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中国は日本と戦争する気かも

2012年11月4日   田中 宇

 10月30日、中国政府は、尖閣諸島に派遣した海洋監視船が、尖閣周辺を航行する日本の漁船を「領海内」から追い払ったと発表した。「釣魚台(尖閣)は中国の領土だから、日本の漁船が島の周辺海域に来るのは不法侵入だ」というのが中国の主張だ。中国当局の監視船は、尖閣沖にいた日本の海保船にも接近し、領海侵犯だから出ていけと警告し、日本の海保船も対抗して中国船に警告し返したという。日本の海保は、中国船が日本の漁船を追い払った事実はないと否定したが、米欧マスコミはこの事件を事実的に報じ、尖閣に関する中国政府の態度が強硬になったと指摘している。 (China raises stakes over disputed islands

 中国側が日本の漁船を追い払った(もしくは実際に追い払っていないが追い払う姿勢を宣言した)ことは、日本側が尖閣の領海に入ってくる中国の漁船を追い払ってきたことに対抗する行為だ。日本側が中国漁船を拿捕して乗員を逮捕すれば、対抗して中国側は日本漁船を拿捕して乗員を逮捕するだろう。一昨年秋に前原誠司が中国船の船長を逮捕起訴する方針を出した時、中国側は抗議するだけだったが、今や状況は変わっている。今後、日本側が尖閣に上陸したら、対抗して中国側も尖閣に上陸するのでないか。中国は、尖閣で日本と戦闘する姿勢を強めている。 (日中対立の再燃

 中国側は「日本が釣魚台(尖閣)に対する領有権を主張することは、第二次大戦での敗戦を認めない行為だ」とも言い出している。中国は戦勝国(連合国)なのだから、無条件降伏した日本は、領土問題に関して中国の主張に恒久的に従わねばならないという理屈だ。 (Ex-Envoy Says U.S. Stirs China-Japan Tensions

 日本では「中国が尖閣で日本側と戦闘したら、米軍が出てくるので、中国は世界最強の米国と戦争せねばならなくなる。中国は米国との戦争を望まないだろうから、尖閣で日本と戦闘になることは避けるはず」との見方が多い。だが、尖閣で本当に日中が戦闘になった場合、米軍がどんな反応するか不明な部分が大きい。中国側は、米国の反応を見定め、日米同盟の強さをためすため、あえて尖閣で日本との対立を激化しているとも考えられる。 (China Warns It Will Respond "Forcefully" To Japanese Violation Of Its "Territorial Sovereignty"

 国際社会(外交界)において米国の影響力が低下し、中国の影響力が増している。財政難の米国は、中国がアジアや中東などで影響力を拡大するのを容認する時が多くなった。米国は中国との戦闘を避けている。米政府は「アジア重視策」を標榜するが、中身は薄い。今秋の米大統領選挙の政策論争でもアジアの話は少ない。尖閣沖で日本側と海戦になったり、尖閣に人民解放軍を上陸させて日本と戦闘が起きても、米政府は口で中国を非難するだけで米軍を動かさないだろうと中国政府が考えているなら、米国が有事に際して日本を助けないことを顕在化させるため、中国は日本に戦闘を仕掛けるかもしれない。

 歴史を見ると、以前に似たような事態があった。1974年、ベトナムが実効支配していた南シナ海の西沙諸島(パラセル)の島々に中国軍が上陸するとともに、中越間の海戦となり、中国がベトナムを西沙海域から駆逐して勝ち、西沙を奪う西沙海戦が起きた。当時はベトナム戦争の末期で、西沙諸島は南ベトナム政府が実効支配していたが、南ベトナムの後ろ盾だった米国は、すでにベトナム戦争での敗北を認めて撤退し始めていた。

(西沙や南沙の諸島は1939−45年に日本領で、行政区分上、台湾に組み入れたので、戦後、東南アジアのほか台湾と中国が領有権を主張した) (Battle of the Paracel Islands - Wikipedia

 西沙の南ベトナム軍と一緒にいた米国の軍事顧問が中国の捕虜になったが、米政府は、中国が西沙諸島を奪うことを看過した。その2年前にはニクソン大統領が中国を訪問し、米国は対中融和策に転じていた。中国は、米国がベトナムから出ていくとともに中国に宥和し始めたのを見て、西沙を奪い取る策に出て、米国が何ら対抗策を打たないことを確認した。

 今の米国の現状はベトナム戦争後と似ている。ニクソン訪中後と同様に、米国は中国の勝手な行動を容認する傾向だ。中国は、74年にベトナムに戦闘を挑んで西沙諸島を奪い、反中国的な近隣国であるベトナムに対して優位に立ったように、今後、日本に戦闘を挑んで尖閣を奪い、反中国的な近隣国である日本に対して優位に立とうとするかもしれない。こうしたやり方は、中華思想(華夷秩序)的な中国伝統の周辺戦略とも符合する。FTやWSJ紙は、尖閣紛争を、西沙諸島の中越対立と重ね合わせて考える記事を出している。 (China steps up rhetoric on disputed islands) (The Dangerous Math of Chinese Island Disputes

 対中有事に際して米軍が十分に出てこない場合、日本政府は自制し、尖閣の奪還を生半可にしか試みず、尖閣を中国に奪われたままになるかもしれない。その場合、中国は「対日戦勝」を祝賀し、日清戦争以来の中国が日本より弱い状況を克服したと宣言し、尖閣に中国の軍事施設が急いで建設されるだろう。「敗戦」した日本では、石原慎太郎のような、米国に頼らず日本の再軍備を進めるべきだという声が強くなるだろう。 (◆「危険人物」石原慎太郎

 逆に、中国からの攻撃に対し、米軍が出てこなくても自衛隊が単独で戦闘し中国軍を駆逐した場合、日本側は米軍の助けがなくとも自国を防衛できることに気づき、自信をつけるとともに、対米従属の必要がないという話になり、日米の同盟関係が変化し始める。

▼ベトナム戦争型でなく朝鮮戦争型かも

 ここまで、中国が尖閣を奪取しても米軍が反撃しない前提で書いたが、もしかすると米国側には、中国に、米軍が反撃してこないだろうと思わせて尖閣を攻撃させ、そこから米中戦争に発展させようと目論んでいる勢力がいるかもしれない。かつて朝鮮戦争で米中を劇的に対立関係へと転換させて儲けた米国の軍産複合体が、米国で強まる軍事費削減の流れを一発逆転させるため、尖閣の日中衝突を米中戦争に発展させたいと考えていても不思議でない。 (朝鮮再戦争の瀬戸際

 米海軍の太平洋軍司令官は、尖閣をめぐる日中対立を軽視し、中国との軍事面の協調体制を重視していると述べ、米軍主導の環太平洋の同盟諸国の軍事演習であるリムパック(隔年。次回は14年)に中国軍を招待したと発表した。こうした態度を言葉通り受け取ることもできるが、逆に、中国に対して寛容な態度をとり、意図的にすきを見せているようにも見える。 (US admiral plays down China-Japan tension

 米中が本気で対決したら核戦争になりかねない。だが、そこまでいかない低強度の長期対立というのもある。朝鮮戦争で米中双方が参戦し、その後72年のニクソン訪中まで米中が敵対していた時のような冷戦の状況を再現すれば、米政府は中国との敵対のために軍事費を割かねばならず、軍産複合体は縮小されずにすむ。

 尖閣紛争で米中が対立してくれれば、日本は対米従属を維持でき、沖縄の米軍基地への反対論も弱まる。日本の権力を握る官僚機構は、自分らの権力の源泉である対米従属を維持できるので、中国が尖閣を奪いにきて、米軍が参戦して米中の軍事対立が強まれば、ひそかに大歓迎だろう。 (日本の権力構造と在日米軍

 経済面で見ると、米中が冷戦的に敵対することは「ありえない」。製造業における米欧日と中国との分業体制が世界経済の牽引役であるし、米政府は中国に国債を買ってもらって財政的にしのいでいる。しかし現実として、中国が尖閣を奪う行為に出て、米軍が日本のために参戦せざるを得なくなれば、経済的な話は吹き飛ぶ。

 戦争の誘発と結末は、覇権中枢における、覇権の枠組みを転換したい勢力と、転換を阻止したい勢力との暗闘の流れいかんで変わってくる。2度の大戦は、ドイツの台頭によって英国の覇権が壊されそうな事態を加速する動きと、米国を参戦させて逆にドイツを潰して英国覇権を(米英覇権に作り替えて)守る動きとの相克だった。朝鮮戦争は米中和解を阻止して敵対に変えた半面、ベトナム戦争は米中枢自身が米国の力を自滅させ、米中を再び和解に持っていった。近年のイラクやアフガンはベトナム型の自滅戦争だ。 (米中関係をどう見るか

 尖閣をめぐる現状が、第一次大戦前の1910年ごろの欧州の事態に似ているとの指摘もある。尖閣紛争の行方がどっちに転ぶのか、もしくは戦闘そのものが回避されるのか、まだわからない。だが、尖閣の事態が米国の覇権の枠組みを転換させる結果になる可能性を秘めているのは確かだ。どっちに転ぶかを決めるのは、中国や日本における意志決定よりも、米国中枢での意志決定だろう。 (China Versus America: World War I-Type "Shadow War" Looms Over East Asia

 日本の政府や自衛隊の動きは、事前にすべて米国側に把握されている。自衛隊はシステム的に米軍の一部であるし、日本政府は対米従属維持のため、意図して米当局にすべてをさらけ出し、米国側が日本のすべての機密情報を好きなだけ見られる体制を積極的に作っている。日本側が「勝ちたい」と思っても、米国側で軍産複合体が動き「日本に勝たせないことで米中戦争に持ち込む」という流れに変えることができる(逆もあるかもしれない)。

 軍産複合体(やその傘下の日本官僚機構)の思惑どおり、尖閣戦闘が起きて米中が今より対立的な冷戦状態になっても、それがずっと続いて軍産複合体の喜びが続くとは限らない。これまで中国は、国力が十分つくまで米国の覇権体制に逆らわないトウ小平の戦略を守ってきた。その裏で、ロシアなどBRICS諸国との連携を強め、イランなど発展途上諸国とも協調し、米覇権体制が崩れた後の多極型覇権体制を準備してきた。 (覇権体制になるBRICS

 今後、米国が中国敵視を強めると、中国は米国覇権を容認する態度をやめて、米覇権を倒す戦略に転換するだろう。軍事力よりも、米国債保有や、ドル基軸通貨体制への支持をやめ、BRICSや途上諸国を隠然と結束させて米国(米英日など)に対する経済制裁の体制を敷き、米国覇権の延命を阻止するだろう。 (China's economic power mightier than the sword) (多極化の進展と中国

 米中の再冷戦は、当初の意図と逆に、米国の覇権失墜と中国を含む多極型覇権体制の顕在化を前倒しする。米国の単独覇権体制を強化する名目で始めたイラクやアフガンへの侵攻が、米国の覇権失墜を早める結果になっているのと同じ構図だ。ちなみに、米軍(NATO)撤退後のアフガニスタンは、中国やロシアの管理下に入りそうだ。途上諸国の多くにとって、日本より中国の方が頼りになる国となっている。半面、日本の大手企業は韓国に抜かされ、中国にも抜かされそうで、息も絶え絶えだ。時代は変わった。 (Beginning of a new `Great Game' in Afghanistan

 米国務省は、おなじみ民主党系のナイと共和党系のアーミテージら、両党の元高官2人ずつ計4人のチームを日中に派遣し、双方の言い分を聞き回る仲裁的な行為を始めている。米政府が本気で仲裁したら、日本はもとより中国も従うだろう。だが、アーミテージ・ナイらの役目は、仲裁でなく双方の言い分を聞くことであるとも発表されている。彼らは日中がどこまで本気で対立する気か探りにきた感じもする。 (Clinton Warned of Military Danger in China-Japan Dispute

 野田政権は10月下旬、尖閣周辺を含む沖縄県で予定していた日米合同軍事演習を中止すると決めた。今の日本政府は、これ以上中国を刺激したくない姿勢だ。米政府が「日中は誤解している。話し合いを増やせ」とけしかけ、中国側は、日本が尖閣に何も建設せず、これ以上中国側を挑発しないなら、日本との対話を定例化しても良いと言っているという。 (Japan, US call off joint drill to 'retake' disputed islands fearing backlash from China

 しかし米国は長期的な流れとして、海兵隊を中心とする在日米軍をグアムやハワイ、米本土に戻す傾向で、日本(や韓国、欧州など)に駐留する負担を減らそうとしている。日本政府は思いやり予算やグアム移転費で米軍を引き留めているが、米軍はいずれ出ていき、日本は対米自立を余儀なくされる。中国は、こうした日米同盟の希薄化に反比例するかたちで、尖閣問題などを使って日本に対し優位に立とうとする戦略を続けるだろう。

 日本が中国と対立したくない従属的な姿勢をとり続ければ、中国も姿勢を緩和するだろうが、日本は近年、対米従属維持のため中国と敵対する戦略を採っているので、それを急にやめることは世論対策上、困難だ。中国との対立が続くほど、野田政権のように、中国と一定以上対立したくない姿勢は国民に支持されず、石原慎太郎(や安倍晋三?)のように、一線を越えて中国と対決することを辞さない「右翼」的な姿勢が好まれる傾向が増す。それは最終的に日本を対米従属から離脱させるだろう。そのことは前回の記事「危険人物・石原慎太郎」に書いた。 (◆「危険人物」石原慎太郎

 もう一点、日中対立と連動してロシアが日本と和解しようと提案してきているのも興味深い。日本が本気で中国と対立する気ならロシアと和解しておいた方が良いというのは、日本の官僚機構も認めるところだが、日本は長年、北方領土問題でかたくなに譲歩せず日露関係を改善しないことで米国しか頼る先がない状態を、対米従属策の一環として採ってきたので、それをなかなか変えられない。日本が北方領土問題を棚上げしてロシアに接近するときは、米国が頼れなくても本気で中国と対決する腹をくくったときだろう。 (Russia and Japan try again for rapprochement) (日本をユーラシアに手招きするプーチン

 ロシアは日本だけでなく、同様の戦法でベトナムにも接近している。ロシアの軍艦が突然、南沙諸島問題で中国と対立するフィリピンに寄港したりもしている。ロシアは近年、中国との事実上の同盟関係を強めているが、そんなことはおかまいなしだ。こうした野放図さがロシアの戦略の特徴だ。 (From Kuriles with love



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