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多極型世界は中国覇権なのか?

2024年6月30日  田中 宇 

中露やBRICSなど非米側の結束により、多極型の世界体制が、既存の米国覇権体制を上塗りして形成されつつある。米欧日(米国側)では、マスコミなど権威筋が、非米化・多極化の動きを無視・軽視し、BRICSや中露結束を過小評価し、今後もずっと米覇権が世界を席巻し続けるという間違った幻想を信じ込んでいる。
そのため米国側では、多極型世界についてまっとうな研究がない(多くの分野で、米国側の学術界は近年とても低能。大学はくだらない場所になった。書店も)。誰も研究しないので、私は独自分析するしかない。
非米側の拡大

BRICSの主導役は中国だ。人口の多さ、経済規模、産業の強さ、独裁している中共の資金力などの面で、中国はBRICSなど非米側の中心だ。そのため「多極型世界とは中国覇権のことだ」「多極化とは、中国が米国に取って代わるだけのこと」といった考え方が出てくる。それは正しいのか。
米覇権潰しを宣言した中露

覇権とは何か。大戦後の近現代世界の建前は、国家(政府)が人類にとって最高位の意思決定機関であり、国家間に上下関係がないことになっている。合法的に他国に何かを強要できるのは、諸国家の集団的な意思決定の場である国連(とくに安保理)だけだ。それが戦後の建前だ。
実際は、諸大国が、周辺の小国群や旧植民地に対して影響力を持っている。この影響力が覇権だ。とくに米国は戦後、世界に対して覇権を持っている。
世界帝国から多極化へ

米国は、自分が単独覇権国であることを自覚し、以前からその手のこと(indispensable nationとか)を表明してきた。
対照的に、中国は以前から現在まで、覇権を悪いものとして否定し、自国が覇権国になることも拒否してきた。中国の覇権否定表明は、本物なのか。それとも中国は表向き覇権を否定しつつ、実際は覇権を構築しているのか。
多極型覇権と中国
600年ぶりの中国の世界覇権

戦前の帝国は他国に対する顕然とした支配だったが、戦後の覇権は他国に対する隠然とした支配だ。覇権は、否定しつつ行使するのが正しい(戦後の国家制度に沿う意味でも、相手を安心させるためにも)。米国は正直すぎる(米国は覇権を国連に移譲して多極型にしたかったが、英国に冷戦を起こされて多極型を壊されたうえ、覇権運営を軍産複合体など英国系に乗っ取られたので、弱い対抗策として覇権を暴露している)。
中国には古来、表と裏を使い分ける政治戦略などを説いた孫子の兵法もある。中国が覇権を構築するなら、否定しつつ隠然とやるはずだ。
米国の多極側に引っ張り上げられた中共の70年

中国は隠然と、米覇権衰退後の世界における覇権国になろうとしているのか??。私の分析では、中国は、世界的な覇権国になろうとしていない。それは、たとえばアフリカに対する中国の関与の仕方を見ると、感じられる。
これまでアフリカに対して最も強く覇権を行使したのは英国だ。英国は、フランスなど他の列強を誘ってアフリカを無数の小さな植民地に分割して支配し、植民地が悪いものになった戦後は、アフリカを無数に分割された状態のまま個別に独立させた。
英国主導のアフリカ分割は、アフリカを弱体化させておき、永久に英国(やその仲間たち)の支配下に置くために行われた。覇権(隠然)であれ植民地支配(顕然)であれ、他国が弱いほど、支配がやりやすくなる。だから英国はアフリカを分割した。
中国とアフリカ

近年の中国はアフリカに対して、英国と逆のことをやっている。アフリカ諸国は、英国などに分割され弱体化されて支配し続けられている状態を脱しようと、アフリカ大陸のすべての国の加盟を前提とした組織「アフリカ連合」を2001年から作っている。
そして中国は、エチオピアにあるアフリカ連合本部の建物を建設して寄贈するなど、創設期からアフリカ連合をテコ入れし続けている。昨年には、中国が主導するBRICSがアフリカ連合との連携を強め、エチオピアなどいくつかのアフリカ諸国を新規加盟させた。
BRICS拡大を読み解く

もし中国が、アフリカに覇権を行使して隠然と支配し続けたいのなら、アフリカ連合の創設をむしろ邪魔して、英国同様、アフリカが分割されたままの弱い状態に放置したはずだ。アフリカ諸国は、アフリカ連合を作ることで、国際社会で団結し、前より強い発言力を持つようになった。米英仏はアフリカから追放されている。
中国(や他の大国)が今後、地元の利益を損なう方向で支配や覇権を強めようとすると、アフリカ連合から非難され、拒否・抵抗されて失敗する。アフリカを団結させた中国は、今後もずっとアフリカに覇権を行使できない構図を作った。
「中国は、米国の覇権が強い間は、米覇権に楯突くアフリカなどの諸国を支援するが、いずれ米国の覇権が低下して中国の天下になったら、手のひらを返してアフリカなど世界への支配を強めるだろう」といった見方もありうるが、これも間違いだ。
いったん団結したアフリカは、もう他国が支配できる存在でなくなる。中国が支配者に翻身することはできない。中国はアフリカを借金漬けにしたと米国側が批判するが、実のところ借金漬けは、むしろ米国側がやってきたことだ。中国は、債務者を結束させて返済拒否に導いている。
アフリカの非米化とロシア

中南米や中東など、英国系が支配してきた他の地域でも、中国の姿勢はだいたい同じだ。
中国の習近平は昨年、長年対立してきたイランとサウジアラビアを仲裁して和解させた。従来、シーア派のイランとスンニ派のサウジアラビアとの不仲を扇動し、中東を分割支配してきたのは英国系だ。
英国系は、対立を扇動し恒久化しておいて「シーアとスンニは仲良くできないものなのだ」と学術界やマスコミの権威に書かせる「ウソの真実化」までやる周到な極悪性を発揮してきた。テロ戦争から地球温暖化人為説やコロナワクチンまで、この手口だ。
サウジをイランと和解させ対米従属から解放した中国

だが、永久に仲良くできないはずのイランとサウジが、習近平の仲裁で、簡単に和解してしまった。完全な和解でなく、対立する事項を棚上げし、合意できる部分だけで合意してニコニコ握手する演技をしただけだ。
齟齬が一つでもある限り永久に和解できないと言って怒り顔で対立させられ続ける英米式と、短期の具体的内容としては大差ない。
だが長い目で見ると、中国式の方が、合意できる部分をどんどん発展できて、双方が対立事項で譲歩しやすくなり、完全和解や地域発展につなげられる。英米式は、恒久的な対立と、断絶による経済難しか生まない(途上諸国の発展を妨害するのが英国系の目的なので、それが成功なのだが)。
多極化の決定打になる中国とサウジの結託

中国自身、印度と国境紛争で対立したままだが、印中両方がBRICSに加盟して、合意できる部分だけで仲良くやっている。実のところ、中国と印度は数年前から全面和解が可能なのだが、中国が反米、印度が親米の姿勢をしばらく続けた方が、米国側を出し抜くために好都合だということで合意し、その後も2国間で対立するふりを続けている。脆弱なパキスタンを印中和解で国家崩壊させぬよう、先延ばしする意味もある。
印度は、いずれ中国と和解するだろうが、その後も高プライドな自主独立性、孤立文明性を好み、折に触れて主導役の中国に楯突くだろう。印度のような国が独自姿勢を貫き、勝手に放言して活躍できるのが、これからの多極型世界の特長の一つだ。
ちゃっかり繁栄する印度、しない日本
中露がインドを取り込みユーラシアを席巻

アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領なども、いい味を出している。中国嫌いの彼はBRICS加盟を拒否したが、それ自体がアルゼンチンの大国性を示している(小国なら驚喜して加盟する)。アルゼンチンやインドネシアは、多極型世界にふさわしい独自色を持っている。トランプの米国も同様だ。
多極型世界は、中国覇権体制でない。習近平の中国は、BRICSの主導役、というより調整役として、各種の風変わりな独自色を持った諸大国と話し合っていかねばならない。
米州大陸の独自性

東南アジア(とくにミャンマー、ラオス、カンボジア)、中央アジア、モンゴル、北朝鮮といった中国周辺の地域は、中国の影響圏であり、中国の覇権がある。だが、自国の周辺を影響圏にしている大国は世界に多い。戦後、米国から二度と敵視されぬよう、海外に影響圏を持つことを永久に放棄した日本のような国の方が、大国の中では珍しい。
立ち上がる上海協力機構

習近平は、中国国内では、息が詰まるひどい独裁者である。鄧小平から胡錦濤までの中国では、人々が勝手なことを放言していた。貧乏で大混雑だけど面白い国だった。
だが習近平が権力を握り、新型コロナの規制などを使って独裁と国民監視を猛烈に強めた後、中国はつまらない社会になった。人々は監視を恐れ、互いに知らんぷりで冷淡だ。
中国人は、国内にいると監視されて息が抜けないが、外国である日本とかにくると、監視もなく自由なので、タガが外れて傍若無人になる。東京などは、中国人が増えて身勝手な迷惑言動が目立ち、ひどい状態になっている。
日本の政府や権威筋は、中国を敵視しているはずなのに、敵性国民である中国人をどんどん入国させ、全く監視もせず勝手にさせている。日本の右翼など中国敵視派は、円安に乗って流入し、迷惑になっている中国人(やその他の外国人観光客)たちに帰国をうながす運動ぐらいすべきなのに、何も言わないしやらない。
習近平独裁強化の背景
新型コロナと習近平

話がそれた。習近平は、中国国内でひどい抑圧者・独裁者だが、国際的には世界の支配者でなく、逆に、世界を米英の支配から自立させて発展させる動きを続ける正義の味方だ。
中国やロシアなどの活動の結果、世界の諸国(英欧日以外)は、米覇権から自立して多極型の新世界秩序を構築している。中国は、多極型世界の主導役・調整役であるが、中国の世界覇権を作ろうとしていない。
中国が好む多極・多重型覇権

中国はウクライナ開戦後、ロシアの提案を受けて、ドル決済やSWIFT、債券金融など、既存の米覇権下の経済システムに頼らない、非米的な経済システムを新たに作り、できるだけ多くの国をそこに入れ、世界経済の中心を米国側から非米側に移そうとしている。
米国側の経済システムは金融主導で、リーマン危機によって機能不全に陥り、その後は米連銀が注入する資金で表向きだけ延命している。中露BRICSは、ドル崩壊への道が決定したリーマン危機後、非米的な経済システムの必要性に駆られて結束を開始して構想を練ったが、米金融が延命しているので進行が遅延した。非米システムの具現化は、米国が敵性諸国への経済制裁や断絶策を強めたウクライナ開戦後に急進した。
プーチンに押しかけられて多極化に動く中国
権威筋や米国覇権のゾンビ化

中国の全権を握るのは習近平であり、彼は党内の合意も取らず、根回しも説明もせずに、側近群に具体策を発案させる独裁方式で非米的な世界システムを構想し、ロシアなど他の非米諸国と構想をすり合わせて具現化している。世界の非米化は、習近平やプーチンの個人事業であり、公開されている部分が少ない。
非米化や多極化は、習近平やプーチンの個人事業であると同時に、米国上層部の隠れ多極派が昔からやりたかったことでもある。多極派は、以前から中露に入れ知恵していたはずだ。とくに中共中央に対してはニクソン訪中後、キッシンジャーらが入れ知恵し続けてきた。
非米化や多極化は、世界の政治経済体制をめぐる「資本と帝国」の百年の暗闘の一部で、資本の側による大きな謀略である。習近平やプーチンは、その構図を理解したうえで乗って動いている。
資本の論理と帝国の論理

中露は、今後何十年も続く、新たな世界体制を創設している。創設者である中国やロシアは長期的に、新体制から大きな利得を受け続ける。米金融はいずれ破綻する。中露はそれを待ちながら、非米経済システムの準備を進めている。米上層部は、こっそり中露の味方である隠れ多極派が席巻している。中露が失敗する可能性は低い。
毛沢東は、文革で中国を変えようとして失敗した。習近平は非米化で世界を変えようとしており、たぶん成功する。
世界資本家とコラボする習近平の中国

習近平は、セコセコ中国覇権を拡大していく必要などない。発展途上諸国のことを考えて動いているだけで、中国は新しくできる世界体制から大きな利益を得る。すでに世界の資源類の大半が非米側にある。井戸を掘り続ければ、いずれ水が湧く。
覇権の概念を広義にすれば、中国はこれからの世界を動かす力を持つので、今後の世界は中国覇権だ、ともいえる。だが、その場合の中国覇権の力は、従来の米英覇権よりもずっと弱い。
習近平の独裁強化は、共産党内でまだ多い親米派(うっかり米傀儡)に妨害されないようにするためだ。中国人民はこれから長期にわたって世界から利益を得るのだから、しばらく俺の独裁を我慢してろという理屈だろう。
資源戦争で中国が米国を倒す



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