立ち上がる上海協力機構2011年6月21日 田中 宇6月15日、中国とロシアが主導するユーラシア諸国のゆるやかな集団安全保障体制である上海協力機構(SCO)が、カザフスタンで年次総会を開き、同機構がインドとパキスタンの和解を仲裁し、和解が成立したあかつきに印パを同時に加盟させる方針を決めた。 印パは両国が独立して以来60年以上対立しており、これまで印パ対立の唯一の仲裁役は米国(米英)だった。だが、米英の覇権戦略にとっては、印パが和解して南アジアに自立的な(欧米支配を好まない)強国ができるより、印パが対立したまま別々に米英の言うことを聞いてくれる方が良い。だから米英による印パ和解仲裁は、うまくいかない仕掛けになっていた。その意味で、米英と異なる仲裁者として上海機構が出てくることは重要だ。 今の時期に上海機構が印パの和解仲裁に乗り出すのは、米軍(NATO)がアフガニスタンから撤退していくことと関係がある。上海機構は従来、アフガンのカルザイ政権を米国の傀儡とみなす傾向が強く、カルザイ政権が上海機構に入ることを希望してもオブザーバーにすら認定せず、オブザーバーよりさらに外野的な「対話パートナー」として扱っていた。だが米軍がアフガンを撤退する方向が定まり、カルザイが米国と疎遠になる傾向も強まる中、上海機構は今回の年次総会で、カルザイ政権のアフガンをオブザーバーに昇格することを決めた。 (SCO decides to draft a new course) 上海機構は、米軍が撤退して米国の影響力が低下した後のアフガンを、上海機構の手で安定化していこうと考えている。アフガンの安定化には、パキスタンの安定化が不可欠だ。アフガンとパキスタンの国境地帯は民族的に(パシュトン人。タリバン)つながっているので、どちらかの国の不安定さがもう一方に感染してしまう。パキスタンの安定化には、印パの和解が不可欠だ。印パ対立が続くと、パキスタンはイスラム主義のテロ組織を支援してインドと対峙する従来の姿勢を変えられないが、印パが和解すると、パキスタンはテロ組織を支援する必要がなくなり、アフガンとパキスタンの国境地帯も安定化し、アフガンも内戦体質を脱却できる。 (◆パキスタンを中露の方に押しやる米国) 米国は、パキスタンがテロ組織を支援せざるを得ない状況を知りつつ、意図的にアフガンとパキスタンの不安定な状況を持続させることで「テロ戦争」を無期限に長引かせ、その体制下で米覇権を維持しようとしてきた。テロ戦争の体制下では、印パの和解は不可能であり、アフガンとパキスタンの安定化もあり得ない話だった。だが、米軍がアフガン占領を失敗の方向に持っていきすぎて撤退を余儀なくされ、米国が出ていくのを待って上海機構がアフガンに影響力を行使するようになると、アフガンやパキスタンの安定化、印パの和解が現実にあり得る話になってくる。 ▼方向転換せざるを得なくなるインド 従来、米英だけが印パの仲裁者だった構図の中で、インドは「パキスタンがイスラム過激派のテロ組織に対する支援をやめない限り和解できない」という態度をとってきた。この10年あまり、インドは新興市場として急成長して米国にも一目置かれて優勢になり、パキスタンは国家破綻の傾向を強めて劣勢になっている。インドは、急いでパキスタンと和解する必要がなかった。冷戦時代にソ連と対峙する橋頭堡としてパキスタンを重視していた米国は、911後、パキスタンを批判して冷たく接する傾向を強めている。先日ついにパキスタンの内務相が、米国のCIAに対し、自国内での活動を禁じたほどだ。CIAは無視して活動しているので、ますます両国関係が悪化している。代わりにパキスタンは、中国に頼る姿勢を強めている。 ('CIA not allowed to operate in Pakistan') 中国は、配下の上海機構を使って印パ和解を仲裁する構想を以前から持っていた。米国も昨年、中国が印パを仲裁することに前向きで、昨春の米中協議では、むしろ中国に印パ仲裁を任せたいという姿勢すら見せた。 (中国が核廃絶する日) だが、大国を自認するインドは、仲裁を受けて中国の風下に立ちたくなかった。中国が印パを仲裁する話は進まなかった。上海機構でも、印パはともに3年ほど前からオブザーバー会員だが、パキスタンが上海機構の正式な加盟国になりたいと申請したのと対照的に、誇り高きインドは加盟申請していない。今回の上海機構の年次総会でも、インドだけ出席者が外相だった。他のすべての国々は、大統領など首脳を派遣している。 (Engage China - ''SCO might have a bigger role in the near future.'') しかし、今回の上海機構の年次総会に際して、インドの新聞各紙は「上海機構は今後インドにとって重要な存在になる。早く正式な加盟国になった方が良い」という主張を載せている。従来のインドが、米国の覇権を重視し、中国や上海機構を軽視してきたことを考えると、このインド各紙の論調は、大転換である。この転換の背景にあるのは、米国がアフガン撤退によって南アジアでの影響力を低下させそうなことだろう。 (Why permanent membership in SCO is vital for India?) (India's agenda at the SCO) 今回の年次総会に際し、上海機構を主導する中露のうち、ロシアはインドとアフガニスタンの正式加盟を支持した一方、中国はパキスタンの正式加盟を支持し、折衷案として印パの和解を前提とした同時加盟のシナリオになったとされている。中露の間にも温度差や齟齬がある感じが醸し出されているが、私から見ると、これはロシアがインドをなだめ、中国がパキスタンをなだめつつ和解させる中露の役割分担だ。インドは中国に対するライバル意識が強いので、インドが中国の軍門に下る筋書きでなく、ソ連時代からインドと親しかったロシアがとりなしてインドの面子を立てる筋書きが選ばれたのだろう。 (India, Pak joining of SCO made conditional) ▼隠然と狡猾な中国式外交術 上海機構は、なるべく目立たないように、慎重に意志決定する組織だ。上海機構は、1996年に中露と中央アジア諸国の国境紛争を解決することを主目的に「上海ファイブ」として結成され、01年の911事件で米国がテロ戦争を開始してからは、中央アジアのテロ対策が主目的の一つになった。中露を封じ込めたい米英(NATO)の冷戦型(ユーラシア包囲網)の戦略と対照的に、上海機構は地政学的に、中露と中央アジアの結束を強化する「包囲網破り」の色彩があり「NATO(米英覇権)対上海機構」の対立軸で描かれがちだ。しかし上海機構は、この構図で見られることを嫌い、米国がテロ戦争を開始すると上海機構もテロ対策を柱の一つにする対米協調的な姿勢をとった。 上海機構は、米国に対し、中央アジアの米軍基地を撤去するよう求めたり、ロシア近傍(東欧)に迎撃ミサイルシステムを配備することに反対したり、アフガン占領の期限を切るよう求めたりして、反米的な組織だとみなされている。しかし上海機構は、ユーラシアから米軍を追い出そうとするよりも、米軍が占領に失敗してユーラシアから出ていくのを待って、米軍が出ていった後の空白を埋めることを目指している。 印パやアフガンの加盟の話は、NATOがアフガンを撤退する方向が明確化してから進展したし、イランの加盟の話は、いずれ決めたいという時期の不透明な話だ。イランに関しては、米国がイランに核兵器開発の濡れ衣をかけて敵視している限り、上海機構はイランの加盟を認めそうもない。上海機構は、米国に敵視されることを嫌がっている。米国に敵視されるよりも、米国が過激な軍事覇権戦略を突き進んだ揚げ句に自滅的に撤退していくのを待ち、その後の空白を埋めた方が、はるかにリスクが少ないことを、上海機構は知っている。 これは、中国の外交戦略の方針でもある。上海機構がインドを入れる方向性を一歩強めた今年の総会の直後、中国とインドは半年間途絶えていた軍事交流を再開した。また中国政府は、インドとの国境紛争を解決していく意志を、改めて表明した。 (India, China shouldn't give up on border talks) (Pakistan looms large as India, China armies resume talks) (米国を過激なイラク侵攻やテロ戦争にいざなうとともに、上海機構の重要性を軽視した共和党右派やネオコンは、中国のスパイ的な隠れ多極主義者である) (隠れ多極主義の歴史) 上海機構は慎重だが、機を見るに敏だ。米国の覇権衰退に合わせて、自分たちの組織や行動を拡大している。今年4月には、初めて加盟諸国の国防大臣会議が上海で開かれている。米軍(NATO)がアフガンから撤退する方向が定まり、上海機構が軍事同盟的な色彩を顕在化しても、欧米(NATO)の側が反撃できないほど弱体化したことを見定めた上で、初の国防大臣会議が行われている。 (SCO steps out of Central Asia) 上海機構は今年の総会で、スリランカとトルコを対話パートナーにする方向性を決めた。スリランカを入れることは、上海機構が、ユーラシア内陸部のみを対象にするのでなく、インド洋地域のことにも首を突っ込もうとしていることを示している。中国は近年インド洋への進出に積極的で、スリランカに大きなコンテナ港を作り、インド洋を自国の海と考えているインドは警戒している。だから、中国の影響力が強い上海機構がスリランカを対話パートナーにすることを、インドは快く思っていないはずだ。 しかしすでに述べたように、米国がアフガンから撤退し、南アジアでの影響力を低下しそうな中、インドが上海機構に入らざるを得なくなった現状では、インドが声高にスリランカの上海機構入りに反対するのは難しい。むしろインドは、上海機構に入り、中国と協調してインド洋地域の安定を模索する方に傾いている。 (中国を使ってインドを引っぱり上げる) 上海機構がトルコとの関係を強化することは、トルコが「ネオ・オスマン主義」を掲げ、アサド政権が危機になっているシリアの内政に介入したり、イランと協調して北イラクの状況に介入したり、ロシアと協力してコーカサスに影響力を拡大しようとするなど、中東の地域覇権国になろうとしていることを踏まえて考えると興味深い。 (China "very positive" for Turkey to be dialogue partner in SCO) 上海機構と別に、中国が関与している国際組織としてBRICがある。BRICは最近、南アフリカを加盟国に入れた。これにより、今後もし欧米が世界覇権の地位を降り、米国(北米)と欧州だけに影響力を持つ地域覇権国になったとしても、欧米とBRICが集まることで、世界のすべての地域の大国の代表者会として機能しうる状況になった。日本や欧米のマスコミでは、上海機構やBRICの動向が詳細に報じられることが少なく無視されがちだが、上海機構やBRICによって、世界の枠組みが静かに多極型に転換している。あとは、米国の覇権がいつまで持つかという話になっている。
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