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巨大な金融危機になりそう

2022年10月17日  田中 宇

世界最大級の銀行であるクレディスイスが危険な状態になっている。欧州と米国を中心に、投資銀行など幅広い銀行・証券業務を手がける同行は、昨年春から連続して事業が失敗し、巨額損失に苦しんでいたが、今年の金利上昇で事態がさらに悪化し、大幅な経営改革が必要になった。事態の悪化が報じられた10月3日には、同行の株価が一時10%以上値下がりして史上最安値を更新した。その後、経営改革は成功するとの金融界の見通し(プロパガンダ発信)もあり、株価はやや持ち直したが、実のところ、クレディスイスをめぐる事態は悪化を続けているようだ。 (Credit Suisse: What Exactly Is Going On At The Global Investment Giant?

というのは、同行の経営難が報じられて株価が暴落した2日後の10月5日に、米連銀が中央銀行間の通貨スワップ取引を使ってスイス中銀に31億ドルのドル資金を供給し、1週間後の10月12日にはその2倍の63億ドルが米連銀からスイス中銀に追加供給されているからだ。63億ドルという金額は、1回の通貨スワップとして史上最大だった。中央銀行間の通貨スワップ取引は、どちらかの国の金融界が危険な状態になっているときに発動される。スイス中銀が、1週間しか間隔をおかずに2度の巨額ドル資金の供給を米連銀から受け、しかも2度目の金額が1回目の倍額になっている。これは、スイスの銀行界が急速な信用不安に陥っていることを意味する。こんなすごい信用不安の理由はクレディスイスの経営悪化以外にない。クレディスイスは、他の国際金融機関から資金を引き揚げられて巨額のドル資金を必要としており、事態は急速に悪化している。 (Cue Dollar Squeeze Panic: Fed Sends A Record $6.3 Billion To Switzerland Via Swap Line

マスコミは米スイス中銀間の異様な通貨スワップの急増について報じているが、クレディスイスの事態と結びつけて報じてはいない。「異様だが危険を示すものでない」といった感じの金融界(お仲間)のコメントをしゃらっと載せているだけだ。だが金融ブログの領域、たとえば10月13日のシーキングアルファの記事は「クレディスイスが破綻(a credit event)を起こしそうだから連銀がスワップでスイスに資金供給している。何らかの金融破綻が起きる。それはリーマン倒産に匹敵する規模かもしれない。資金供給の繰り返しは、事態が悪化しつつあることを示している」という趣旨を書いている。(この記事では、英国と日本も別の危険を抱えていると指摘している。英国は財政と国債の危機、日本は円安) (Things Are Breaking In Global Financial Markets) (Swiss National Bank makes another large draw on Fed swap line

昨年から続くクレディスイスの危機がここにきて悪化してとどめを刺しそうな事態の背景には、米連銀が(間違った)インフレ抑止策としてQTと利上げを続け、クレディスイスのような今夏から格付け低下・リスク上昇・悪いうわさ頻出の傾向にある金融機関の資金調達が困難・高金利・高コストになっていることがある。昨年までのように、QEとゼロ金利策で安い資金が大量にあった時代なら、クレディスイスも建て直ししやすかったが、今のように金利上昇と資金収縮が続いていると、経営再建や延命がどんどん困難になり、債務不履行などの破綻が近づく。クレディスイスは10月27日に経営再建策(リストラ案)を発表する予定だが、それまでもつのかどうか懸念がある。 (Everything's Fixed... Except What's Broken

今はまだ金融界がクレディスイスを敬遠し資金を引き揚げているだけだが、今後さらに事態が悪化すると、クレディスイスが潰れることに賭けて儲けようとするハイエナ勢力が金融界に現れる。彼らは2007年からのサブプライムローン債券の危機の時にも出現し、リーマンブラザーズが餌食にされて潰され、さらにCDSを広く手がける米保険大手のAIGも潰そうと動き、米当局が介入してAIGを守った経緯がある。あのときAIGが潰れていたら、金融危機で高騰していた何兆ドルというCDS(債券破綻保険)が不履行になり、金融システムがもっと崩壊していた。ハイエナ勢力は、金融機関だけでなく、金融システムやドル覇権まで潰して儲けようとする隠れ多極主義的な勢力だ。 (米金融界が米国をつぶす

すでに彼らはクレディスイスの周りをうろついているはずだ。今後もしクレディスイスが破綻したら、それは他の大手金融機関の連鎖破綻につながりうる。株価の下落と金利上昇で、米欧日の多くの金融機関で株と債券の含み損が増えている。昨年までの優良銀行が、今や優良でなく高リスクになっている。世界には「G-SIBs」と呼ばれる「金融の世界システムにとって重要な銀行」(大きすぎて潰せない銀行)が29行あり、クレディスイスはその一つだが、ドイツ銀行など、他のG-SIBsもかなり前から脆弱化が進行している。日本と英国の政府当局は、自国の銀行界が中長期的に持続困難なじり貧状態だと考えてきた。 (Banking crisis - the Great Unwind

リーマン危機でいったん破綻し、その後中銀群のQEとゼロ金利策で見かけだけ延命してきた米国中心の金融の世界システム(米金融覇権)が、今年からのQTと利上げ、露中など非米側によるドルと米国型金融からの離脱(金資源本位制への分離独立)により、崩壊・大収縮・終了していく感じが強まっている。クレディスイスの破綻は、他のG-SIBsや中小の金融機関の破綻へと連鎖し、リーマン危機が途中までやったがQEで止められていたドルと米金融覇権の崩壊の残りの部分が進行する可能性かある。G-SIBsには日本の3大銀行や、中国の国営銀行群も含まれる。クレディスイスが破綻したら、欧米だけでなく日本や中国の金融機関も危なくなる。大きすぎて潰せない銀行が潰れると、それは金融の世界システム(米覇権)の崩壊になる。 (Top Bank Strategist; It Is No Longer Science-Fiction To Say We Need A Systemic Reset) (Rising Rates Will Crash The Over-Leveraged Economy

システム危機になるなら、その前に米連銀など中銀群がQTと利上げの緊縮策をやめてQEとゼロ金利の緩和策を再開し、金融システムを延命・蘇生させるから大丈夫だ、と期待している人がまだ多い。金融界では、QE再開を目当てに株価の反騰が喧伝されている。だが最近の状況を見ると、緊縮から緩和への転換は簡単に起こらず、少なくとも金融危機がよっぽどひどくならない限り転換はないと考えられる。米国では先週のCPI発表で、年率8%以上のインフレが依然として続いていることがわかり、連銀内では「まだまだ利上げが必要だ」という機運になっている。実のところ、連銀が利上げしてもインフレがおさまらない理由は、利上げが足りないからでなく、インフレの原因が流通網の詰まりなど供給側にあるので利上げなど需要側の対策をやっても無効だからなのだが、連銀内や米政界は、道理が通らない間抜け(隠れ多極主義的)な集団思考に陥っている。 (FOMC Minutes Show Hawkish Fed Warn "Cost Of Doing Too Little Outweigh Cost Of Doing Too Much") (Markets Puke As CPI Sends Rate-Hike Odds Soaring

英国では、英国債の長期金利が危険水域の4%超まで急上昇し、英中銀が国債買い支えのQEを再開して事態を延命させたのに、それは先週末までで、今週からはQEをやめてQTと利上げの緊縮策を再開する。トラス英首相は、緊縮策を再開する代わりに、国債危機の原因となった減税策を撤回し、減税策を試みた責任を財務相になすりつけ、就任から1か月しか経っていない財務相を罷免した。トラスは、もっと上の勢力(米国側)から、QE再開は絶対ダメだ、すぐやめてQTと利上げを再開しろと厳命され、仕方なくQE再開を引っ込め、それだけでは国債金利が再び高騰して危機がぶり返すので、自分の減税策も引っ込めて財務相を罷免した。 (英国から始まった金融危機) (UK Chaos: Truss Sacks Kwarteng, Set To Unveil Major U-Turn On Tax Cuts

トラスは、自らの政治生命を守るため、QE再開を定着したかったはずだ。だがそれは禁じられ、トラスは代わりに自らの政治生命を縮める減税策の撤回をやらざるを得なかった。英国の経緯を見ると、米英の最上層部が、傘下の政府当局によるQTと利上げの放棄を阻止していることがわかる。QTと利上げは今後も続く。少なくともクレディスイスや他の銀行の危機がもっと悪化して顕在化してマスコミでリーマン危機の再来だと騒がれるまでは、事態を悪化させるQTと利上げが続けられる。 (来年までにドル崩壊) (破綻が進む英米金融



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