北朝鮮とミサイル防衛システムの裏側2003年9月5日 田中 宇この記事は「北朝鮮問題で始まる東アジアの再編」の続きです。 8月29日に北朝鮮の核兵器問題をめぐる北京での6カ国協議が終わった後、3つの動きがあった。1つ目は、北朝鮮が核開発をさらに進めることを示唆し、北朝鮮の建国記念日である9月9日に保有宣言か核実験を実施するかもしれないとみられていること。2つ目は、日本、韓国そして台湾までが、アメリカからミサイル迎撃システムを購入する予算を増やしたり、アメリカの武器を買うための防衛予算の増額を相次いで表明したこと。そして3つ目は、7月から中止されていた韓国から北朝鮮の金剛山への観光ルートが9月1日から再開されたり、北朝鮮が日本人観光客の受け入れを5カ月ぶりに再開するなど、北朝鮮が観光収入を増やす方向に再び動き出したということである。 いずれも、6カ国協議後に突然出てきた話ではなく、以前からある流れに沿ったものだが、それぞれ裏と表の両方から見ると、私には興味深く感じられる。 ▼フセインの二の舞を恐れる 1つ目の核開発の脅しと、それに対抗するかのような2つ目の日本と韓国のミサイル迎撃システムの導入は、深く考えずに読むと「異常な金正日が交渉の失敗に怒り、日韓はそれの軍事脅威に対抗せざるを得なくなった」という話になるが、そもそも北朝鮮が核実験をしたり、核保有を宣言したりすることの意味は何かを考えていくと、違う筋が見えてくる。 北朝鮮が核兵器開発をさらに進めることは、9月3日の「最高人民会議」(国会)で決定された。この会議では「アメリカの敵視政策に対抗するため、核兵器による抑止力を維持拡大する必要がある」と決議されたと報じられている。この決議に関するニュースは、北朝鮮の通信社「朝鮮通信」が最初に報じ、それを転電するかたちで世界のマスコミが報じた。 だが、この決議を最初に報じた朝鮮通信の英文のオリジナル記事を読むと、少し様子が違っていることに気づく。北京の6カ国協議では「北朝鮮は核開発を完全に中止し、アメリカは北朝鮮への敵対政策を止める」という交換条件について主に話し合われたが「アメリカが先に敵対政策を止めるべきだ」と主張する北朝鮮と「北朝鮮が先に核開発を中止すべきだ」とするアメリカの間で折り合いがつかなかった。これを受けて最高人民会議では「北朝鮮の主張の方が理にかなっており、先に北朝鮮を完全に武装解除しようとしているアメリカには、北朝鮮と平和共存しようとする意志が感じられない」として「核兵器による抑止力を維持拡大する必要がある」と決議した。 この決議からは、北朝鮮は、イラクのフセイン政権が「査察」によってアメリカからやられたような、先に丸腰にされることを恐れていると感じられる。イラクの例を見れば、先に丸腰になることを了承してしまうと、その後「まだ兵器を隠しているはずだ」と難癖をつけられ、侵攻されて潰されるかもしれないと思うのは当然だ。北朝鮮の国会決議は「核開発をもっと進めるぞ」という決議ではなく、和平の進め方についてアメリカの主張を非難する決議だと読みとれる。 長い決議文のどの部分に焦点を当てて記事を書くかによって、読者が受けるイメージが大きく違ってくる。アメリカや日本では、意図的に北朝鮮の好戦性を煽る報道が行われているという疑いについては、前回の記事で書いた。 ▼核実験計画を意図的に流す北朝鮮 同種の交渉の行き詰まりは、パレスチナとイスラエルとの交渉にも見られる。パレスチナ側がテロを止めるのが先か、イスラエル軍がパレスチナの市民に対する弾圧を止めるのが先か、という議論である。この対立を乗り越えるため、パレスチナでは双方が段階的に義務を果たしていく和平案がいくつか実施されてきた(それでも決裂し続けているが)。 このやり方を北朝鮮問題に当てはめるなら、北朝鮮は核開発を段階的に中止する一方、アメリカは段階的に敵視政策を止めていく方法をとって北朝鮮の懸念を解消し、その上でまだ北朝鮮が定められた核廃絶をしないのなら、アメリカはいったん解除した敵視政策を復活させればよい。 6カ国協議で中国の代表を務めた王毅外務次官は、記者の質問に答えて「米国の北朝鮮政策が、核危機解決の最大の障害だ」と語り、なかなか敵視政策を止めないアメリカに、柔軟な姿勢をとるよう求めている。(関連記事) この記事を書いている間にも新情報が入ってきた。ブッシュ大統領は6カ国協議に際し、北朝鮮に対して段階的に問題を解決していくことを提案する新戦略を、米代表のケリー国務次官補に指示していたのだという。アメリカ側がこうした提案を協議の場で実際に行ったのなら、協議の後で北朝鮮が攻撃的な決議や声明を出したのは、今後の交渉を有利に進めるためのはったりで、北朝鮮は今後も交渉の場に出てくる可能性が大きいということになる。 また、最近よく見かけるようになった「9月9日に保有宣言か核実験を実施するかもしれない」という予測については「アメリカを譲歩させるため、北朝鮮自身が意図的に流した情報だ」とする指摘がある。また、8000本の使用済み核燃料棒から核爆弾の原料を取り出す再処理を完了したという北朝鮮の主張についても、北の核施設の処理能力からすると、まだ再処理は終わっておらず、これも「脅し」にすぎないという見方がある。 こうした指摘が正しいとすれば、北朝鮮が「核武装するぞ」「したぞ」と言い続けているのは、アメリカに交渉してほしいというシグナルを送るためだということになる。交渉の先には、アメリカに外交関係を結ばせ、先制攻撃をしてこない状況を作り、北朝鮮の体制を存続させたいという金正日の目的がある。 ▼パトリオットは役立たず このように北朝鮮の「核武装」に裏があると感じられるのと同様に、日本がアメリカからミサイル迎撃システムを買うための防衛予算を上乗せしたり、韓国が来年度の防衛予算を前年比8%という大幅な増額をしたことにも、アメリカのタカ派(軍事産業系)の人々をなだめておきたいという裏がありそうだ。 日本の防衛庁は、8月29日に発表した来年度予算の概算要求で、アメリカ製のミサイル防衛システムを導入する初期費用を上乗せするとともに、今後4年間に5000億円以上をミサイル防衛システムにかけることを明らかにした。敵方から発射されたミサイルを途中で迎撃するというミサイル防衛システムは、精度の点でどの程度使い物になるか疑問が大きい。だがアメリカは昨年秋以降、日本に対してミサイル防衛システムを買ってくれという売り込み圧力を強めており、日本は買わざるを得ない状況になっている。(関連記事) 日本が配備する計画になっている地上発射型迎撃ミサイル(PAC3)は、アメリカが湾岸戦争で初めて大々的に使ったパトリオット(ペトリオット)ミサイルの改良型だが、パトリオットについては湾岸戦争時に米軍側が「命中率はほぼ100%」と発表していたにもかかわらず、実は命中率は9%かそれ以下でしかなかったことが、1992年の米議会の会計検査院(GAO)の調査で分かっている。(関連記事) 湾岸戦争の時、米政府が高い命中率を示すために発表したパトリオット使用時のビデオ映像を分析し「このビデオを見る限り、一発も当たっていない」という結論を発表して注目されたのは、MIT(マサチューセッツ工科大学)のセオドア・ポストル教授(元国防総省顧問)だったが、同教授は今年3月、改良型のパトリオットについても「使い物にならない」とする分析結果を発表した。教授によると、ブッシュ政権は使い物にならないパトリオット迎撃システムを「十分使える」とウソを言い、これを全米に配備して今後の防衛システムの中核に据えようとしている。このままだと、本当にどこからか核ミサイルが飛んできたときに、実は何の備えもないということになりかねず、非常に危険だ、とポストル教授は警告している。(関連記事) アメリカでは、北朝鮮からの弾道ミサイルの到達圏内にあるとされるアラスカとカリフォルニアで、ミサイル防衛システムを稼働させる計画が進んでいるが、迎撃能力に対する疑問が多く、テスト結果も思わしくないため、ブッシュ政権はこのシステムの拡大が思うように進められずにいる。そのため、本国で使えないパトリオットを日本などに売り込もうとしているのではないか、とも思える。北朝鮮を「悪の枢軸」に入れたのも、そうすればミサイル防衛システムを米国内や日韓などに売り込むことができると考えてのことだったのかもしれない。(関連記事) 日本とほぼ同じタイミングで、台湾も改良型パトリオットを配備すると発表した。台湾の湯曜明国防大臣は8月30日の記者会見で、改良型パトリオット・ミサイルPAC3を再来年から配備できるよう、予算措置をとると発表した。台湾の場合、脅威は北朝鮮ではなく、中国である。だから、日本と同じタイミングで発表したのは偶然かもしれない。だが脅威の相手は違っていても、ミサイルを売りつけてくる相手は同じアメリカだ。(関連記事) ブッシュ政権は就任直後、従来の米政権が中国に配慮して台湾に兵器を売りたがらなかった伝統を打破し「台湾にパトリオットと潜水艦などを売る」と表明した。ところがその後、台湾の方が財政難を理由に国防予算の増額に消極的になった。中国と台湾の関係は、武力対立の時代から、経済と外交による頭脳勝負の時代になっている。台湾の反応に、アメリカの国防総省はいらだちを募らせ、湯曜明国防大臣をアメリカに呼びつけて軍事産業のトップと懇談させ、何とか兵器を買わせようとした。日本も台湾も、アメリカのタカ派を怒らせて不測の事態を招かぬよう、使い物にならないミサイルシステムを高く買わされている。まるで、総会屋にカネを払わされる企業のようである。(関連記事) ▼沖縄米軍撤退の可能性 同じ総会屋が相手でも、韓国の場合は少し違う。韓国政府は8月29日に来年度予算を発表し、国防予算は今年度比8%増の約19兆ウォン(約2兆円)となることが明らかになった。在韓米軍の配置転換に関する費用がかかることが増額の要因だが、これは長期的に見ると、在韓米軍が縮小する分を韓国軍が肩代わりするという流れに見える。(関連記事) アメリカのラムズフェルド国防長官が10月下旬に日本と韓国を訪問することになったと報じられている。この訪問では日韓に駐留する米軍の再編成について話すことになっているが、この訪問で、韓国ばかりでなく、日本に駐留する米軍の縮小計画が明らかになるかもしれない。 今年5月末には、国防総省が沖縄に駐留する2万人の海兵隊のうち、大半をオーストラリアやマレーシア、フィリピンなどに分散移動させる構想を進めているとロサンゼルスタイムスが報じている。この報道に対し、日米政府は「そんな構想はない」と反応したが、沖縄県の問い合わせに対し国防総省は、沖縄からの撤退を検討中だと認めている。今後1−2年のうちに沖縄から米軍が縮小・撤退する可能性はかなり大きいと考えられる。(関連記事) ここまで書いてきた諸要素をつなげると、現在のアメリカの東アジア戦略は、北朝鮮とは交渉で緊張緩和を進め、日韓に駐留する米軍も縮小するが、代わりにアメリカの兵器を買ってくれ、という3点セットだということになる。 (日本政府が在日米軍の撤退を促進するためではなく、食い止めるための代償としてパトリオットを買うのだという推測もできる。だが、防衛庁は最近、中国やロシアとの軍事的な関係を強めようとしており、これは単独で日本を防衛しなければならなくなる時のことを見越した動きだと考えられるので、やはり在日米軍は撤退する方向で進んでいるのだと思われる)(関連記事) ▼北朝鮮経済を安定させる 6カ国協議の後、各所から出てきた動きは、もう一つある。冒頭にも書いたが、7月から中止されていた韓国から北朝鮮の金剛山への観光ルートが9月1日から再開され、北朝鮮は日本人観光客の受け入れも5カ月ぶりに再開する。(関連記事) また韓国の中でも釜山市は8月末、市長が率先して企業経営者たちを組織して北朝鮮を訪問した。彼らは北朝鮮で海産物の養殖などを行い、冷凍船で釜山に運んでくるビジネスを始めようとしている。(関連記事) 韓国で北朝鮮とのビジネスを広げようとする動きが盛んなのは、北朝鮮が経済的に今よりも豊かになれば、自活できる範囲が軍や労働党幹部に限られていたとしても、金正日政権が安定し、その結果、金正日が韓国を軍事侵攻しようとする意志が減るという、現実的な考え方が根本にありそうだ。 アメリカが北朝鮮に対して不可侵を宣言したら、金正日は韓国の反米派と結託して在韓米軍を追い出し、その後アメリカに邪魔されずに韓国を侵攻しようとするだろう、という予測もある。だが、金正日の目的が自分の政権を維持することだとしたら、北朝鮮がある程度自活できるようになれば、韓国への侵攻を試みる戦略はとらなくなると思われる。
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