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北朝鮮をめぐるアメリカの詭弁作戦

2004年6月11日   田中 宇

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 冷戦後のアメリカと北朝鮮の交渉の歴史を詳細に見ると、1992年から2000年までのアメリカ政府であるクリントン政権が意外とうまく北朝鮮の核兵器問題に対処していたことが分かる。

 北朝鮮は、1987年から92年にかけて、首都平壌の北方にある寧辺(ヨンビョン)に2つのソ連型の原子炉を稼動させるとともに、周辺に使用済み核燃料の再処理工場を作った。米当局(CIA)の分析によると、1988年には使用済み核燃料から30ポンド(13キログラム)のプルトニウムが抽出され、北朝鮮はこれを使って1−2発の核弾頭を作った可能性がある。(関連記事

 CIAが北朝鮮の核兵器を問題にし始めたのは、1993年11月に作成した機密文書「国家情報評価」(National Intelligence Estimate、世界各国の動きがアメリカにどのくらい脅威になっているか評価する報告書)に載せたときからだった。CIAの評価は「北朝鮮が核弾頭を完成させた可能性は50%」という不確定要素の大きいものだった。(関連記事

 にもかかわらず、北朝鮮の核兵器開発疑惑がアメリカで大きく問題にされたのは、クリントン政権が、冷戦後の軍縮策の一環として、それまで進められていたミサイル防衛構想を縮小する動きをしたためだった。ミサイル防衛構想を推進してきた議会上院など米政界のタカ派や軍事産業(軍産複合体)は、北朝鮮が1993年5月にノドン型のミサイル発射実験をしたことと、北朝鮮が核兵器を作っているかもしれないというCIAの分析を結びつけ「北朝鮮はいずれ米本土を核攻撃できる能力を持つ」と主張し、ミサイル防衛構想の再拡大を要求した。

(ミサイル防衛構想は今年度から米本土に配備されることになっているが、米議会などの調べでは、実験が不十分で防衛の効果が立証されておらず、軍事産業を儲けさすだけの無駄な投資となっている)(関連記事

▼カーターが勝手に決めた「枠組み合意」

 クリントン政権は北朝鮮に核兵器開発を止めさせる戦略をとったが、北朝鮮側は応じず、逆に核兵器開発をおおっぴらに進める態度を見せた。北朝鮮は核拡散防止条約に加盟しており、国際査察団を受け入れていたが、1993年に北朝鮮当局は査察団を追放し、条約からの脱退を表明した後、使用済み核燃料を原子炉わきの貯蔵庫から出して再処理工場に運び込んだ。

 この北朝鮮の強硬姿勢は、その後何回も繰り返されることになったが、これは交渉カードを作るためのもので、譲歩する代わりにアメリカから敵視をやめてもらい、食糧支援などを引き出すための戦略であると思われる。

 クリントン政権は国連安保理で、北朝鮮を制裁する動議を出したが、北朝鮮側が強硬姿勢を変えないため、5万人の米軍兵力と400機の戦闘機を韓国に送り込む計画に着手した。当時の高官たちは「クリントンは寧辺の核施設を空爆することも辞さない構えだった」と証言している。

 しかし、この一触即発の状態は、北朝鮮側に交渉を迫るための政治ショーだった部分がある。1994年6月、カーター元大統領の一行が平壌を訪問して金日成主席と会談し、北朝鮮は原子炉を止めて核拡散防止条約に再加入する見返りに、西側から代わりの原子炉(核兵器の原料を抽出できない形の軽水炉)を作ってもらうという和解案をまとめ、世界に発表した。(関連記事

 当時は、カーターがアメリカ政府とは関係なく勝手に訪朝し、勝手に金日成と話をまとめてしまったことになっていたが、実はクリントンがカーターに訪朝を頼んでいたことが後になって判明した。クリントンは、一方で「北朝鮮との戦争も辞さない」とする強硬姿勢をとりながら、裏で外交ルートを確保し、カーターが勝手にやったことにして、戦争を回避した。これは、好戦的な北朝鮮側に言うことを聞かせる策略だったとともに、タカ派勢力を煙に巻く効果もあった。

 カーターと金日成が勝手に決めた合意は、その4カ月後の1994年10月「米朝枠組み合意」として米朝間の正式な合意事項となり、軽水炉の建設には日本と韓国が金を出し、2003年までに完成させることになった。日韓の軽水炉の技術は、もともとGEやウェスティング・ハウスといった米企業から導入したものであり、北朝鮮に軽水炉を作ることは、日韓の金でアメリカの「軍産複合体」も儲けさすという、クリントン政権からタカ派への配慮があったと考えられる。

 枠組み合意では、アメリカが北朝鮮に対して核攻撃することや、核攻撃を示唆した脅しを行うことを禁じていた。また、相互が連絡事務所を設け、国交正常化に向けて動き出すことや、合意締結から半年以内にアメリカが北朝鮮に科している経済制裁や貿易制限を解除することも盛り込まれていた。(関連記事

▼イラクと北朝鮮:アメリカの戦略の類似点

 ところがその後、米朝枠組み合意は予定通り進まなかった。米国内ではタカ派の反対が強く、アメリカは枠組み合意で決められた経済制裁の解除を実行できなかった。また韓国 の金泳三政権は北朝鮮に対する敵視政策を変えず、1996年には北朝鮮軍の潜水艦が韓国の海岸に漂着して韓国軍と銃撃戦になるなど南北関係が悪化し、軽水炉の建設もなかなか進まなかった。(関連記事

 北朝鮮では金日成がカーター会談の翌月に急死し、その後北朝鮮は1998年に金正日が最高指導者(国防委員長)に就任して新体制がスタートするまで4年間の調整期間に入り、事態は進まなかった。

 金正日体制が始まると同時に、北朝鮮は1998年8月にテポドン型ミサイル(人工衛星)を試射し、アメリカ側に対する強硬姿勢を再発させた。これと前後してアメリカは、北朝鮮が寧辺北方のクムチャンリ(金倉里)にある地下施設(大洞窟)で核兵器の開発が行われていると主張した。1993-94年にも展開された政治的な駆け引きが再開された。

 北朝鮮は、米側の代表団がこの地下施設を査察することを了承し、99年と2000年に査察が行われたが、そこに核施設が存在していた兆候がみられなかったため、クリントン政権はクムチャンリの疑惑が間違っていたことを認めた。(関連記事

 これに対し、当時すでに米政界内で力を持っていたネオコンらタカ派は「米代表団が訪問する前にすべて撤去されたに違いない。何も怪しいものが見つからなかったこと自体が、北朝鮮側が隠そうとしている証拠である」という理屈でクリントン政権を批判した。

 ネオコンは、これと全く同じ理屈を、2002年にイラクに適用している。「イラクは大量破壊兵器を持っているはずだ」と主張した上で、国連の査察団が現場に行って調べると何も見つからず、それに対して「何も見つからなかったことは、イラク側が隠したという証拠である」と主張し、そうした詭弁の末に米軍のイラク侵攻が実施された。

 北朝鮮が核兵器を持っている可能性はある。北朝鮮はアメリカからの核攻撃に備え、全国に地下豪を作り、重要施設を地下に置いている。観光地として有名な平壌の大深度の地下鉄駅がその一つであるが、そうした地下施設に核兵器が隠されてしまえば、どんな査察団が入っても見つけられる可能性は低い。

 だがその一方で「見つけられる可能性が低いのだから、査察などやっても無駄で、先制攻撃した方がいい」というネオコンの主張が通ってイラク侵攻が挙行された結果、イラクはフセイン時代よりも悲惨な状況になり、アメリカ自身も国際的威信を失墜している。イラクは侵攻ではなく、査察と外交で問題を解決すべきだったが、同じことは北朝鮮に対しても言える。

(ラムズフェルド国防長官は、北朝鮮の地下軍事施設を破壊できる小型核兵器の開発が必要だといっているが、これもミサイル防衛構想と同様、軍産複合体が儲かるだけの、危険で間違った方向である。小型核兵器を地下で爆発させても、地上に放射性物質が漏れない仕組みを作れると国防総省は主張しているが、研究者の間からは、それは非常に難しいという指摘が出ている)(関連記事

▼ニューヨークタイムスの怪しさ

 アメリカでは、ニューヨークタイムスが北朝鮮の核兵器開発についてわざと危機を煽るリーク記事を載せているという指摘がある。ブルース・カミングス(Bruce Cumings)という著名な北朝鮮研究者によると、ニューヨークタイムスのデビッド・サンジャー(David Sanger)というホワイトハウス詰めの記者は、政府高官が流す怪しげな情報を大々的に書き続けている。クムチャンリの疑惑の発端を作ったのは、1998年8月のサンジャーの記事だった。(関連記事

 サンジャーは昨年7月には、北朝鮮がプルトニウムの第2再処理工場を持っていることを米諜報筋が突き止めたという記事を流したが、これも怪しい話だった。再処理の過程で排出される「クリプトン85」という放射性物質が検出されたことが記事の根拠になっているが、北朝鮮がひそかに再処理を進めているとしたら、クリプトン85の濃度が上がらないよう、分散して再処理を行うだろうと指摘されている。

 サンジャーは今年3月には、パキスタンの「核兵器の父」と呼ばれるカーン博士が、ウラン濃縮用の遠心分離機を北朝鮮に渡したとする記事を書いている。この記事が出た後「北朝鮮はプルトニウム形の核兵器だけでなく、ウラン型の核兵器も開発している可能性がある」として世界的に大騒ぎになった。(関連記事

 だが不思議なことに、アメリカ当局はカーン博士にこの件について尋問していない。カーン発言は、パキスタン当局が博士から得られた情報としてアメリカに伝えてきたものを、検証せずにホワイトハウスがニューヨークタイムスに流したものだった。国務省のボルトン次官(軍備管理担当、ネオコン)は「カーン博士を直接尋問する予定はないし、その必要もない」と述べているが、これに対してアジアタイムスの記事は「政治的な意思がたくさん入った伝言ゲームが展開されている」と指摘している。(関連記事

 今年4月に中国を訪問したチェイニー副大統領は、中国の当局者に「ニューヨークタイムスのカーン発言の記事に注目すべきだ」と述べた。チェイニーは当局者なのに、当局が調べた情報ではなくニューヨークタイムスを引用して発言しているのは異様だ。中国側は「北朝鮮が濃縮ウランを使って核兵器を作ろうとしている」というアメリカの主張は根拠が薄いと判断し「アメリカは信憑性の薄い主張を繰り返し、6カ国協議の進行を遅らせている。そうしたやり方はやめるべきだ」と発表している。最近は北朝鮮側も、ウラン型の核兵器開発をやっていないと主張している。(関連記事

 以前の記事「核兵器をばらまいたのは誰か 」に書いたように、北朝鮮がカーン博士とコンタクトを持っていた可能性は十分にある。だが、アメリカが根拠を示せない以上、6カ国協議でウラン型核開発を問題にして解決していくことは難しい。(関連記事

 北朝鮮の核問題には、この手の真偽の判断が難しい話がいくつもあるが、日本では「アメリカがウソを言うはずがない」「アメリカを疑う者は北朝鮮シンパである」といった短絡的な見方が多い。北朝鮮の核問題は、日本の安全や将来に影響する重要な問題なのだから、もっと冷静に思考されるべきである。

 真偽の判断が難しい「灰色」の話がたくさん報じられ、それがいつの間にか「黒」(確定的な証拠)にされていく過程は、すでにイラク戦争前に経験したことだ。ニューヨークタイムスは、イラクをめぐっても怪しい報道を展開し、ジュディス・ミラーという国防総省に近い記者が、今ごろになって責任追及されている。おそらく、サンジャーやミラーが記者個人として怪しい報道をしたのではなく、ニューヨークタイムスはトップの経営判断として米上層部のプロパガンダ戦略に協力したのだろう。(関連記事

【続く】



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