米金融覇権の粉飾と限界2017年6月8日 田中 宇前回の記事「米国消費バブルの崩壊」で、雇用などに関する米政府の経済統計が粉飾されているのでないかという、私が以前から提示している疑念をあらためて書いた。あの記事を配信した直後、鋭い経済ブログであるゼロヘッジが「2008年から16年までに米国で増加した新規雇用674万人のうち、94%にあたる630万人分が、本物の雇用の増加でなく、雇用統計を算出する際に使う、企業などの新設と廃業に関するシミュレーションの計算式モデルの係数や数式を見直すことによって捻出されていた」という指摘を掲載した。 (米国消費バブルの崩壊) (93% Of All Jobs "Created" Since 2008 Were Added Through The Birth/Death Model) この指摘は、米投資会社のモーニングサイドヒル・キャピタルマネジメントの調査によって判明した。私は以前にも同様の指摘を米国発の記事で見たことがあるので、全く新規の暴露ではない。米国の雇用統計は、すべて実数で計算するのでなく、企業など雇用主の増減を、統計学の「出生死亡モデル(創業廃業モデル、Birth/Death Model)」で計算している。03年まで、今よりずっと企業活動が活発だったが、モデルの変更による雇用増はほとんどなかった(つまり当局が雇用統計を捏造していなかった)。だが、リーマン危機直後の08以降、毎年50万から90万人分の雇用増がモデルの変更によって生み出されている。実際の企業活動は、リーマン危機前よりはるかに低調だから、モデルの変更は現実に沿ったものでなく、捏造目的である疑いが濃い。 (THE US JOBS MARKET: MUCH WORSE THAN THE OFFICIAL DATA SUGGEST ) リーマン後の雇用増の94%が、実際の雇用増でなく、統計を算出する際の「みなし」の部分の変更だった、ということだ。リーマン後の実際の雇用増は、ほとんどゼロだったことになる。米政府はこの間ずっと、雇用の堅調さを、景気回復の根拠として喧伝してきた。実際の景気は、ほとんど回復していなかったことになる。プーチンの仲間たちでなく、米国の政府やマスコミこそ「偽ニュース」を垂れ流している。 (偽ニュース攻撃で自滅する米マスコミ) (The US Jobs Market Is Much Worse Than The Official Data Suggest: The Full Story) 統計モデルの無根拠な変更によって、実際に起きていない事象が起きているかのように見せる統計数字を発表し続け、現実をねじ曲げたウソを世界の人々に見せ続け、政府がやりたい利権絡みの政策をやるという点で、米国の雇用統計の歪曲は、地球温暖化をめぐる歪曲とやり口が同じだ。温暖化問題では、英米の研究所が作ったコンピューター・シミュレーションの気候変動モデルによって、長期的な地球温暖化は間違いないことと結論づけている。このモデルを作成運用している英米専門家間の電子メールが暴露された09年の「クライメートゲート」で、このモデルに現実を歪曲する要素が加えられている疑いが一気に高まったのに、マスコミや政府間では、それが全く無視されている。 (地球温暖化めぐる歪曲と暗闘) また、米国の投資顧問会社デボンシャー・リサーチの最近の調査によると、米国のCPIなどインフレ率の指標は、政治的、経済的な理由から、値上がりが大きい品目を意図的に指標から外したり、当局がインフレの効果を調整するいくつかの指数を操作することで、実態の3分の1ほどの低さに過小評価されている。これも、事実だとすれば、雇用統計(や温暖化)と同様の捏造手口だ。インフレ率が高いと発表されると、その分が長期金利に上乗せされる傾向となり、金利が高くなるほど価値が下がる債券の値崩れを引き起こし、政府の国債利払い額も急増する。だから、インフレ率を低めに見せる工夫(歪曲)がありうる話になる。 (Consensus of the Contrarians) (Devonshire: True Inflation Is Three Times Higher Than Officially Reported) 最近はもうひとつ、米国の株式相場の先行きに対する投資家の懸念の大きさを示す指標(恐怖指数)とされるシカゴ取引所のVIXが、意図的に操作されていることを、米テキサス大学の2人の研究者が指摘している。VIXは、米国の平均株価S&P500の先物のオプション取引価格から算出されている。先物は、現物の株価の先行きを予測して買われるので、それを前提に、VIXの数値が上がるほど、今後の株価の変動が大きいと投資家が懸念していることを示しているとみなされる。 (Manipulation in the VIX?) テキサス大学の2人によると、その日のVIXの値が決まるシカゴ時間の午前8時15分の直前に、S&Pオプションの取引量が急増する傾向がある。この急増を精査したところ、一般のリスク回避目的のオプション取引でなく、VIXの数値を意図的に操作するために取引している疑いが濃いという。VIXは最近、史上最低の9ドル台をつけ、株式投資家のほとんどが、史上最高値を更新し続ける株価の先行きに懸念を持っていない、つまり今後も最高値の更新が続くと投資家たちが考えていることの「証拠」とされている。しかし、この「証拠」は、一部の投資家がVIXを不自然に操作して作り出したものである疑いが強い。投資家の間では、以前から、VIXは操作された数値だという指摘があった。 (VIX Trading, Hoaxes and Blockchain) ▼相場上昇の原動力は日欧中銀のQEのみ。日銀は金相場も抑止 これまで何度も書いてきたように、米国など先進諸国の株価や債券価格は、日本とEUの中央銀行が続けているQE(通貨を大増刷して債券や株式を買い支える)策によって吊り上げられている。米国の雇用が拡大して景気が良いから株が上がると報じられているが、すでに書いたように、雇用統計の改善は当局の捏造だ。景気が回復しているのだから株価の上昇は当然で、だから投資家は先行きを懸念しておらずVIXは史上最低まで下がったとも喧伝されているが、VIX指標も不自然に引き下げられている。大がかりな歪曲体制が何年も続いている。ウソもつき通せば信用される、みたいな感じで、人々の多くが、本当に景気が回復しているのだと勘違いしている。 (ひどくなる経済粉飾) 相場の動きから推測するに、日銀はQEで増刷した資金を使って、米国債の相場を引き上げ、金地金の国際相場を引き下げている。リーマン後の2010年以来、為替相場が円高ドル安になるほど、10年もの米国債の相場が上がる(金利が下がる)傾向で、両者の間に強い相関性が見られる。日銀や公的年金基金などが、円高になるほど強い円を使って多くの米国債を買い支え、米国債金利を引き下げている。昨秋までは、日銀のQEによって、1ドル=103円前後、10年もの米国債利回りが1・5%戦後の水準に固定されていた。昨秋の米大統領選挙後は、為替が113円前後、金利が2・4%前後で固定されている。日銀のQEは、円ドル為替の固定化と、米国債金利の上昇抑止の役割を果たしている。 (SocGen Angered By "Stupidly Strong" Correlation Between Yen And Treasury Yields) ここ数年、円ドル為替は、金相場とも高い相関性を維持している。金地金が高騰すると、円の対ドル為替も上昇する。ドルに対する国際的な不信感が広がると、円と金地金が買われ、その動きを抑えるために日銀がQEの資金で介入し、ドル高円安と地金安を演出している感じだ。金地金は、不換紙幣であるドルの究極のライバルであり、金相場を先物を使って下落させておけば、ドルの信用失墜を先送りするちからになる。 (Gold $80 Off Lows May Be 'Tip Of Iceberg', But Beware The Yen) こうした日銀の動きは、ドルや米国債の強さに象徴される米国の金融覇権を、裏から守ってやる、対米従属の「忠臣」的な動きだ。さすが「忠臣クロダ」だ。日銀は、自らのバランスシートを肥大化=不健全化させつつ、米国債やドルを延命させている。いずれこの延命策は限界に達し、米国の金融覇権の低下が起きるが、その前にまず日本の円や国債の破綻が起きるだろう(ドルは基軸通貨なので世界に支えられているが、日本の円はそうでない)。殿様が死ぬ前に、まず忠臣が(配下の無辜無知の臣民を巻き添えにしつつ)力尽きて死ぬ。これぞ「サムライ」のあるべき姿だ。美しい(阿呆)。 (陰謀論者になったグリーンスパン) (米国と心中したい日本のQE拡大) (The Coming Central Bank Crisis) トランプは選挙戦中、QEなど中央銀行の政策を批判していたが、当選後は逆に、株高、債券高をもたらすQEを自分の人気取りのために積極的に使うようになった。安倍首相がトランプと会って「意気投合」した後、日銀は、政策委員会の審議委員の中に2人いたQE批判者(佐藤健裕、木内登英)を7月の任期末で更新せずやめさせることにした。政策委員会は9人の参加者の全員が、QEに賛成する(間抜けを演じる)イエスマンになった。それまでは、QE反対者を少数派として入れておくことで、日銀は、自分たちが間抜けでないことをわずかに示していた。 (米連銀の健全化計画にひそむ危険性) だが、おそらくトランプから、日銀が全力でQEを続けてドルや米連銀を守ってほしい、そうすれば日米同盟は安泰だ、と頼まれた安倍が、忠臣ぶりを示すため、日銀の審議委員を全員イエスマンにすることにしたのだろう。新しい日銀の審議委員の2人は、2人とも、日銀のQEとゼロ金利策に対し、利ざやの縮小に悲鳴をあげる銀行界を代表するかたちで強く反対して「国債市場特別参加者」から抗議の辞任をした銀行界の主導役、三菱東京銀行の出身だ。トランプと三菱に媚を売る人事というわけだ。日本はトランプの踏み台となり、国益そっちのけで、通貨と国債の力を喪失していくことになった。 (リーマン危機の続きが始まる) 日銀や欧州中央銀行(ECB)は、米連銀が手がけるべきQEを肩代わりし続けている。リーマン危機で崩壊した債券市場に資金を注入して延命させるため、まず米連銀が5年ほどQEとゼロ金利を続けたが、その結果連銀の勘定=バランスシートが不健全に4倍以上も肥大化し、ゼロ金利と相まって、基軸備蓄通貨としてのドルの信用を喪失させかねない。短期金利が2%ぐらいないと、世界の資金運用者がドル建てで資金を置いておく利得を感じられなくなり、基軸通貨の地位が危うくなる。 そのため、米連銀は14年秋にQEをやめて日欧中銀に肩代わりさせるとともに、金利を引き上げていく局面に転じた。連銀は今秋(たぶん9月)から、バランスシートを縮小する過程に入る。基軸通貨であるドルの健全性が何より大事ということで、米連銀は日欧に汚れ仕事=QEを続けさせ、自分だけ健全性の再獲得にいそしんでいる。 (Five Questions About the Fed's $4.5 Trillion Balance Sheet) これで、日欧中銀がQEを永遠に続けられるのなら問題ない。だが、バランスシートの肥大化は、日欧中銀を不健全な状態にしている。加えて、債券発行が米国ほど活発でない日欧では、中央銀行がQEで買い支える国債が不足しがちだ。欧州では、ドイツ国債が不足する事態がひどくなっている。欧州では、健全性を何より重視するドイツの政府や中銀が、ECBのQE継続に強く反対し続けている。ECBは今年4月から、毎月のQEの買い支え総額を800億から600億ユーロに減らした。来年以降は、ECBがQEを続けるかどうかも決まっていない。 (The ECB Has Almost Run Out Of German Bonds To Buy) 日銀も、買える国債が減り、表で忠臣ぶりを示しつつ、こっそり買い支えの減額をやっている。日銀はQEで毎月80兆円ずつ日本国債を買い支えるはずが、今年3月から毎月60兆円分しか買っていない。日欧ともにQEの限界が見えてきている。 (Both ECB And BOJ Are Just Months Away From Running Out Of Bonds To Buy) ▼最後まで米国の金融覇権延命に尽力するのは日本だけ 日欧中銀は、自国の国債を買い支えにくくなる半面、米国債に対する買い支えを増額せざるを得なくなっている。昨年来、中国など新興市場諸国で金融バブルが崩壊し、各国政府が下落傾向の自国通貨を防衛するため外貨準備を減らし、それによる米国債の売却が起きている。この米国債を日欧の中銀群が買い支えているため、昨年までは年に8000億ドル分を日欧中銀で買い支えれば債券相場を維持できたのが、今年は1-4月ですでに1兆ドルが買い支えられており、このまま行くと年額3・6兆ドルの買い支えが必要になると、バンカメが概算している。 (Central Banks Injected A Record $1 Trillion In 2017... It's Not Enough) 6月6日、中国当局が、それまで売り放ちの傾向だった米国債を、今後は買い増す方向だ、米国債が再び魅力的な投資先に見えてきたとブルームバーグ通信にリークし、米国債の相場が急騰した。これが口だけでなく実際の米国債の再購入につながるなら、日欧中銀の負担は緩和される。この発言は、米国と中国の間の政治的な駆け引きの絡みで発せられたものだろう。中国は、米国債を安定させてやる見返りに、国際政治上の何らかの見返りを得ることになる。 (China Ready to Buy More Treasuries as Yuan Stabilizes) 日欧は、米国覇権の永続を望んでいるので、米国のために献身的なQEを続けている。だが中国は、今の習近平政権になって、米国の単独覇権が崩れて中国が東アジアの覇権国となる多極型の覇権体制に移行していくことを、国家戦略に織り込んでいる(一帯一路やAIIBがその象徴)。中国は、日欧と異なり、米国債を買い支えて米国覇権の延命に協力する気がない。だから、何らかの見返りのために米国債を買ってやると中国が言っても、それは長期的な米国債の安定に貢献するものでない。 先日のG7では、メルケルとトランプが対立して不仲になった。メルケルはG7後、米英は信用できない、EUが対米自立すべき時がきた、と発言した。CFRのリチャード・ハース会長が、これは戦後の世界体制の崩壊だと言って騒いだ。その後メルケルは発言を方向修正したが、ドイツが英国のEU離脱決定後、安保上の対米自立を意味するEUの軍事統合を急いで進めているのは事実だ。ドイツは、米連銀の傀儡であるECBのドラギ総裁を無力化したがっている。ECBがいつまでQEを続けるか不透明だ。その前にユーロの崩壊感が急増するかもしれない。その場合も、ECBがドル延命に力を貸す度合いが急減する。 (Merkel Signals New Era for Europe as Trump Smashes Consensus) (英離脱で走り出すEU軍事統合) G7やNATO首脳会議でのトランプと他の先進諸国の首脳との齟齬、トランプのパリ条約離脱宣言の後、先進各国がトランプの米国との距離を置く発言を次々に発している。カナダの外相は先日、安全保障面での対米依存を減らす必要があると公式に発言した。先進諸国が米国の覇権運営に協力する戦後の国際協調主義の世界体制が、急速に崩れている。この傾向は今後も続く。 (Canada Says It Will Chart Its Own Course, Apart from U.S.) 先進諸国間の国際協調体制が崩れる中で、QEによる米国金融システムの延命に最後まで尽力するのは日本だけだ。それも、今後何年も続けられるものでない。今年じゅうは維持できても、来年はかなり危ない。米連銀の事態に詳しい元下院議員のロンポールは今年初め「1年半から2年以内に、リーマン危機を超える金融危機、バブル崩壊が発生する」と予測している。次の危機が起きる時は、中央銀行群による延命策が尽きた時だから、危機を救済できる勢力が誰もいない。全人類的に大きな経済被害が出る。 (Ron Paul warns of imminent economic collapse to be blamed on Trump instead of the Fed) (Ron Paul Warns: "Second Financial Bubble Going To Burst Soon... Even Trump Can't Stop It") 今回は株価の「トランププット」(軍産がトランプをいじめると株が下がる)まで書き進めたかったのだが、そこまで到達できず、巨視的な中央銀行の話をまたもや延々と書いてしまった。毎度書きたいことが多すぎて長文で申し訳ない。トランププットなどについてはあらためて書く。
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