北朝鮮問題で始まる東アジアの再編2003年9月3日 田中 宇8月27日から29日まで北京で開かれた北朝鮮の核兵器問題をめぐる6カ国会議について、私は世間で報じられている様相とは異なるイメージを持っている。 日本やアメリカでは、北朝鮮と他の5カ国が非難し合っただけの、あまり意味のない会議のように報じられている。だが私には、それは強硬派が多い両国内の世論の激昂を防ぐため、日米の政府が、あの会議をそのようなイメージのものとして見せたがり、中国や韓国なども日米のそうした状況を理解した結果「非難の応酬」というイメージが作られたのだと感じられる。 私がそのように考える理由の根本には、北朝鮮を「悪の枢軸」と呼び、先制攻撃の対象にしていたはずのアメリカが、実は北朝鮮に対して意外に穏健な政策をとり続けているという現実がある。 ▼対北朝鮮外交の裏に「経済」 2001年初め、北朝鮮との国交正常化まであと一歩のところまでこぎ着けながら、任期の時間切れで不成功に終わったクリントン政権のあとを継いだブッシュ政権は、米共和党タカ派の強硬政策を反映し、クリントンとはすべて違う政策を採るのだという気負いもあり「北朝鮮とは交渉しない。経済封鎖して政権崩壊を待つ」という政策を打ち出した。 だがこれには、これまで共和党に献金してきた米国内の大企業や投資家などが反対した。崩壊に追い込まれた北朝鮮は、自暴自棄になって韓国や日本などを攻撃する可能性が強まり、アメリカが巨額の投資を行い、高い利回りを得てきた東アジア経済圏が崩壊する恐れがあるからだ。日韓中など東アジア諸国は、アメリカの国債や株式をたくさん買ってくれ、ブッシュ政権になってから不安定になったアメリカの国家財政や金融を支えてくれている。北朝鮮を暴発・壊滅させると、アメリカも経済的に傷ついてしまう。 こうした理由から、ブッシュ政権は2001年7月ごろには北朝鮮と交渉しても良いという政策に切り替えた。ところがその後、ほどなく911事件が起こり、ブッシュ政権中枢では、好戦的なタカ派が一気に権力を握るようになった。 そして、イラクに侵攻すべきだという論調が高まる中、アメリカにとって直接の脅威にはなっていなかったイラクの政権を潰すための理屈づけとして、2002年1月にブッシュ大統領は「悪の枢軸」という概念を発表し、9月には悪の枢軸に対する核攻撃を含む「先制攻撃」を正当化する方針を正式に宣言した。 ▼親密な同盟体になるかもしれない中韓朝 こうした流れの中で、アジアのアメリカウォッチャーたちを混乱させたのが、悪の枢軸に北朝鮮が含まれていたことだった。ブッシュ政権は、イラクに対しては一貫して交渉を拒否し、最近の報道によると、3月の開戦前後にイラクの国防大臣がアメリカ側と秘密裏に交渉し、戦争を早く終わらせて戦後を安定させようとした。だが、ホワイトハウスはその申し出を断わって徹底戦争に入り、戦後のイラクの大混乱のもとを作った。 ところが、イラクに対する強硬姿勢とは裏腹に、アメリカは北朝鮮に対しては「悪の枢軸」に指定した後も、昨年7月にはパウエル国務長官がブルネイで開かれたASEAN地域フォーラム(ARF)の場を使って北朝鮮の外相と会談し、10月にはケリー国務次官補が平壌を訪問するなど、外交交渉のルートをオープンにし続けていた。 北朝鮮側からの外交攻勢も始まり、昨年10月には韓国・釜山で開かれたアジア大会に選手ら600人を派遣し、北朝鮮は韓国で開かれた国際スポーツ大会に初めて参加した。9月に小泉首相を平壌に招待し、拉致疑惑を認めたことも、日本からの経済支援と国交正常化を期待した外交作戦だったと思われる。11月には、日米中韓ロの5カ国で毎年開催されている「北東アジア協力対話」(NEACD)に、初めて代表団を派遣した。(NEACDは、東アジアの緊張緩和を目的に、公式な外交ルートとは別に、各国の外務・国防省や大学の研究者らが数人ずつ集まり、軍事から経済まで幅広い分野の意見交換をおこなう定期会合) 北朝鮮は、このような日米韓との関係正常化に向けた外交攻勢を行う一方で、核爆弾を開発していることをアメリカに対して通告するという敵対行動を採った。これは、アメリカとわざわざ戦争したがっている自暴自棄の行為とも思えたが、そうではなくて、逆にアメリカと交渉できるのなら、核武装を宣言しておいた方が有利だし、アメリカからの攻撃に対する抑止力にもなると考えての暴露だったとも考えられる。 同じ「悪の枢軸」でも、イラクに対しては、核兵器を開発していることを示すためのウソの理由を作って戦争を仕掛けて潰したのに、自分から核兵器開発を暴露した北朝鮮に対しては、ブッシュ政権の高官たちは何度も「外交で解決する」と表明し続けた。 北朝鮮の核兵器開発宣言は、戦争を誘発しなかった。むしろアメリカはその後、自ら北朝鮮と交渉することを避け、交渉の主導権を中国に与えてしまった。アメリカでは「北朝鮮と交渉すると、ゆすりたかりを受けるだけで不利なので、中国に押しつけた」とする解説が主流だが、この説明はアメリカが北朝鮮に困らされていることを明らかにしないための詭弁のように聞こえる。 中国は、北朝鮮問題の解決を任されたことにより、問題を解決したあかつきには、朝鮮半島に対して大きな影響力を持つことになった。北朝鮮との交渉の主役が中国に移るとともに、韓国は中国に全面的に協力している。同時に韓国は、以前よりだいぶアメリカから距離を置くようになっている。 この傾向の中で中韓が協力して北朝鮮をなだめ、安定させて核問題や拉致問題、北の人々の生活苦などを解決できたら、中国と朝鮮2国は親密な同盟体になる可能性がある。そのとき、アメリカは東アジアに対する影響力を大幅に失っていることになる。つまり、北朝鮮問題を中国にやらせることは、汚れ仕事を下請けに押しつけるようなものではなく、逆にアメリカが東アジア支配から手を引く第一歩となる可能性が大きい。 ▼東アジアの破壊を防ぐのが目的? こうした見方が正しいとしたら、なぜアメリカは東アジアから手を引くのだろうか。一つのポイントは、アメリカが手を引くことが、アジアとアメリカの関係の終わりではないということである。米軍は、アジアから出ていくだろう。強いアメリカに、弱いアジア諸国が従うという関係も終わる。しかしその代わりに、自分の国のあり方を自分たちで決定する自律したアジア諸国と、アメリカとの、従来より対等に近い関係を築ける可能性が出てくる。 アメリカではここ数年、自国の国益を重視する(と主張する)「タカ派」がどんどん幅を利かせるようになっている。この勢力の中には、イラクを民主化すると言って侵攻し、わざとイラクを大混乱に陥れ、中東全域に混乱を広げようとしている人々がいる。また、1999年に包括的核実験禁止条約(CTBT)を議会で批准せず潰し、その一方で自粛していた小型核兵器開発を再開し、北朝鮮やイランなどアメリカに敵視された国々を核武装の方向に押しやったのも、アメリカのタカ派である。 アメリアのタカ派は、国益のためにこれらのことをやったと言っているが、これらの行動は実はアメリカの国益になっていない。世界を混乱させ、アメリカの国防費がつり上がり「軍産複合体」が潤うだけである。世界の混乱は、軍事産業にとっては嬉しいかもしれないが、その他の産業に投資している人々は迷惑する。特に、すでに述べたように、東アジアの混乱は、アメリカにとって明らかにマイナスだ。(関連記事) そのため、タカ派の台頭を好まない勢力(中道派)は、東アジアがタカ派によって滅茶苦茶にされることを防ごうと考え「面倒な北朝鮮のお守りを中国に押しつける」という理屈を使い、東アジアを自律させようとしているのではないか。私にはそんな風に感じられる。以前に書いた「アジアの通貨統合」の動きをアメリカが黙認しているのも、同じ理由からだと思われる。 中国は北朝鮮問題だけでなく、東南アジアや南アジアに対しても積極外交を展開している。こうした昨今の中国を評して、ニューヨークタイムスは「100年前のアメリカに似ている」と書いている。 1900年前後のアメリカは、スペインを追い出して中南米を「解放」(間接植民地化)したり、英仏露や日本によって分割植民地化されそうになっていた中国に対して1899年に「門戸開放宣言」を行って分割に反対し、国民党政権の樹立を後押しして中国の統一維持に貢献した。米国内の親中国派からすれば、100年前にアメリカが救った中国が、今や成長して世界的な大国として振る舞えるようになった、ということだ。 逆に中国からみると、アメリカは歴史的な恩人だ(反面、中国分割派の急先鋒だった日本は歴史的な敵である)。中国中心のアジアは、かつて日本が目指した日本中心のアジアに比べ、自律しても「反米」になる度合いが低いかもしれない。 アメリカから自律していく東アジアには、日本も含まれる。最近、日本人は先が見えなくなり、何もする気がなくなって憂鬱になる人が多いようだが、自分の国が自律しなければならない時代が来るとなれば、やるべきこと、考えるべきことも増え、閉塞感がとれて世の中の気分が変わる可能性もある。
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