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復権する秘密戦争の司令官たち

2002年5月21日   田中 宇

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 今年2月13日、アメリカ政府が「数時間以内に、国内か中東のイエメンで大規模なテロがあるかもしれない」という警告を発した。アフガニスタンなどでアメリカの捕虜となっているアルカイダとタリバンの兵士たちを尋問したところ、テロ計画が発覚した、と米当局は発表した。だが、政府の警告を受けて全米が警戒態勢に入ったものの、テロ事件らしいものは何も起こらなかった。(関連記事

 この後、アメリカのマスコミがテロ警戒に関するニュースで埋められ、他のニュースは目立たなくなっている最中の2月14日、政府新組織の設立と人事が一つ発表された。国防総省の傘下に「情報認知局」(Information Awareness Office、IAO)という組織を新設し、そのトップにジョン・ポインデクスター(John Poindexter)という人物を据えた、という人事だった。(IAOの設立自体は1月中旬)(関連記事

 この組織は、アメリカを標的にしたテロ計画を事前に察知するため、信号傍受や盗聴を強化することが仕事で、アメリカ国内での傍受や盗聴を行うIAOと、海外での傍受や盗聴を行うIEO(Information Exploitation Office)という双子の機関が一体となって機能するようになっている。IAOの業務の詳細は発表されていないが、おそらく米軍が持つインターネットの信号傍受システム「エシュロン」などを駆使し、ネット上や電話通信網でのやりとりを傍受(盗聴)すること任務にしていると思われる。

 2001年の911事件以来、米当局が世界中の電子メールや電話の会話の中でテロ戦争に「必要」なものを盗聴しているという話を聞いても、多くの人々はもはや驚かなくなっているだろう。むしろ2月14日の人事で関係者が驚いたことは、ポインデクスターという人名の方だった。彼は、1986年にアメリカで暴露された諜報事件「イラン・コントラ事件」の主犯の一人として起訴され、一審では有罪になったが、二審で無罪になった人だった。

▼アメリカの麻薬問題はCIAが起こした?

 イラン・コントラ事件は、1980年代のアメリカ最大の事件である。アメリカ政府が敵国のはずのイランに密かに武器を売り、その代金を中南米ニカラグアの右派反政府武装組織「コントラ」に渡して武器を買わせていたもので、アメリカではイランやコントラに武器を売ることが違法とされていたため、問題となった。

 ニカラグアでは1930年代からアメリカに支援された軍事政権が続いていたが、1960年代に社会主義化したキューバが支援する左翼ゲリラが強くなり、1979年に社会主義化した。この革命が他の中南米諸国に広がることを恐れたアメリカは、ニカラグアの右派勢力を集めてコントラを作って支援した。

 1996年にアメリカの新聞「サンノゼ・マーキュリー」が報じて大きな問題になった連載記事によると、コントラは1981年にCIAによって作られた。その後、コントラはコロンビアの麻薬組織からコカインを仕入れ、ロサンゼルスなどアメリカ国内で売り、武器を買う資金を調達したが、このプロセスを指導したのもCIAだった。

 コロンビアの麻薬組織は、コントラに麻薬を供給すれば冷戦に協力したことになり、アメリカの麻薬取り締まり当局(DEA)から検挙されるのを免れると知り、協力していた。アメリカの麻薬問題は1980年代にひどくなったが、これはアメリカの当局自らが煽ったものだった、とサンノゼ・マーキュリーは指摘し、連載記事を書いたギャリー・ウェッブ(Gary Webb)は、アメリカのジャーナリズム界で最も名誉あるピューリッツァ賞を受賞した。

・サンノゼ・マーキュリーの連載記事(アーカイブされたもの)
その1その2その3

 だが、この連載記事の内容に対して、米当局が「間違っている」と指摘し、ニューヨークタイムスなど大手メディアは当局の発表の方だけを報じた結果、ギャリー・ウェッブはマスコミ界からパージされた。アメリカで麻薬問題を調べているジャーナリストなどの中には「真実を書いたウェッブは、冷戦遂行のために米国内の麻薬問題の火種を作ってしまったことを隠したい米当局などからの攻撃を受けて潰された」と考えている人が多い。(関連記事

▼レーガン政権の「秘密の戦争」司令官たちの再結集

 このように、イラン・コントラ事件につながるアメリカのコントラ支援とはアメリカの冷戦時代の秘密の戦争の一つだったが、ホワイトハウスで国家安全保障担当の大統領補佐官としてそれを指揮したのがジョン・ポインデクスターだった。

 そのポインデクスターが、米国内の電話やメールを盗聴できる新組織のトップに就任するということは、かなり危険なことではないか、とイギリスの新聞「ガーディアン」などは警告した。アメリカは「テロ戦争」を名目に、また秘密の汚い戦争をやろうとしているのではないか、という懸念である。(関連記事

 ポインデクスター以外にも、イラン・コントラ事件が起きた1980年代中頃にレーガン政権下で中南米の秘密の戦争を政府内から指揮した人々が、今年の初め以来、次々にブッシュ政権の中枢に据えられ、政府に戻ってきている。(関連記事

 ブッシュ政権は今年2月には、ホワイトハウスの人事を問題にしがちな上院が休会に入っている間に、オットー・ライヒ(Otto Reich)という人物を、国務省で中南米を担当する国務次官補に据えた。ライヒはレーガン政権下の国務省でコントラをサポートし、中南米情勢に関して政府の都合の良い情報をアメリカのマスコミに流す「外交広報局」(Office of Public Diplomacy、OPD)という政府機関のトップもやっていた。OPDはアメリカのマスコミに、ニカラグアの社会主義政権を攻撃する内容の記事を書かせたり、架空の人物によるコントラ擁護の論文を載せるよう働きかけたりした。(関連記事

 これより前の昨年夏、国防総省の中南米担当の副次官補にレゲリオ・パルド・マウラー(Rogelio Pardo-Maurer)という人が任命されたが、彼は1980年代にコントラのアメリカ代表部を補佐する仕事をしていた。

 1980年代にはニカラグアの近くのエルサルバドルでも社会主義勢力が伸張したが、レーガン政権はこれを潰すことにも力を入れており、当時の国務省で次官補としてその担当をしていたのがエリオット・アブラムス(Elliot Abrams)という人だった。彼はイラン・コントラ事件でも起訴され、その後恩赦され、昨年夏にホワイトハウスの国家安全保障会議の人権担当の上級部長に就任した。(関連記事

 また昨年9月下旬に国連大使になったジョン・ネグロポンテ(John Negroponte)も、レーガン政権時代の1981年からホンジュラス大使をつとめ、同国の軍事政権による大規模な人権侵害に対する米国内外からの批判を回避する役割を果たした。

▼「戦略的なウソを捏造する機関が解散した」というウソの発表?

 かつての秘密戦争の司令官たちがブッシュ政権に結集し、ポインデクスターが盗聴機関のトップに就いてから数日後、国防総省に、戦況を有利にするためにマスコミにウソの情報を流すことを任務の一つにした新組織「戦略的影響局(Office of Strategic Influence、OSI)」が作られていることがマスコミで暴露された。(関連記事

 OSIはレーガン時代にオットー・ライヒらがやっていたOPDの発展形ともいえるもので、こういう情報かく乱機関が国防総省に作られるということは、これまでCIAや国務省がマスコミ操作を担当していたのが911以降、軍事作戦として大々的に花開いているということを意味していた。

 オサマ・ビンラディンの演説が中東のテレビで流され、中東の人々の反米感情が高まるなど、今や戦争では、マスコミが何を流すかが、ミサイルの命中精度に劣らず重要になっている。(オサマ・ビンラディンの存在を作り上げる過程そのものにアメリカが関与していた可能性すらあるが)(以前の記事

 OSIの設立には、以前から米軍やCIAのイメージ作戦を請け負っていたレンドン・グループ(Rendon Group)という会社が重要な役割を果たした。レンドンは1989年の米軍のパナマ侵攻、1991年の湾岸戦争、その後のユーゴスラビア紛争など、米軍が派手な軍事作戦を展開するたびに、それがテレビにどう映るかを管理し、米国民の世論が反戦に傾かないよう米当局に協力してきた。(関連記事

 アメリカの法律では、政府機関が国内向けにウソの発表をすることは禁じられている。OSIは「外国メディアに向けて戦略的なウソを発表する」という建前になっていたが、たとえばイギリスのロイター通信に発表したウソの情報はアメリカ国内のマスコミにも載ってしまう。

 これは違法行為だとして米国内の各界や西欧諸国から強い反発を受け、ブッシュ政権はOSIの存在が暴露された数日後、同機関を閉鎖したと発表した。だがアメリカには「閉鎖したという発表自体が、戦略的なウソなのではないか」と疑う人もいる。(関連記事



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