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シリコンバレー銀行破綻の影響

2023年3月12日  田中 宇 

3月9日、米国で18番目に大きな銀行だったシリコンバレー銀行(SVB)が預金流出の急増によって破綻した。SVBはバイオテクノロジー、サイバーセキュリティ、ソーシャルメディアなどのベンチャー・新興企業との取引に力を入れており、米国の新興企業全体の半分がSVBと取引していた。 (Most people don't realize how crucial Silicon Valley Bank is

新興企業群との金融取引はもともと高リスク高リターンで、それだけ見ると「いつ潰れてもおかしくない銀行」だったとも言えるが、米連銀が昨年に金融引き締め(QTと利上げ)を開始するまで10年以上、SVBは優良な銀行と思われていた。当時、QEとゼロ金利策によって米欧経済はカネ余りの状態が続き、高リスク企業が経営失敗などによって破綻寸前になっても、ジャンク債発行などで低金利で資金調達できるので延命し、破綻を回避できた。新興企業群も、彼らと取引するSVBも「低リスク高リターン」で大儲けできた。 (What’s Going on With Silicon Valley Bank?

だが2021年から米国は流通網が混乱してインフレになり、昨年のウクライナ開戦後は対露制裁による石油ガス資源類の高騰も加わってインフレが激化し、米連銀は昨年初めにQEとゼロ金利の超緩和策をやめて、QTと利上げの引き締め策へと大転換した。それまで低金利で資金調達できた企業は資金繰りが悪化しはじめ、新興企業群が持つリスクが上昇し始めた。米連銀の連続的な利上げに連動してSVB(など米銀行全体)が預金金利の引き上げを余儀なくされた(金利を上げないと預金者が資金を引き上げて高金利の米国債などを買いたがる)。SVBから企業への融資は固定金利のものが多く、預金金利の上昇に合わせて融資金利を引き上げられなかった。融資金利を上げると返済不能になる企業も出てくる。 (Record Bank Run Drained A Quarter, Or $42BN, Of SVB's Deposits In Hours, Leaving It With Negative $1BN In Cash

行き詰まったSVBは手持ちの債権の一部売却を発表したが、これが裏目に出た。預金者たちはSVBの経営破綻が近いと判断して預金を一斉に引き下ろし、3月9日の数時間で預金総額(昨年末時点で1730億ドル)の4分の1にあたる420億ドルの預金が引き出され、SVBは手持ちの現金が底をつき、劇的に支払不能に陥って破綻した。同日、SVBを監督するカリフォルニア州当局が同行を閉鎖し連邦預金保険会社の管轄に移した。米国の預金保険は25万ドル以下の小口預金を保護するものだが、SVBの預金の93%は預金保険対象外の大口預金で、QEのカネ余り時代に企業や投資家が余裕資金を預けて高利回りを得るためのものだった。 (Silicon Valley Bank Collapses, 93 Percent of Deposits Not Insured! What Now?

3月9日朝の時点でSVBは破綻寸前でなく、金利上昇への対策として債権を再編(長期債を売って短期債に買い換え)しようとしていただけなのに、預金者が間違ってパニックになって預金を引き出して破綻させてしまった、という見方がある。だがその後、破綻の2週間前にSVBの経営陣が保有していた自社株の一部を売って益出ししていたことが発覚している。SVBの経営陣はそれまで自社株をほとんど売っておらず、経営陣は自行が破綻しそうだから自社株を売った可能性が高い。SVBは2週間前から破綻の可能性が高かった。SVBの破綻は「預金者の間違ったパニック」が原因でなく、金利上昇を受けて破綻すべき金融機関が破綻したものだ。 (What Did These 3 SVB Execs Know?

SVBの破綻は、2008年のリーマン危機以来の大きな金融破綻である。リーマン危機は、1980年代から30年間のバブル膨張をつづけていた米国債券金融システムを根幹から破壊し、システム凍結に陥らせた。米連銀は凍結・破綻した金融システムを、蘇生したかのように見せかける延命策としてQE(造幣による債券の買い支え)を開始・急拡大した。QEはカネ余り状態を復活させ、SVBや新興企業群の成功を演出した。だが、10年以上続いたQEの時代は昨春終わり、QTと利上げに取って代わられ、いずれどこかが破綻して米金融をリーマン型の危機の時代に引き戻すと予測されるようになった。今回のSVB破綻は、この「いずれ起きるどこかの破綻」に当たる可能性が高い。 (Billion Reasons Why SVB Contagion Is Spreading To The Broader Banking System

こうした見立てに対して「SVBは新興企業への融資を専業とする特殊な銀行であり、SVBの破綻が他の一般の銀行に波及して連鎖破綻を引き起こすものではない。SVB破綻は特殊な例であり、金融システム全体の破綻につながらず、リーマン危機の再来でない」という反論がありうる。私からするとこの手の論は、事実を報じることよりも金融システムの延命を優先する歪曲情報捏造機関に成り下がった金融マスコミや「専門家」たちのプロパガンダだ。リーマン危機は前年のサブプライムローン債券危機から始まっているが、2007年夏にサブプライムローン債券が破綻し始めた時、金融マスコミや専門家は「サブプライムはローン債券業界の主流でなく、極端に高リスクのニッチな特殊分野にすぎない。サブプライムの破綻が主流(プライム、低リスク)の債券群の破綻に波及していくことはない」と豪語していた。 ('Contained' 2.0? Treasury Sec Yellen Says Banking System Is "Resilient"

実際は、サブプライムの破綻が始まった後、投資家が債券のリスクに敏感になる傾向が増し、サブプライム(低所得層など金融格付けの低い人に対する住宅ローン)よりも格付けが高いプライムの債券に対する警戒や敬遠が潜在的にじわじわと進み、債券を保有する金融機関同士の相互信用が失われ、1年後にリーマンなどいくつもの大銀行が潰れる債券金融全体の巨大な破綻として具現化した。その後、債券金融システムは今に至るまで本質的(自由市場の需給的)に崩壊・機能不全に陥ったままで、見かけだけQE(官製需要)で蘇生を演出してきた。そのQEが1年前に終わって資金を引き上げるQTや利上げが続けられているのだから、今の事態はリーマン危機の再来に向かっていると考えるのが妥当だ。 ("Worst Since Lehman": Banks Break The World Again

今回のSVBの破綻は、金融システム全体の破綻につながりうる。だから3月9日、SVBの破綻を受けて、高リスクと思われている民間の債券や預金から資金が流出して代わりに低リスクと思われている米国債が買われ、10年もの米国債が高騰(金利急落)した。米国の覇権やドルの力の根幹にあるのは債券化された金融システムの資金力であり、SVBの破綻は米金融システムと覇権やドルの崩壊につながりうる。だから3月9日にドルの為替が急落し、それまで日銀のQE継続を受けて円安ドル高傾向だったのが反転して円高ドル安になった。ドルの究極のライバルである金地金の相場が、SVB破綻を受けて上昇した。SVBの破綻は例外的な事象でなく、金融システムを根幹から破壊しうる話だから、これらのことが起きた。 (SVB’s Demise Isn’t a Regulatory Failure) ("Worst Since Lehman": Banks Break The World Again

今回のSVB破綻が、一直線にもっと大きな金融破綻につながっていくとは限らない。金融危機は、直截的でなく潜在的に危機が継続・肥大化していく。15年前のサブプライム危機からリーマン危機への流れもそうだった。リーマン危機前の米国の金融システムは自走可能で、QEなど当局による延命策がなくても自浄的に蘇生し得た。今は違う。QEなど大きな支えがないと金融は崩壊する。そして米連銀はQEをやめて過去のQEを清算するQTを続けている。米金融は蘇生力が落ちている。SVB破綻で崩壊しかけたシステムを延命させる資金力が減っている。今後しばらく何も起こらず、金融システムがSVB破綻から立ち直ったかと喧伝されるかもしれないが、蘇生は見かけだけだ。本質的な脆弱性が隠然と増加し、いずれ再び顕在化し、つぎはもっと大きな破綻を引き起こす。米当局はもう金融を救済できない。 (Sorry Silicon Valley: SVB’s Collapse Is Not a Big Deal

金融界では昨年来「次に何らかの金融破綻が起きたら、米連銀は金融を延命させることを優先して利上げをやめる。利下げに転じるかもしれない」」と言われてきた。今回のSVB破綻を受けて、連銀は利上げをやめたり、利下げに転じたりするのか??。その可能性は低いと思われる。なぜなら、今後インフレが再燃しそうだからだ。連銀のパウエル議長は、混ぜ返し発言で目くらまししつつ、これからも利上げし続ける必要があると言い続けている。連銀の利上げ傾向は今後も続く。金融危機がひどくなる。 (Hard Landing Or Harder One? The Fed May Soon Need To Choose

米共和党は「SVBが破綻したのは、インフレを止められず利上げを続けざるを得ない民主党バイデン政権の愚策が原因だ」と言っている。共和党がやればうまく行っていたとは思えないが、今の米国のインフレへの対策として利上げが愚策であるのは確かだ。米国は利上げすべきでない。その意味で、米国からの利上げ圧力を無視してゼロ金利策を続けている日銀は正しい(こうなる前の話として、日銀はQEをすべきでなかったが)。日銀もいずれQEをやめてQTをせねばならないが、それは今でなく、米覇権が崩壊した後だ。米国がQTで崩壊していく時に日本もQTをやったら、米国と同様に日本も自滅してしまう。日本(などすべての諸国)は、米国の自滅に付き合うべきでない。日銀総裁が黒田から植田に交代してもQEやゼロ金利を続けることにしたのは正しい。 (Futures Tumble As SVB Implosion Spark Global Banking Turmoil

米国では今の金利上昇によって、金融界だけでなく、ネット関連など新興企業群も経営不振がひどくなっている。表向きネット産業は実業であり、金融と無関係なはずだが、実際は密接につながっている。ネット企業など新興企業の多くは、表向き本業の実業で儲けて急成長しているように見せかけてきたが、実際には本業の儲けが業容を拡大しても赤字か薄利である。それを隠すため、こっそり金融投資で儲け、金融の儲けを本業で儲けたかのように帳簿上でごまかして付け替えている。実業で儲けたことにしないと株を上場して株高にできないので、このようなごまかしをやっている。これが、ネット業界の急成長神話の化けの皮だ。 ("Expect Mass Layoffs..." - The Real-World Impact Of SVB's Failure

ここ数年、人々の生活はスマホやテレワークなどインターネットへの依存をますます強めている。ふつうならネット企業の儲けは増え、業容が拡大して従業員も増えるはずだ。だが実際は逆で、昨年からネット企業は儲からなくなり、人員削減を続けている。考えてみるとおかしい。謎だ。この謎を解くカギが、上に書いたような、金融の儲けを本業に付け替えて成長神話を演出する詐欺手法だ。企業会計を監督する当局も、金融を拡大するために詐欺を容認している。昨年から金利が上昇してネット企業は金融の儲けを出せなくなり、利益の付け替え詐欺が不能になり、人員削減などリストラを迫られている。 (WTF Chart Of The Day: Jobless Claims Finally Rise As Layoffs Soar At Fastest Pace 'Since Lehman'

ネット企業だけでなく、新興企業全体でこの手の詐欺が行われてきた感じだ。シェール石油産業などもそうだろう。これからひどくなっていく米国の金融危機は、実業界をも破綻させていく。米国の覇権崩壊も引き起こす。プーチンやメドベージェフがニヤニヤしながらこの展開を眺めている。 (Escobar: Moveable Multipolarity In Moscow - Ridin' The "Newcoin" Train



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