米欧との経済対決に負けない中露2022年4月17日 田中 宇ロシアがウクライナで戦争を始めたことにより、世界は、ロシアを徹底的に敵視・制裁する「米国側(米欧日など先進諸国)」と、ロシアと付き合い続ける「非米側(その他の諸国)」に二分された。米国は、ロシアを敵視しない国を敵視して、ドル決済やSWIFTなど米国覇権下の経済システムを使わせない姿勢をとっている。ロシア徹底敵視の米国側に入らない・入れない国々は、不安なので米国覇権システムに頼らない国家戦略を模索せざるを得なくなり、プーチンや習近平が提案している非米型の経済システムを採用して非米側に入る傾向だ。世界の79億人のうち、米国側は10億人ほどで、残りの70億人近くは非米側に入る。これまで全世界を一つの経済システムで統合支配していた米国覇権体制は、世界の8分の1だけを統括する小さな体制に成り下がった。世界の資源の利権の大半も非米側に入る。この状況はずっと続く。これがウクライナ戦争の最重要の意味だ。 (China Undercuts Sanctions On Russia: Where Are The "Consequences"?) プーチンは今回、ウクライナで戦争(特殊軍事作戦)を始めるとともに、米国の経済覇権体制から完全排除される制裁を受けたことを逆手にとって、米国側のバブル膨張したドルや債券金融システム、金融ツールから完全に離脱し、代わりにバブルのない「現物」主導の「金・資源本位制」の経済システムに非米諸国をいざなっている。ウクライナ戦争によって世界が米国側と非米側に分裂し、非米側が金・資源本位制を採用して台頭し、米国側が従来の債券金融システムとともに凋落していく、というシナリオを最初に示したのは、私が知る限り、元米連銀・元クレディスイスのアナリスト、ゾルタン・ポズサーだった。 (The Commodity-Currency Revolution Begins...) ポズサーは、第二次大戦後の国際金融史を、1944年のブレトンウッズ会議から1971年のニクソンショック(金ドル交換停止)までの金本位制の時代(ブレトンウッズ1)、それから今回のウクライナ開戦までの債券本位制的な時代(ブレトンウッズ2。債券=金融界が定めた通貨=インサイドマネーの時代)、そして今後の金資源本位制の時代(ブレトンウッズ3。金や資源=金融界の外の通貨=アウトサイドマネーの時代)の3つに区分している。ポズサーは「これからはブレトンウッズ3の時代になる」と言っているが、これはつまり「米国側と非米側の経済システムの対決で非米側が勝つ。プーチンや習近平が金資源本位制を組んで米国覇権を打ち負かす」という意味だ。米国側は時代遅れなブレトンウッズ2の金融体制で、これからバブル崩壊し、代わりに非米側のブレトンウッズ3の金資源本位制が世界を席巻する。ポズサーの見立てはそういうことだ。彼は、中国人民元が金資源本位制の通貨であると言っている。 (Credit Suisse Strategist Says We're Witnessing Birth of a New World Monetary Order) これに対し、世界はブレトンウッズ3(非米側主導)の体制にはならない、ドルや債券(米国側=ブレトンウッズ2)は非米側に負けない、と言っている分析者もいる。私がよく見ている経済オルトメディアのゼロヘッジはポズサーを高く評価している。しかし、ゼロヘッジによく出てくるラボバンクの分析者(Michael Every)は、世界の貿易決済の大半がいまだにドル建てであり、非米側の最も有力な通貨である人民元貿易決済に使われる比率はまだ3%ほどにすぎないことなどを理由に、世界経済の主導役は今後も米国側であり、主導権が非米側に移ることはないと言っている。非米側が目指している金資源本位制は、以前に欧州諸国などが推進していた重商主義の焼き直しにすぎず、今後の世界がその体制に移行するとしたら、それは歴史的な前進でなく後退だともいっている。 ("Nice Narrative" But No: Why One Strategist Thinks Zoltan Pozsar's "Bretton Woods 3" Is Never Going To Happen) たしかに、いま米国側が採っている債券金融システムは、それ以前の「現物」だけで成り立っていた経済システムの発展形として出てきた。現物重視に戻るのは後退だ。しかし同時に言えるのは、債券金融システムが今後破綻するとしたら、それはロシアや非米側に「負ける」からでなく、リーマン危機以来金融システムを一本で支えてきた米連銀などのQE策が限界に達して金融バブル崩壊を引き起こして自滅するからだ。世界経済が米国側と非米側に分裂した後、今後いずれかの時点で米国側が金融崩壊してブレトンウッズ2が自滅的に終わり、残っている非米側の経済システムが世界の主導役になる流れだ。これは後退ではあるが、先進的だった金融システムが崩壊することによる、やむを得ない後退だ。歴史的には「米国側の債券金融システムはバブル膨張に依存する構造的な欠陥があったので必然的に破綻した。あのシステムは失敗だった」という話になる。 (Escobar: Russian Geoeconomics Tzar Introduces The New Global Financial System) それに、世界の貿易決済に占める実際の人民元の使用率は、米国側で報じられているような3%でなく、もっと高い20%とかそのくらいでないかと思われる。人民元は中国と、他の非米諸国との貿易で使われているが、中国(中共)は、非米諸国との貿易の実態や総量を米国側に知られないようにしている面がある。知られると、そこを米国側から狙われて経済制裁される可能性が高くなるからだ。中国(中共)は、自国の強さを隠しつつ台頭していく策略を採ることで、中国を潰そうとする米国側の目をくらまし、最終的な中国の勝利と米国側の敗北につなげようとしている。孫子の兵法っぽい。米国側では、中国など非米側こっそり支援してきた米中枢の隠れ多極主義の影響もあり、マスコミ権威筋が「中国経済は大したことない、」「民元はあまり使われていない」といった、強さを隠す中国側の策略にうっかり乗ってしまう間抜けさを発揮し続けている。人民元の使用率は、米国側で言われているよりはるかに高い。 中国の人口(14億人)は、世界の総人口の18%ほどを占めている。中国と親しい一帯一路などの非米諸国の人口を含めると、その2倍か3倍になる。これらの国々の人々は、先進諸国の人々より貧しいが、これだけの規模の市場の中での貿易の主な決済通貨が人民元なのだから、人民元の実際の世界的な使用率が20%ぐらいでないか、という概算になる(統計ではドルとユーロの使用率が4割弱ずつ)。使用率が3%というのは、中国と米国側の諸国との貿易で使われる人民元だけを見ているのだろう。それ以外の部分の人民元決済は隠されている。 (Economic War Against A Real Economy) この件が象徴するのは、米国側のマスコミ権威筋や人々が、覇権転換や多極化といった今まさに展開している大きな流れについて、全体的に過小評価したまま、覇権転換や多極化が進んでいるという流れだ。さらに言うなら、米国側のマスコミや人々は米国覇権の強さに関しても大幅に過大評価しており、すでに覇権転換や米覇権衰退、多極化がかなり進んでいるのに、そんなものは起きてない、米国覇権は永遠に安泰だと勝手に間違った思い込みを続けてきた。米ニクソンセンターが2007年に始めた多極化研究は数週間で潰された。一極状態が崩壊したら多極化でなく無極化だと、したり顔で言っていた権威筋もいた。米国側は金融システムもバブル膨張やQEで過大評価されている。マスコミ権威筋はバブルの存在をほとんど語らない。これはリーマン危機前からずっと続いている状況だ。米国側でもっと劇的な金融崩壊が起きるまで、米国側の人々は覇権転換に気づかない。 (Ukraine Update #10 Paul Craig Roberts) (多極化の進展と中国) 今回劇的に激しくなった世界的な対立において、米国側の力は過大評価され、非米側は過小評価されている。その両方を修正すると、米国側はバブル崩壊し、非米側の方が勝算が大きくなる。米国側を代表するマスコミである英国のBBCは、米国側がロシアからの資源輸入を完全に止めれば数か月でロシアは崩壊すると報じている。数か月後に勝てるので、欧州諸国はロシアからの資源輸入を完全停止すべきだと言っている。これは自滅的な大間違いだ。ロシアは、欧州が資源輸入を完全に止めても、中国インドなど非米諸国に輸入してもらえるので困らない。数か月後に破綻するのは、ロシアでなく欧州の方だ。今回の戦争における、プーチンは頭がおかしいとか、ロシアは負けているんだといった妄想の喧伝も同様の大間違いである。米国覇権はウソと誇張とバブルにまみれている。 (Could A Full Oil Embargo Stop The War In Ukraine?) (Full embargo on oil could stop war - ex-Putin aide - BBC News) ロシアは、ウクライナとともに世界的な穀物との産地であるだけでなく、ベラルーシとともに世界的な肥料(窒素、リン酸、カリ、硝酸アンモニウム)の産出国でもある。今回の戦争でロシア周辺から世界への、食料と肥料の輸出が滞っている。このままだと、今年の食料生産は世界的に急減する。北半球では、今はまだ昨年とれたものが市場に出回っているが、今秋以降、今年の収穫が市場に出回る時期になると、昨年よりも大幅な供給減となり、あちこちの途上国などで飢餓が発生する。米国もロシアの肥料に依存している。ロシアだけでなく中国も、国内生産された穀物を米国側に輸出せず、国内消費に回す政策をとり始めている。この状態が続くと、ロシアは非米諸国に対してのみ穀物や肥料を輸出するようになり、米国側で食糧不足が起きるように仕向ける。これからの米国側と非米側の経済対決で、両側の庶民が激しい生活苦に見舞われる。すべてプーチンのせいにされつつ、プーチンが勝つ。 (The Global Fertilizer Shortage Means That Far Less Food Will Be Grown All Over The Planet In 2022) (China won't drain supplies to accomodate West) (Ag Powerhouse Brazil Could Be Severely Impacted By Russia's Freeze On Fertilizer)
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