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プーチンが北朝鮮問題を解決する

2017年9月20日   田中 宇

 北朝鮮の核ミサイル問題に関して、米国のトランプ政権は、米軍が北を先制攻撃する軍事的な選択肢しか方法がないと言い続けている。トランプは9月19日の国連演説で、北を完全破壊せざるを得なくなるかもしれないと述べた。マクマスター補佐官は「北と交渉しても良いが、目標は北が核を廃絶することだ(隠し持ったままでも、核実験やミサイル発射さえしなければかまわないとする中露の主張は受け入れられない)」、ハリー国連大使は「交渉がうまくいかない場合、軍事解決しかない」と述べている。 (Trump: Military Options Against North Korea ‘Overwhelming’) (U.S. Orders ‘Rocket Man’ Kim Jong Un to Ditch Nuclear Weapons

 実のところ、トランプの発言と裏腹に、軍事的な方法は、全く悪い選択肢でしかない。すでに何度も書いているが、米軍が北を先制攻撃したら、北は報復として1千万人が住むソウルを猛攻撃し、朝鮮戦争の再発になって大量の死者が出る。マチス国防長官は、韓国を破壊せず北だけ破壊する秘策があると表明したが、秘策の中身は言っていない。この手の発言はいつも「口だけ」だ。ハリー国連大使は「経済制裁は効かない。軍事解決を拒否する国連安保理(中露)には、もう打つ手がない」と、中露に対して啖呵を切る発言も放っている。だが、打つ手がないのは、軍事解決ばかり言っている米国も同じだ。 (北朝鮮危機の解決のカギは韓国に) (Jim Mattis Hints at Secret Military Options for North Korea) (Haley: UN Out of Options on North Korea

 だがそんな中、打つ手がないはずの中露が、軍事の選択肢にまったく触れないかたちの北核問題の新たな解決策を、米欧日のマスコミがほとんど報じない状況下で、打ち出してきている。しかも、ロシアのプーチン大統領が提案したこの解決策は、すでに北朝鮮の代表団の最低限の支持(反対しないとの表明)を得ているうえ、中国の習近平主席や、韓国の文在寅大統領といった関係諸国の首脳だけでなく、日本の安倍首相の賛同まで得ている(米国だけは反対している)。この件は、日本で報じられていない。 (Moscow’s infrastructure deal on N. Korea backed by Tokyo and Seoul, opposed by U.S.

 プーチンの新提案とは、9月6-7日にロシア極東のウラジオストクで開かれた「東方経済フォーラム」で発せられた、(日本や)韓国から北朝鮮を通ってロシア、中国に至る鉄道やパイプラインを開通させる構想だ。朝鮮半島を縦断する鉄道やパイプラインは、ロシアのシベリア鉄道や西シベリアからのパイプライン、中国が「一帯一路」計画で建設している中国経由で西アジアや欧州まで伸びる鉄道やパイプラインにつながり、日韓がユーラシアや欧州に製品を輸出したり、シベリアから石油ガスを輸入する際に使える。北朝鮮は、自国を通過する鉄道貨物やパイプラインの通行料を得られる。この構想は、10年以上前からあったが、北と韓米の対立激化により頓挫していた。 (The Russia-China Plan For North Korea: Stability & Connectivity Pepe Escobar

 プーチンが提案した北をめぐる経済協力案は、北が核やミサイルの開発をやめるよう求めている国連決議に従わないと進められない。米国が北を先制攻撃すると脅し、北は脅されるほど突っ張って核ミサイルの開発を誇張して進める現状が続くなら、北は国連決議に従わず、経済協力も実現しない。だが、今回のプーチン案は、従来の米国と中国が主導してきた解決策と、大きく異なっている。それは、今回の案が北朝鮮に対し「米国に脅されても挑発に乗らず無視して、露中や韓国(や日本)と一緒に、鉄道やパイプラインをつないで経済開発しようよ」と「米国無視・米国はずし」を持ちかけていることだ。従来の解決案は米中主導だったので、北は米国を無視できず、米国の挑発に乗らざるを得なかったが、プーチンの案はそれと正反対だ。 (北朝鮮問題の変質

 北の核ミサイル開発の目的は、米国を倒すことでない。米国が北を倒すぞと脅し続けるので、北は自衛手段・抑止力として核ミサイルを開発している。米国は北に、核ミサイルの完全廃棄を求めているが、露中や国連決議は、核ミサイルの開発停止を求めているだけで、すでに作った核ミサイルの保有を黙認する姿勢をとっている。北は、米国の挑発を無視しつつ、核ミサイルの開発を停止すれば、プーチンの提案に乗って経済開発を進め、外貨を獲得できる。 (ユーラシア鉄道新時代

 この場合、北は国連決議を順守しているので、米国が北への威嚇をやめない場合、北でなく米国が国際法違反の「悪」になる。プーチンは「これ以上、北をいじめるなら、次はオレが相手だ」と、正義の味方としてトランプに警告できる。イランやシリアをめぐって起きている「善悪の逆転」が、北朝鮮をめぐっても起きる。国際政治におけるプーチンの高い技能は、シリア内戦を解決したことですでに示されている。 (善悪が逆転するイラン核問題) (続くイスラエルとイランの善悪逆転

▼北朝鮮の戦略を、米国とやり合うことから、米国を無視することに変えられるか

 ロシアは、ソ連時代から米国との喧嘩や対立に慣れており、覇権国である米国を出しぬいてロシアの影響圏を拡大しようと思っている。対照的に中国は、米国と喧嘩したくないし、米国の覇権下で発展するのが良いと考えてきた(とくにトウ小平から胡錦涛まで)。中国は、北に圧力をかける場合も「米国の言うことを聞きなさい」と求める傾向があった。北は、米中両方に反抗しつつも、いずれ米国と交渉して核保有国と認めさせ、米国覇権下でうまくやろうとしてきた。米国が北朝鮮問題を中国に押しつけても、北自身は米国との交渉にこだわり、多極化の流れに抵抗してきた。 (世界の転換を止める北朝鮮

 だがプーチンは今回、そうした従来の体制と全く異なる新たな世界、米国抜きの(多極型)世界体制に、北をいざなっている。プーチンは今回「5+1」の枠組みを提唱している。北朝鮮、ロシア、中国、韓国、日本が当事者の「5」で、米国が域外のオブザーバー的な「1」だ。枠組みからして、米国が外されている。米国が単独覇権国で、日韓を支配していることが無視されている(それが終りつつあるからだ)。米国が中国に押しつけて主導させていた従来の「6か国協議」が、米朝露中韓日の対等な体制だったのと比べ、新たな5+1は、米国の覇権喪失を加速し、米覇権喪失後を見据えた枠組みだ。「国際紛争は、同じ地域の諸国が関与して解決し、域外の大国はできるだけ介入しない」という、きたるべき多極型の世界秩序がすでに反映されている。 (Only regional states can protect security of region: Rouhani) (結束して国際問題の解決に乗り出す中露

 米国軽視のプーチン案は、従来の米国重視の中国(米中)案と対照的な性質を持っている。だが、北問題に関してロシアと中国は対立的でなく、逆に深く協調している。韓国と北朝鮮を鉄道やパイプラインでつなぎ、それをさらにロシアや中国につなげるプーチン案は、中国が主導する国際的な鉄道やパイプライン網の建設計画「一帯一路(新シルクロード計画)」の一部として提案されている。ロシアの「ユーラシア経済同盟」の構想の一部でもある。プーチン案は、露中協調の提案だ。北は、プーチン案を受け入れて核ミサイル開発の停止を宣言すると、一帯一路やユーラシア経済同盟の一部になっていく。日韓も同様だ。 (定着し始める多極化

 5+1のうち、米国は最後まで反対しそうだが、オブザーバー的に外された「+1」でしかない。プーチン案は、米国を覇権国として扱わない戦後初めての国際紛争解決策だ。米国以外の5カ国のうち、北朝鮮以外の4カ国(露中韓日)はプーチン案を支持している。ウラジオに来た北の代表団(貿易担当相ら)は、プーチン案に反対しないと表明したものの、(米朝対立が激しく)状況が悪いという理由で、支持すると言わなかった。今後、最も重要なことは、北がプーチン案を支持するかどうかだ。支持に踏み切れば、北は、米国の挑発を無視して核ミサイル開発の停止を発表し、それを受けて経済開発の開始(再開)が宣言される。その時点で、すでに北核問題は「解決」されている。ただし、北が再び核実験や長距離ミサイルを発射すれば、経済開発は停止し、プーチン案が破綻する。 (S Korean President Offered Russia to Build 'Nine Bridges' of Cooperation) (北朝鮮の脅威を煽って自らを後退させる米国

 日本がトランプ政権の過激な策に同調している限り、日本上空を北のミサイルが通過する事態は止まらない。だが、プーチン案がうまくいくなら、日本にミサイルが飛んでこなくなる。日本の安全保障を考えると、トランプでなくプーチンに従うしかない。プーチンが新提案を発したウラジオの東方経済フォーラムには、日本から安倍首相と河野外相らが出席し、露中と協調して北問題を解決したいと、プーチン案を支持する方向の宣言を発している。 (Mr Trump, tear down this (Korean) wall

 トランプの米国の過激さ、好戦性におののき、迷惑しているのは日本だけでない。北核問題に軍事解決など存在しないのに、軍事解決するぞと声高に言い続けるトランプを見て、米国が覇権を握っていることに、世界が不安をつのらせている。たとえばカナダは、北のミサイルがカナダに飛んできても米国が迎撃してくれないことを知って騒ぎ、カナダ政府が「北の政府は、カナダを友好国とみなしてくれているので、ミサイルの標的にされない」と、北に媚びを売っているので大丈夫だと弁解している(笑)。 (US policy is 'not to defend Canada' from an attack by North Korea) (北朝鮮の脅威を煽って自らを後退させる米国

 韓国人の多くは、金正恩よりトランプを恐れている。米国の覇権が失われた方が世界は安全になると、人々が思い始めている。そんなところに出てきたプーチン案は、まだほとんど知られていないが、いずれ、トランプの案よりはるかに現実的で良いものであると見なされるようになる。プーチン案が動き出し、北問題が解決されていくと、米国の影響力が低下し、世界秩序の多極型への転換が進む。米国の覇権放棄や多極化を進ませるために大統領になったトランプはおそらく、事態をそこまで進ませることをもくろんで、北を潰すと言い続けている。 (Here in South Korea, people fear Donald Trump more than Kim Jong-un) (北朝鮮と日本の核武装

▼これは日本の官僚独裁と政治家との権力闘争のひとコマ

 今回のプーチン案は、日本にとって大きな意味を持つ。北のミサイルの日本上空の飛行を、米国が止められず、むしろトランプ政権が北のミサイル発射を煽っているのと対照的に、プーチン(露中)は、今回の提案によって、北の問題を一気に解決しうる道筋を示した。日本はこれまで対米従属一本槍で、中国を敵視し、ロシアとの関係改善も「外交防波堤」の北方領土問題に固執して避けてきた。だが今回、米国が日本の安全保障(北のミサイルを止めること)を実現できなくなっている一方、露中(プーチン)が北のミサイルを止める具体策を提案してきた。日米安保の体制は、日本の安全を守れなくなり、敵だったはずの露中が、日本の安全を守ってくれるかもしれない事態が立ち上がってきた。 (外交防波堤

 安倍や河野はウラジオストクで、プーチン案に協力することを約束した。プーチン案の新体制は「米国無視」だ。米政府は、プーチン案を拒否している。対米従属一本槍の従来の日本なら、米政府が拒否する「米国無視」のロシアの案を、日本政府がすることはなかった。だが、北のミサイルの脅威が高まり、米国が事態を解決できない中、日本はプーチン案を支持するという、前代未聞な動きを始めている。 (Moscow’s infrastructure deal on N. Korea backed by Tokyo and Seoul, opposed by U.S.

 安倍や自民党としては、北のミサイル脅威の高まりを口実にプーチン案に乗ることで、日本を対米従属から引きはがし、誰が首相だろうが関係なく権力を奪い続けてきた(外務+財務主導の)官僚機構の独裁体制を壊し、政治家(民選された国会)に国家主権を戻そうとする動きをしているようだ。プーチンは以前から、日本に対し、対米従属一本槍をやめてロシアとも仲良くして、ロシアの極東開発に協力してほしいと誘い続けていた(中国を多極化の方に引っ張ったのもプーチンだ)。安倍など自民党は、ロシアと仲良くしたかったが、外務省など官僚機構は、対米従属一本槍でないと権力を保持できない(米国以外の国と戦略的に組む際、官僚が政治家に国家戦略の決定権を奪われる)ので、非現実的な北方領土の4島返還に固執する世論を扇動し、日本がプーチンの誘いに乗れないようにしてきた。 (多極化と日本:北方領土と対米従属) (日本をユーラシアに手招きするプーチン) (プーチンに押しかけられて多極化に動く中国

 米国では、昨秋のトランプ当選以来、覇権放棄策のトランプと、覇権に固執する軍産エスタブとの権力闘争が激化している。日本の官僚機構はこれまで軍産の傀儡となることで対米従属を保持し、官僚独裁体制を守ってきた。トランプの出現は、日本の官僚機構にとって大きな脅威だ。安倍は個人的にトランプにすり寄り、安倍の「トランプ従属」こそが日本の対米従属の中心であると演じ、ライバルである官僚機構の軍産従属による独裁体制に風穴を開けた。 (従属先を軍産からトランプに替えた日本) (トランプの苦戦

 そして今回の事態だ。米国が北の脅威を低下させられず、北のミサイルが日本上空を飛び続けるなか、日米安保と対米従属に固執して独裁を守ってきた官僚機構は、さらなる危機に直面している。そこにプーチンが、米国無視のやり方での北問題の解決案を出してきた。安倍政権は、それを支持した。プーチン案は経済主導で、国際政治の部分が密室談義に隠されているので、日本政府としても乗りやすい。今後もしプーチン案が成功すると、北の問題は米国無視・米国抜きのかたちで解決され、日本の安全が、米国でなくプーチン(露中)によって守られることになる。日本は対米従属一本槍から、中露や韓国・北朝鮮との関係強化へと動いていく。この転換を主導するのは政治家(安倍、自民党、国会)であり、官僚でない。北問題が解決していくと、在日米軍も要らなくなる。日本が米軍駐留の継続を希望しても、米国の方から出て行くだろう。在韓米軍が先に撤退する。 (日本の官僚支配と沖縄米軍) (中国と和解して日豪亜を進める安倍の日本

 ウラジオストクでプーチンが北問題の解決策を提案したことも、安倍や河野がそれを支持したことも、日本では報じられていない。プーチン提案は、ロシアとつながりが深い、米国の地政学分析者(フリーランス記者)であるペペ・エスコバルの特ダネだ。首相官邸のサイトを見ると、安倍がウラジオで地元の学生たちと話したことなどが書いてあるだけで、プーチン提案のことは一言も書いていない。安倍政権がプーチン提案を支持したことが国内にわかると、外務省の傀儡みたいな対米従属・ロシア敵視の右翼などが騒ぎ出し、話を潰そうとするので、黙っているのだろう。日本でまったく報じられていないところがまた、官僚と政治家(安倍)との権力闘争である感じを醸し出している。 (The Russia-China plan for North Korea: stability, connectivity Pepe Escobar) (東方経済フォーラム出席等 -1日目-



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