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リーマン以上の危機の瀬戸際

2023年3月17日  田中 宇 

この記事は「銀行救済を口実にQEが再開される?」の続きです。

前回の記事を書いてから2日しか経っていないが、この間にいろんなことが起きている。一つは、前回の記事に書いた「銀行救済を口実にしたQEの再開」が現実になったことだ。米連銀は3月9日にシリコンバレー銀行(SVB)など2行が破綻した後、2行や連鎖破綻しそうな他の中小銀行群を救うための緊急融資機構としてBTFP(銀行向け定期貸し事業)を3月15日に立ち上げた。BTFPは、連銀が造幣した資金を銀行群に貸し出す制度で、金融システムを延命する策として、連銀が造幣した資金で債券を買い支えるQEと同質だ。 (If It Looks Like A Bailout And Walks Like A Bailout It's Probably A Bailout

「ステルスQE」と呼ばれ出したBTFPの融資枠について、金融界では5000億ドルとか2兆ドルなどの数字が飛び交っているが、連銀自身は融資の上限を発表していないし、今後上限を決めても必要に応じて引き上げられるので無限の融資が可能だ。BTFPの融資は1年以内の定期になっているが、これも繰り延べして無期限にできる。BTFPの融資残高は、毎週発表される米連銀の財務諸表に計上される。3月16日に発表された連銀の資産勘定(バランスシート、H.4.1)は、1週間前に比べて1423億ドル増えた。 (Factors Affecting Reserve Balances - H.4.1

ゼロヘッジによると、他の要素も含めた連銀の勘定の総額は1週間で2970億ドル増えた。連銀は昨年4月からの約1年間のQTで6000億ドル近くの資産を圧縮してきたが、今回の金融救済により1週間でその半分近くを増額してしまった。頑張ってスリム化を続けてきたQTの努力が水の泡になった。QTは連銀が保有する債券類を手放す政策であり、それ自身は先週も続けられ、連銀は1週間で11億ドルの債券を手放した(それまで毎週80-200億ドルを手放し続けてきたのに比べて激減したが)。連銀は、債券を減らしても、民間銀行への融資を急増し始めたのでQTが無効になっている。BTFPの融資残高は、連銀勘定(H.4.1)の中で"Loans"の中に新項目"Other credit extensions"を作って計上されている。 (Fed Balance Sheet Explodes By $300BN As Bank Bailouts Lead To Record Discount Window Surge

今後もし金融危機が沈静化して中小銀行からの資金流出が減れば、連銀の緊急融資が必要なくなってBTFPの融資残高も減り、連銀の資産総額が元に戻るかもしれない。だが、連銀がQTなどで金融システムから資金を抜くほど、金融危機が再発しやすくなる。今回の銀行危機は、連銀のQTと利上げがもう限界にきていることを示している。 (ドル崩壊への準備をするBRICS) (シリコンバレー銀行破綻の影響

この3日間に、もう一つ新たな銀行救済策も出現した。それは、大手銀行が中小銀行に預金することで、中小銀行からの預金流出を穴埋めする策だ。今回の危機で中小銀行から流出した預金の大半は、大手銀行に預金されている。中小銀行は潰れやすいが、大手銀行なら大丈夫だと預金者が考えて預金を移した。この危機の対策として、米当局が音頭を取り、バンカメやシティやJPモルガンなどの大手銀行が50億ドルずつ資金を出し、合計300億ドルを、預金流出で潰れそうになっているファーストリパブリック銀行に預金した。銀行界は今後も、潰れそうな中小銀行に対してこの共同預金策をとっていくという。 (JPMorgan Chase, Wells Fargo, ........ to make uninsured deposits totaling $30 billion into First Republic Bank) (Big Banks Agree To Historic $30 Billion Unsecured Deposit Injection In First Republic Bank

米国の銀行界は従来、共食い的な激しい競争を繰り広げてきた。どこかの銀行が潰れると、他の銀行群がその資産を安く買いたたき、あとでその資産を高値で売って大儲けするのが常だった。潰れそうな銀行は救わずに潰すのが良い。護送船団の日本の銀行界と正反対だ。しかし今回は、これまでハゲタカやハイエナだった米銀行界が、慈善事業みたいに潰れそうな銀行を仲良く救っている。どうしたのか。その答えは、今回の危機を放置すると連鎖破綻が中小だけでなく大手銀行にも波及しそうだからだと思われる。もしくは連銀が、銀行界が渇望するステルスQEを再開する条件として、大手銀行群に共同預金策を求めたとか。 (First Republic Bank Shares Jump On 'Big Bank' Deposit Bailout Plan) (米金融界が米国をつぶす

ステルスQEと共同預金策によって、SVBの破綻に始まった今回の銀行危機はいったん沈静化するかもしれない。いずれ危機が再燃するが、それまでは延命できる。預金の流出が止まっても、融資先の企業群の業績は金融の収縮と不況で悪化しており、銀行の本業が改善されることはない。資金不足の危機が、経営健全性低下の危機に置き換わるだけだとの指摘もある。だが、私から見ると、銀行も各種企業群も、経営の健全性はかなり前から失われている。 (The Liquidity Phase Of The Bank Crisis Is Over... But The Solvency Phase Is Getting Worse

米経済は1990年代から金融バブルの膨張に乗って拡大し続けており、実業界の利益の多くは金融に由来していた。本業の健全性は失われて久しい。リーマン危機後の15年間は、金融自体の錬金術すら消失し、連銀など中銀群が続けるQEがバブル膨張の唯一の原動力になった。当局が発表する経済指標もインチキだらけだ。経済指標のインチキに乗って儲けてきたJPMの銀行家自身が、指標はインチキだと指摘している。世も末だ(経済新聞の読者だけが気づいてない)。米欧日の経済の健全性の全体が、この四半世紀、どんどん低下してきた。いまさら健全性を問題にするのは茶番でしかない。あとはいつまで延命するのかという話しか残っていない。 (The Latest Bank Bailout Is Another Nail In Capitalism's Coffin) (Even JPMorgan Is Lashing Out At Ridiculous Seasonal Adjustments In Key US Data

経済の茶番さについて語っても仕方がない。マルクスもケインズもレーガノミクスも、経済理論と称するものはいずれも詐欺だ。「社会科学」を標榜する経済学そのものが詐欺というか宗教である。少なくとも「科学」ではない。自然科学は存在するが、社会科学は実在しない幻想だ。国民国家や愛国心の構造も詐欺であり、それらの詐欺の全体像として「近現代」があった。全人類がその上で生きてきたのだから、詐欺に目くじらを立てるのは天に唾する行為だ。詐欺や茶番を容認すると、残る話は「この金融システムはいつまで延命するのか」になる。今回、BTFPのステルスQEと共同預金策で、金融システムはしばらく延命しそうな感じになっている。 (Our Economic Illiteracy

だが、ここで欧州から巨大な危機が転がり込んでくる。クレディスイスが再び破綻しかけているという話だ。クレディスイスは昨秋、資金の流出が激しくなって破綻しかけたが、米連銀がスイス中銀を経由してドル資金を注入したので延命した。だが今回のSVBの破綻が連鎖したのに加え、過去の決算の不透明さが改めて当局に指摘されたのを機に、クレディスイスからの資金流出が再燃し、銀行破綻へ懸念の高さを示すCDSの値(債券破綻保険の保険料)が急騰して過去最高になり、株価も下落して史上最安値を更新した。 ('Bailout Bust'? European Bank Default Risk Rises As Credit Suisse Stock Tumbles) (巨大な金融危機になりそう

クレディスイスの最大手の株主は9.9%を保有するサウジアラビアのナショナル銀行だ。同銀行は、クレディスイスから追加の金融支援を頼まれたが断った。この断りは、クレディスイスにとって最期の一撃になったかもしれないと言われている。本当にそうなのかどうか、1-2週間以内にわかる。 ("Panic, Meltdowns, People Crying..."

クレディスイスはリーマン危機前に米国で投資銀行や証券化の事業を大々的に展開して世界最大級の銀行になったが、リーマン後は不調になって不祥事も発覚し「大きすぎて潰せない銀行」の筆頭格になっている。昨年の危機露呈後、延命しているがかなり脆弱で、今回のSVB発祥の新たな危機の影響を簡単に受けてしまっている。昨秋の繰り返し的に、スイス中銀が500億フランを「予防策」と称して注入したが、それでは足りないという指摘が出ている。クレディスイスが破綻すると、欧米両方の経済に大打撃を与える。それはリーマン倒産以上の衝撃になる。世界は、リーマン以上の危機の瀬戸際にある。 ("Too Big To Fail" Credit Suisse Domino Effect Far More Potent Than SVB) (巨大な金融危機になる

クレディスイスが破綻に瀕していた3月16日、欧州中央銀行(ECB)が理事会で50bpsの利上げを決めた。金利の上昇は、脆弱な金融機関にとって打撃になる。クレディスイスの延命を考えるならECBは金利を据え置くか、利上げ幅を25bpsに抑えるべきだった。金融界は、ECBが利上げ幅を抑えるだろうと予測していたが、予定通り50bpsの利上げを決めたので驚いた。ECBが予定通りに利上げしたのは、クレディスイスが大して危機でないからでなく、クレディスイスよりもインフレ沈静化を優先したからと考えられる(利上げは今のインフレの対策にならないが)。これでクレディスイスが破綻したら、ECBは大馬鹿(を演じさせられる傀儡)だったことになる。 (Christine Lagarde Explains Why She Hiked 50bps As Credit Suisse Fights For Its Life

来週は米連銀も政策会議を行い、利上げについて決める。SVB発祥の金融危機が起きたので連銀は利上げを25bpsにするか見送ると予測されている。だが、ECBの予定通りの利上げを見ると、米連銀もインフレ対策を意外に重視し続け、利上げを続けそうな感じがする。事態は、金融危機の対策を重視して利上げとQTをやめて利下げとQEに転じるのか、引き続きインフレ対策(愚策)を重視して利上げとQTを続けるのかという分岐点にきている。利上げを続けると、金融危機が広がりやすいままになる。 (If SVB is insolvent, so is everyone else

欧州はウクライナ戦争で自滅的な対露制裁を続けており、経済が悪化している。人々は厭戦機運と政府や左右エリート支配への批判を強めている。クレディスイスが破綻すると、欧州経済の悪化が劇的に進む。人々の反対が強まり、欧州諸国はウクライナ戦争を続けられなくなる。誰か大物が来て、ロシアとウクライナの停戦を仲裁してくれないだろうかという話になる。そんな中、3月21日からちょうど良いタイミングでロシアを訪問し、ウクライナ戦争の停戦・和平案を持ってくるのが中国の習近平だ。彼はもしかするとその足でウクライナにも行き、会合を切望しているゼレンスキーに会うかもしれない。 (China Urges Russia, Ukraine To Relaunch Peace Talks 'As Soon As Possible'

クレディスイスが破綻するかどうかわからないし、習近平がウクライナ戦争の和平を提案しても簡単には実現できない。しかし、クレディスイスは脆弱化が進んであり、今回でなくても近いうちにいずれ破綻する。戦争はウクライナと米欧の負けが決まっており、それがいつ具現化するかという話だ。米国は、永遠に戦争する姿勢だが、それも自国の覇権が続く限りという前提だ。クレディスイスが破綻したら、それは米覇権の根幹にある債券金融システムの破綻になり、米覇権が終焉する。米国はウクライナ戦争を続けられなくなる。米国側の姿勢が劇的に変わる。そこに習近平がやってきて、和平をしましょうと提案する。ドルが使えなくなっても人民元は使えます、米覇権がなくなると思って多極型の世界体制を用意しておきましたよ、と言う。プーチンがとなりで含み笑いしながら、困っているようだから石油ガスも売ってあげますよと言う。ゼレンスキーが画面の向こうから、私も了承しましたと言う。どんなもんだろう。 (複合大戦で露中非米側が米国側に勝つ) (米欧との経済対決に負けない中露

この手の先の話はどうなるかわからない。習近平の訪露目的はプーチンと多極化の話をするだけで、停戦和平の提案は目くらましかもしれない。しかしどちらにせよ、すでにロシア政府は「米欧がどんな金融危機になっても、ロシアには波及してこない。なぜなら、ウクライナ戦争を理由に米欧がロシアの銀行界を米国側から完全に断絶してくれているからだ。どうもありがとう(笑)」みたいなことを言っている。以前は、1990年代末のアジア通貨危機も、2008年のリーマン危機も、ロシアの金融と経済に大打撃を与えていた。だが今回は違う。ロシアは中国と協力して、ドルや債券の金融システムに替わる、金地金と石油ガスなどの金資源本位制の通貨システムを考案している。米英勢による金相場の上昇抑止もかなり弱まっている。米国では著名な投資家が、間もなく米経済が破綻すると警告している。「ブレトンウッズ3」が近づいている。 (Russia Mocks Western Banking Crisis, Says Aggressive Sanctions Have Provided Insulation) (Investor Carl Icahn Issues Grim Warning On US Economy "Breaking Down"

サウジやイランなど産油国や、インドやブラジルなど大市場の国が次々と中露主導の非米側に入っている。米国側と非米側は断絶しているので、米国側の金融危機が非米側にあまり波及しない。サウジの銀行はクレディスイスの大株主として大損するが、サウジ全体はこれからの非米化と多極化で安定と繁栄を得る。そちらの利益の方がはるかに大きい。 (サウジをイランと和解させ対米従属から解放した中国



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