世界を多極化したがる米国2022年9月19日 田中 宇ユーラシアの非米諸国が中露の主導で結束する上海協力機構の年次サミットが中央アジアのサマルカンドで開かれ、プーチンと習近平が会談して米国の覇権衰退を宣言した。トルコやサウジアラビアなど、多くの国が列をなして上海機構に加盟を希望している。世界は、戦後80年近く続いた米国覇権が崩壊し、中露印など非米諸大国が肩を並べる多極型の覇権体制に転換しつつある。多極化が進んでいる。ウクライナ開戦後、露中など非米諸国は世界の資源類の過半を握って優勢になり、自滅的な対露制裁で資源の調達先がなくなった欧州は経済破綻している。米国は間違ったインフレ対策によるQT(中央銀行による金融市場からの資金吸い上げ)で金利が上昇し、バブル崩壊が進行中だ。米国の世界システムが崩壊し、それに頼らない非米諸国が台頭している。多極化は非米化でもある。 (‘Samarkand Spirit’ to be driven by ‘responsible powers’ Russia and China) (資源の非米側が金融の米国側に勝つ) 私は2003年のイラク戦争あたりから「米国の上層部(諜報界)に、こっそり米国覇権を自滅させて世界を多極化したがっている勢力(隠れ多極主義者、隠れ多極派)がいるようだ」と考えてきた。米国はイラク戦争で占領の泥沼にはまって失敗して国際信用・覇権を低下させたが、イラク戦争は大義名分(イラク政府の大量破壊兵器保有)が濡れ衣だった上に、戦略が稚拙で、政権転覆後への準備もなく、開戦前から大失敗するとわかっていた。米国はなぜ、失敗するとわかっていながら、過激で稚拙なイラク戦争を挙行したのか。米国側(米英欧)は結局、石油ガスなどイラクの利権を得ることもなく、その後イラクの石油ガスを開発した主力はロシア中国イランといった「敵方」の非米諸国だった。イラク戦争前、中東の大半の諸国が米国と仲良くしたがっていたが、今では多くの国が米国より中露を重視している。かつて対米従属一本槍だったサウジアラビアは今、ロシアと組んで米欧に売り惜しみ、石油価格をつり上げている。米国の覇権は明らかに低下した。 (ネオコンは中道派の別働隊だった?) (Weeks after Biden's fist-bump, Saudi Arabia continues to taunt America) 911後のテロ戦争、イラク戦争、イランに濡れ衣をかけ続けた核問題、シリアやリビアの内戦など、米国の中東戦略の多くは「未必の故意」的な失策だ。その結果、中東は非米化し、中露イランが台頭し、世界の多極化を加速している。米国が過激で稚拙な失策の繰り返すのは、自国の覇権を自滅させて世界を多極化したいからでないか。私はそう考えるようになり、その仮説で国際情勢を見ると納得できる部分が多いこともわかった。私は「米国は、覇権を自滅させたがる隠れ多極主義だ」と分析するようになり、妄想屋とみなされたが、その後も米国は覇権が自滅し続けた。妄想屋は、米国覇権が永久に強いと報じるマスコミ権威筋の方だった。 (田中宇史観:世界帝国から多極化へ) 米国は2008年のリーマンショックで金融自由化以来の四半世紀のバブル膨張・債券金融システムが崩壊し、その後はQEで延命しているものの、いずれもっとひどく再崩壊する。米覇権は安保と経済の両面で崩壊に向かっている。トランプは覇権放棄屋で、多極主義的な大統領だった(多分2025年に再登板する)。2020年からの新型コロナの都市閉鎖やワクチン義務化の超愚策は、米英独豪など米国覇権を担う諸国を特に打撃し、隠れ多極主義的な政策だった。そして、今年始まったウクライナ戦争は、同時期に始まったQTとあわせ、米覇権崩壊と多極化の流れの最終段階と感じられる。 (China Enjoys Energy Bonanza As NATO Sanctions Against Russia Fail) (リーマンを救済せず倒産させて危機を悪化させたのは多極派の謀略だったと考えることもできるが、07年のサブプライム危機からの一連の流れを見ると、リーマンの倒産を回避してもひどい金融崩壊になったと推測され、全体としては謀略でなく、崩壊すべきものが崩壊した感じだ) (米金融界が米国をつぶす) 米国(米英)の単独覇権体制は終戦から80年近く続いてきた。その間、米国側のマスコミ権威筋は、世界の安定や繁栄のために最良なのは米単独覇権体制だという「解説」(と称するプロパガンダ)を流し続けた。だから、私の隠れ多極主義の分析に対しては「覇権維持が米国と世界の最良策だ。米国が自らの覇権を自滅させて世界を多極化したいと思うはずがない」という反応が多い。しかし歴史的に見ると、終戦直後に米国が作った国連安保理常任理事国(P5)体制など、米国は単独覇権(米英覇権)でなく、中露を包含した多極型の分散覇権体制で世界を運営しようとした。 米英覇権主義と多極主義の相克は、第2次大戦で英国がドイツに負けそうになっていた時に、当時中立国だった米国が英国に、覇権を譲渡してくれるなら大戦に参戦して勝たせてやると持ちかけた時に始まった。19世紀初頭のナポレオン戦争から2度の大戦まで、英国が世界の覇権を握っていた(列強体制を活用し、他の列強諸国も頑張らせて覇権を効率運用していた)。米国(を動かしていたNYの資本家)は、第一次大戦前から、英国や列強が世界の大半の地域を植民地化して、それらの地域の経済発展を阻害している帝国主義体制が不満で、列強による中国の分割を阻止した。植民地を独立させて発展への道を解放した方が世界経済が長く繁栄する(資本家が儲かる)。そのため米国は、英国から覇権を譲り受け、新たに国際連合を作ってそこに覇権をもたせ(覇権の機関化)、国連の最上層部に多極型のP5を置き、国連が植民地の独立や戦争防止策を担当する新世界秩序を作ることを決め、英国からの覇権譲渡のために世界大戦に参戦した。米英は戦勝し、ヤルタ会談やカイロ会談が開かれて多極型のP5が構成されて国連が作られた。世界はいったん多極化した。 (米国の多極側に引っ張り上げられた中共の70年) 英国は、世界に対する影響力が低下するので多極型の覇権体制に反対だった(資本と帝国の相克は英国内でも産業革命以来ずっと続いてきた)。それまで150年間の覇権運営の経験を持っていた英国は、覇権運営の初心者である米国に手ほどきする名目で、覇権運営のために新設された米国の諜報界に入り込んで牛耳った。そして、ソ連や中国は共産主義で危険だから味方でなく敵であるという冷戦思考を米上層部に広め、P5や国連内でソ中・社会主義陣営と、米英など自由主義陣営が対立するように仕向け、国連を機能不全に陥らせ、代わりに冷戦体制を構築した。英国系の米諜報界は、北朝鮮の南進を誘発して朝鮮戦争を起こし、冷戦体制を確立した。英国が冷戦を起こして米国を乗っ取ったことにより、米国が作った多極型の世界体制は、米英覇権の西側と、米英敵視の東側が対立する冷戦体制に取って代わられた。 (資本の論理と帝国の論理) 冷戦体制は思想面で「リベラル思想や民主主義を持った米英主導の西側が、独裁や権威主義の東側に勝たねばならない。世界をリベラル民主主義で席巻せねばならない」というリベラル主義に裏打ちされ、多くの人がこの思想につられて動員された。リベラル主義は、米英の同盟関係や覇権体制を思想的に支えてきた。東側に覇権の一部を与えて協調する多極型体制は、リベラル思想の敵であり、危険な共産主義を容認する「容共」だったので強く否定された。戦後の米国でリベラル主義を標榜していたのは民主党だった。共和党は保守を標榜したが、こちらも反共であり、しかも米英覇権体制の推進役となった軍産複合体とのつながりも強かったので、共和党も多極型体制を敵視していた。 だが実際の歴史を見ると、中国やソ連との対立を解消して冷戦体制を崩したのはニクソンとレーガンという共和党の政権だった。いずれも、表向きは反共主義や軍事費増強(軍産複合体との親密性)を維持しながら、実際に推進したのはニクソンの米中関係正常化や、レーガンの冷戦終結という、冷戦体制=米英覇権体制の破壊、米中正常化による中国の経済発展・台頭への誘導、東西ドイツ統合とEU国家統合への誘導(欧州を世界の極の一つに仕立てること)などの多極化策だった。共和党は、表向きの共産主義敵視や軍産との癒着の下に、多極化や、米英覇権体制(米国の覇権運営が英国に乗っ取られている状態)の破壊を目指す動きを秘めている。共和党は「隠れ多極主義」の政党といえる。国連(多極型世界組織)の創設や、キッシンジャーをニクソン政権に送り込んで米中正常化を推進した黒幕としてロックフェラー家が知られており、ロックフェラーは隠れ多極主義であると言えるが、彼らも共和党支持である。共和党の隠れ多極主義的な傾向はロックフェラー(などNY資本家群)に起因しているとも考えられる。 (ニクソン、レーガン、そしてトランプ) 冷戦後、ブッシュ(子)やトランプも共和党の政権だったが、彼らも隠れ多極主義的だった。ブッシュは911後、新冷戦的なテロ戦争を開始し、米単独覇権主義を標榜しつつ軍産複合体に猛烈な台頭を許した。それは一見、米英覇権主義のように見えるが、ブッシュ政権の戦争を担当した「ネオコン」たちは、軍事行動や覇権主義を過激に稚拙にやり続けることで半ば意図的に失敗を誘発し、米国の覇権を崩壊させた。ブッシュ政権は、英国の忠告を無視して過激で稚拙な策をやり続けて覇権を浪費した。これは、中東や中央アジアにおけるロシアと中国の覇権拡大につながり、世界を多極化した。ネオコンのブッシュ政権は、表向きの単独覇権主義の下で、未必の故意的な覇権自滅策をやっており、まさに隠れ多極主義である。 (ネオコンと多極化の本質) トランプも、NATOやG7を軽視する半面、ロシアへの接近を試みており、覇権放棄屋の多極派である。トランプは、中国との経済関係を切る「米中分離」も進めたが、これはトウ小平以来、米国の覇権下で経済成長してきた中国を米国離れ・非米化の方向に押しやるもので、その後のウクライナ開戦後の現在の中露の非米的な経済結束につながっている。トランプはイラン核協定を破棄したが、これも中露がイランを取り込んで非米的に結束を強めて台頭する多極化につながっている。 (好戦策のふりした覇権放棄戦略) 米国が、表向き反共主義・覇権拡大的な政権転覆策や戦争を、稚拙に過激にやることで意図的に失敗し、結果的に米国の覇権を自滅的に低下させ、中国やロシアなどの台頭につなげるというネオコン式の隠れ多極化策の源流はベトナム戦争である。戦争の舞台になったベトナムなどインドシナは、旧フランス領だった。もしこれが旧英国領だったら、米国が泥沼の戦争に陥る前に英国が米国の策に介入して出口戦略がとられ、覇権自滅が防止されていただろう。フランスが放棄したインドシナの共産化を防ぐ名目(朝鮮半島のようにベトナムを南北分割し、中国近隣の南ベトナムに米軍が居座る構想)で、米国が勝手に(英国は不参加)稚拙に過激に軍事介入して案の定失敗し、戦争終結を有利に進めるためのやむを得ない策と称して、インドシナに隣接する中国にニクソンが訪問して和解し、冷戦体制に風穴を開ける多極化策にした。のちのブッシュ政権のネオコンは、ベトナム戦争の隠れ多極化策を中東で踏襲した観がある。 (歴史を繰り返させる人々) 隠れ多極主義の共和党と対照的に、クリントンやオバマなど戦後の民主党政権は、米英覇権体制を強化しようとした。クリントンは、英ブレア政権と組んで米英金融システムの債券化を加速し、米英が金融面で世界を支配する経済覇権体制を構築した(1997年からのアジア通貨危機で崩壊させられ、2000年のITバブル崩壊後、サブプライム活用の金融バブル再膨張と、その再崩壊である08年のリーマン危機で金融覇権は終わった。その後もQEで表向きだけ延命しているが、今春からのQTでそれも終わりつつある)。オバマは、前任のブッシュ(子)が自滅させた米国覇権の立て直しを画策した(諜報界にシリアとリビアの内戦を起こされ、ISISを作られて立て直しを阻止された)。 今のバイデン政権も民主党だが、やっていることは覇権自滅的なことばかりで、立て直しを目指すのが民主党政権だという見立てと矛盾している。その理由は、米諜報界を牛耳る勢力が、以前の米英覇権派から多極派に交代してしまっているため、誰が大統領になっても覇権自滅的な流れにしかならなくなっているからだろう。オバマは覇権立て直しを目指したがシリアやリビアを内戦にされて失敗した。当時すでに米諜報界は多極派に乗っ取られ、大統領の言うことを聞かなくなっていたと考えられる。その後の覇権放棄屋トランプの政権で諜報界はますます多極派が席巻し、そのままバイデン政権に突入した。資源類を握った露中イランなど非米諸国の台頭を加速させているウクライナ戦争は、隠れ多極主義の最高傑作といえる。ハンガリーの親露大統領オルバンによると、ウクライナ戦争は2030年まで続きうる。多極化の傾向がずっと続くことになる。 (Ukraine conflict could last until 2030 – Orban) (米諜報界を乗っ取って覇権を自滅させて世界を多極化) 米諜報界は戦時中に新設された当初から、英国勢に入り込まれている。米英諜報界は一体のものになっている。近年、米諜報界を席巻した多極派は、そのまま英諜報界にも入り込んでいる。英国は覇権自滅屋に牛耳られた。その結果、2016年の英EU離脱決定あたりから、英上層部(諜報界)は米国系の多極派に牛耳られ、英国は自滅的な策を多発している。ゼレンスキーに肩入れしすぎていることや、最近のトラス首相の就任がそうだ。 (米国が英国を無力化する必要性) 米英覇権体制下で洗脳されてきた人々は「人類にとって最良なのは米英覇権体制だ。中露が台頭する多極型などうまくいくはずがない」と言うだろう。「米国が世界を自由に支配できる単独覇権体制を自ら破壊して、敵である中露に覇権を分散譲渡する多極化をやりたいはずがない」という考えも強い。そのような軽信者たちのために、米諜報界は、コロナ独裁体制や対露戦時体制を使い、米欧の社会状況をどんどん悪いものにしていっている。米国は、インフレ激化と貧富格差増大、犯罪増加、違法移民流入、2大政党支持者間の対立激化などで「住めない社会」に成り下がっている。ドイツなど欧州や英国も似たようなものだ。現時点で、おそらくドイツよりロシアの方が住みやすい状態だ。人類にとって最良なのは米欧でない。米英覇権体制は世界を悪化させている。そういう話にするために、多極派に牛耳られた諜報界が活躍してインフレや犯罪増加、とんでもリベラル政策のゴリ押しによる混乱増、コロナワクチンの永久連打、妄想に基づく自滅的な温暖化対策などを推進している。(日本はこっそり非米側なので、社会が自滅させられていない) (California Governor Signs 'Most Aggressive' Package Of Green Laws) (ロシア敵視で進む多極化) 米英覇権体制は、米国にふさわしい戦略でない。いったん覇権を米国に譲渡した英国が、その後逆に米国を牛耳って採らせてきた戦略だ。米国は、英国の傀儡にさせられた。覇権初心者の米国は、覇権維持策を稚拙に過激にやってわざと失敗して覇権を自滅させるやり方で、英国の隠然支配を振りほどこうとしてきた。米国は、残虐な戦争や汚い手法での政権転覆などを次々とやって、世界から自国への信用を落とし、覇権を自滅させようとしてきた。だが、そのたびに英国勢(諜報界)が支配してきたマスコミ権威筋が米国の信用低下を食い止めるプロパガンダを世界に流布し、人々の多くがそれを軽信し、米国の覇権はなかなか下がらなかった。米国側はかなり前から実体経済が悪化しているが、株価や経済統計が粉飾され、経済が好調なことになっていた。米英覇権体制の方が世界は繁栄するという歪曲話が流布され、うまい歪曲話を思いつく者ほど権威ある経済専門家になれる。 (ひどくなる経済粉飾) (米金融覇権の粉飾と限界) 米英覇権体制は終戦時の開始から80年近く経っている。すでに米国の上層部も覇権維持派ばかりであり、多極派など表向きは皆無だ。しかし実際の覇権運営策の立案実行に際しては、多極化につながる未必の故意的な失策が連発され、この四半世紀、米国の覇権低下が続いてきた。表向き米英覇権派として振る舞っているが実は多極派という「逆スーパーマン」みたいなのが諜報界のあちこちにいるのだ。露中が送り込んだ二重スパイ、とも考えられるが、露中は米英に見破られない二重スパイを多数送り込めるほど巧妙な国々でない。多極派は、P5体制の国連を作ったころから続く米国の土着勢力と考えられる。 英国系は詐欺のプロだ。プロパガンダや歪曲話を人々に軽信させるのがうまい(米国は覇権詐欺の最初の被害者だ)。歪曲を取り去って考えてみると、多極型より米英覇権の方が良いという従来の「常識」が崩れていく。米英(米欧)は、覇権を維持するために新興諸国や途上諸国の発展を阻害し続ける。新興・途上諸国の人々にとっては、米英覇権より多極型の方が繁栄を得られる。世界的な覇権を維持せねばならない米英覇権体制の方が、米英が無理をする場面が多く、戦争が多くなる。多極型は均衡を維持している限り、大きな戦争が起こりにくい。 (多極化の目的は世界の安定化と経済成長) 中露はウイグルやチェチェンなど周辺民族を弾圧するので多極型はダメだと言う人がいそうだが、戦後弾圧した民族の人数で言うと米英側の方がはるかに多い。イランやトルコはクルド人を弾圧するだけだが、米英イスラエルは中東支配策としてクルド人を洗脳してイランやトルコに歯向かわせ、長い紛争を引き起こしてきた。イラントルコと米英イスラエル、より悪いのはどちらか。米英側の悪事は報じられず、敵である中露イランなどの悪事は誇張・喧伝される。私は中露イランをえこひいきしていない。そう思えるとしたら、これを読んでいるあなたが米英側に洗脳されている。
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