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中露の大国化、世界の多極化(2)

2007年6月12日   田中 宇

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この記事は「中国の大国化、世界の多極化」の続きです。(関連記事

 前回の記事で、中国が外貨を急速に貯め込み、中国政府はこの財力を使って国際的な影響力(覇権)を拡大していることを書いたが、外貨を貯め込み、その金で覇権拡大をめざしている国は、中国だけではない。ロシア、サウジアラビア、ベネズエラなどの産油国は、いずれも石油価格の高騰によって外貨を貯め込み、それを自国の国際影響力の拡大や、外国から自国への影響力を排除するために使っている。これらの国々は、いずれもアメリカ(米英)からの影響力行使や圧力、敵視を受けている。その代表例は、ロシアである。

 ロシアは冷戦後、1990年代のエリツィン政権時代に親米英の新興財閥(オリガルヒもしくはオリガーキー)によって経済を無茶苦茶にされ、国家財政は欧米からの借金漬けにされた。00年からのプーチン政権時代には、グルジア、ウクライナ、ベラルーシ、中央アジア諸国など、ロシアが影響圏だと思っている近隣諸国で、アメリカから反政府団体への非公式援助によって相次いで政権転覆の画策が行われた。英米は、ロシア本国でも反政府の人権政治家を支援し、政権転覆を画策した。(関連記事その1その2

 これに対してプーチンは、2002年以降の石油価格の高騰を利用して巻き返した。欧米からの借金の返済、オリガルヒに私物化された石油ガス産業の再国有化などを行った上、グルジアやウクライナなど周辺諸国に対し、石油ガスの供給を使って支配力を再獲得することに努めた。このような動きは、プーチンが独裁欲の強い人だったから行われたのではなく、90年代に欧米にやられた分を取り戻すための作業である。(関連記事

 アメリカは、ベネズエラでも2002年に野党を非公式に支援してチャベス大統領を倒させるクーデターを画策し、失敗している。チャベスはその後の石油高騰の中で、自分を倒そうとするアメリカへの対抗措置として、米欧の石油会社がベネズエラ国内に持っていた油田の権利を剥奪し、国営石油会社に集中させる措置を進めるとともに、石油が出ない中南米の他の国々に対して超格安で石油を援助し、中南米諸国の反米化を扇動している。(関連記事

 サウジアラビアは、以前から現在まで親米国ではあるが、911事件で「犯人」として濡れ衣を着せられ(15人のサウジ人「犯人」のうち6人は人違いだったが、いまだに米当局は犯人リストを差し替えていない)、その後もサウジは米政界で目の敵にされている。これに対してサウジ政府は表向き親米を保ちつつも、アメリカが敵視するイランやロシアとの外交関係を強化し、外交の多方向化を進めている。(関連記事

▼日独と中露の違い

 1970−80年代に高度経済成長を達成して豊かになり、外貨を貯め込んだ日本とドイツは、アメリカから敵視されたり露骨な政治圧力を加えられておらず、対米関係がおおむね良好である。そのため、日独は外貨を貯めて経済的な国際影響力が大きくなっても、アメリカに対抗する覇権国になろうとしなかった。覇権という面倒な仕事をアメリカに任せていられる状態だった。

 日独とは対照的に、中国、ロシア、サウジアラビア、ベネズエラといった、最近外貨を貯め込んでいる国々は、いずれもアメリカから政権転覆されそうな圧力を受けており、そのために経済的な力を政治的な覇権に結びつけ、アメリカに対抗せざるを得ない。この状況を作った原因は「テロ戦争」「単独覇権主義」を声高に叫び続けたアメリカの側にある。

 中国とロシアは、従来は仲が良くなかったが、アメリカに対抗するため、中露と中央アジア諸国とのゆるやかな集団安保体制である「上海協力機構」を強化している。中露は、上海協力機構にイランやインド、パキスタンなども加えることによって、ユーラシア大陸の中央部からアメリカの影響力を排除しようとする動きを共同で行っている。ロシアや中国は、1カ国ずつでは、まだ力が弱く、アメリカに対抗できないので、サウジやベネズエラなどとも連携を強め、集団でアメリカの覇権に対抗している。

 私は、こうした動きを「非米同盟」と名付け、3年前に出した本(文春新書)のタイトルにした。非米同盟諸国は、明確な同盟体を結成せず、国連などの既存の国際社会の枠内で、結束して発言することによって、事実上の同盟体として機能している。プーチンが画策している隠然とした「国際ガスカルテル」と同じ手法である。(関連記事

 ブッシュ政権が単独覇権主義を標榜し、アフガニスタンやイラクに侵攻し、イランや北朝鮮などを攻撃しそうな姿勢を示したことが、本来は結束していなかったロシアや中国、中近東、中南米諸国を結束させ、非米同盟を作ってしまった。私は、この動きはアメリカによる失策ではなく、アメリカの中枢に多極主義者がいるためだと思っている。

 そして今、非米同盟諸国は、経済成長や原油高騰によって資金を蓄え、その金を使ってさらに欧米から覇権を奪うべく、石油やガスの利権を国有化している。以前の記事「反米諸国に移る石油利権」で紹介した「新しいセブン・シスターズ」の動きである。(関連記事

▼G7が進めた通貨多極化の失敗

 アメリカはすでに巨大な双子の赤字を抱えて経済難に向かいつつあり、軍事的にもイラクで疲弊している。西欧諸国も、ロシアや中国の台頭に敵対するつもりはない。世界は、このまま非米同盟の側の覇権が強くなり、欧米と中国、ロシアなどが並び立つ状態に移行するのではないかとも思えるが、現実はそれほど簡単ではない。世界の基軸通貨がアメリカのドルである状態のままなので、非米同盟諸国が貯め込んでいる資金の多くはドル建てだ。アメリカの経済力が衰退してドルが急落したら、非米同盟側の資産も大きく目減りしてしまう。

 昨年の前半、G7やIMFといったアメリカを中心とする先進国の側は、世界経済の不均衡、つまりアメリカが大赤字で非米同盟側が大黒字である状態を解消するために、世界経済を多極化する戦略を打ち出した。それは、日中を中心とする東アジア諸国や、サウジを中心とするペルシャ湾岸の産油国が、地域の多国間の共通通貨を新設し、その地域でのドルに代わる通貨にするとともに、国内消費を増やすことで、減退しそうなアメリカの消費力を肩代わりする戦略だった。(関連記事その1その2

 この時すでに、東アジアにはASEAN+3によるアジア通貨バスケットの構想があった。ペルシャ湾岸諸国(GCC)も、2010年の通貨統合を目指し、動いていた。GCC6カ国の多くは、通貨が米ドルにペグ(釘付け)されている固定相場制なので、ドルペグしたまま通貨統合し、その後でドルペグを外す予定だった。しかしその後、東アジアでもペルシャ湾岸でも、共通通貨作りは進展しなかった。(関連記事その1その2

 東アジアでは、中心となる中国と日本の仲がなかなか良くならなかった。昨夏に首相が小泉から安倍に変わり、アメリカの圧力を受けて安倍は就任早々に中国を訪問し、小泉時代に日中関係を悪化させた首相の靖国神社参拝はとりあえず行われなくなった。だが、日中関係はゆっくとしか改善しておらず、共通通貨を作る状況にはない。

 しかも中国政府は、アメリカの政府や議会から圧力をかけられても、頑固に人民元のドルペグ体制をやめていない。製造業を振興させたい中国は、ドルがユーロなど他の通貨に対して下がっている方が、自国の輸出品のユーロ建てなどの価格が下がるので、むしろペグを外さない方が好都合だと考えている。今後、ドルが急落したり、米市場の消費力が不可逆的に減退したら、中国はドルペグをやめるだろうが、米のドル急落や消費減退が「起きる可能性がある」という未然の状態の現状においては、中国は、ドルペグを続行する姿勢を見せている。

▼大宴会の舞台の下で腐る柱

 共通通貨作りは、中東のペルシャ湾岸地域でも頓挫している。中東では、米軍によるイラク占領の状況が悪化し続け、地域の全体で反米のイスラム主義運動が盛んになっている。親米政権ばかりであるGCC諸国は、国内の人心を掌握するための財政支出などを行わねばならず、通貨を共通化するにあたって必要な金融・財政政策の各国間の協調ができない。

 そうこうするうちに、ドルの為替が他の諸通貨、特にユーロに対して下がり続けた。ペルシャ湾岸諸国は、通貨はドルにペグしているものの、国内で消費される商品の多くが欧州のユーロ圏からの輸入に頼っており、ドル安ユーロ高は、輸入品の値上がりを引き起こした。その結果、インフレがひどくなり、国民の不満が強まっている。これに耐えられず、共通通貨作りのために2003年からドルペグ制に変更していたクウェートは5月下旬、ドルペグをやめて、以前の、ドルとユーロなどとの通貨バスケットに対する連動制に戻した。(関連記事

 クウェートのドルペグ離脱は、まさにドルが通貨としての力を失いつつあることの表れなのだが、この離脱によって逆に、GCC諸国の全部がドルペグ制を維持する中で通貨を統合していくという作業ができなくなり、GCCの通貨統合は破綻した。以前から通貨統合に消極的だったアラブ首長国連邦なども、ドルペグをやめるのではないかとの推測も出ている。(関連記事その1その2

 このように、IMFやG8が意図した、東アジアとペルシャ湾岸における地域共通通貨作りは頓挫している。その一方で、アメリカの財政赤字と貿易赤字が増える傾向が続いており、ドルの潜在的な危機の状況は悪化している。

 東アジアとペルシャ湾岸で共通通貨が作られれば、今後もしドルが急落しても、世界経済に対する影響は少なくてすみ、世界はドルの一極体制から、多極的な通貨体制にソフトランディングできる。しかし現実には、東アジアとペルシャ湾岸の共通通貨が作れていないため、ドルが急落した場合の悪影響は大きいままで、世界経済はハードランディング(クラッシュ)する懸念が消えていない。

 今のところ、アメリカの株価は上昇傾向を続けている。これは、外貨備蓄を急増させている中国や、ペルシャ湾岸諸国、ロシアなどの産油国が貯めた巨額の石油代金が、投資としてアメリカの金融市場に流入しているからである。中国や産油国からの資金の流入圧力が非常に強いので、市場では、米経済が潜在的に悪い状況を深めていることは無視されている。中国と産油国の巨額の資金は、アメリカだけでなく欧州、日本、上海、ドバイなどの金融市場にも流入し、世界的な相場の上昇が起きている。

 世界の金融相場は上がっているものの、その基盤となっている体制は依然としてドルの一極基軸体制であり、ドルを支えているアメリカの経済的、政治的な力は潜在的にかなり弱まっている。今の世界金融は、舞台の上では派手な催し物が繰り広げられて繁盛しているように見えるが、舞台を支えているドルという名の柱が腐ってぐらついている状態だ。IMFやG7といった舞台の管理者たちは、舞台を支える新たな柱を湾岸産油国や日中に作らせようとしたが、失敗した。

▼プーチンの非米WTO

 そんな中、最近ロシアのプーチン大統領が「親欧米」の立場からではなく「反欧米」の立場から、舞台の柱を補強しようとする言動を始めている。プーチンは6月10日、サンクトペテルブルグで開かれた経済フォーラムで講演し、経済の分野において、従来の欧米中心の世界体制を崩すことを提唱した。(関連記事

「先進国の経済力は、相対的にかなり落ちているのに、WTOや世銀、IMFといった国際経済機関は、いまだに欧米が支配している。WTOやIMFは、すでに時代遅れで不当な機関になっている」「今後、欧米中心ではない(ロシア、中国、インドなどの)ユーラシア版WTO(自由貿易圏)を作る必要がある」「世界の基軸通貨体制を、ドルの一極体制から、複数の基軸通貨による(多極的な)体制に転換すべきだ。ロシアのルーブルは、基軸通貨の一つになるだろう」「(今はニューヨークとロンドンにしかない)世界的な金融センターも、新たにいくつか(ユーラシアに)新設すべきだ」などと、プーチンは提案した。(関連記事

 ロシアは7年前からWTOに加盟申請しているが、受け入れられていない。プーチンは、自国をWTOに加盟させない欧米に文句を言う意味で、欧米との交渉の道具としてユーラシア版WTOを提案しただけで、本気ではないのかもしれない。日本人の多くは「ロシアや中国に、そんなものが作れるはずがない」と考えるかもしれない。

 しかし、上に書いたように、プーチンはエネルギーの分野では、世界の非米諸国を結束させて新たなカルテルを作ることを着々と進めている。以前の記事に書いたように、プーチン主導のエネルギーカルテルは、非公式に強化されており、欧米や日本の人々が気づかぬうちに、世界のエネルギー支配力を欧米から奪い始めている。プーチンのユーラシア版WTOの構想は、貿易一般の分野で、これと同じことをやろうとしているのかもしれない。プーチンの世界戦略はこっそり進められるので、欧米の支配権を守りたい人々にとっては非常に危険である。

▼大崩壊後、多極化して安定しそうな世界経済

 すでに政治や軍事の分野では、ロシアと中国、中央アジア、南アジア、イランを束ねる「上海協力機構」が強化されている。上海協力機構の枠組みが経済の分野に拡大されれば、ユーラシア版WTOとして機能しうる。欧米諸国の消費力は低下し、代わりに中国やインド、中近東諸国の消費力が上がっている。製造業の面では中国が台頭しているし、エネルギーは中東とロシアにある。ユーラシア諸国は、欧米を無視した経済運営が可能になっている。中南米諸国や、南アフリカなども入り、ユーラシア版のWTOは、非米同盟WTOになりうる。プーチンの世界的な構想が実現した場合、困るのは欧米の方である。

 日本も、ロシアや中国と仲良くせざるを得なくなる。アメリカとFTA交渉し、同時に中露との関係も良い韓国は、親米と非米の両方の立場を持っているので、日本より優位に立っている。

 今後、ドル急落が起きて世界経済がいったん潰れた場合、それは欧米日だけでなく、中国やロシアの経済にも大打撃となるだろう。だが、世界経済の中での成長センターが中国やインドなどのユーラシアであることは、おそらく今後も変わりないので、大崩壊後の世界経済は、今よりさらに欧米日の衰退と、中国やロシアなどの非米同盟側の台頭が強まることになる。

 中東では、アメリカの覇権衰退によってイスラエルが消滅もしくは無力化されるだろうから、中東はアラブ・イランの側が勝利した状態で安定する。中東イスラム諸国は石油があるので、金持ちになり、いずれ世界経済の成長センターの一つになるだろう。すでに金融センターとしてのドバイの発展はめざましい。米英イスラエル中心体制の崩壊と世界の多極化は、長期的には、世界に経済発展と安定をもたらす。その意味で、多極化は「資本家の戦略」であると感じられる。




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