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北朝鮮6カ国協議再開に向けた動き

2011年9月28日   田中 宇

 9月19日、韓国で北朝鮮との関係を担当する統一相が、対北強硬派の玄仁澤から、対北穏健派の柳佑益に代わった。柳佑益は就任初日、対北戦略を柔軟に行い、北と対話していくことを表明した。また、間もなく北朝鮮を親善訪問する韓国の宗教家7人と面会した。韓国政府は昨春の天安艦沈没以来、最近まで、韓国の民間人が北を訪問することを禁じており、宗教家の訪問は、韓国が北訪問を解禁する動きとして注目されている。 (Mutual flexibility) (New Unification Minister Says S. Korea Will Expand Dialogue with N. Korea

 南北間の最大の懸案事項は、北朝鮮の核開発をめぐる6カ国協議を再開するかどうかである。韓国政府は従来、6カ国協議再開の条件として、天安艦沈没について北朝鮮が謝罪することと、協議に入る前に北がウラン濃縮やミサイル開発をやめることを求めてきた。 (Korean Nuclear Envoys Hold `Constructive' Talks

 北朝鮮は、天安艦沈没は自分たちの仕業でないと言っており、中国やロシアも北の主張を認めている。北が天安艦について謝罪すると、米韓が北にかけた濡れ衣を認めることになるので、北は謝罪しないだろう。北は、ウラン濃縮やミサイル開発について、国連が世界各国に認めた範囲内のことであると主張しており、こちらも協議再開の前に北にやめさせることは不可能だ。要するに韓国政府は、北が拒絶するとわかっている条件を出し、それらが満たされない限り6カ国協議の再開を拒否するという姿勢をとってきた。

 新統一相の柳佑益は、これらの問題について、何もコメントしていない。しかし、9月19日、柳佑益が統一相に就任した同じ日に、北京で韓国と北朝鮮の外務次官会談が開かれ、6カ国協議再開の可能性について話し合いが持たれている。北朝鮮側は、李明博大統領が統一相を玄仁澤から柳佑益に交代させることを発表した8月末以来、それまでの李明博に対する激しい非難や中傷をぴたりとやめている。これらのことから、北朝鮮や、6カ国協議の主催国である中国は、柳佑益の統一相就任が6カ国協議の再開につながるかもしれないと期待していることがうかがえる。 (China makes new push for North Korea nuclear talks

 北朝鮮の独裁者である金正日は、6カ国協議を無条件で再開したいと、中国やロシアを訪問するたびに表明している。日韓米のマスコミなどでは、これを「口だけ」とみなす傾向が強い。しかしすでに見たように、6カ国協議の再開に条件をつけているのは韓国であり、北がその条件を排除したかたちでの6カ国協議再開を望むのは自然なことだ。北は、交渉再開には積極的だが、交渉開始したら核兵器を廃棄するとは言っていない。

 李明博政権が6カ国協議の再開を嫌がっていたのは、中国と米国が、6カ国協議と南北和解、米朝和解を抱き合わせて進めようとしており、南北と米朝の和解が成立すると、在韓米軍が撤退していき、李明博政権がとってきた対米従属強化の戦略が破綻してしまうからだ。李明博政権は、在韓米軍を撤退させたくない米国の軍産複合体と結束し、天安艦沈没の犯人を北朝鮮に違いないと決めつけたり、昨年末に南北が相互に自国の海域だと主張している北朝鮮沖の海域に軍事演習と称して実弾を打ち込んで北朝鮮との交戦を誘発するなどして、南北間の緊張を高め、在韓米軍の撤退を延期する戦略をとった。 (朝鮮再戦争の瀬戸際

 米国の中枢は、米国の単独覇権体制(世界的軍事駐留)を永続したい軍産複合体と、単独覇権が失敗しつつある現実を重視して米国の国力延命策としての世界からの軍事撤退を進めたい現実派(オバマ大統領ら)という、少なくとも2つの勢力が相克状態になっている。現実派は、6カ国協議の主導権を中国にわたし、北朝鮮の安定化を中国に任せた上で、米中が話し合い、6カ国協議と南北和解と米朝和解を同時に進める戦略を今春から試みている。 (◆米中協調で朝鮮半島和平の試み再び

 米国と中国は、韓国の李明博政権に対し、北朝鮮との対話を再開するよう求めたが、韓国側は天安艦事件の謝罪にこだわり、話が進まなかった。今年7月には、米国が北朝鮮との対話を行った。韓国が態度を軟化しないなら代わりに北朝鮮を譲歩させ、北が天安艦事件で韓国に謝罪したら米朝関係を正常化していくといった条件を米国側が出したと思われる。だが、これも成功しなかった。 (Korea Envoys to Discuss Resuming Nuclear Talks

 米国は、韓国に再度圧力をかけ、その結果、李明博は8月末、統一相を玄仁澤から柳佑益に交代させることを発表した。まだ明確でないものの、それまで北朝鮮に強硬姿勢をとっていた李明博が、北と和解する姿勢に転じた可能性がある。 (Time to talk to the regime that cannot clothe its troops

 李明博大統領の任期は13年2月までで、あと1年あまりだ。再選が許されていない韓国の大統領は、任期末に思い切った戦略を採ることがある。李明博の前任大統の盧武鉉も、任期末の2カ月間に北と対話する姿勢に転じ、いくつもの協定を北と締結した。だが盧武鉉が北朝鮮と同意した協定の多くは、後任の李明博によって破棄された。今回、李明博自身が北との和解姿勢に転じ、南北でいろいろ決めたとしても、それは次期政権によって反故にされる可能性があると指摘されている。(誰が次期大統領になるかによって大きく変わるが) (Changing N.Korea Policy Now Could Backfire

 しかし、もし李明博政権が、残りの任期中に北朝鮮との和解を進めるとしたら、米中が決めたシナリオに沿って、あとを追って米国が北朝鮮と和解し、6カ国協議も再開される。いったん米朝が関係改善したら、それは在韓米軍の撤退など不可逆的な動きとなり、あとの韓国政権が北との関係を敵対的に戻そうとしても、できなくなる。

 北朝鮮は飢餓がひどくて今にも国家崩壊しそうだという見方が日韓のマスコミなどで喧伝されている。だが実際のところ、北は中国から経済支援を受けており、貧困だが国家崩壊する可能性は低い。長期的にみて、世界の秩序は米国の単独覇権から多極型に転換しつつあり、朝鮮半島は中国の影響下に入っていくだろう。すでに中国の傘下に入っている北朝鮮の方が、いずれ対米従属ができなくなる韓国よりも、長期的な政治関係で有利な立場にいる。

 韓国の学者は「いずれ米韓は、北朝鮮を経済制裁しても効かないと悟り、従来のように北に核の不可逆的・検証可能な全廃を求めるのでなく、もっと譲歩して、北が核物質や核爆弾の一部を隠匿しても仕方がないと考える後退した目標で満足するしかない」と書いている。 (Pyongyang Looks for the Next Payoff

 北朝鮮の金正日は8月末にロシアを訪問し、ロシアの天然ガスを北朝鮮経由で韓国に送るパイプラインの建設計画を決めた。ロシアは、韓国に天然ガスを売って儲けたいが、南北間のパイプラインを建設するには、南北の和解が不可欠だ。北朝鮮とパイプライン計画について決めたロシアは、韓国に働きかけて南北和解を進めようとする動きを強めるだろう。金正日の訪ロは、ロシアを使って韓国の態度を対北和解の方向に転換させようとする策略だったのかもしれない。いったんパイプラインが作られ、韓国が北朝鮮経由のロシアからのガスに依存するようになると、その後の韓国は、北朝鮮と敵対できなくなる。 (N.K. leader's trip aimed at support from Russia, China

 韓国統一相が柳佑益に代わったことで南北和解が進むかどうか、まだ明確でない。韓国の有権者は南北間の敵対を煽る李明博への批判を強めており、李明博は選挙を前に自分が属するハンナラ党の不利を減らすためのイメージ戦略として柳佑益を統一相に据えただけかもしれない。前任の統一相だった玄仁澤は、南北問題担当の大統領顧問として政権に残っている。南北対話の兆しは今春にもあったが、結局何も進展しなかった。今回もあまり期待すべきでないだろう。だが、注目だけはしておく必要がある。 (A turning point on the Korean Peninsula?



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