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北朝鮮に譲歩するアメリカ

2003年4月19日   田中 宇

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 私は東京に住んでいるが、イラク戦争が始まる少し前ぐらいから、自宅の頭上を飛び交うヘリコプターの音が急増した。私は昨年パスレチナに行ってから、ヘリコプターの音が気になるようになった。日本では、ヘリの音は危険を知らせるものではないが、パレスチナでは、ヘリコプターの音はイスラエル軍が空からパレスチナ人の誰かを探して攻撃しにきたことを示しており、戦争の音である。(関連記事

 イラクで戦争が始まって、東京でもヘリコプターが飛び交う回数が激増したのを聞いて「世界中がパレスチナになりつつある」と感じた。好戦的なアメリカを牛耳っているのがイスラエル寄りの「新保守主義派」(ネオコン)だとしたら、この比喩はかなり深い意味があるかもしれない、と思ったりした。

 イラク戦争が終わっても、毎日頭上を飛び交うヘリコプターの飛行回数は減っていない。「次は北朝鮮なのか」という懸念が頭をよぎる。北朝鮮とアメリカ、中国による「3国高官協議」が4月23日から行われることになり、アメリカは武力ではなく外交で北朝鮮の問題を解決していく姿勢を見せた。ところが、あと数日で高官協議が始まるという微妙な時期の4月18日、北朝鮮政府は自国の核兵器製造がかなり進んでいることを発表し、わざとアメリカの逆鱗に触れようとする行為に出た。(関連記事

 北朝鮮は、昨年10月に核兵器を開発するとアメリカに伝え、昨年12月には実際に核施設を再稼働させ、今年3月にも核兵器開発の進捗状況をアメリカ側に伝えるなど、アメリカへの挑発とも受け取られるやり方で、核武装への道を進んでいる。しかも、これは見せかけで、実は北朝鮮は核弾頭をすでに1−2発持っているとCIAは言っている。韓国政府は「まだ北朝鮮は核弾頭を持っていない」と言っている。(関連記事

 イラク戦争で「脅威になりそうな国は先制攻撃で潰す」という姿勢を言葉だけでなく行為で示したアメリカは、イラクに対してやったように、北朝鮮に対しても外交手段を捨て、北朝鮮が核開発を進めている寧辺の核施設などをミサイル攻撃し、それを機に米朝間で戦争が始まり、韓国や日本も巻き込まれるかもしれない、日本が核攻撃されるかもしれない・・・そんな懸念が存在している。

▼好戦派も「北朝鮮とは戦争しない」

 ところが現実の展開は、それとはかなり違った方向に進んでいるように見える。アメリカ中枢では、イラクでの「圧勝」後、軍事攻撃で世界の諸問題(でっち上げた「問題」を含む)を解決していこうとするネオコンが勝ち、外交を重視する「中道派」が敗北した感がある。ところが、そのネオコンの牙城として世界的に有名になった「アメリカ新世紀プロジェクト」(PNAC)のサイトには、4月14日付けで「北朝鮮とは戦争しない」(No War With Pyongyang)というタイトルの論文が載っている。(関連記事

 この論文によると、ネオコンの中心人物の一人であるウォルフォウィッツ国防副長官は「北朝鮮の核施設に対する先制攻撃は、朝鮮半島を破滅させてしまうのでやるべきではない」と語っており、ブッシュ政権は北朝鮮に対する先制攻撃を良い戦略ではないと考えているはずだ、と指摘している。ウォルフォウィッツは1999年の段階で「北朝鮮のどの施設を攻撃したらいいか分からない(ので攻撃できない)」と語っていたという。

 今回の3国協議のアメリカ側の代表は「北朝鮮に兵器を廃棄させた後、十分な検証(査察)を行うべきだ」「核兵器だけでなく、通常兵器も廃棄させるべきだ」など、以前より北朝鮮に強硬姿勢をとるべきだとする「アーミテージ報告書」を1999年3月にまとめたアーミテージ国務副長官で、この報告書の方針に沿った主張がアメリカから出てくると思われる。アーミテージ報告書の作成には、当時ワシントンの研究所(SAIS)にいたウォルフォウィッツも参加している。(関連記事

 ネオコンが打ち出しているのは、彼らの中東戦略をみる限り「世界民主化計画」の皮をかぶった「世界破壊計画」であると私には感じられる。ネオコンに「アメリカの同盟国」を大事にしようという気がないのは、イラク開戦前にトルコの国家体制が破綻しそうになっているにもかかわらず、トルコ側からの米軍の侵攻を押し通そうとしたことに象徴されている。ウォルフォウィッツが真に韓国の安定を大切に思っているとは考えられない。

 北朝鮮に対するウォルフォウィッツの歯切れの悪さは、ネオコンがほかのテーマに対して見せている暴力的な姿勢と矛盾する。それはおそらく、実はアメリカは朝鮮半島の統一を望んでいないということと関係している。アメリカにとってのイラクと北朝鮮の違いは、多分そこにある。

▼日米は朝鮮半島の統一を望まない

 ネオコンがイラクのフセイン政権打倒を主張し続けたのは、他民族・多宗教のイラクを分裂の危機に陥れて分断弱体化し、中東全域を混乱させ、イスラエルの国益に寄与する意味があったと思われるが、北朝鮮の場合、金正日政権を打倒することは、今の韓国よりもずっとアメリカの言うことを聞かない統一朝鮮国家を生み出すことにつながる。

 統一朝鮮は、歴史的な伝統や地政学的な国の位置から考えて、中国と日米の間のバランスをとる外交姿勢を強め、アメリカから離れて中国に接近するだろう。朝鮮半島から手を引かざるを得なくなることは、アメリカにとって、ユーラシア大陸の東側に打ち込んであった覇権のくさびを失うことを意味する。

 今のアメリカにとっては、北朝鮮が現状のような、貧乏だけど強硬姿勢をとり続ける「生かさず殺さず」状態を続けることが望ましい、と考えられる。クリントン政権は「経済グローバリゼーション」の戦略との関係で、北朝鮮が経済的に豊かになることを歓迎したが、ブッシュ政権はもっと軍事的、地政学的に世界をみているので「生かさず殺さず」の方針になる。

 朝鮮半島の統一は、日本にとっても、隣国の力が大きくなることなので「国益」重視の立場をとる政府レベルの本音としては、歓迎ではないだろう。その点で日米の利害は一致している。市民の立場では、日本人もアメリカ人も朝鮮半島の統一を喜ぶだろうが、政府は違う観点で物事を考えている。

 韓国政府は、北朝鮮の危険性を重視して親米的な立場をとらざるを得ないが、韓国の人々は、韓半島の統一に消極的なアメリカのやり方に怒りを感じ、反米意識を高めるのではないか、とも思う。

 アメリカが北朝鮮の破壊を望んでいないことは、北朝鮮がアメリカの打倒目標リストである「悪の枢軸」に入っていることと矛盾する。これについて考えた場合、結論として出てきそうなことの一つは「北朝鮮を入れないと、悪の枢軸は中東の国ばかりになり、イスラエルの国益のためにアメリカのイラク侵攻が行われるということが赤裸々になってしまうから」というものだ。イラクの次にすぐアメリカがシリアを非難し始めたのに、シリアは悪の枢軸に入っていなかったことも、同じ理由によると考えられる。

▼北朝鮮の核武装を容認する日米韓

 4月18日に北朝鮮が核兵器開発の進展を発表したことに対し、アメリカ側の反応はかなりおとなしいもので、国務省は「北朝鮮に関する情報を分析中で、今のところ3国協議の中止は考えていない」とコメントした。韓国と日本は「北朝鮮はまだ核再処理に着手していない」と主張し、アメリカに4月23日の3国協議を予定通り開くよう求めた(再処理に着手すれば、その後2−4週間で核弾頭が作れる)。

 日本の自衛隊は、日本海にイージス艦を送ってミサイル発射実験を繰り返しそうな北朝鮮を監視する活動を行っていたが、3国協議を前に北朝鮮を刺激しないよう、この活動を中止することを決めた。日米韓や中国は北朝鮮に対し、腫れ物にさわるような扱いしている感がある。北朝鮮が「核開発は順調だ」と発表したのは、アメリカがどこまで自国に対して忍耐強く接してくれるのか、3国協議の開始を前に様子を見るためだったのではないかと思われる。

 北朝鮮がすでに核弾頭を持っているかどうか、日米韓ははっきりした結論を出していないが、これは、わざと結論を明確にしないことで、北朝鮮をとりあえず交渉の場に引っぱり出そうとする意図がありそうだ。すでにアメリカも韓国も日本も、たとえ北朝鮮が核弾頭を持ってしまっても容認せざるを得ない、という態度を表明している。(関連記事

 北朝鮮は核武装しても、食糧やエネルギーが決定的に足りないので、アメリカその他の国々と交渉して何か引き出さない限り、国を維持できない。アメリカその他の国々が「核廃棄しないかぎり食糧やエネルギーを渡さない」という態度をとれば、北朝鮮は交渉の場に出てきて譲歩せざるを得ない。核武装していても、その状況は変わらない。石油が豊富なイラクとは、その点も違う。

 アメリカとしては、北朝鮮が核武装すると、日韓がアメリカの覇権の傘の下から出ていくことが難しくなり、アメリカに対する従属を維持強化せざるを得ないので、その点は好都合だ。北朝鮮はアメリカ西海岸まで届くミサイルを持っているとされるので、日韓だけでなくアメリカにも核ミサイルが飛んでくる恐れがあるが、これは逆に軍事産業が潤うミサイル防衛システムを米国内や日韓に売り込む好機でもある。

 北朝鮮が今後、核弾頭をたくさん製造したら、中東など他国に売り始める可能性がある。核弾頭を売って食糧や石油を買うということが成り立ち、北朝鮮は交渉の場に出てこなくなるかもしれない。

 そうなったらアメリカは「周辺国が崩壊してもかまわないので、標的となる国を壊滅させる」というネオコンの戦略を、北朝鮮にも適用すればいい。アメリカは「北朝鮮との戦争の巻き添えになって破滅した韓国や日本には悪いが、他に手段がなかった。ごめんね」と言えばすむ。ブッシュ大統領は、このようにネオコンと中道派の戦略を上手に使い分けて世界を統治していく可能性がある。

▼中国は「会場係」?

 北朝鮮は4月18日の発表で、もう一つ重要なポイントを暴露している。4月23日からの3国交渉は、かたちは米朝中の「3国」だが、中国は積極的な役割を担わず「開催国としての役割(つまり場所を貸すだけ)」に徹し、実際は米朝2国間の交渉だ、と北朝鮮は主張した。

 今回の交渉に向け、中国が仲裁した事前交渉の中で、北朝鮮はアメリカとの単独で相対する2国間交渉でなければ出ていかないと主張した。北朝鮮の金正日書記は、自分の政権の崩壊を防ぐには、アメリカとの相互不可侵条約を締結することが必要だと考えているが、多国間交渉ではそれが難しい。アメリカは、その手に乗りたくないので「多国間交渉でなければダメだ」と主張し、今年2月のパウエル国務長官の北京訪問あたりから始まった事前交渉が難航した。

 アメリカは中国に仲介役を頼み、その成り行きを生かして中国が交渉の場に着席するかたちをとることで、北朝鮮との主張のへだたりを埋める玉虫色の解決策とした。アメリカからみれば「中国を入れた3カ国協議」だが、北朝鮮からみれば「アメリカとの2カ国協議の場に、会場係の中国が同席している」ことになる。

 北朝鮮は、アメリカ寄りの日本と韓国、それから日和見が目立つロシアの参加を拒否したが、アメリカはこの条件を飲み、日韓には「なるべく早く参加させてやるから」と説明した。この点でも、アメリカは北朝鮮にかなりの譲歩をしている。

 北朝鮮の金正日書記は、自分もイラクのフセインのような目に遭わされるのかもしれないと考え、予防的に核武装を進めてきたと思われるが、これに対してアメリカは、交渉前に譲歩してみせることで「大丈夫。君にはフセインにやったような手荒なことはしないよ(なぜなら僕たちは朝鮮半島の統一を望んでいないのだから)」というメッセージを発し、交渉の場に引っぱり出したのだろう。

 この文章を書いている間(4月19日)にも事態は進み、北朝鮮は「最初アメリカとの2国間で始まるなら、その後は多国間協議になっても良い」と言い始めた。4月18日の爆弾発言によって、アメリカがかなり譲歩しそうだとみて姿勢を軟化させたのだろう。

 アメリカは交渉開始前、中国に北朝鮮との間を取り持ってもらった。その見返りというかたちをとって、ブッシュ政権は、これまで敵視する傾向が強かった中国との関係を改善する方向に動くかもしれない。北朝鮮問題を軸に、東アジア全体の外交が動き出している。



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