複合大戦で露中非米側が米国側に勝つ2022年5月25日 田中 宇最近、ウクライナ戦争に関して複合戦争(Hybrid War)という言葉をよく目にする。複合戦争は、兵器を使って殺人や破壊をする従来型の戦争と、それ以外の分野の作戦が複合されて勝ち負けが決まっていく戦争、という意味らしい。従来型以外の分野は多種多様で、ひと括りにできない。複合戦争は曖昧な概念だ。そもそも従来型の戦争自体、諜報や傍受、撹乱、プロパガンダなど裾野が広いし、軍事と隣接して外交の分野があるので複合的である。細かい定義は重要でない。今回のウクライナ戦争がとくに複合的かつ世界的な「複合大戦」であるのは、米国と同盟諸国(米国側)がロシアを徹底的に経済制裁し、対抗してロシアが中国やインドなど非米諸国を引っ張り込んで米国側vs非米側の経済対立・世界経済の分裂になっているからだ。 (Escobar: Russia Rewrites The Art Of (Hybrid) War) (The End Of The Unipolar Era) 米国側がロシアをドル決済(SWIFT)から追放し、対抗してロシアは米国側にルーブルで石油ガス代金を払えと要求して対立し、結局ロシアが勝っている。EUは先日、加盟国がロシアにルーブルで払っても対露制裁違反でないと決めた。これまで、ルーブル払いがEUの対露制裁に違反しているのかどうか不透明だった。EU上層部が「違反です」と言った後、イタリアのドラギ首相が「違反じゃない(ようだ)」と宣言する展開もあった。結局EUは、違反でないと決めた。EUの対露制裁は無意味になり、ロシアはEUを打ち負かした。これは今回の複合戦争の一部だ。ロシアのラブロフ外相が5月14日に「米欧(米国側)がロシアに対し、経済制裁など全面的な複合戦争を仕掛けてきている。ロシアは中国やインドと協力してこれを乗り越える」と表明した。露政府は最近、複合戦争という言葉をよく使う。 (EU Gives OK To Pay For Russian Gas In Rubles) (Russia Forges New Partnerships in Face of West's 'Total Hybrid War' - Lavrov) そもそもEUはロシアの石油ガスに依存しており、その輸入を短期間で止めることは不可能だと開戦前からわかっていた。EUの親分である米国は、2014年から8年もかけて今回のウクライナ戦争の準備をしてロシアに侵攻させたのだから、米国がEUに石油ガスの輸入先をロシア以外に変えさせる戦争準備の時間はたくさんあった。開戦前にたっぷり備蓄することもできた。しかし実際は何の準備も行われず、ドイツは最後までノルドストリーム2を予定通り稼働させようと米国に頼み続けていた。開戦前のEUの石油ガス備蓄の増加も行われず、開戦時の欧州全体の天然ガスの備蓄量は、備蓄可能総量の5%しかなかった(開戦前から米国側に敵視されたガスプロムが欧州への送付を減らし続けたので)。欧州はロシアとの複合戦争において、戦う前から負けていた。米国は、NATOを通じて欧州と戦略を共有し、欧州に戦争準備をさせるべきだったのに、何もしなかった。米NATOの(意図的な)作戦負けである。 (Europe has next to no gas left - Gazprom) (ロシアを制裁できない欧米) ウクライナ開戦で決定的になった米国側と非米側の対立において、世界の石油ガス鉱物や穀物など資源類の多くは非米側が持っている。米国側はカネだけ持っているが、このカネは大膨張した金融バブルであり、そのバブルはウクライナ戦争と並行して進んでいる米連銀のQE終了・QT(過剰造幣事業の収縮)によってバブル崩壊を引き起こすことが必至になっている。QE終了・QTによって、米国覇権の根幹にあったドルのバブルがこれから劇的に崩壊していくことが予測されたので、プーチンは勝てると気づいてウクライナに侵攻した。プーチンのウクライナ侵攻は最初から世界金融システムの大転換と連動しており、その意味で複合戦争だった。金融面のウクライナ複合戦争は、ロシアが勝つというより、米国側がQE終了・QTによって自滅的に金融崩壊して負けていく。 (来年までにドル崩壊) (Morgan Stanley: We Are About To Find Out The Cost Of Remodeling A Global Economy) (Five Warning Signs The End Of Dollar Hegemony Is Near) 米国側は金融崩壊してドルの力が低下していく。人類が日々必要とする石油ガス穀物など資源類の多くは非米側が持っている。当然ながら、資源類のドル建て価格が上昇していく。インフレや食糧難が世界的にひどくなる。こうした「穀物戦争」の分野も、ウクライナ複合戦争の一部である。金融も石油ガス穀物も、米露だけでなく全世界を巻き込んでいる。今起きているのは単なる複合戦争でなく「複合世界大戦」、世界が米国側と非米側に二分されて勝敗がついていく「複合大戦」である。 (Germany warns of ‘brutal’ global hunger) (現物側が金融側を下克上する) 米国側のマスコミは「世界的な穀倉地帯だったウクライナに侵攻した露軍は、畑を壊したり作付けを妨害した。露軍は穀物を輸出していたウクライナの黒海岸の港湾も封鎖し、世界への穀物輸出を止めた。だから世界は穀物不足で飢餓や食糧暴動になっていく。全部プーチンが悪い」と言っている。しかし、これらは大ウソだ。ウクライナでは今春、昨付け予定地の82.2%において種まきが行われた。なかでも春小麦に関しては、予定地の98%で種まきが行われた。ウクライナの農業は、露軍侵攻後もおおむね平常通りに運営されている。露軍はウクライナ人の犠牲を最小限にするために、農地や農家をできるだけ破壊しないように進軍したと露政府が言ってきたが、それは事実だったと考えられる。米国側のマスコミ権威筋の方がウソつきである。ロシアも今年は穀物が豊作(過去最高の1.3億トン)で、輸出先である中東アフリカ方面の飢餓や暴動を防げるぞとプーチンが言っている。「全部プーチンが悪い」と言っている人々の方が極悪だ。 (Ukraine sows crops on over 80% of planned lands - ministry) (Putin Says Large Russian Grain Harvest to Support Higher Exports) 露軍がオデッサなどウクライナの港を封鎖したから穀物を輸出できないという話もウソだ。ウクライナの港を封鎖したのは、露軍でなくウクライナ軍だ。開戦直後、ウクライナ政府は露軍の上陸を防ぐため、親分である米国に命じられ、オデッサなどの港湾を機雷で封鎖した。ウクライナ自身が、米国に言われるまま、穀物を輸出できないようにしてしまった。「全部プーチンが悪い」と言っている人々の方が極悪だ。米国や新興市場諸国のインフレや物不足はウクライナ開戦前の昨年からの現象で、米国や中国での港湾の滞船とコンテナ流通管理の崩壊などで流通網の詰まりが原因だ。そこにウクライナ戦争による資源の高騰や輸入停止が加わり、抑止不能なインフレ・物不足になっている。 (Russia strikes US missile shipment for Ukraine, blocks world’s grain supply) (Biden proposes to export 20 million tons of Ukrainian grain to stabilize food prices) インフレ物不足はロシアのせいでないのに、ロシアのせいにされている。この手の戦争プロパガンダも複合戦争の一分野である。悪者にされているロシアは、プロパガンダの複合戦争に負けていることになる。南京大虐殺やホロコースト以来、米英は戦争プロパガンダがとても巧妙だ。しかし「すべてプーチンが悪い」という戦争プロパガンダは、米国側諸国において「プーチン政権を倒すまでロシアからの石油ガス穀物などの輸入を止めるんだ。エネルギー危機や食糧難になっても我慢しよう」という「欲しがりません勝つまでは」政策になっている。「ロシアは間もなく崩壊する」というプロパガンダも流されてきたが、それは大間違いで、プーチン政権は倒れない。この状態が長引くと、米国側はエネルギー危機や食糧難がひどくなって厭戦的な政権に交代したりして負けてしまう。米国側で「すべてプーチンが悪い」というプロパガンダがうまくいくほど、米国側自身が自滅していく。 (ドルはプーチンに潰されたことになる) (ロシアが負けそうだと勘違いして自滅する米欧) 今回の戦争のプロパガンダのもう一つは「露軍は作戦失敗で負けている」というやつだ。米国側の人々の多くがそれを信じている。先日は、米国でこれまで「露軍は負けてない。順調に勝っている」と言っていた筆頭の元海兵隊員の分析者スコット・リッターが「米国側がウクライナ軍に送った対戦車砲などが戦地に届き、ハルキウなどで露軍の戦車部隊が撃退されて退却している。露軍は負けるかも」と言い出し、やっぱり米軍は負けてるんだ、という話になっている。しかし、戦争状態が長期化した方が米国側の自滅が加速するため、ロシアの政府や軍も、自分たちが負けているという偽情報を流したり放置したりしている。露軍不利説は簡単に信用できない。ウクライナ極右軍が立てこもっていたマリウポリ製鉄所の陥落などを見ると、民間の犠牲を減らすためにゆっくり(一進一退的に)戦争を進めていると言っている露軍の説明が正しい感じがする。 (Scott Ritter’s Switcheroo: “Why I Radically Changed My Overall Assessment”) (ウソだらけのウクライナ戦争) 米中枢のエスタブ権威筋であるNYタイムスやキッシンジャー元国務長官も最近、ロシアが優勢なのでウクライナ政府はクリミアをあきらめるなど譲歩してロシアと和解して戦争を終わらせていくしかないと言い出している。NYタイムスは5月19日の社説で、米国側はもうウクライナでの戦争に勝てないので、限界を認めて現実主義に転じ、ウクライナはロシアと停戦交渉せねばならない、クリミア奪還は無理だと言い出した。キッシンジャーは5月23日にダボス会議で演説し「今後2か月以内にウクライナ戦争を終わらせないとウクライナでの露軍の勝利が確定し、覆すには米露の直接大戦しか手がなくなる。そうなる前にウクライナ政府がロシアに譲歩して停戦するしかない」という趣旨を述べた。軍事や経済など複合戦争の全面で、米国側が勝てる可能性が大幅に減った感じだ。 (New York Times Repudiates Drive for ‘Decisive Military Victory’ in Ukraine, Calls for Peace Negotiations) (Kissinger warns of deadline for Ukraine peace settlement) 米諜報界とバイデン政権は、過激に稚拙にやって意図的に失敗して米覇権を潰して世界を多極化したい隠れ多極主義のネオコン系の勢力が牛耳っている。彼らは敗北や大失敗の誘発を意図的にやっている。負けるとわかっていても戦争状態をやめない。米国側が稚拙に負けて覇権が崩壊していく今後が、まさに彼らの真骨頂になる。米国側がもっと負けて覇権やドルの崩壊が大幅に進んだ後、再びキッシンジャーが出てきて「もう多極化を受け入れるしかない」とリアリストっぽいことを言うのかもしれない。ネオコンとキッシンジャーはボケとツッコミ的な仲間だ。 (米諜報界を乗っ取って覇権を自滅させて世界を多極化) 英独仏豪日など同盟諸国は、隠れ多極主義の米国と無理心中させられていく。独仏は、この戦争が米国側の敗北・覇権崩壊になっていくことを知っているので、ゼレンスキーのウクライナに対露和解をやらせたい。しかし、ゼレンスキーは米中枢を握るネオコン系の言うことしか聞かず、独仏を馬鹿にしている。米中枢は確固たる決意で自滅の道を進んでいるので、同盟諸国がいくら言っても方向転換しない。むしろ同盟諸国に対し、もっとウクライナを軍事支援しろ、ロシアの石油ガスを輸入するなと加圧してくる。米国は、同盟諸国の足抜けを許さない。中立を許さない。そのくせ非米諸国が中立を宣言しても米国は黙認する。同盟諸国は、敗北が決まっている米国の戦争マシンに隷属させられている。同盟諸国は、自由に中立を宣言してロシアの石油ガスを輸入し続けられる非米側の諸国がとてもうらやましい存在に見えてくる。 (中立が許されなくなる世界) (US and UK Split With France and Claim There Is No Exit Ramp for Putin) 米国は、対ロシアだけでなく中国敵視についても複合戦争の形態を採っている。米政府はバイデンの日韓訪問を機に、経済分野の新たな中国敵視協定として「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」を作った。米国は、台湾を使った軍事面の中国敵視と、経済面の中国敵視IPEFを絡ませた複合戦争をやっている。経済面の中国包囲網としては、オバマが作ってトランプが離脱して米国抜きで開始されたTPPもある。バイデンは、IPEFなんか作らないでTPPに入ればいいじゃないかという話になるが、TPPに入ると米国は関税を引きげねばならず、米国内で不評になる。IPEFは、関税引き下げがメニューにないので米国内で反対されない。TPPから米国側の諸国間の自由貿易の機能を抜き取り、中国敵視の要素を追加したのがIPEFだ。 (US Announces 13-Nation Indo-Pacific Economic Pact To Counter China's Influence In The Region) 米日豪印韓ASEANのIPEF加盟諸国のうち米印など以外は、中国が主導するRCEP、日豪が主導するTPPにも入っている。それらの諸国はRCEPにも入っているのだから中国敵視をしておらず、むしろ「米中両属」になっている。米国は同盟諸国に対して「ロシアと貿易するな」と言えるが「中国と貿易するな」とはいえない。中国は世界経済にとってとても重要な国なので、対中国貿易を否定できないからだ。IPEFは、バイデン政権の付け焼き刃的な「なんちゃって組織」にすぎない。 (中国と戦争しますか?) バイデンは東京での岸田首相との共同記者会見で「米国は1つの中国の原則を認めており、それに基づくなら、中国が台湾に軍事侵攻して併合しても米国は認めざるを得ない。だが、もっと根本的に考えるなら、独裁国である中国が民主主義の台湾を武力で併合することは決して許されない。その意味で、中国が台湾に侵攻するなら、米国は軍事力を使って台湾を守りたい」という趣旨と解読できる発言を行った。だがその後、米大統領府は「米国は、1つの中国の原則を支持する姿勢を変えていない」と軌道修正し、バイデン発言を無効にしてしまった。バイデン発言は「言い間違い」として報じられた。 (What's Behind Biden's Resolve to Defend Taiwan Against Beijing?) (Biden "Misspeaks" In Vow To Respond Militarily If China Attacks Taiwan, White House Walks Back) バイデンはこの9か月間に3回、同様の趣旨の発言を行い、そのたびに大統領府から「言い間違い」とレッテル貼り・訂正されてきた。要するに、大統領がいくら宣言しても、米軍が中国軍に戦争を仕掛けることはない。米国はこれから金融と覇権が崩壊していくのだから、今後ますます中国の敵でなくなる。米国が強い状態で台湾を傘下に入れ、中国が台湾を武力で併合できない事態が作られる可能性は今後さらに減る。台湾に兵器を供給する国もなくなって、台湾は防衛力が低下し、交渉で中国の要求を呑んでいかざるを得なくなる。それが見えているのだから、中国は台湾を威嚇するだけで侵攻しない。ロシアでも中国でも、複合大戦は露中非米側が米国側に勝っていく。 (White House walks back Biden Taiwan defense claim for third time in 9 months)
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