米中関係とネオコンの行方2003年6月17日 田中 宇6月1日、米ブッシュ政権の中枢と目されているポストの一つに、初めて中国専門家が就任した。プリンストン大学教授のアーロン・フリードバーグ(Aaron Friedberg)という人物が、チェイニー副大統領の国家安全保障担当副補佐官になったのである。 フリードバーグ教授は中国に敵対的な態度をとってきたことで知られている。ブッシュ大統領は就任早々、中国を「戦略的競争相手」と呼び、前任のクリントン(中国を「戦略的パートナー」と呼んで親しげな態度をとった)に比べて中国に対して厳しい態度で臨もうとしたが、ブッシュが使った「戦略的競争相手」(strategic competitor)という言葉は、フリードバーグが何年も前から中国に対して使っていた表現である。彼は政権に入る前から、ブッシュ政権の中国政策に大きな影響を与えていたことになる。 フリードバーグはまた「アメリカ新世紀プロジェクト」(PNAC)の創設メンバーでもある。PNACは「ネオコン」(新保守主義派)の牙城といわれ、1997年に設立された当初から、サダム・フセイン政権を潰すべきだと主張していた。 イラク戦争を機に有名になった米政権中枢のネオコンは「独裁国家に戦争を仕掛けて倒し、強制的に民主化する」という戦略を持っているとされ、共産党が一党独裁を続ける中国に対しても、以前から批判的だった。 ネオコンは911事件後、ウォルフォウィッツ国防副長官を筆頭に、ブッシュ政権の中枢でイラク侵攻の実施を強硬に主張し、パウエル国務長官ら慎重派(中道派)を抑えて開戦に持ち込んだ上、短期間で米軍を勝利させた。この「戦果」により、今やブッシュ政権の世界政策はネオコンが決定していると考える人が多い。 アジアの2つの新聞が、フリードバーグの就任は「米中関係が悪化するきっかけとなるかもしれない」とする論調を載せている。その一つであるアジアタイムスの記事によると、フリードバーグの任命が意味によって、ブッシュ政権が中国を敵視する政策を続けていることが明らかになった。911以降、アメリカはテロ戦争や北朝鮮問題で中国の協力を得るために、中国に対して友好的な態度をとってきたが、それは単に戦術上の必要性から出た表面的なもので、本質的な態度ではないという。 もう一つのタイペイタイムスの記事も、タイトルからして「米中関係はネオコンによって悪化するかもしれない」となっている。 ▼ブッシュは親中国?反中国? ところが現実の外交舞台では、こうした分析とは正反対の展開が起きている。フリードバーグがチェイニーの副補佐官に就任した同日、ブッシュ大統領はフランスのエビアンで、G8サミットに招待された中国の胡錦涛国家主席と会談した。ブッシュと胡錦涛は互いに相手を刺激しないように務めた結果、両者で対立する点はなかった。 これまでの歴代首脳による米中対談では、中国が台湾を威嚇している問題や、中国やチベットの人権問題、宗教弾圧の問題、中国が中東などの反米国家に武器などを供給している問題などをアメリカ側が提起し、それに対して中国側が反論することを繰り返してきた。ところがエビアン会談では、これらの対立しそうな話題は回避された。ブッシュは胡錦涛に、北朝鮮問題の解決に中国が努力してくれるように頼んだが、この依頼を胡錦涛が受け入れてくれるよう、ブッシュは中国が嫌うテーマを持ち出さなかった。 一方胡錦涛も、北朝鮮問題でアメリカの依頼を聞く代わりに台湾問題でブッシュに譲歩を迫るようなことをしなかった。台湾問題を持ち出すと、ネオコンなど米国内のタカ派を刺激し、ブッシュ政権の対中スタンスが敵対的な方向に動きかねないので、それを避けたのだろう。 こうした米中対談の結果に、フリードバーグも参加しているネオコンの牙城「PNAC」では、ブッシュを批判する論文を発表した。ネオコンの知恵袋として知られる評論家ウィリアム・クリストルが書いたこの論文によると、ブッシュは人権問題で胡錦涛をほとんど批判せず、中国企業がイランの弾道ミサイル開発に協力していたことも批判しなかった。 台湾問題に至っては、ブッシュは中国の姿勢を批判するどころか「われわれは台湾の独立を支持しない」とだけ言い、これまで米中間で取り決めた台湾問題をめぐる事項のうち、中国が好むポイントのみを発言し、中国側に擦り寄った。「ブッシュはクリントンの外交を批判していたのに、これではクリントンと同じだ」と酷評している。 PNACの参加者たちがブッシュ政権の外交政策を牛耳っているはずなのに、なぜPNACがブッシュの外交姿勢に対して不満をぶちまける論文を発表するのだろうか。素直に考えれば、PNACそしてネオコンは、ブッシュ政権の外交政策を牛耳っていないのではないか、という疑念が湧く。 ▼終わっていない「中道派vsネオコン」 PNACの論文をよく読むと、筆者のクリストルの批判は、ブッシュ自身ではなく「大統領や副大統領らが他のことに忙殺されている間に、政権の対中国外交を乗っ取った官僚たち」に向けられている。これまでのブッシュ政権内の対立の経緯から考えると、クリストルが敵視している「官僚たち」とは、国務省の官僚たちであり、それを取り仕切っているパウエル国務長官や、国務省OB系の政治家たち(ベーカー元国務長官ら)、つまり「中道派」である。 私はイラク戦争前、ネオコンと中道派の対立をずっと追っていたが、その対立はネオコンがイラク侵攻を戦勝に導いた時点で「ネオコン勝利」で終わったはずだ。世の中の多くの分析者の見解はそうなっていた。 だが、その後の現実は逆の方向に進んでいる。むしろパウエルと国務省、中道派がイラク戦争後もアメリカの外交政策を牛耳っているか、もしくは政権内でネオコンと中道派の対立が続き、折衷的な外交政策がとられている。その一つの例が、6月1日の胡錦涛会談と、それに続くPNACのブッシュ批判に表れている。 ブッシュ政権が中国に対して宥和的な態度を見せたのは、6月1日の胡錦涛との対談だけではない。5月末、アメリカは台湾が新型肺炎問題を契機にWHOに加盟することを支持したが、この際にもブッシュ大統領は「一つの中国の原則を支持し続ける(台湾の独立は支持しない)」との表明を添えることを忘れなかった。中国が台湾のWHO加盟に反対していることを考慮したのである。(関連記事) また、ネオコンの中心的存在として、イラク戦争後アメリカの軍事政策の中心的立案者となったはずのウォルフォウィッツ国防副長官は、6月1日にシンガポールで開かれたアジア国防大臣会議で行った演説で「北朝鮮が核武装を断念し、中国のように経済開放への道を取れば、アメリカは北朝鮮を潰さない」という趣旨のメッセージを発した。北朝鮮に「中国を模範とせよ」と言ったウォルフォウィッツは、間接的に中国の現状を良いものとして認めたことになる。これは従来のネオコンの中国敵視政策とは大きく異なっている。(関連記事) 対中国政策だけではない。イラク復興では、国防総省がイラク統治の最高責任者に任命したジェイ・ガーナー(ORHA長官)は事実上降格され、ガーナーの上司として着任したのは国務省系のポール・ブレマーだった。ブレマーは元国務省の外交官で、しかも国務省を去った後キッシンジャーのもとで働いており、その点では外交重視派であるが、思想はネオコンに近く、ネオコンと国務省の対立の果てに生まれた妥協人事の産物だったという指摘がある。(関連記事) パレスチナ問題や、対サウジアラビアとの関係なども、ネオコンが牛耳っているとは思えない展開となっている。これらのテーマは一つ一つが複雑で、状況を簡単に説明できないので、いずれそれぞれ別な原稿として書きたい。 アメリカ政界の論者の中には、すでに「ネオコンの時代は終わった」と断定している人もいる。保守派の中でも国内中心主義(孤立主義)に立ち、ネオコン(変革重視の国際派)とも、中道派(安定重視の国際派)とも対立してきたパット・ブキャナン(元大統領候補)は「ネオコンの最盛期は終わろうとしている」と指摘する論文を発表した。 この論文によると、ネオコンの時代が終わりつつあるのは、ネオコンが立案した攻撃的な外交政策を、ブッシュ大統領が採用するのを止めたからで、その背後には「あらゆる帝国は、拡大を止めた後は守りに入る」という理由があると書いている。ブキャナンの主張は直感的で根拠が薄く、ブキャナン自身も「予測にすぎない」と保留をつけながら主張している。だが彼は以前からネオコン批判を繰り返してきただけに、ネオコン・ウォッチャーとしての眼は肥えていると思われる。 ▼見えにくい内部抗争の実態 私が「ネオコン対中道」の戦いの結果にこだわり続けるのは、どちらが勝ったかによって、アメリカの世界戦略の方向性が大きく変わり、今後の世界情勢もかなり違ってくるからだ。 ネオコンの代表格であるウォルフォウィッツは、911からイラク侵攻に至る過程で、世界中の独裁政権、反米政権を米軍の先制攻撃で倒し続ける「無限の戦争」を提起している。半面、中道派の代表格であるパウエル国務長官は、1992年の「パウエル・ドクトリン」で、なるべく戦争はせず、外交によって世界支配(「世界の警察官」としての任務)を続けていくことを掲げている。 アメリカの中心がネオコンなら、今後もあちこちで戦争が続くことになるが、中心が中道派に戻ったのなら、今後はイラク侵攻のような大義なき戦争はしないと予測されることになる。 だが、どっちが勝ったかを判断するのは簡単ではない。それは、ありのままを見せないことがネオコンの情報戦略となっており、中道派もこれに対抗して同じように人々の目をあざむく戦略をとっているからだ。これは、わざとウソを言うことによって、敵の目を欺き、混乱させて勝利に近づけるのだという戦略で、2002年2月には国防総省内に「戦略的影響局(Office of Strategic Influence、OSI)」という組織が作られている。(関連記事) アメリカ国内向けに政府がウソを発表することは違法になるので、この組織は「海外向け」に戦略的ウソ情報を発表する機関として作られたが、政権内外の反発にあい、短期間で解散している。とはいえ、ネオコンが影響力を持っていた以前のレーガン政権でも、同じような組織(外交広報局)が作られていた。このように「戦略的ウソ」が以前からウォルフォウィッツらの戦略になっていたことを考えると、彼らがこの戦略を自らとブッシュ政権の情報発信に応用した可能性が大きい。(「復権する秘密戦争の司令官たち」) 戦略的ウソ戦略の問題点は、戦略的なウソを流し続けると、敵だけでなく味方も混乱してしまうことだ。ブッシュ政権がなぜイラクに侵攻したのか、戦争後も不明確なままだし、ネオコン自身が何を求めているのかも分かりにくい。アメリカの同盟国でさえ、アメリカが何をしようとしているのか分からず、イラク戦争が近づくにつれ、西欧諸国が反米感情を持つようになった。ネオコンの戦略を採用したブッシュ政権は結局「同盟国なんかいらない」という態度をとることになり、気まぐれに武力を行使する帝国と見られるようになった。 こうした展開もネオコンの戦略の一部だったのかもしれないが、どこまでが本当の戦略で、どこまでが戦略的ウソなのか分からない以上、それを分析するには大量の推論が入ることになり、確定的な分析ができない状態になっている。アメリカがやっていることの表向きだけを見ていると、ネオコン対中道派の対立そのものさえはっきり見えない、ということになる。 911とともに始まった激化したこの情報戦争には、ネオコン系、中道系双方のアメリカのマスコミ関係者も「参戦」している。書かれている情報そのものが間違いではなく、ニュースに対する意味づけや「匿名高官の発言」「密室での会議の様子」などの情報に色づけしているのではないかと思える記事も多い。アメリカの新聞記事を読む際には、その記事がどの派閥のどういう意図に基づいて書かれたものか、裏読みしながら読まないと騙されてしまう。 ▼これまでの推論の見直し すべてのマスコミ情報が「戦略的ウソ」の可能性を含んでいる以上「ネオコンと中道派の対立」そのものが、ブッシュ政権中枢の人々が総出で演じている戦略的ウソであり、パウエルとウォルフォウィッツは対決する演技を続けているだけではないか、という仮説も成り立つ。情勢の「裏」(対立)だけではなく「裏の裏」(対立を演じること)があるのではないか、ということだ。昨年夏、対立が表面化したとき、イギリスのBBCがそのような可能性を指摘していた。(改めて記事を探したが見つからなかった) しかし、ネオコンと中道派の対立の結果と思われる政策の揺れは、ブッシュ政権の就任直後から、至るところで見受けられる。それも、その揺れを指摘するニュースは、あまり広く報じられない小さなニュースとして流出し続けている。小さなニュースまで細かく長期間にわたって拾い続けている人にしか分からないように「演技」を発表するというのは、情報戦略としては考えにくい。 また昨年12月以降、パウエルが戦争慎重派から積極派に転じたことを見て「パウエルはネオコンに転じたのではないか」という仮説もある。私は昨年末の記事「イラク戦争を乗っ取ったパウエル」で「パウエルはタカ派(ネオコン側)に転じたふりをしているのではないか」と指摘した。 当時の記事では、私はパウエルの「乗っ取り」の目的を「イラク開戦を防ぐためではないか」と推測したが、読みに反して戦争は行われた。だが、戦争後のアメリカの世界戦略が「外交重視」の中道派的な方向に進んでいることをふまえ、改めて当時の分析について考え直すと「パウエルは、イラク戦争後にネオコン支配を止めるために、タカ派に転じたふりをしたのではないか」という新たな仮説が生まれてくる。 イラク戦争の「理由」となった、イラクが大量破壊兵器を保有しているという証拠が、実はウソだったということが英米で問題になっている。これは、パウエルがラムズフェルドらの勢力を潰すために問題化させているのではないかと感じられる。ウソだったことが分かった「証拠」の一部は、国防総省内のネオコンが収集し、パウエルが今年2月に発表したものである。 この問題と、パウエルがネオコン側に寝返った(ふりをした)ことと、関係があるあるように思える。もし今後この問題がアメリカで政治スキャンダルにまで発展したら、そのあたりのことがさらに分かってくるかもしれない。 今回のように「中道派対ネオコン」や「パウエルの演技」について書くたびに「面白くない」「難解だ」という読者からのメールが届く。「机上の分析より現場ルポの方が面白い」というご指摘もいただく。 しかし、アメリカが日本を含む世界をどのように支配したいのか、という見えにくい問題を解くには、誰がアメリカを主導しているかを特定しなければならず、そのためにはネオコン分析やパウエル分析が不可欠となる。その分析が、推論の上に推論を重ねるものになってしまう理由は、すでに述べたように「戦略的ウソ」が内部抗争の一部になっているからである。難解で、しかも推論ばかりで申し訳ないが、私は、アメリカの世界戦略という「マクロ分析」と、現場ルポという「ミクロ分析」の両方とも重要だと考えている。 先週、記事を配信できなかったのは、今回の記事をなるべく分かりやすく、推論するにしても確度の高いものにしようといろいろ調べた結果、時間がかかりすぎたことが原因だった(これでも満足のいく出来栄えになっていないが)。これまでのところ、911以降の私の分析に対しては「陰謀論」のレッテルを貼られることが多いが、それは推論が多いことが一因だと考えている。今後さらにいろいろ調べることによって、なるべく多くの人々に理解していただけるような記事執筆を目指したい。
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