連代表として北朝鮮と交渉していたビル・リチャードソン(現ニューメキシコ州知事)のもとを訪れ、外交交渉ルートを開こうとした。(関連記事

 1994年の枠組み合意の交渉の際、アメリカがカーター元大統領という裏ルートの交渉役を立ててきた経験から、北朝鮮は「アメリカとは正規のルートではなく、裏ルートで交渉した方がうまくいく」という経験則を持っており、そのためにリチャードソンを訪問したのではないかと思われる。(関連記事

 ブッシュ政権がクリントン政権のやり方をことごとく嫌っていたことを考えると、北朝鮮が交渉の相手にリチャードソンを選んだのは間違った選択だった。ブッシュ政権はリチャードソンを通じた交渉を受けつけなかった。交渉は成功しなかったが、一連の北朝鮮側の行動からは、金正日が望んでいたのはアメリカとの敵対ではなく、アメリカとの和平条約の締結だったことがうかがえる。

▼父親の教えに忠実だった金正日

 金正日は、パキスタンから遠心分離機を買ったと認めれば、アメリカが制裁的な行動をとることが予測できたはずだ。アメリカが態度を硬化させたところで、それに呼応して自らも強硬姿勢に出て、クリントンのアメリカが最も嫌がっていた使用済み核燃料棒の再処理を進めてみせる政治ショーを展開し、クリントン時代と同様に、アメリカから譲歩を引き出せると思ったのではないか。

 1993-94年にクリントン政権とやりあったのは父親の金日成だったが、息子の金正日は、父親が約10年前にとった戦略を忠実になぞったのだと感じられる。朝鮮社会では親に忠実なことは美徳なので、金正日は父親の教えを守ったのかもしれないし、外交経験の浅い金正日としては、父親の真似をするしか手がなかったのかもしれない。

 さらに考えると、北朝鮮側がパキスタンから遠心分離機を取得したと認めたのは事実に基づく肯定だったのかどうか、疑問がある。北朝鮮側は、遠心分離器を持っていないにもかかわらず、持っていると言うことによって、アメリカとの対決を故意に演出した可能性がある。

 前回の記事に書いたように、米当局は、北朝鮮が遠心分離器を持っている証拠を中国など他の6カ国協議の参加国に示すことができず、ニューヨークタイムスの記事や、米高官の確信だけが「証拠」になっている。北朝鮮自身は昨年末から「ウラン濃縮などやっていない。米側はわれわれがウラン濃縮をやっていると認めたと言っているが、それは以前の折衝で米側が勝手に勘違いしただけで、そんなことは言っていない」と主張するようになっている。(関連記事

 日本人拉致問題でも、金正日は2002年に訪朝した小泉首相に対し、日本側が問題にした人全員の拉致を行ったと認めたが、その後人違いの遺骨を出してくるなどおかしな動きがあった。まず最初に「全員を拉致した」と認めるカードを切る戦略だった可能性がある。北朝鮮は、自国に不利なことを認めてもそれが事実ではない可能性があり、否定したからと言ってそれを信用することもできないという、攪乱作戦をやる油断ならない交渉相手であると思われる。

▼アジアの自立を促すアメリカの強硬姿勢

 6カ国協議の交渉で、アメリカは強硬姿勢を貫いてきたが、中国や韓国は、その姿勢は問題の解決を難しくしていると批判している。強硬な姿勢をとることで北朝鮮から譲歩を引き出せるなら意味があるが、すでに述べたように、そもそも北朝鮮が強硬姿勢を取っているのはアメリカの譲歩を引き出すためであり、双方が強硬姿勢をとり続けたままでは解決に向かわない。

 たとえば、アメリカが最近主張していることに「CVID」というのがある。これは、北朝鮮の核兵器開発プロジェクトを「完全に、検証可能なやり方で、再生不能なかたちで破壊する」(Complete, Verifiable, Irreversible Dismantlement)という作業の頭文字をとった言葉で、アメリカはこれが満たされない限り、北朝鮮を攻撃しないという確約はできない、と主張している。

 ところがアメリカはCVIDという短縮形まで作って強硬に主張しているにもかかわらず「完全に」「検証可能な」「再生不能な」という条件が具体的に何をさすのか発表していない。しかも、たとえば「完全に」という定義は「プルトニウムとウランの両方の核兵器開発の装置を破壊する」ことを指す可能性があるが、すでに述べたように、北朝鮮と中国、韓国は「北朝鮮がウラン型の核兵器開発をしている証拠がない」と主張しており、米側の見解と完全に食い違っている。(関連記事

 米側は今のところ、新聞記事など間接情報以上の証拠を示す気がないようなので、CVIDは交渉の進展を止める要因となっている。米政府は「北朝鮮以外の6カ国協議の参加国は皆、CVIDの実現を求めている」「G8の首脳も皆、CVIDを実現したがっている」と言っているが、CVIDの中身が漠然としている以上、各国の賛同は「北朝鮮の核兵器保有は阻止すべきだ」という大枠に賛同しているにすぎない。(関連記事

 アメリカがこのような解決の道筋を示さない強硬姿勢を続ける一方で、在韓米軍の縮小を実施しているが、これはアメリカ抜きで北朝鮮・韓国・中国が交渉を進めていく素地を作っている。また米議会では今、北朝鮮政府が国内の人権問題を解決しない限り、北朝鮮に対する支援を制限する法案(北朝鮮人権法、North Korean Human Rights Act)が審議されているが、この法律が成立するとアメリカは北朝鮮に対する経済支援ができなくなり、韓国や中国の出番がますます多くなる。(関連記事

 そうした事態の中、アメリカは最近、韓国が提案した3段階の解決策を支持し始めている。これは「北朝鮮が核兵器開発を凍結したら、経済支援をスタートし、その後開発装置の破壊について交渉する」というやり方で、従来のアメリカの主張である「開発装置の破壊が終わってから経済支援をスタートする」というやり方に比べ、北朝鮮に有利になっている。(関連記事

 アメリカがこの韓国案を支持しても、アメリカ自身は北朝鮮人権法によって経済支援が禁じられそうなので、おそらく経済支援は韓国・中国・日本などアメリカ以外の国々が行うことになる。これもまた、アメリカ抜きの問題解決への道である。

 6月23-25日に3回目の6カ国協議が北京で開かれる予定だが、そこでもアメリカは強硬姿勢を崩さない可能性が大きい。だがそうなっても、米朝が戦争する懸念が強まるということではなく、逆に、アメリカが東アジアから出て行く傾向が強まるということである。

▼対米従属から出たくない日本

 われわれは戦争の準備をするのではなく、アメリカが出て行った後のアジアでどう生きていくかを考える必要があるのだが、日本ではアメリカがアジアから出て行くはずがないという前提で外交政策が考えられる傾向が強く、事態を見誤る懸念がある。

 外務省など日本政府は、アメリカにより強く寄り添うことで、アメリカが日米関係を疎遠にすることを防ごうとしている。従来の対米従属体制は日本にとって心地よいものだったので、できる限りこれを続けたいのが外務省などの方針と感じられる。

 小泉首相がG8サミットで表明したイラクへの自衛隊派兵の延長も「アメリカが困っているときに協力して恩を売り、日米同盟の解消を防ぐ」という目的がありそうだが、これまでイラク関連の記事で書いてきたように、アメリカがイラクの泥沼に陥ったのは、ネオコンなど米中枢の一部勢力が故意に進めた結果である。米中枢内部では抗争が続いており、その本質を見極めて注意深くやらないと親米路線は危険である。スペインのアスナール前政権のように、足をすくわれかねない。(関連記事

 今年11月の米大統領選挙で民主党候補になるジョン・ケリーは「北朝鮮と直接交渉する」と言っており、ケリーが大統領になったら、状況が変わるかもしれない。だが、ケリーが北朝鮮と和平交渉を締結し、アジアのことはアジアに任せる方向に動くのか、それとも北朝鮮と直接交渉することで6カ国協議の体制を解消し、ブッシュ政権が容認した中国の新冊封体制を潰して再び東アジアでの支配力を取り戻そうとするのか、まだ見極めがつかない。(関連記事

 後者の場合、米中間の対立が強まり、その分日米関係が強化されるかもしれないが、イラク戦争後、すでに世界におけるアメリカの威信はかなり失われており、覇権回復は簡単ではない。アメリカでは今後、覇権を回復しようとする動きと、覇権を放棄して孤立主義に向かう動きとが交互に出てくる状態になるかもしれないが、そうなったとしても、日本のマスコミではアメリカが覇権を回復する方向だけが強調されるおそれがある。

 朝鮮半島をめぐる昨今の動きは、北東アジア全域にとって、第二次大戦以来の大きな動きの始まりである。冊封体制の復活という意味では、アヘン戦争以来の大きな動きになる。日本にとっても大変動になることは、ほぼ間違いない。日本は明治維新の際は他のアジア諸国より先見の明があったが、今の日本は見たいものしか見ない傾向が強く、失敗する可能性が増している。



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