他の記事を読む

2期目のオバマは中国に接近しそう

2013年1月12日   田中 宇

 米国のオバマ大統領が政権2期目の国防長官に指名したチャック・ヘーゲルは、国際諸問題を軍事でなく外交で解決すべきとの考えを強く持っているため、米政界の軍産複合体やイスラエル右派の系列勢力が、ヘーゲル指名が下馬評だった昨年末から猛反対してきた。しかし、オバマが1月7日にヘーゲルを正式に指名した後、イスラエル政府筋は「ヘーゲルの国防長官就任はイスラエルにとって悪いことでない。むしろ良いことだ。(中東で反イスラエルのイスラム過激派の台頭につながった)イラク侵攻は結果的にイスラエルにとって悪いことだが、ヘーゲルはイラク侵攻に反対した数少ない米議員の一人だ」などと述べ、ヘーゲル就任を容認する姿勢を明確化した。 (Israeli Officials Hope Hagel on Board With Iran War

 イスラエル政府は、米政界の好戦派を焚き付けてもヘーゲルの国防長官就任を阻止できないと考え、とりあえずヘーゲルの就任を容認して様子を見る戦略に転換したようだ。これは、ヘーゲルの就任が確定的になったことを示している。

 ヘーゲルが国防長官になることは、ジョン・ケリーが国務長官に指名されたことと合わせ、オバマ政権2期目の米国の今後の転換を予兆している。米国は、これまでよりさらに軍事力の行使に慎重になり、軍事でなく外交で国際問題を解決しようとする協調戦略を強めるだろう。今のクリントン国務長官やパネッタ国防長官は、好戦派でないものの、ヘーゲルやケリーのように協調派の姿勢を明確にせず、好戦派が席巻する米政界の風潮に流されてきた。

 協調策への転換が最も顕著に表れそうな領域は、中東問題だ。イラン核問題では、イランが20%までのウラン濃縮(医療用)をやめる代わりに、米欧がイランの5%までのウラン濃縮(原発燃料用)を認めて経済制裁を解除する和解が達成されるかもしれない。 (Iran Nuke Deal Within Sight) (イラン核問題が妥結に向かいそう

 ヘーゲルとオバマは、米政府がテロ組織扱いと敵視をしてきたレバノンのヒズボラやガザのハマスといった、イスラエルと敵対する諸勢力との関係改善を以前から提唱している。米政府は、IAEAがアラブ主導でイスラエルに核廃絶を求めることを黙認するだろうし(国際社会におけるイランとイスラエルの善悪が逆転する)、イスラエルにパレスチナ和平を求めるようになるだろう。 (Obama duo offers new hope on Iran) (悪者にされるイスラエル

 米政府は、これまで黙認してきたバーレーンの王政によるシーア派弾圧を批判するようになるかもしれない。これらはイランに有利になる。バーレーンの政権が多数派のシーア派にとられると、サウジアラビアが危機になる(すでにサウジ王政は危機感を強め、民心をカネで釣ろうと、過去最大の巨額予算を組んで国民に金と福祉と雇用をばらまいている)。 (Obama Should Reconsider US Approach to Bahrain) (House of Saud doomed bid for survival

 米国はシリアに関しても、米軍が侵攻してアサド政権を転覆する可能性が低下し、ロシアや中国が提唱するアサド政権の維持を前提とした内戦調停策に転換して、アサド政権がアルカイダ的な反政府勢力を撃破していくのを黙認する可能性が増している。ヘーゲルは、アフガニスタンからの米軍の早期の完全撤退も提唱している。 (If Confirmed, Hagel Likely to Favor Swift Withdrawal From Afghanistan

(オバマは2期目の人事としてもう一人、ガイトナー財務長官の後任にジャック・ルー大統領首席補佐官を指名した。ルーは正統派ユダヤ教徒で、金曜日の日没から土曜日の日没までの安息日に仕事をしない生活を貫き、息子をイスラエルの宗教学校に留学させている。ならばルーは政治的に親イスラエルかというと、そうでもなさそうだ。前任者のガイトナーがキッシンジャーの弟子でCFR系、その前のポールソンはゴールドマンサックス出身であるなど、前任の財務長官たちは政治臭が明確だったが、ルーは民主党の政治家の政策顧問の経歴が長く、金融界の勤務経験がない。ルーは政策通なので、2月後半に迫った財政赤字の上限問題の期限に対応し、議会との論争に臨める。また金融界の代理人でない点も、公金を銀行救済に無駄遣いしたくないオバマがルーを選んだ理由かもしれない) (Who is Jack Lew?

▼2期目のオバマが真の戦略をあらわす?

 ヘーゲルとケリーの就任後、中東情勢が転換していきそうだが、日本にとってそれよりも重要なのは、2人が中国と協調する姿勢を持っている点だ。特にヘーゲルは、米国が軍事的・政治的に世界のことに介入しすぎて米政府の財政難を招いているので、台頭しつつある中国やロシアへの敵対をやめて、中露やブラジルなどBRICSや他の諸国が国際問題の解決に努力するのを後押しし、米国の国際介入の負担を減らすべきと考えている。 (Hagel looks ready to work with China) (Why is a Gambler from Hong Kong Funding the Pro-Hagel Campaign?

 ケリーは「(覇権が弱まり財政難もひどい)米国は中国を必要し、(新興国でノウハウが少ない)中国は米国を必要としている。貿易紛争から核不拡散、気候変動、(日中対立など)アジア新冷戦の回避まで、多くの国際問題を解決するために中国の協力が必要だ。われわれは中国と協調せねばならない。中国の台頭は米国の国益に合っている」と述べている。 (Kerry and Hagel Will Improve US Relations With China

 今年から来年にかけて、米国防総省の大きな課題はアフガニスタンからの撤兵だが、アフガニスタンと、タリバンの生みの親であるパキスタンは、いずれも米国の傘下から外れかけており、中国の影響下に入りつつある。米軍が無事にアフガン撤退を進めようとすれば、中国の協力を得るしかない。米軍がベトナム撤退する前にニクソン大統領が中国と仲直りせねばならなかったのと同じ構図だ。 (アフガンで潰れゆくNATO

 中国は、イランや北朝鮮の後見人でもある。米国が、イランと交渉するなら中国の協力があった方が良い。財政赤字削減の一環として在韓米軍を縮小するつもりなら、北朝鮮との軍事対立の緩和が必要で、中国が主導する6カ国協議を進めねばならない。 (イラン核問題と中国

 オバマ政権は、一昨年から「アジア重視」という名の中国包囲網策を採っている。ヘーゲルやケリーが採りそうな中国との協調策と正反対だ。この矛盾を読み解くカギとして「オバマはもともと協調的な世界戦略をめざしていたが、一期目では前任のブッシュ政権がやった自滅的に過激な策からの建て直しを優先し、協調戦略の発動を後回しにして共和党などの好戦派(軍産複合体)と融和し、再選をめざした。4年たって再選を果たした今、2期目のオバマは、やりたかった戦略である国際協調策に転じようとしている」という考え方がある。ヘーゲルやケリーこそ「真のオバマ戦略」の実行者というわけだ。その考え方に立って見ると、1期目のオバマの中国包囲網策は、兵力の移動が少数でしかないなど、好戦派からの攻撃を避けるためのイメージ先行の傾向が強い。 (Hagel can reveal the 'real' Obama) (中国の台頭を誘発する包囲網

 米国の政界や言論界では911以来、軍事主導の好戦的な世界戦略ばかりが語られ、戦争を唯一の解決策と考える好戦性が常識であり主流派である状況が続いてきた。しかし、オバマの2期目が始まろうとする今、米言論界では、米中協調や中東不介入、欧州やペルシャ湾岸、日本などからの軍事撤退といった、ヘーゲルが提唱してきたような、軍事主導からの離脱と外交重視の協調策が主流になりそうな流れが始まっている。 (Chuck Hagel's views are mainstream

 好戦派が席巻してきた911から現在までの状況の方が非常識であったのに、これまで人々はそれに気づいていなかったことを、好戦派の席巻を中国の文化大革命の時代になぞらえて説明した記事も出ている。文化大革命の中国が正気でなかったように、911以来の12年間の米国も正気でなく、米国の現状は好戦派が馬鹿にする共産党のおかしな中国と同じというわけだ。 (The Hagel Battle:`Why is Obama Doing This?'

▼米国の戦略の二重性を理解したがらない日本

 これから米国が中国包囲網を解いて対中協調する予測は、日本の官僚機構やマスコミによる説明にしか接しない多くの日本人に、違和感しかもたらさないかもしれない。2人の閣僚人事だけで米国の戦略転換を測るな、という反論もありそうだ。だが歴史を見ると、好戦策を異常なまでに追求した挙げ句、行き詰まって劇的に協調策に転換することを、米国は何度もやっている。ベトナム戦争末期にニクソンが対中協調に急転換したり、ソ連を悪の帝国と呼んで敵対を強めたレーガンが米ソ冷戦を終わらせたり、単独覇権主義を標榜して行き詰まったブッシュが中国に世界分割(米中G2)を提案したりといった具合だ。 (歴史を繰り返させる人々

 ニクソンもレーガンもブッシュも共和党だが、オバマは民主党だという違いがある。しかしオバマは、民主党政権として例外的に共和党と融和する挙国一致の戦略をとっている(ヘーゲルは共和党員だ)。民主党政権は、カーターが共和党と対立して国際協調策をやろうとして軍産複合体に潰されて失敗したが、クリントンが覇権戦略の中心を軍事外交から金融経済に移すことで成功している。今の米国は、クリントンの90年代のような経済の潜在力がないので、オバマはカーターの失敗を繰り返さないために、共和党と協調するしかなかった。 (世界多極化:ニクソン戦略の完成

 米政界は長らく好戦派と協調派の相克の中にある。ブッシュ前政権は2008年、米中による世界分割(G2)を提唱したが、中国が乗ってこなかったこともあり、その後G2構想は語られなくなった。米中G2構想は、日米同盟を弱めて日本を中国の属国(もしくは鎖国)の方に押しやりかねず、対米従属を国是とする日本の官僚機構は懸念したが、それは一時的な心配に終わった。だが、今後の米中接近の可能性もまた、実現せずに終わるとは限らない。 (アメリカが中国を覇権国に仕立てる

 中国は、前回G2構想時の胡錦涛政権より、今後の習近平政権の方が、国際台頭に対する抵抗感が低い。むしろ「中国は米国の包囲網に打ち勝つために国際台頭すべきだ」という考え方が強い。中国は従来、日本の対米従属策や在日米軍の存在を容認してきた。だが今、日本が対米従属のために尖閣問題で中国との対立を強め、それが米国の中国包囲策と連動する状況の中で、中国は、日本の対米従属を脅威と考える傾向を強めている。 (◆中国の次の戦略

 今後の米国の対中政策が敵対から協調に転じたら、それを好機と見て中国は覇権拡大に拍車をかけ、東アジアを不可逆的に米国の傘下から自国の傘下に移転させようとする可能性が大きい。中国は米国に、日本や韓国に米軍を駐留させるのをやめろと求めるだろう。世界的な覇権国を自認していた従来の米国は、日韓への米軍駐留を覇権戦略の一環とみなしてきたが、中国の台頭など覇権の多極化を容認する傾向を強めるであろう今後は、軍事費削減による財政再建を重視するとともに、急速に衰退している日本との同盟関係よりも、高成長が続く中国との協調を優先し、在日・在韓米軍の撤退に応じる傾向が強まる。ケリーもヘーゲルも中国の台頭を良いことだと言っている。米国は全体的に、中国の覇権拡大を容認し、歓迎さえするだろう。以前、米上院で何度か取り沙汰された沖縄海兵隊をグアム島やハワイ、米本土方面に移転させる構想が再燃するだろう。 (日本が忘れた普天間問題に取り組む米議会

 実のところ日本にとっては、米中が協調に転じる時期が今後になるより、08年に協調に転じていた方が良かった。08年の日本は、米国の転向に合わせて、日本も中国との協調を強めることが今より簡単だった。日本はその後、現在までの間に、中国との敵対を利用して対米従属(日米同盟)を強化しようとする戦略を突き進み、今では中国に尖閣を奪われるか、さもなくば尖閣をめぐる日中戦争が不可避な状況に近づいている。安倍政権は中国との敵対を前提に成立しており、短期間での日中和解は考えにくい。 (◆一線を越えて危うくなる日本

 今後、米国が中国と協調に転じると、日本は今のように中国敵視に固執することもできなくなる。ヘーゲルやケリーは「アジアの新冷戦(日中対立)を回避せねばならない」と言っている。日本では従来「中国との対立において米国は日本の味方だ」という見方が強いが、米国は中立な立場で日中対立をやめさせようとする姿勢になる。日本の中国敵視は対米従属のためだったのに、今後は逆に、中国敵視を続けると米国に見放される時代になる。日本の中国敵視は行き詰まる。 (尖閣で中国と対立するのは愚策

 日本に対する米政府の態度は、今後も表向きは「アジアで最重要の同盟相手」だろうが、実質的な政策は、微妙に日本より中国を重視する傾向を強めていくだろう。この流れは90年代から続いている。日本側は、米国の変化を見たくないので、気づかないようにしている。

 中国は、米国に対する自国の立場が強まり、日本の立場が弱まるのを見て、尖閣を日本から武力で奪っても米国が容認すると考える傾向を強めるだろう。オバマ2期目の4年間に米中が協調に転じると、日本は窮地に陥る。ここ1−2年で中国敵視をぐんと強めた日本の官僚機構は、オバマや米政界についての分析を大きく間違った。日本の外交官ら「専門家」は、以前から、米国が対中協調策に転じる可能性を無視してきた。ヘーゲルやケリーが主要閣僚に指名された現時点で、分析の間違いがすでに顕著だ。 (中国は日本と戦争する気かも

 米国が協調策に転じると、軍産複合体も行き詰まる。政治圧力団体のAIPACなど在米イスラエル右派は、すでに米政界で急速に力を失っている。今後、行き詰まった軍産複合体が、米国の言うことを何でも聞く日本側に「尖閣で中国と戦争して米国を引っ張り込んで米中関係を協調から敵対に逆戻りさせてはどうか。そうすれば私たち助かる」と入れ知恵し、日本が中国を挑発して戦争を起こすかもしれない。これは06年に、米国(チェイニー副大統領)がイスラエルに「ヒズボラやイランと戦争して米軍を引っ張り込め」と持ちかけ、イスラエルがレバノンに侵攻したのと同じ構図だ。 (ヒズボラの勝利

 この時、米国は戦争に引っ張り込まれず傍観に徹し、イスラエルは隠れ多極主義者のチェイニーに騙されたことを察知し、2週間後に何とか停戦にこぎつけた。これは、頻繁に戦争している機敏なイスラエルだからできた芸当だった。65年間、戦争したことがなく、対米従属以外の国際戦略がない外交的に無能な今の日本が、中国との戦闘や停戦を、うまくやれるとは思えない。事態は、戦後の日本が最も不得意とする状況になっている。



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ