アメリカが中国を覇権国に仕立てる2008年6月28日 田中 宇日本では、先進国首脳会議(サミット。G7、G8)が開かれている。6月中旬には、財務相会議が大阪で行われ、7月上旬には北海道で首脳会議が開かれる。G7やG8は、世界経済や国際社会の今後の運営について検討する、世界にとって(国連安保理と並ぶ)最重要の国際組織であるというのが、人々の一般常識である。 しかし、アメリカの外交戦略立案の奥の院である外交問題評議会(CFR)が発行する雑誌フォーリン・アフェアーズの最新号(7−8月号)には、G7やG8の重要さを否定する論文が掲載されている。「今後の世界経済にとって、アメリカと中国の"G2サミット"こそが最重要だ。アメリカが世界経済を運営する際の最重要のパートナーは、EUから中国に交代している面がある」と主張する、米中関係に関するフレッド・バーグステンの論文「対等な協力関係」(A Partnership of Equals)である。(関連記事) 私が解読するところ、論文は次のような趣旨だ。現在の世界で経済超大国はアメリカ、EU(欧州)、中国の3つであり、世界経済の運営には、米欧中の協調が必要だ。中国は3勢力の中で今のところ最も小さいが、最も速く成長しており、今後重要性が増す。しかし中国は、自国が成長する前に欧米によって作られ、欧米式のルールに立脚する現在の世界経済体制に不満があり、経済大国として世界経済の運営責任の一部を負わされることを嫌がっている。 中国が世界経済の運営責任を負わず、自国の利益のみを求めて動き続けると、WTOやIMFといった世界経済機関は崩壊する。アメリカは、責任を負わない中国を制裁しているが、成功していない。今後は、制裁ではなく、現在の米中戦略対話を首脳級のサミットに昇格し、今の世界経済体制に関する中国の不満についてアメリカが聞き、中国が納得できる形に世界体制を部分的に変えつつ、米中を基軸としたG2体制で世界経済を運営していく必要がある。EUを加えたG3とか、IMFが推進するG5(米中欧日サウジ)でも良いが、基軸は米中になるべきだ、というのが論文の趣旨である。 バーグステン論文は、テーマを経済に限定しているが、国力の源泉である貿易(WTO)や通貨(IMF)の世界体制を問題としているので、事実上、政治を含めた覇権再編の提唱である。この論文の視点で見ると、米英を基軸とした欧米中心体制(欧米と対米従属の日本)であるG7やG8は、中国が台頭し、欧州がEUに統合している今では、時代遅れである。G7に代わって米欧中のG3が重要であり、特にその中でも、価値観が欧米と異なる急台頭する中国と、アメリカがすり合わせを行う米中G2が基軸になるべきだと示唆されている(バーグステン論文は、具体的にはG7について全く言及していない)。 ▼非米同盟に加盟するアメリカ G7とG8が、欧州を英独仏伊というバラバラの国として扱っているのに対し、バーグステンのG3では、欧州をEUという一つの統合体として扱っている。G7は冷戦体制下の組織であり、イギリスが立案した反ソ・反中的な世界戦略をアメリカが実行し、米英同盟が独仏伊などの西欧を従属させ、中ソと対峙する形である(冷戦後、ロシアを英米に服従する前提で取り込んでG8が作られた)。G7はイギリス好みの米英中心型だが、G3では欧州が独仏中心のEUになっており、イギリスはEU外縁部へと外されている。G3は米欧中が対等な関係の多極型である。 私がよく言及する多極型の世界体制では、アメリカ・EU・中国だけでなく、ロシアやインド、ブラジルなどBRICが入っている。バーグステン論文で語られている世界戦略とは全く別物であるかのように見える。しかし論文の中で「中国は、既存の(欧米中心の)世界秩序のルールに不満であり、独自の国際ルールを作りたいと考えている」と述べられている部分で「(非欧米的な)独自の国際ルール」とは、私が見るところ、中国だけの考案物ではない。中国は、ロシアやインドなど他のBRIC諸国と定期的に会議を重ねながら、既存の米英中心体制とは別の、非米的、多極的な世界体制について検討している。 つまり、アメリカが中国とのG2の協調体制で世界運営をしていくことは、中国の背後にいるロシアなどBRIC諸国の全体と一緒にアメリカが世界運営をしていくという意味になる。米中のG2とは、アメリカが「非米同盟」に入るということである。「米が加盟した非米同盟」というのは矛盾した表現に見えるが、実は「非米」とは「米英中心主義でないもの」のことである。アメリカが非米同盟に「加盟」すると、第2次大戦前にイギリスから植え付けられた米英中心型の世界戦略を捨て、多極的な世界戦略に移行することになる。(非米同盟は隠然としたネットワークなので、アメリカの「加盟」は象徴的な動きのみである) 米中欧が対等の関係で世界運営するということは、世界の基軸通貨がドル単独から、ドル・ユーロ・中国人民元(もしくは中日韓ASEANのアジア共通通貨)の多極体制に移行することにつながるかもしれない。バーグステン論文で言及されているIMFのG5は、06年から開始されたもので、アメリカの経常赤字・財政赤字・金融危機・不況によってドルの国際信用が落ちているため、ドル、ユーロのほかに、通貨統合しつつあるペルシャ湾岸産油諸国(サウジなどGCC)の通貨と、中国や日本によるアジア通貨バスケットに、国際基軸通貨としての機能を持たせ、世界の通貨体制を多極化する構想のために、米・EU・サウジ・中国・日本を集めて会議をしている。G5は今のところ、サウジ、中国、日本が消極的なので、ほとんど機能していない。(関連記事) 論文を書いたバーグステンは、キッシンジャーの経済担当の弟子(後継者?)である。キッシンジャーが1971年に就任したニクソン大統領の補佐官となり、米中関係の改善など、アメリカの世界戦略を多極化する最初の大作戦を展開したとき、バーグステンは国際経済問題を担当するキッシンジャーの部下だった。バーグステンは、米中枢の「隠れ多極主義者」の一味であろう。約40年前、ニクソン・キッシンジャーの訪中に始まったアメリカの隠れ多極化戦略が今、中国をアメリカと並ぶ覇権国に引っ張り上げようとする新段階に入っていることを、バーグステン論文は示している。(関連記事) ▼「次期米大統領はBRICと融和する」 バーグステン論文の発表と前後して、他のところからも似たような方向性の分析や提言が出てきている。フィナンシャルタイムス紙(FT)では、コラムニストのフィリップ・スティーブンスが6月26日付けで「次期政権に継承されそうなブッシュの中国政策」(Bush's China policy likely outlive presidency)という記事を出した。(関連記事) 「米中関係は今後、世界秩序の最重要点になる。米中が対立すると、世界は戦争が多くなる。米中が協調すれば、世界は安定する。ブッシュ政権の政策には失敗が多いが、中国とだけは比較的安定した関係を維持している。次期米政権が世界の安定を希求するなら、ブッシュの中国政策が継承されるだろう」という趣旨の記事である。 同じ6月26日のFT紙には、米投資銀行ゴールドマンサックスの2人の幹部が「今後の世界経済はBRIC諸国(中露印ブラジル)が台頭し、アメリカの世界経済運営は、BRICの意に反しない形にしていかざるを得なくなる。BRICによる対米投資がないと米経済は回らず、WTOやIMFなどの国際機関でもBRICの影響力が大きくなる。次期米大統領は、BRICと融和的な関係を持たざるを得ない」とする記事(A new world for America's next president)を出した。(関連記事) この記事は要するに、次期大統領は世界の多極化に対応せざるを得ないと言っている。この分析を書いたゴールドマンサックスは、20世紀初めの黎明期に、ロンドンからニューヨークに世界経済の中心地を移転する「覇権ころがし」を手がけたユダヤ系大資本家の一つである。最近では、中国企業の株式上場をどこよりも多く手がけ、中国の発展で儲けている多極主義の勢力である。米中戦略対話を手がけるポールソン米財務長官は、ゴールドマンの会長からの転職だ。 ゴールドマンは、アメリカの経済覇権の自滅と世界経済の多極化(BRIC台頭)につながりそうな昨夏以来の金融危機に際しても、ほとんど損失を出していない。ゴールドマンはおそらく、米金融危機を誘発して世界を多極化する「多極型への覇権ころがし」を手がける勢力の一味である。昨今の原油価格の高騰も、米経済を破綻させ、ロシアなど産油国を台頭させて多極化につながるが、ここでもゴールドマンは、原油先物をしこたま買う一方で「原油は1バレル200ドルまで上がる」と上昇を煽り、世界の多極化と自社の儲けの両方を実現している。(関連記事) その他、今後アメリカが中国との協調関係を強めそうだとする予測記事は、フランスのAFP通信も出している。(関連記事) ▼北朝鮮問題進展との関係 時期的に見ると、アメリカが従来の中国敵視策を弱め、対中協調策に転換する流れを示唆するこれらの分析が出てきたのは、アメリカが北朝鮮の核廃棄を認め、テロ支援国家リストから外した時期と一致している。6月27日には、北朝鮮が寧辺原子炉の冷却塔を爆破し、米朝双方が核問題解決の進展を演じている。 問題解決が演じられているものの、実際には、寧辺原子炉から抽出したプルトニウムを使って北朝鮮が核弾頭を何発作ったのか、ウラン濃縮型の核兵器開発は北朝鮮の主張どおり「やっていない」ということで間違いないのかどうかなど、不明な点が多いままだ。米ブッシュ政権のやり方からは、中身が伴わなくてもいいから性急に北朝鮮核問題を解決したことにしたいという意志が感じられる。 米政府が北朝鮮の核問題の解決を急ぐのは、来年1月までのブッシュ政権の任期中に、北朝鮮核問題の6者協議を成功させ、かねての予定どおり、6者協議を北東アジア集団安保体制に格上げしたいからだろう。それによって、朝鮮半島を中心とする北東アジアの国際関係は、米日韓VS中露朝という60年間続いた冷戦型から脱却し、中国が中心となり、アメリカとロシアが協力して北東アジアの安定が維持される多極型に移行する。韓国と北朝鮮は和解し、日本は対米従属から引き剥がされ、東アジア諸国のネットワークの中に組み入れる方向に引っ張られていく。 今回の北朝鮮核問題の「解決」のやり方は、かなりいい加減だが、次期米大統領候補のオバマとマケインは、2人とも、今回の6者協議の進展について「これは前進である。未解決の問題を解決し、さらなる前進が必要だ」「合意が達成されるなら、制裁緩和は良いことだ」と、条件つきながら評価する発言を行っている。2人とも、自分が大統領になるころには、中国などのBRICの台頭が予測されていることを意識しているのかもしれない。(関連記事) ▼チェイニーの演技 今回の北朝鮮核問題の「解決」の演出に際し、最も興味深い対応(演技)を見せたのは、チェイニー副大統領である。ブッシュ政権内の強硬派(米単独覇権派、好戦派)として振る舞っているチェイニーは、6月25日、外交専門家たちとの非公式懇談で、各種のテーマについて30分間よどみなく質問に答え続けたが、北朝鮮をテロ支援国家リストから外す米政府の決定の背景について問われたところ、数秒間だまって質問者をにらみつけた後「それについては答えたくない。国務省に聞いてくれ。今日の懇談会は、これで終わりだ」と言い捨て、立ち去ってしまったという。(関連記事) この件を報じたニューヨークタイムスは「ブッシュ政権内では(北朝鮮に寛容な)国務省のライス長官とヒル次官補が、(北朝鮮を許さない)チェイニーらと対立してきた。ブッシュが北朝鮮をテロ支援国家リストから外す決定をしたことは、ライスとヒルの勝利、チェイニーの敗北だった」と解説している。 しかし私は、以前からよく書かれている「好戦派チェイニーVS現実派ライス」の対立の構図は、演じられているだけの眉唾ものだと感じている。ブッシュ政権とグルになった米マスコミが、ブッシュ政権の「隠れ多極主義」(好戦派のふりをして、米政界を牛耳る英イスラエル軍産複合体からの支持を取り付けつつ、実際には自滅策を展開して世界を多極化する)をうまく説明するための、ニセの構図ではないかと考えている。 東アジア戦略ではチェイニーの言動は少ないが、中東戦略では、役割分担に基づく演技が比較的はっきりと展開されている。好戦派のチェイニーは、イスラエルとイラン・シリアを戦争させようと画策を続けている。その一方、現実派のライスは、イスラエルが和平交渉を始めるたびにイスラエルにやってきて協力するふりをして「ハマスはテロ組織だから交渉してはならない」などと言って、イスラエルの和平戦略に介入し、和平を潰し続けている。最近では、イスラエルは米政府に何も知らせず、トルコやエジプトなどアメリカ以外の国に仲裁を頼み、和平交渉を続けている。 共和党のマケインが次期大統領になった場合、マケインはネオコンを顧問団にするチェイニー並みの好戦派なので、チェイニー的な隠れ多極主義の演技が次政権に継承されるのではないかと私は予測している。
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