金融バブル再崩壊の懸念2014年7月16日 田中 宇7月9日、米連銀(FRB)が6月定例理事会の議事録を発表した。米経済の「回復基調」が続くなら、ドルを大量発行して米国債や社債を買い支える量的緩和策(QE3)を今年10月にやめると、同理事会で決めていたことが明らかになった。連銀は、毎月のQE3による買い支えの規模を100億ドルずつ減らしており、7月に350億ドル、8月に250億ドル、9月に150億ドル買い支えた後、10月にゼロにする。 (Federal Reserve likely to end QE stimulus program in October) (米連銀QE縮小で増すリスク) これまで何度も書いているように、米経済の「回復」は、統計や報道で粉飾されたものだ。株価など金融相場だけ上がっているが、米国の実体経済はマイナス成長だ。米国の元財務次官補のポール・クレイグロバーツによると、今年1-3月の米国の実体的な経済成長率はマイナス2・9%だ。5・5%ポイント分が粉飾されているという。 (As the Fed Runs Out of Bullets, Local Governments Are Stepping In -Ellen Brown) (米雇用統計の粉飾) (揺らぐ経済指標の信頼性) 米国の長期的な電力需要を見ると、1990年代から06年ごろまでは電力需要が増加傾向だったが、その後は横ばいから微減の傾向だ。06年ごろといえば、米国でサブプライム債券崩壊からリーマン倒産につながる危機が始まる直前だ。電力需要は、長期的な経済の実体を赤裸々に示す指標だ。従来、中国政府の経済統計を信用しない分析者たちは、中国の電力需要を見て実体的な経済動向を探ってきた。米国の電力需要が微減傾向にあることは、米経済が前回のバブル崩壊後、マイナス成長を続けていることを示している。米国の経済指標は「中国並み」に信頼性が低い状況だ。 (What Is Power Consumption Telling Us About The US Economy?) 米国では、商業モール(テナント式のデパート、専門店街)の閉鎖が全米で続いている。郊外型の商業モールだけでなく、都会の中心街のモールも潰れ、あちこちでモールの廃墟が出現している。中産階級向けの商品の売れ行きが悪化する一方で、インフレ統計から外されている食料品などの価格高騰が続いている。フルタイム雇用がパートタイム雇用に切り替わることによる賃金の実質的な減少と相まって、中産階級の生活苦が増している。米経済がマイナス成長でも不思議でない。 (Goodbye, Malls of America) (Gallup Slams Lid On Hopes for US Economy) 連銀のQE3が市場にカネ余り状況を作り出し、大企業は低金利で簡単に起債できる。起債して資金を作っても本業の事業で使い道がないので、自社株を買い戻し、株高を引き起こしている。大企業の資金調達の増加が景気回復の象徴であるかのように報じられているが、調達された資金は実体経済を押し上げていない。報道は意図的に間違った解釈を流している。債券の利回りが人為的に低く抑えられているので、投資家は運用利回りを上げようとリスクを無視してジャンク債を買いあさり、ジャンク債の需要が高まって低金利に拍車がかかっている。 (Stock Buyback Shocker: Companies Using Secured Bank Loans To Repurchase Stock) (強まる金融再崩壊の懸念) 米連銀は今年初めからQE3を縮小している。減らした分だけ、別の方法で金融市場をテコ入れせねばならないが、その役割を担っているのがバブルの拡大だ。10月にQE3が終わった後は、米経済の表面上の(金融のみの)活況を維持するためにバブルの膨張に依存する度合いが増す(以前に指摘した、連銀が裏でこっそり米国債を買い支える方法もあるが)。バブルの総規模は、前回の金融危機前のバブル時よりも大きくなっている。 (金融世界大戦の実態) (嵐の前の静けさ続く金融システム) バブルの膨張は本来、連銀など中央銀行が阻止すべき現象だ。しかし、連銀はこれ以上QEで自分たちの資産状態を悪化させられない。やってはいけないバブル膨張の扇動や看過に頼らざるを得ない。連銀のイエレン議長は先日、IMFでの演説で、バブルを潰すのは連銀の仕事でないという趣旨の発言を行った。金融市場はこの発言を受け、連銀がバブル膨張を容認してくれると好感して上昇した。金融の乱痴気騒ぎが続いている。 ("Unsustainable Real Estate Bubble Is Inflating," Mortgage Bankers tell FICO) (Is The Fed Going To Attempt A Controlled Collapse?) バブル膨張に依存して好況の粉飾を続ける連銀の策に対し、連銀内から警告が発せられている。国際決済銀行(BIS)は、連銀や日銀など、先進諸国の中央銀行が、バブル膨張を煽っていると批判している。金融バブルが大きくなるほど、その後のバブル崩壊時の金融危機がひどいものになる。バブルの総量は、すでに前回リーマン危機前よりもかなり大きくなっている。すでに今あるバブルを崩壊させたらひどい危機になるので、バブルの追加的な膨張を看過して、少しでも長く経済を延命させるしかないというのが、今の連銀の態度だ。 (Fed Officials Growing Wary of Market Complacency) (`Euphoric' capital markets are out of step with reality, warns BIS) 金融当局の内部からもバブル再崩壊の懸念が表明されていることから考えて、今年中に再崩壊がおきても不思議でない状態だ。逆に、崩壊せずしばらく膨張が続く可能性もあるが、金融崩壊へのリスクが高まっていることは確かだ。ロシアや中国が、中露敵視策を続ける米国の覇権を金融面(ドルや米国債)から潰した方が良いと考えていることも加わり、米国の金融崩壊が近づいている感じがする。 (Keynesian Yellen versus Wicksellian BIS) EUは先日、ユーロ圏諸国の銀行行政の統合(銀行同盟)を1年早め、今年末までに統合を本格化することを決めた。慎重だったドイツ政府が、早期進展に態度を変えた。ユーロ圏の銀行が経営難に陥った場合、各国政府でなくEUが対策を決定するようになる。同時に、これまでEU各国では、銀行が破綻した場合、公金(税金)を使って銀行を救済し、預金者をできるだけ保護する「ベイルアウト」の政策を採っていたが、来年以降、ユーロ圏では、銀行が破綻した場合に大口預金者や債権者にも損をかぶらせる「ベイルイン」の政策を採用する。 (Germany gives green light for banking union plans) (Germany OKs plan to make creditors prop up banks) ドイツ銀行やクレディスイスなど、欧州大陸の大手機関の中には、リーマン危機前の金融膨張する米国に積極進出し、当時は儲けたものの、リーマン危機後、不良債権を抱えたまま何とか延命しているだけのところがある。今後、米国の金融界が再崩壊したら、これらの前回のバブルまみれの欧州の大手銀行もあぶなくなる。ドイツやEUが銀行行政統合を早め、救済する当局側の規模を拡大して強化し、同時にベイルイン制を導入したことは、きたるべき金融再崩壊への備えであるとも読める。今後のバブル崩壊の規模がリーマン時よりかなり大きいと予測される以上、政府が公金で破綻銀行を救済しようとすると手に負えなくなる。大口預金者に損をかぶらせるベイルインが必要になる。 (Germany Blesses "Bail-In" Deposit Confiscation Plan For Failing EU Banks) ベイルイン方式は、昨年のキプロスの金融危機の時に初めて導入された。当時すでに金融関係者の間で、これから世界的に、金融破綻への対策の中心はベイルインになっていくだろうとの予測が流れていた。米国は金融界が政府を牛耳る国なので、大口預金者に損を強いるベイルイン方式は、まだ正式な政策になっていない。しかし米政府の財政赤字は、健康保険や公的年金などの隠れ赤字を含めると数十兆ドルで、欧州大陸よりずっとひどいので、次のバブル崩壊時に米政府による銀行救済は、リーマン倒産時に比べてはるかに限定的になり、ベイルインが必須になる。日本の金融機関は、90年代のバブル崩壊後、官僚によってリスクの高い経営を禁じられており、銀行破綻の懸念が米欧より低い。しかし日本を含め、世界的に今後は銀行破綻時のベイルインが主流になり、銀行預金が従来より安全でない資金の置き場になっていくだろう。 (Bail-out Is Out, Bail-in Is In: Time for Some Publicly-owned Banks) 米国の金融バブルが崩壊した場合、欧州だけでなく、中国やブラジル、トルコなどの新興市場諸国も、金融崩壊を起こすとの指摘がある。これらの諸国は近年、世界で債券発行などによって資金調達する額が増えたので、米国のバブルが崩壊して金利が上がると、民間の借金の利払いが増えて経済難に陥る懸念がある。 ('Word economy is as vulnerable now as it was in 2007 before the crash': Global bank watchdog in warning over soaring debts) (BIS chief fears fresh Lehman from worldwide debt surge) 中国は今、新興市場諸国の中で、債券の国際発行額が突出して多くなっている。中国企業の世界での起債総額は、08年に10億ドル以下だったのが、昨年は92億ドル、今年はすでに169億ドルも発行している。新興市場全体の起債に占める中国勢の割合は、昨年の6%から、今年は25%に増えた。米連銀がQE3で煽ったカネ余り現象を受け、中国企業に投資したい外国投資家が増え、その資金が中国の不動産投機にも流れ込んでいる。米国のバブル崩壊は、中国にも悪影響を与える。 (China financials dominate in EM debt issuance) とはいえ歴史を見ると、リーマン危機後の世界的な需要減を受けて中国の輸出産業の景気が悪くなったものの、中国経済は7%以上の成長を続けている。中国経済は、株や不動産の投機の相場が潰れても、経済全体にあまり影響がない。中国政府は近年、米国のカネあまり扇動策で中国に資金が過剰に流入し、不動産や株の国内バブルが膨張するのを嫌がり、金融を抑止する策をとってきた。最近は、ドルでなく人民元で中国と取り引きしたい米企業が急増している。米国のバブル崩壊は、中国にとって過剰な資金流入が止まる利点がある。 (The Number Of US Firms Willing To Trade in Chinese Yuan Has Tripled This Year) 今回、中国などBRICS諸国は、相互の金融危機に対処するための、IMFの機能に代わるBRICS開発銀行の設立を決めた。これはBRICSが、ドルや米国債の破綻から自分たちを隔離しようとしていることを意味する。今のタイミングでの銀行設立は、EUの銀行行政統合と同様、米国のバブル再崩壊への準備とも考えられる。 (BRICS against Washington consensus) 次のバブル崩壊時には、先進諸国と新興諸国(BRICS)が、別々の国際救済構造を持つことになる。BRICS開発銀行は、BRICS以外の新興諸国を救済することを掲げていない。しかし今回のブラジルでのBRICSサミットに際し、ロシアのプーチンと中国の習近平が相次いで、米国の裁判所によって国債の債務不履行の危機に立たされているアルゼンチンを訪問している。BRICSは、加盟国でないアルゼンチンが、米国からの金融攻撃で潰されそうになっているのを助けるかもしれない。 (Argentina looks to China and Russia for support) ロシアは石油ガスの輸出で食っていける。国債発行の必要がない。今後、米国がバブル再崩壊するとしたら、その時に中国やロシアをめぐる注目点は、中露自身の経済が崩壊するかどうかでなく、米国のバブル再崩壊を奇禍として、中露が米国の覇権を潰す動きをするかどうかだ。 (Russia to Suggest Creating Energy Association During BRICS Summit - Kremlin)
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