破綻が進む英米金融2022年10月2日 田中 宇世界の金融の中心だった英米の金融システムが崩壊し始めている。米国よりも市場規模が小さい英国で先に崩壊が進んでいる。英米など欧米全体は(米諜報界による流通網を詰まらせる策などによって)2021年春からインフレが激化し、今年に入ってウクライナ戦争での極度な対露制裁の跳ね返り(ブローバック)が加わり、欧米(など世界各地)で史上最悪のインフレや物不足になって悪化し続けている。欧米では、インフレの原因がゼロ金利やQEなど中央銀行群の超緩和策にあると間違って決めつけられ(本当の原因は流通網の詰まりと対露制裁)、英米(と英傘下のカナダ)の中銀群は今春から、金利の引き上げとQE停止・QT開始への流れを続けている。原因分析が間違っているので、利上げとQE停止をいくらやってもインフレはおさまらず、むしろインフレが激化している。英米中銀は、利上げ政策を2年続ければインフレが抑止されて2%に戻り、再利下げして成功裏に政策を完了できると言っているが、こうした計画は全くの絵空事だ。 (Bank launches emergency intervention in markets after Kwarteng mini-budget) (世界的なインフレと物不足の激化) 英米の金融システムはリーマン危機後、QEとゼロ金利によってバブル膨張の状態を延命させてきた。利上げとQE停止は、不可避的にバブル崩壊を引き起こす。加えて、ウクライナ戦争と対露制裁の長期化で、ロシアの石油ガス穀物に頼ってきた欧州や英国は、インフレと物不足の悪化で実体経済と国民生活が破綻している。欧米全体で、中産階級が貧困層に没落している。英国企業の6割が燃料高騰を受けて廃業寸前だ。英米は、金融システムと実体経済の両方が破綻する流れの中にいる。戦後の世界を支配してきた米英単独覇権の崩壊が進んでいる。 (UK government bonds: why are yields rising and why does it matter?) (Europe's Economy And Living Standards Are Plummeting) 英国の金融システムの崩壊は、9月末に顕在化した。9月6日に就任した英国のトラス政権は、実体経済の悪化に歯止めをかける目的で、減税を中心とする経済対策を9月23日に発表した。減税で人々の可処分所得を増やし、インフレが不況につながらないようにすることを目指したが、減税は政府の財政収入を減らし、赤字国債の発行増になる。英政府はすでにインフレ対策として国民に対する燃料費の補助金を公金で出しており、連続的な利上げによって国債の利払い金も増加し、財政支出は増えるばかりだ。トラス首相の英政府は、国債の元利払いがおぼつかなくなっているのに、さらに減税して赤字国債の発行を増やそうとしている。トラスは就任直後から国民や財界人に全く期待されておらず、世論調査によると英国民の51%がトラスに辞任を求めている。そして、トラスが打ち出した経済対策は、英国債を債務不履行に陥らせかねない愚策だった。 (UK 10-year bonds see record monthly fall after fiscal upset) (Majority of Brits want Liz Truss to resign - poll) そのため、週明けの9月26-27日に英国債が急落して長期金利が1日で1%も高騰し、英ポンドの為替も暴落して対ドルで史上最安値まで落ち込んだ。リーマン危機以来初めて長期金利が4%台になり、英国債の運用で資金を作ってきた年金基金が損失を穴埋めするために国債を投げ売りせざるを得なくなり、国債の暴落(金利の高騰)に拍車がかかった。こうした国債危機は、発展途上国や新興市場諸国では起きうるが、英国のような洗練された世界最先端の先進国では、起きるはずのないことだった。英国は途上国に落ちぶれたと揶揄された。英国債の暴落を放置すると、英政府が債務不履行に陥りかねないし、他の先進諸国に金融破綻が波及して世界危機になりかねない。英中銀は9月28日、無制限の資金を造幣して英国債を買い支えると発表し、この介入(QE再開)によって英国債の下落はとりあえず止まった。 (QE to infinity is back - What does that mean for commodities?) ("Forced Selling Of Everything" - UK Pension Funds Are Still Liquidating Assets, Seeking Bailouts) だが、この英中銀の介入にも問題があった。英中銀は、米カナダなどと並び、コロナ危機開始後にQEを急拡大して英国債をさかんに買い込んできたが、QEがインフレを引き起こしているとの(間違った)批判を受け、今春からQEをやめており、11月からQT(保有国債の減額)を開始することになっている。それなのに英中銀は今回、英政府救済のために無制限の英国債買い支えを宣言し、QEを再開してしまった。批判された英中銀は、今回の英国債買い支えは10月末までに終了し、11月1日から予定通りQTを開始すると発表した。トラス政権は、いったん発表した減税策を撤回せず、予定通り実行すると言っている。もし撤回したら、失策を認めることになり、トラスや財務相の引責辞任につながるので撤回できない。しかし、減税策をやりつつ11月に英中銀が予定通り臨時QEをやめてQTを開始したら、ほぼ確実に、英国債が再び暴落して金融危機を引き起こす。年金基金や銀行が破綻して英国民の生活がさらに打撃される。おそらく、英中銀はもうQTをやらず、QEを再開したまま、むしろQEを増額していく可能性の方が高い。英国は「QT組」から脱落した。 (Bank of England bonds rescue has two ugly implications: more inflation and an even weaker pound) (Ray Dalio says the U.K.’s policies ‘suggest incompetence’ and warns other governments not to make the same mistakes) QEはリーマン危機後に多用され始めた当初から、本当は破綻している金融システムを見かけだけ延命させる不正でインチキな策だった。少し前まで世界的に、マスコミ権威筋の歪曲解説によって、QEは奇策だがインチキ策でないと思われていた。だが今回、英国が国債破綻を止めて延命するためにQEを再開したことで、QEがインチキな策であることが露呈した(マスコミ権威筋は無視し続けるだろうが)。 (Bank of England intervention won’t be enough) ("Prices Must Come Down": Germany Redeploys COVID Cash To Fight Inflation) QEは不正な金融延命策だが、いま起きているインフレ激化の原因ではない。2008年のQE開始から2021年のインフレ開始まで、米欧日の中銀群はさかんにQEをやり続けたが、全くインフレにならず、むしろ日本などはデフレが続いていた。金融と実体経済のシステム間の分離が進んでいるので、金融システムに過剰資金を注入しても実体経済の物価が上がらない。QEはインフレの原因でない。だが(諜報界の多極派に牛耳られた)米英の上層部では、QEがインフレの原因として断定され、中銀群はQEをやめて資金回収のQTをやれと加圧されている。英中銀は、QEを続けてほしい英政府と、QEやめてQTやれと加圧してくる米国側などとの板挟みになる。 (Larry Summers Pre-Empts Coming Crash, Says Market Feels Like 2007) これまでの金融崩壊は、まず下位にある民間の高リスクな債券や株式の相場が暴落し、民間の崩壊が進むと上位の国債や銀行界の危機へと波及する(ので、その前に当局が介入して危機を止める)という「下から上へ」の破綻拡大の流れがふつうだ。少なくとも、英国のような先進国ではそうだった。だが、9月末に起きた英国の金融危機は、愚策な財政政策を打ち出した英政府に対する信用の失墜から英国債とポンド為替の暴落が起こり、株価の下落に拍車をかける「上から」の破綻拡大になっている。 (IMF criticizes huge UK tax cuts and urges a rethink) いきなり国債と為替が崩れるのは、民間金融の裾野が狭い新興市場の現象だ。トラス政権の経済政策は愚策だが、従来の平時なら、この程度の愚策でいきなり英国債が崩壊することはない。英国債が新興市場の国債さながらに弱っちく崩壊してしまう現状は、1985年の金融自由化以来構築されてきた英米金融覇権のシステムが崩壊しつつあることを示している。英米覇権は間もなく終わる。 (Why Bonds Are Behaving Like Risky Assets) (Calling The UK An Emerging-Market Is No Longer A Joke) 今回の英金融危機の背後には、覇権暗闘的ないくつかの要素がある。一つは、2月からのウクライナ戦争での対露制裁で、英経済が意外に大きな打撃を受けていること。マスコミでは、英国よりもドイツの経済打撃がずっと大きいように報じられているが、マスコミは英国の傀儡であり、実はドイツより英国の方が打撃を受けているのかもしれない。英国は、本音は中立を保ちたいドイツよりはるかに強くロシア敵視策をやっている。ロシアが複合戦争の経済分野で反撃しているなら、主たる標的は英国になる(対ドイツは、ロシア側に転向させるために痛めつける)。プーチン(と米諜報界の隠れ多極派)は、米覇権の黒幕として戦後ずっと米国にロシア敵視をやらせてきた英国を衰退させたい。英国のくびきから解かれれば、米国は元来の非覇権的な孤立主義(多極主義)に戻り、ロシアや中国と仲良くなる。 (Are We Falling As Rome Did?) 加えて、ジョンソン辞任の際の記事にも書いたように、英保守党内には、ネオコン系(英国を自滅させたい米国発の隠れ多極派の傀儡)と、ナショナリスト(自滅を防ぎたい英土着派)との暗闘がある。ジョンソンとトラスはネオコン系だ。ウクライナに対する過激なテコ入れや、中国敵視をやっているのもネオコン系だ、彼らに牛耳られ続けると英国は弱体化する。ジョンソンはナショナリストの反乱によって辞めさせられたが、自分の派閥のトラスを後任首相にすることに成功した。今回のトラスの経済失策(の反応として国債を暴落させたこと)は、トラスを引責辞任させたいナショナリストにとって好都合に見える。だが同時に、国債暴落は英国破綻の顕在化であり、トラスが辞めずに経済失策に固執して国債暴落を何度も再発させると英国は滅び、多極派に好都合だ。壊し屋と建て直し屋では、壊す方がやりやすい。 (英ジョンソン首相辞任の意味) (Pound Tumbles After Truss Signals No Reversal In Fiscal Stimulus Plans) 3つ目の要素は、英中銀のQT開始の直前に今回の危機が起きたこと。米連銀はリーマン危機から巨額のQEを続けており(総額8兆ドル)、QTで元に戻すのは難しい。対照的に、英中銀がQEを本格化したのは2020年のコロナ危機後であり、元に戻すことは不可能でなかった。だが、今回の国債危機でQT開始は困難になり、むしろQE再拡大に道が開かれた。QEが続いている状態でトラスの愚策が発せられたのであれば、英国債は暴落しなかった。今後の注目点は、米国も、今回の英国のように、何らかのきっかけで金融危機が起こり、その対策としてQTをやめてQEを再開するのかどうかだ。米英がQEを再開すると、金融覇権は延命し、その間、多極化は進まなくなる。 (London On Verge Of Losing Europe Market Supremacy) (Peter Schiff: Jerome Powell Still Thinks He Can Pull Off The Impossible) 米国債は、英国債のように暴落していないものの、米連銀の短期金利の利上げと、インフレ激化に伴って金利上昇(債券相場下落)が続いており、これに連動して米国株も下落し続けている。連銀は、予定より少額だがすでにQTを続けており、これも株や債券の下落に拍車をかけている。英国に続いて米国でも株や債券が暴落して金融危機になると、その対策として連銀がQTをやめてQEを再開するかもしれない。それが起きるのかどうかが注目点だ。米金融筋の中には、連銀のパウエル議長はインフレ対策としてQTをやり抜くと何度も強調しており、簡単にQE再開にはならず、その前に大規模な金融危機が起きると予測する人もいる。パウエルがQTや利上げに固執する頑固な姿勢をとるなら、米国の金融破綻、ドルや覇権の崩壊は前倒しされて早めに起きる。 (This Looks A Lot Like the Dot-Com Bust With One Big Difference - Inflation) (Nomura: When Does The Fed "Blink"? ) 中国政府は先日、国有銀行群に対し、ドルを売って人民元に換金しておけと命じた。これは、人民元の国際化策の一環として報じられているが、実のところ、間もなくドルが崩壊するのでその前に手放せという話かもしれない。 (Beijing orders state banks to get ready for massive dollar dump - Reuters) 英米はQEをやめてQTと連続利上げに転じているが、EUの欧州中銀(ECB)はもっと消極的で、QEを減額したがQT開始は未定、利上げも8月に始めたばかりだ。日銀はもっと消極的で、いまだに従前通りのQEを続け、金利もゼロのままだ。QEはインフレの元凶だと勘違いしている人々からすると、ECBや日銀は「悪」だ。だが実のところ、QEはインフレの原因でない(だから日本はQEを続けてもインフレ上昇が欧米より緩やかだ)。日銀やECBがQEを続けていることは、今のように英米の金融崩壊が加速している時には、むしろ英米の破綻を日欧に波及しにくくする現実的な良策となっている(最終的な金融破綻は免れないが)。今は円安ドル高だが、英国の金融危機が米国に波及すると、ドルの信用が低下して円高ドル安に戻るかもしれない。 (The 'market riot' won't stop until the Fed pivots from quantitative tightening, Societe Generale strategist says)
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