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石油で世界を多極化する南米のチャベス

2005年11月18日   田中 宇

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 アメリカのブッシュ大統領は11月15日から一週間かけて、日本、韓国、中国など東アジア諸国を訪問しているが、その前の11月4日から7日までは、アルゼンチン、ブラジルなど中南米諸国を訪問していた。

 この2つの地域でブッシュが受けた対応は、対照的だった。中南米諸国では、行く先々で群衆の反米デモに迎えられ、中南米でブッシュがいかに嫌われているかを世界に知らせることになった。一方、東アジアでは、ブッシュが訪問した国の中で最も反米感情が強い韓国でさえ、ブッシュを迎えるにあたって大規模な反米デモは起きなかった。

 ブッシュの中南米訪問で、ブッシュ自身とは対照的に最も人気を集めたのは、ベネズエラのウゴ・チャベス大統領だった。ブッシュの中南米訪問の中心課題は、アルゼンチンのリゾート地マルデルプラタに南北米州諸国の首脳が集まって開かれていた米州サミットに出席することだったが、同地では、ブッシュが到着した11月4日、2万人(一説には5万人)規模の反米集会が開かれ、そこでチャベスは2時間ぶっ続けで演説し「ブッシュはファシストで、テロリストだ」「アメリカは衰退している」「アメリカの帝国主義を許さず、団結しよう」などとぶち上げた。

 日本でこんなブッシュ批判を展開する人は古くさい左翼人士と見られ、ほとんど誰にも聞いてもらえそうもないが、中南米では全く事情が違っている。チャベスの演説は、中南米じゅうにテレビ中継で放映された。(関連記事

(中南米では、今も社会主義を信奉する人がかなりいる。アメリカの支配を受け続け「アメリカの裏庭」と言われてきた中南米の人々にとっては、アメリカの「帝国主義」は日々の現実そのものであり、それとは対照的に、ソ連はときどき支援してくれる、美化された遠くの存在だった)

 チャベスは、米州サミットを通じてブッシュが実現しようとした「米州自由貿易圏(FTAA)」の構想を潰すことを主張した。ブラジル、アルゼンチンといった南米の大国はチャベスと歩調を合わせ、構想実現を阻止した。(ブラジルなどは「アメリカが自国の農産物市場を開放しないかぎり、FTAAは進めるべきではない」と主張した)

 中南米でチャベスらに厳しい批判を受けてから一週間後、ブッシュは東アジアに向けて出発した。アメリカのマスコミは「東アジアもアメリカとの間にいろいろ問題を抱えているが、少なくとも今の極東にはチャベスのような人気ある反米指導者がいないので、ブッシュはその点だけは安心しているだろう」といった論調の記事を流した。(関連記事

▼「イランと一緒に核開発」でアメリカを挑発

 チャベスが大統領をつとめるベネズエラは、日本から見て、地球の反対側にある国だが、ベネズエラは地理的な面だけではなく、政治的な面でも、日本とは対称的な位置にある。日本政府が「何が何でもアメリカに従属して生きていく」という決心を持っているのに対し、チャベスは「何が何でもアメリカを怒らせたい」と思っているのではないかと感じられるほど、アメリカと敵対する立場をとっている。(関連記事

 たとえば、イランとの関係がそうだ。ブッシュ政権は、イランが核兵器を開発しているとして、経済制裁を科そうとしているが、9月末、国連の国際原子力機関(IAEA)が、核開発疑惑でイランを経済制裁することに事実上同意するかどうか評決したときには、35カ国で構成するIAEA理事会の中で、ただ1カ国、反対票を投じたのがベネズエラだった。(アメリカや日本など22カ国が賛成、中国やロシアなど12カ国が棄権)(関連記事

 さらにチャベスはその後、わざとアメリカの逆鱗に触れたいかのように「イランと共同で、貧しい国々のために核開発を行う」と表明した。

 イランの核開発は、欧米や日本では、マスコミの影響で「核兵器開発」であると考えている人が多いが、以前の記事でも指摘したように、イランは核兵器を開発しているという証拠はない。イラン政府自身が主張しているように、原子力の平和利用である可能性が高く、アメリカが「イランは核兵器を開発している」と非難しているのはおそらく濡れ衣である。(関連記事

 チャベスは、この点を突き、自国の核開発を「平和利用だ」と主張するイランに賛同し、それを反米的な国際運動として拡大しようと「ベネズエラもイランと一緒に核開発を行う」と宣言し「それは貧しい国々のエネルギー事情を改善するためだ」と、いつもの社会主義的なチャベス節につなげたのである。ベネズエラは、中古の原発を売りに出しているアルゼンチンに持ち掛け、原子炉を買おうとした。(関連記事

(その後、この購入話は進展していない。チャベスは、実際に核開発を行うつもりはなく、ブッシュがどんな反応を示すか見るために発言したのだと思われる)

 反米の国が「核開発」を始めたら、先制攻撃で潰すのがブッシュ政権の方針で、それを考えると、チャベスは自殺行為をしているように見える。ところがブッシュ政権は、チャベスの挑発に乗ることを避け、ベネズエラの原子炉購入に反対を表明する程度で、それ以上の敵対的な発言を行わなかった。

 ブッシュは、先日チャベスがアルゼンチンの米州サミット会場近くの反米集会でブッシュをこき下ろしたときにも、お抱えの記者団に「チャベスの発言をどう思うか」と尋ねられたのに対し「個々の国名や人名を挙げてあれこれいうつもりはない」と前置きした上で民主主義の重要性について述べるという慎重な発言に終始し、チャベスを直接批判しなかった。(関連記事

▼石油の高騰で形勢逆転

 ブッシュ政権は、今年の初めぐらいまでは、チャベスを非難しまくり、政権転覆するぞと脅し続け、2002年には、アメリカが支援するベネズエラの野党がチャベスを倒すクーデターを起こした(3日後にチャベスの勝利で終結)。04年にもリコール運動が展開された(これも失敗)。ベネズエラの主要なテレビ局や新聞は野党側に立ち、チャベスを中傷する報道を展開した。チャベスは守勢に立っていた。(関連記事

 ところが昨年後半ぐらいから攻守の形勢が逆転し、チャベスはしだいにブッシュ非難の声を強める一方で、アメリカ側はチャベスに攻撃されても言い返さない傾向が強まった。このような形勢逆転の裏には、石油価格の高騰が存在していた。昨年後半、国際的な石油価格が上昇するとともに、チャベスは強気になり、アメリカはチャベスに言い返せなくなった。

 ベネズエラは、世界第3位の産油国で、中南米で最大の石油輸出国である。アメリカにとっては、4番目に多くの石油を輸入している貿易相手先だ。ベネズエラの国営石油会社PDVSAは、アメリカの石油販売会社「CITGO」などを買収し、精油所やガソリンスタンド網をアメリカに持っている。

 アメリカは従来、サウジアラビアからの石油輸入量が多かったが、911後「サウジはテロ支援国だ」という非難が強まり、米政府は、サウジからの石油輸入を減らそうとする動きをとった。その際、代わりに石油の購入量を増やした相手がベネズエラだった。だがその後、アメリカはベネズエラとの関係も悪化させ、その挙げ句に石油価格の高止まりが始まり、ガソリン価格の高騰が米国民の生活を圧迫し、ブッシュの支持率を下げる一因となった。

 チャベスは、ブッシュ政権が困っているのを見て「今後は中国や欧州への石油輸出量を増やし、だんだんアメリカに石油を売らないようにしたい」などと意地悪な発言を繰り返している。

 ベネズエラは、石油生産量全体の3分の2をアメリカに輸出しており、アメリカは欧州や中国などより距離的にずっと近いので売りやすく、しかもベネズエラは精油所やガソリンスタンド網といった大きな資産まで米国内に所有してしまっている。短期間にアメリカ離れを実現することは無理で、チャベスの主張は「長期的な目標」(もしくは「口だけ」)にすぎない可能性が大きい。(関連記事

 しかしブッシュ政権としては、もうこれ以上、米国内のガソリン価格の上昇を招きかねないベネズエラとの敵対関係をひどくしたくない。それで、チャベスに対する態度を和らげているのだと思われる。

 産油国との関係で見ると、ブッシュ政権の戦略は、自滅的な全崩壊の状態になっている。昨年からの石油価格の高騰は、原因がはっきりしないのだが、おそらくブッシュ政権が、ベネズエラ、サウジアラビア、イラン、ロシアといった主要な産油国に対して敵対的な政策をとり続けたことと関係している。産油国は、アメリカの敵対策に対抗するため、ひそかに連絡を取り合い、石油価格の高騰を招いた可能性がある。もう一つの大産油国であるイラクも、ゲリラの激化でいつまでも石油生産を復活できない状態である。(関連記事

 米国内の右派の中には、まだチャベスを敵視している人々が多いが、彼らは石油価格を重視する米政府によって黙らされている。たとえば、ブッシュとも親しいキリスト教原理主義の宗教家パット・ロバートソンは、今年8月に「チャベスを暗殺せよ」とテレビ伝導で呼びかけたが、数日後には発言を撤回し、謝罪している。(関連記事

▼「悪の枢軸」の大親友になる

 チャベスの言動を見ていると、彼が単なる「反米左翼」ではなく、アメリカに敵視され、政権を潰されかかっている国々に対し、自国の石油収入の一部を使って支援し、世界的な「反米同盟」を作る戦略を持っていると感じられる。アメリカの「単独覇権主義」は、中国、ロシアといった「非米同盟」の提携関係を生み出し、世界を多極化しているが、チャベスは非米同盟と連携する反米同盟を作ることで、多極化の動きを強化している。

 たとえばチャベスは、アメリカから40年以上に及ぶ経済制裁を受けているキューバに対し、石油を格安で提供し、カストロ政権の崩壊を防いでいる。またベネズエラは今年6月には、キューバを含むカリブ海諸国全体に格安で石油を流通させる機構(PetroCaribe)を作り、7月には同様の機構(PetroAndina)をボリビアやペルーなどアンデス諸国との間で作ることを提唱した。(関連記事

 チャベスは、中南米諸国の統合を強めてアメリカの支配から独立に導こうとする構想を持ち、それを19世紀に中南米をスペインから独立させた英雄シモン・ボリバルにちなんで「ボリバル主義」と呼んでいる。中南米諸国に石油を安く売る戦略は、ボリバル主義の一環である。チャベスの考え方には、キューバ、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイといった国々の指導者が賛意を表明している。これらの国々は、先日の米州サミットで、アメリカ主導の自由貿易圏構想FTAAに反対した。(関連記事

 ベネズエラは、もう一つの「悪の枢軸」である北朝鮮とも、急速に親交を深めている。10月初め、北朝鮮の議会常任委員会の副委員長であるヤン・ヒョンソプ(楊亨燮)がベネズエラを訪問し、ベネズエラが北朝鮮に石油を安く売ることや、相互に大使館を開設することについて話し合った。(関連記事その1その2

 ヤン・ヒョンソプは「アメリカの脅しに屈せず、ともに闘おう」とぶち上げ、チャベスの側近の一人(Hector Navarro)は「北朝鮮こそ、ベネズエラにとってモデルである」と、北朝鮮が捨て身でアメリカに立ち向かい、不可侵の約束という譲歩を引き出したことを賞賛した。(関連記事

 ベネズエラと北朝鮮の急接近の背後には、中国の存在がある。ヤン・ヒョンソプがベネズエラ訪問から平壌に戻ったとき、空港で出迎えていた面々の中には、中国の在北朝鮮大使がいた。中国にとって北朝鮮の経済自立は喫緊の課題であり、ベネズエラが北朝鮮に石油を支援してくれればありがたいはずである。(関連記事

 中国は自国としても、ベネズエラの石油を買いたいと考えているほか、反米感情を受けてアメリカが引いた空白を埋めるかたちで、中国製品を中南米に売り込んだり、鉱山を買収したいと考えている。こうした中国の戦略にとって、チャベスの反米戦略は、便利な存在である。

 私は世界の多極化傾向に関して「アメリカの中枢に、世界の多極化をこっそり支援している人々がいる。ライス国務長官らがそうである」といった分析を、これまでに何度か書いてきた。この見方からすると、チャベスのボリバル主義は、中南米を対米従属から引き離し、世界を多極化の方向に持っていく原動力としてうってつけである。(関連記事

 アメリカはここ数年、極端なチャベス敵視策を展開し、その結果、チャベスを中南米の英雄に仕立ててしまったが、これはもしかするとアメリカの「失策」の結果ではなく、世界を多極化させるために故意にやったことなのかもしれない。アメリカがイラクをわざと泥沼化したり、ウズベキスタンの大統領をわざと怒らせてロシア寄りにさせてしまったりしたのと同じ「故意の失敗」だったのではないかと感じられる。(関連記事



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