多極型覇権と中国2023年3月8日 田中 宇
この記事は「さらに進む覇権の多極化」の続きです。 前回配信した前編は、ウクライナ戦争の長期化でこれから中露主導の非米側が台頭し、既存の米国覇権は世界の全部から一部へと縮小することを書いた。非米側は中国やロシアの一極支配でなく、BRICSの5か国などの諸大国や地域連合(ASEAN、GCC、アフリカ連合など)が、力の優劣はあるもののおおむね対等に立ち並ぶ多極型の覇権体制になっている(少なくとも今のところ)。いずれ、米国側も単体または分裂した形(米国と欧州と英国系が別々に、とか)で、この多極型の新たな覇権体制(新世界秩序。笑)に入っていく。そのような、きたるべき多極型の世界はどのようなものになるのか。中国が米国に取って代わって中国の単独覇権の世界になるだけだよ、と言いたがる人もいる。多極型なんて不安定でうまく行くわけないとか、米覇権は強いから崩壊するわけないよ、と言うマスコミ鵜呑みの人もいる。どうなのか。 まず言えるのは、これから中国が世界を一極支配する単独覇権体制を作るのはとても難しいことだ。米国は第二次大戦後すぐに単独覇権を確立したが、米国がすぐやれたのは、それまで100年以上も覇権を維持してきた英国から覇権を移譲されて支配システムを引き継いだ(移譲詐欺にあって乗っ取られた)からだ。米国と対照的に、中国が覇権を構築するなら、それは誰かからの移譲でなく、少ない基盤から作り上げねばならない。中国はすでに、ユーラシアの経済覇権体制の一帯一路とか、ロシアと共同でユーラシアを支配する上海協力機構、非米諸大国が中国に協力して世界を運営できるBRICSなど、覇権構築に使えそうな国際政治システムをいくつか持っている。だが、それらはすべて創設から日が浅く開発途上だ。一帯一路が満足に機能するにはあと10-25年かかる。上海機構やBRICSは合議型の国際体制で、それらが実現する世界は多極型だ。まず多極型で始めて、いずれ中国が他の諸大国より力をつけたら中国の単独覇権に切り替えていくとしても、実現までに25-50年かかりそうだ。 そもそも単独覇権体制はコスト高で儲からない。中国はユーラシア東部、ロシアは西部、インドは南部、サウジは中東、南アがアフリカ、ブラジルが南米をまとめていくといった多極型の方が、中国にとっても効率的で、儲かる貿易やインフラ整備、資源開発などだけ中国がやるという都合の良い状況を作れる。損しても融資が焦げ付くぐらいですむ。焦げ付いても政治的に債務国に恩を売れて超長期的に収支が合う。支配・被支配の一極支配より、多極型の方が双方にとって良い。前編に書いたように米国も、もともと大戦を機に世界を多極型に転換して、国連に覇権を渡して機関化するつもりだったが、詐欺師の英諜報界に入り込まれて覇権運営を乗っ取られた。 中国は古代から明清までの各帝国が調子の良い時に、自国周辺の東アジアやユーラシアを支配する覇権体制(冊封体制、朝貢貿易)を敷いていた。これは、周辺諸国を宥和して味方につけ、中国の辺境地域を安定させる策だった。中国は地域ごとに多様性が強く、中央政府が力を失うと国内の反乱がひどくなり崩壊していく。だから、今も中国は民主主義をやれず(選挙をやると民意を集めて政治力をつけた各地方の指導者が中央の言うことを聞かなくなる)、多党制にもできず独裁を維持するしかない。そんな感じなので、今後しばらく中国は覇権拡大より先に国内の体制を安定させねばならない。中国の覇権は伝統的に、外国を支配するのでなく、外国によろしくと言う善隣外交だ。今の中国も、外国が台湾やウイグルや香港の分離独立を扇動して中国の内政が不安定になることを最も恐れている。 米国は2001年の911事件以降、単独覇権体制を振りかざして支配したので、世界は覇権を嫌うようになっている。支配を過激にやりすぎた米国が覇権を失い、その覇権を中国が取って世界を露骨に支配すると、中国は世界から警戒・嫌悪されてしまう。これは愚策だ。中国は覇権を拡大するとしても、表向き覇権など希求していませんと言い続け、裏で隠然と支配する「孫子の兵法」的なことをやる。露骨に覇権主義をやった米国は馬鹿だった(実は馬鹿でなく、英国系に牛耳られてやらされてきた覇権を意図的に自滅させ、米国自身を覇権役から解放しているのだが)。米英覇権崩壊後の世界は不可避的に、誰も一極支配を好まない多極型になる。「米国の覇権を中国が取るだけでしょ」と言っている人は浅はかだ。「米国は絶対に崩壊しない」と言ってる人も米プロパガンダの軽信者だ。 世界経済の発展史の観点からも、どこかの国が単独で全世界を一極支配する単独覇権体制はもう要らなくなっている。単独覇権が具現化する単一市場が必要とされたのは、英国発の産業革命が全世界に拡大、定着していく200年近くの期間だった。産業革命によって、1800年前後に内燃機関による船舶と鉄道の世界的な交通網や、電信電話による通信網が作られ始めた。それらは発達し続け、1970-90年代には大型ジェット機、高速鉄道、自動車や高速道路の技術の確立によって世界的な交通網が完成し、テレビや電話網、さらにはインターネットとスマホによる世界的な通信メディア網も完成した。世界中がだいたい同じ技術やサービスを共有する単一市場があり、十分発達できるようになった。ここまで世界が平準化すると不可逆的であり、もう覇権の体制がどうであれ単一市場が維持される。 英国の単独覇権は、第一次大戦前にドイツや米国が英国と並ぶ経済大国になった時点で終わるべきものだった。もし英国が単独覇権を解体してドイツや米国や日本やロシアに覇権を分け与えて多極型に転換していたら、世界は2度の大戦なしで発展し続けられた。だが、英国は自国の凋落や覇権放棄を拒否し、米国を味方につけてドイツを潰す戦争を仕掛け、世界大戦になった。多極型覇権より、単独覇権の方が覇権維持のための戦争が起きるので不安定だ。国際連合の多極型(機関型)の覇権は冷戦で壊れたが、壊したのは単独覇権を維持したかった英国だ。単独覇権を完全に解体して不可逆的に多極型にするのが世界を平和にするための最善策だ。 米国はもともと中国の発展を助けてきた国だ。英国が欧日の列強を誘って中国を分割しようとした時、そこに割って入って分割を阻止したのは米国だ。清朝が滅びそうな時、中国を民主的な国にするため孫文を支援して中華民国の建国を実現したのも米国だ(中国を支配したがった当時の日本政府は孫文の建国運動を支援しなかった)。大戦期に日本の中国支配を阻止するため、重慶の国民党を支援して国共合作を仲裁したのも米国だった。米国は、戦後の多極型体制(国連P5)を作る際、日本によって重慶に追い込まれてゲリラ勢力になっていた国民党の蒋介石を米軍機に乗せてカイロ会談に招き、中華民国を5大国の一つにしてやった。米国は何としても、中国を自国と並ぶ世界の極の一つに仕立てたかった。 そんな米国が豹変したのは戦後、英諜報界に覇権譲渡詐欺をやられて入り込まれて牛耳られてからだ。その後の英米は、金日成を騙して南進させて朝鮮戦争を誘発し、毛沢東が北朝鮮を支援するよう仕向けて朝鮮で米中戦争を起こし、米国の非英勢力が進めようとしていた共産中国との和解策を潰した。国共内戦に敗けた国民党が台湾に立てこもって戦い続ける中台の冷戦構造を作ったのも米国だった。 英国に牛耳られて潰されていたもともとの米国(ロックフェラー系など多極型をこっそり希求する隠れ多極主義者たち)が復活し始めたのは、1972年のニクソン訪中からだった。1960年代に米国は経済力やドルの威力を(意図的に)浪費し、1971年の金ドル交換停止(ニクソン・ショック)でドルの覇権が崩壊した。これから米国の経済発展に期待できなくなるので、世界経済を回し続けるためには、中国への敵視をやめて米国からのテコ入れを再開し、中国を早く経済発展させないとだめだ、という資本家の声が強くなった。それで(隠れ多極主義者たちが米覇権の自滅策として泥沼化させた)ベトナム戦争をうまく終わらせるためという口実を設けてニクソンが訪中し、米中が和解した。当時まだ毛沢東が生きていて文革で中国を自滅させていたので、毛沢東が死んでトウ小平が1977年に復権するまで待ってから1978年に正式に米中が国交回復し、その直後からトウ小平の改革開放で中国の高度成長への道が始まった。 中国は米国と肩を並べるまで経済発展したが、同時に米国で英国系(軍産マスコミ)が扇動する中国脅威論や中国敵視が強まった。ロックフェラー系など隠れ多極主義者たちはこの状況を逆手にとり、米国が過激に中国を敵視し、米国に敵視された中国が安全保障策として経済を米国から切り離すように仕向けた。トウ小平の改革開放は、中国が米国の製造業の下請けとして発展する経済対米従属策だった。中国は儲けたカネで米国の債券を買い、金融主導になった米国覇権を下支えしていた。胡錦濤までの中共はトウ小平の方針を守っていたが、習近平になると方針転換し始め、米国の下請けでなく、一帯一路など世界の非米的な諸国との経済関係で発展していく戦略を開始した。多極主義的な覇権放棄屋のトランプ政権が、中国の経済対米自立に呼応して、中国を敵視(して強化)する策として経済の米中分離策を開始し、バイデン政権も米中分離策を受け継いでいる。中国経済はどんどん非米化している。 ウクライナ開戦後、2000年から中国と親しかったロシアが米国側に経済制裁されて一気に経済を非米化し、中国もロシアに引きずられる形で非米型の経済システムを強化する策を加速した。中露が米国側(先進諸国)以外の世界中を非米的な多極型の覇権体制の中に引っ張り込み、世界の多極化と非米化を進めている。米国ではウクライナ開戦に同期して、隠れ多極主義者たちがインフレを悪化させて米連銀にQE終了とQT開始をやらせ、ドルと債券金融システムをバブル崩壊への道に追い込んでいる。あとは、ドルと債券のバブル崩壊がいつ具現化するかというタイミングの問題だけになっている。 きたるべき米国覇権の崩壊とともに、日本の対米従属も終わりにさせられる。もともと戦後日本の対米従属は、中国より強い日本が再び中国支配を試みないようにする「びんのふた」だった。昔から中国が内部崩壊すると、日本が中国に進出して支配したがる歴史が繰り返されてきた。しかし近年は中国が日本より強い状態になった。中国は今後さらに発展台頭し、対照的に日本は経済的にも、人材的・人々の叡智や技能的にも衰退する一方だ。日本は対米従属をやめても25年ぐらいは今のままのダメさだろう(その後に期待)。日本が中国を支配することはもう不可能で、びんのふたも要らなくなっている。 最近は韓国が日本に和解を提案している。これは、日韓から米軍・米覇権が撤退する時が近づいているからだ。従来の米覇権下では、日韓が仲違いし続けて米軍が日本と韓国に別々に駐留し続けている方が米国の軍事費が浪費できて、軍産と隠れ多極主義者の両方に好都合だった。日本と韓国の主流派である米傀儡勢力も、米国とのつながりを強くしておくため日韓が別々に米国に従属するハブ&スポーク型の恒久化を望んできた。しかし今後は米国が退潮し、日韓は対米自立を余儀なくされ、相互に対立し続けることが愚策に転じる。米国の退却後、極東は、日本と韓国が仲良く中国の朝貢国になる感じになっていく。台湾は話し合いで中国の傘下に入っていく。 北朝鮮は、金正恩が内政の転換をうまくやれれば、軍部の権力を削ぎ、かつて殺された張成沢の代わりになる経済運営の専門家たちに権力が移り、中国の傘下で経済発展していき、日韓と和解することになる。金正恩がうまくやれない場合、軍部が権力を握り続け、緊張緩和と発展への動きがゆっくりしか進まなくなる。韓国も中国も北朝鮮を追い詰めないことを優先するので、戦争にはならず、緊張緩和がゆっくり進む。
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