英国から始まった金融危機2022年10月12日 田中 宇中央銀行の介入によっていったんおさまっていた9月末からの英国の国債危機(長期金利の危険な上昇)が再発している。今回の英国債危機は、9月初めに就任したトラス首相の英国新政権が、石油ガス高騰への対策としての公金による補助金支出と、景気対策としての減税(政府歳入の減少)を同時にやる政策を発表し、国債発行が急増して国債が売れなくなるとの懸念から、9月下旬に英国債の長期金利が上昇し、危険水域である4%を越えたことて危機になった。英中銀は9月28日、国債を無限に買い支えると発表する債券市場介入を行い、いったん危機は去った。 (破綻が進む英米金融) だが、英中銀の国債買い支えは、以前のQEの時とやり方が異なっていた。以前のQEは、英中銀が事前に決めた総額まで、金利(国債価格)を勘案せずにどんどん買っていくやり方で、中銀が介入するほど国債価格が上がる(金利が下がる)ので、金融界は大喜びで中銀に国債を売った。国債金利の引き下げ(政府の国債利払い額を減らすこと。国債価格のつり上げ)がQEの目的の一つだった。 (米連銀がQTをやれない理由) 対照的に今回の買い支えでは、英中銀が、市場の国債価格(金利水準)とほぼ同じ条件で「無限の買い取り」を宣言している。これまでの金融相場の悪化により、市場の国債価格はすでにかなり低く、銀行や機関投資家は今の国債価格で売ると損が出るので売りたがらない。先行きが不透明な(多分もっと下がる)ので買い手もおらず、市場が凍結したまま危機が深まっている。そんな中、英中銀が市場価格とほぼ価格で「無制限に買い取るよ」と声高に叫んでも、誰も売りにこない。英中銀が「無制限に債券を買い支える」と発表した直後は、「それはすごい。これで相場は安定する」と皆が考え、一時的に国債価格が反発し、金利が下がった。だが、買い支えの条件(価格、金利)が悪く、誰も売りたがらないとわかると、この策のインチキさが露呈して金融危機がぶり返し、金利が再上昇した。9月28日から10月10日の間に起きたのは、そういう話だった。10月10日、10年もの英国債の金利が再び上昇して危険水域の4%を越え、危機がぶり返した。 (Bank Of England To Global Markets: 'You Have 3 Days To Sell All The Things') (BoE's New Support Plan Fails As UK Gilt Yields Explode Higher) 10月11日、英中銀は国債買い取りの総額枠を倍増すると発表した。英国の長期金利は少し下がった。しかし、買い取りの条件は変えなかったので、依然として誰も売りにこなかった。英中銀の国債買い取り策は10月14日までの期限つきだ。英中銀のベイリー総裁は10月11日に「国債を売るならあと3日間しかないよ」と述べた。早く売ってください、という意味なのだろうが、条件が悪いので売れないままだ。ベイリーの表明はむしろ「英中銀が国債買い取りをやめた後の10月17日からの来週に、金利が再上昇して金融危機がぶり返す。その前に国債を売った方が良いよ」という示唆に見える。ベイリーは、英国の金融システムがとても不安定になっていることを認めた。来週、英国で債券危機がぶり返し、株安やポンド安が再演される可能性が高い。 (BoE's Bailey Sparks Market Chaos With Pension Fund Threat) (BOE Expands Bond Buying Program Amid Historic Bond Rout To End "Fire Sale" And Halt Market "Dysfunction") 債券危機は英国だけでなく、米国でも起きている。最近、米国での社債発行を予定していた優良企業3社が発行を延期した。債券危機が起きそうな中で新たな社債を発行すると、売れ残って金利高騰(債券危機)の引き金になりかねないので、債券発行が難しくなっている。すでに事態は金融危機に入っている。 (Credit Market Cracks Start To Appear As Three Companies Sideline Investment Grade Bond Sales) (もっとひどくなる金融危機) 10月7日には、英中銀の副総裁(Dave Ramsden)が「インフレ抑止が最重要の課題であり、インフレを止めるために今後も金利を引き上げ続けねばならない」と表明した。利上げを続けるほど、債券金利も上がり(債券価格が下がり)、債券危機がひどくなる。危機がひどくなるほど、金融機関が破綻し、政府の国債利払い額が増えて財政破綻に近づき、高金利が企業の経済活動を圧迫して不況が拡大し、失業が増える。住宅ローン金利の上昇が人々を苦しめる。しかも、以前から書いているように、欧米のインフレの主因は中銀群による過剰造幣やQEでなく、実体経済の流通網の詰まりと、ウクライナ戦争の対露制裁による資源類の高騰が主因であり、中銀群が利上げやQTを続けてもインフレは抑止できない。 (Interest rate rises only way to tame UK inflation, warns Bank of England deputy governor) (No Pivot? BOE Says Rate Hikes Will Continue – Inflation Must Be Stopped) それなのに英米の中銀群は勘違いし続け、インフレ対策だと言って利上げとQTを続け、金融システムと実体経済を自滅させている。英米でも金融界や産業界は、利上げとQTが経済を自滅させる超愚策だと知っており、中銀群が近いうちに超愚策をやめて利下げやQE再開へと転換するのでないかと期待している。だが、市場が期待する転換はなかなか起こらない。米国の最上層部が、米英の中銀群に対し、インフレ対策としての利上げとQTを厳命し、中銀内や金融界、産業界、政界などから反対論がいくら出ても方針を曲げず、米英中銀に利上げとQTを続行させている。 (Top US bank issues grim prediction – CNN) 英政府としては、英国の国家と経済を自滅させる利上げやQTを続けたくないだろうが、米国の最上層部からの厳命なのでやらないわけにいかない。この「米国の最上層部」はおそらく、ウクライナ戦争で欧米に過激な対露経済制裁をやらせ、欧米を自滅的な資源不足とインフレの経済破綻に陥れている「多極派が牛耳る米諜報界」と同じものだ。一昨年から左翼の労組などを動かしてストライキなどで米欧の流通網を詰まらせ、インフレを悪化させてきたのも米諜報界だ。彼らの目的はドルと米覇権の破壊であり、米英の金融システムが完全に壊れるまで中銀群に利上げやQTを続けさせたい。中銀群が方向転換して利下げやQT再開を開始するとしたら、それは遅すぎる事態になってからだ。 (米英覇権を潰す闘いに入ったロシア) (世界を多極化したがる米国) 欧州と日本の中銀群は、利上げやQTが金融と経済の自滅につながると知っているのでやらず、ゼロ金利やQE継続に固執している。欧州中銀は少し利上げをやらされ、対露制裁で自滅させられてもいるが、日本はいまだにゼロ金利で、対露制裁もなんちゃってのやるふりだけだ。日本は米覇権の中枢から遠く、多極化した際に中国の属国になって中国の発展を助けそうなので、米諜報界の多極派からお目こぼしされている。欧州もそれに近い。米英は、まだまだ利上げとQTを続けさせられる。このままいくと10月から11月にかけて金融危機が悪化していき、ドル崩壊の兆候が増す。 (来年までにドル崩壊) (意外と正しい日銀の円安放置) 10月11日には、米連銀のバーナンキ元総裁らにノーベル経済学賞が与えられることも決まった。バーナンキは、いま米覇権とドルを自滅させつつある元凶のQEを、連銀総裁だったリーマン危機後に急拡大した「悪の張本人」だ(バーナンキ自身の発案でなく、米上層部の隠れ多極派がバーナンキにやらせたのだろうが)。バーナンキが急拡大したQEの尻拭いに失敗して米国が自滅しつつある時に、バーナンキにノーベル経済学賞の栄誉が与えられる。金融界で現状の本質を知る人々はあきれている。だが、マスコミは本質を何も報じない。この大馬鹿な展開はおそらく、ノーベル賞や経済学やマスコミの権威を失墜させるために意図的に行われている。コロナ対策や地球温暖化対策の超愚策が、医学や科学の専門家の権威を失墜させるために行われてきたのと同じ流れだ。金融やドルだけでなく、各種の権威の面でも、米覇権を自滅させる大がかりな策略が展開している。 (Ben Bernanke And Two Others Win Nobel Prize In Economics For Crisis Research)
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