米国消費バブルの崩壊2017年6月4日 田中 宇4月分の米国の個人消費支出が、4か月ぶりの高い増加率である前月比0・4%増になったと、米商務省が5月30日に発表した。失業率が低下し、米国民の所得が前月比0・4%増えたため、消費も増えたと報じられている。消費は、米経済の7割を占める大黒柱だ。米経済は、製造業などでなく、国民と企業と政府の消費で支えられている。消費が米経済に占める割合は増加し続けている。数年前は6割だった。消費が経済の大黒柱である点は、日本など他の先進諸国も同じだ。米国の消費増は、米国の景気回復につながっていると報道されている。 (U.S. Consumer Spending Rose 0.4% in April) (Americans consumer spending, incomes grew solidly in April) だが、このような短期的な指標と裏腹に、長期的に見ると、米国の消費は減っていく傾向だ。米国民(や日本など先進諸国の人々)は、自分たちの将来の経済状態に対する懸念が大きくなっている。今後、現在ある雇用の何割か(米国で4割、日本で2割)は、ロボットなど自動化機能に代替され、それらの仕事についていた人々は失業する。この予測的現象は広く報じられており、それだけでも人々の消費心理に影響を与える。 (America’s Rich Get Richer and the Poor Get Replaced by Robots) (Mnuchin "Not Worried" About Robotization Of America's Workforce Despite Shocking New Report) (When robots take routine middle-class jobs, those workers drop out of the workforce) 統計上の失業率は低下傾向だが、失業期間の長期化や求職活動の停止などで統計上の「失業者」の範疇から外れた失業状態の人が多いままだ。16歳以上の米国民のうち、その手の人の比率(労働参加率の逆)は、00年の33%から、現在は37%に増え、この2年ほど横ばい状態だ。米国の実質的な失業率は発表されている4%台でなく、10-20%だ。若者世代(ミレニアル世代)は長期失業の人が多い。 (Labor force participation rate May 2017) (America Shouldn't Expect a Job Boom Anytime Soon) 先進諸国を中心に、世界の年金基金が今後30年間に支払うべき年金のうち、400兆ドル分が資金の手当がついておらず、年金が支払われない可能性が大きいと、ダボス会議の事務局が最近まとめている。先進諸国の若者の多くが、自分たちは掛け金だけ取られ続け、年金をほとんど受け取れないだろうと覚悟している。年金基金の破綻は近年顕在化してきた。年金を受け取れないなら、自前の貯金を増やしておくしかない。人々が日々の消費を切り詰めるのは当然の傾向だ。米国民の74%が、定年後も働き続けざるを得ないだろうと考えている。 (World's Major Economies to Come up $400 Trillion Short on Retirement Savings) (We’ll Live to 100 – How Can We Afford It?) (Most U.S. Employed Adults Plan to Work Past Retirement Age) 米国や日本など多くの国で、失業率が低下しても実質賃金がほとんど上がらない。多くの人が、働いているのに生活はぎりぎりだ。米国民の44%は、貯金が400ドル以下しかなく、その日暮らし的な状態だ。米国は統計上、86ヶ月連続の雇用増だが、最も増えているのは低賃金な飲食業だ。 (A Quarter Of American Adults Can't Pay All Their Monthly Bills; 44% Have Less Than $400 In Cash) 将来への懸念と現状の悪化から、米国(など先進国の多く)で、人々は消費を削り、所得が増えない中で、なんとか貯金しようとしている。米国ではこれまで30年間、貯蓄より消費を重視する生活態度が推奨されてきたが、それは変わりつつある。米国はもう二度と旺盛に消費する国に戻らないという趣旨の記事をFTが出している。 (US consumers’ trust deficit is permanent) ▼経済の大黒柱である消費がかげり、小売店がつぎつぎ閉店。なのに景気回復?。どう見てもウソ。 米国(や日本など)の政府が発表する、雇用や経済成長、消費、インフレなどの経済指標は、リーマン危機後、粉飾されている疑いが濃厚になっている。マイナス0・2%ぐらいのものをプラス0・4%に底上げすることが可能だ。冒頭に書いた、米政府発表の消費や雇用の4月分の数字も怪しいかもしれない。実体経済を見ると、5月に入り、米国では大手の小売店がどんどん倒産している。小売業の企業は、紙おむつから清涼飲料まで、売上の悪化を発表している。米国の消費は、明らかに悪化している。 (From Diapers to Soda, Big Brands Feel Pinch as Consumers Pull Back) 米国では4月以降、大手小売業の倒産や経営難が相次いでいる。全米に1200店舗を持つ洋品店「ルー21」が5月16日に倒産申請し、同じく約1200店を展開する子供服の「ジンボリー」は6月1日に支払不能(不渡り)になった。百貨店のシアーズも倒産寸前だ。債券格付け機関のフィッチは、シアーズなど11社の大手小売店が、経営難がひどくなっており、1年以内に倒産する可能性があると発表している。 (Brick-and-Mortar Retail Meltdown Has a Busy Month) (Clothing Retailer Rue21 Files For Bankruptcy, Many More On Deck) WSJ紙などによると、米国の小売業は今年、前代未聞な勢いで閉店している。米国の小売店は、30年前から続く消費ブームや低金利、クレジットカードの普及などの中で店舗を増やし続け、他の先進国に比べ、店舗数が多すぎるバブル状態になっていた。(国民一人あたりの小売店面積が、米国は24平方フィート。英国の5倍。豪州の2倍ある) (Dollar General Accounts For 80% Of All New Store Openings In The US) 今回、消費者のネット通販への移動もあり、小売店バブルが崩壊し、未曾有の閉店の急増となっている。小売店は、かなり値下げしても売れない状態だ。WSJ紙は、ネット通販だけを小売店不振の理由にしているが、前出のFTの記事と合わせて読むと、賃金伸び悩み、年金破綻など将来懸念の拡大で、米国の消費者が消費しなくなっていることも大きな理由であるとわかる。 (Brick-and-Mortar Stores Are Shuttering at a Record Pace) 小売業だけでなく、実体経済全体に、株価の絶好調と全く対照的に、不況の傾向が急速に増している。ニューヨークの破産管理の裁判所によると、今年に入って企業の倒産申請が急増している。今年1-3月期に、倒産・会社再建の手続きである連邦破産法の11条申請は前年比3倍となり、外国企業の倒産申請である15条申請は前年比7倍となっている。 (Shocking Admission From NY Bankruptcy Judge: "Chapter 11, 15 Filings Have Exploded") 米国の小売業の中でも、閉店や縮小でなく、新規出店して拡大している店もある。米国では今年に入り、1041店舗が新規開店している。だが、そのうちの8割、810店舗が「ダラージェネラル」など、最も貧困な層の人々に向けた経営をしている、貧困層向けの小売店だった。08年以来、米国では約7800の店舗が開店したが、そのちの76%を占める6千店弱がダラージェネラルだった。 (Dollar General Accounts For 80% Of All New Store Openings In The US) この傾向を見ると、米国の大多数の人々は、報じられる好景気と対照的に所得が減って生活が落ち込み、中産階級のための店で買い物をする人が減り、代わりに貧困層向けの安売り店舗に行くようになっていると感じられる。米経済の7割は消費であり、消費の大部分は従来、中産階級による購入だった。中産階級が貧困層に転落し、小売店の未曾有の閉店や倒産が起きている。閉店や倒産の増加は、失業を増やし、人々の所得が減り、消費が減退し、さらなる閉店や倒産につながる。 (This Economy Is Ruined For Many Americans ) 米経済は、景気回復でなく不況が悪化していると感じられる。だが、政府発表の経済指標やマスコミの経済分析は、米国の景気が回復基調にあると喧伝している。株価は最高値を更新している。フィッチが今後倒産しそうな11社の筆頭に入れた百貨店のシアーズの株価は5月25日、発表された赤字幅が予測より少なかったという理由で25%高騰した。 (Sears just surprised Wall Street with a narrower-than-expected loss; shares jump 25%) マスコミでは「景気が回復しているので株価が上がっている」ことになっている。だが、私が見るところ、これは米政府とマスコミと金融界がグルになって前から続けている大ウソだ。株価や債券が上がるのは、日本や欧州の中央銀行がQE策によって、巨額に造幣して買い支えているからだ。経済指標は、マイナスなものを微妙に操作してプラスの値を出している疑いがある。 (ひどくなる経済粉飾) (米株価は粉飾されている) ▼米国の消費覇権が崩壊し、代わりの消費役がいない無極な事態に 株価がどこまで上がるか、いつ反落するかは、日欧の中銀群がいつまでQEを続けられるかにかかっている。実体経済の悪さと、金融市場の見掛け上の好調さとの乖離がひどくなっている。市場参加者のほぼ全員が上昇傾向に賭けているが、しだいに多くの投資家が、近いうちに株価が暴落するのでないか、リーマン以上の金融危機になるのでないかと懸念するようになっている。 (Former Fed Governor: The Last Time I Saw Such Uniformity Of Opinion Was Just Before The 2007 Crash) 小売店の相次ぐ閉鎖は、商業不動産価格の下落、不動産担保債券の元本割れと破綻につながる。すでにリーマン危機後、全米各地の商店街(モール)ががら空きになり、モールごと放棄される事態が増えている。モールへの投融資債権が破綻するはずだが、それは破綻連鎖を防ぐ必要がある金融界によって、ゼロ金利を活用する形で再融資(ロールオーバー)され、ゾンビ状態で延命している。この事態も、いずれQEが終わると破綻が表面化する。 (金融バブル再崩壊の懸念) 米国の消費バブルの崩壊として最近起きているもうひとつの事態は、自動車市場の崩壊だ。米国では、リーマン危機後の超低金利時代に、企業がリース契約した自動車が急増した。何年かのリース契約終了後、自動車を中古車として売って利益を出すことができた。だが今年に入り、そうしたリース物件の自動車が大量に中古車市場に放出され、米国の中古車価格が急落している。中古車が値下がりすると、新車の価格も値下がる。 (Perfect Storm Hits Used-Car Values: The Foundation Of The Auto Industry Is Faltering) (What Is America Going To Look Like When Stocks, Home Prices And Even Used Cars All Crash By At Least 50 Percent?) だが、消費者が買い控える中で、安くなっても売れ行きが悪く、通常は60-70日分が健全であるディーラーの在庫が、100日分を超える過剰在庫の事態になっている。個人向けの「サブプライム自動車ローン」の破綻も始まっている。米国の動車バブルが崩壊している。トランプが米国を製造業の国に戻したくても、商品が売れなければうまくいかない。フォードは世界的に従業員の1割削減を発表した。 (GM Auto Inventory Hits 10 Year High: Most Since November 2007, One Month Before The Recession Started) (Debt pile-up in US car market sparks subprime fear) 米国の消費バブルの崩壊は、単に米国という一つの国の話で終わらない。米国は戦後ずっと、覇権国の責務として、世界中の製造業者が作った商品を旺盛に買って消費し続け、世界経済に成長をもたらす「消費覇権国」として機能してきた。賃金の伸び悩み、労働参加率の低下、年金の破綻、米国の貧富格差の増大、住宅ローンやクレジットカードなど消費者に対する資金貸付による消費増加機能の行き詰まりといった事態は、米国の消費覇権国としての機能を失墜させている。 (経済覇権国をやめるアメリカ) 米国では、大量消費の主役だった中産階級が減少しており、おそらく二度と増える傾向にならない。米国だけでなく、先進国の全体で、貧富格差が拡大し、中産階級が危うい存在になっている。日本でも、増加している派遣社員は、年収の低さから考えて、中産階級でなく貧困層だ。いずれ米日欧の中央銀行のQEのバブルが崩壊すると、さらにこの傾向が増す。これは、米国の経済覇権の終わり、米欧日主導の戦後の世界経済モデルの終わりを意味する。 欧米日に代わって、中国やインドなどの新興市場諸国で中産階級が増えていくと、新興市場諸国の消費が増え、米国の経済覇権が終わっても、経済覇権が多極化することで、世界経済の成長が維持できる。だが今のところ、新興市場諸国の貧富格差は先進国よりひどい。最近の記事に書いたように、中国経済は、今のバブル潰しの政策が終わるまで不安定な状態が続く。経済の多極化がうまく進む見通しがない。世界経済は、消費の主導役がいないまま無極的な状態で、成長鈍化やマイナス成長が続くことになる。 (中国の意図的なバブル崩壊)
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