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強まる金融再崩壊の懸念

2014年1月27日   田中 宇

 世界のいくつかの新興市場が危険な状態になっていると指摘されている。1月23日、アルゼンチンで通貨当局が通貨ペソを防衛しきれなくなり、ペソの対ドル為替は数時間で15%も暴落し、同時に株価も12%下がった。アルゼンチンの危機は、同国と密接な経済関係を持つ隣国のブラジルに感染するのでないかと指摘されている。同日は、トルコや南アフリカの通貨も5%前後急落した。 (Argentina: Bad to Worse

 アルゼンチンなど、新興市場諸国の金融市場が急落しそうな最大の理由は、米国の連銀(FRB)が、08年のリーマン危機以来断続的に続けてきた、ドルを大量発行して米国債からジャンク債までを買い支える量的緩和策(QE)を、今月から縮小するからだ。QEは米国で強い資金余剰(金あまり)の状態を作り出し、余った資金が高利回りな世界各地の新興市場に投資され、新興市場の金融の活況を作り出していた。昨年末、連銀が資産状況の悪化に耐えられずにQEの縮小を決め、金あまり状況の解消が予測される中、新興市場諸国から資金が流出し始めている。 (Carry theory steamrollered in Argentina

 1月15日には世界銀行が「(米連銀や日銀など)先進諸国の中央銀行が量的緩和策を唐突に縮小して最悪の事態になった場合、新興市場に流入していた資金の8割が流出に転じ、世界経済に大打撃を与える」と警告していた。特に、国内資金の対外投資や輸出に比べて海外からの資金の国内投資や輸入が多く、経常収支が赤字の国、赤字でなくても巨額の資金流入を受けた経常黒字の減少が急だった国は危険だとされる。昨年からトルコ、南アフリカ、チリ、インド、インドネシアの新興市場諸国が「脆弱な5カ国(Fragile Five)」と名指しされたが、最近はそれにブラジル、ハンガリー、ポーランドを加えて「不安な8カ国(Edgy Eight)」と呼ばれている。 (`Fragile Five' becomes the `Edgy Eight'

 反政府運動による政治危機が続くタイやウクライナも資金流出が起きており、政府が資金不足になって国債を返済できずデフォルトするかもしれないと指摘される。タイの国債デフォルトで始まった1997年の「アジア通貨危機」の再来を思わせる。 (Thai Default Risk Soars as Funds Pull $4 Billion

 とはいえ97年のアジア通貨危機と今回は、いくつかの根本的な状況が大きく異なる。今回の危機は、米国(や対米従属の日本)の通貨当局が、リーマン危機後復活できない米国の金融システムを支えるために大量の資金発行で世界的な金融バブルを煽った結果として起きている。対照的に97年当時は、米国など先進諸国の金融財政状態が良好だった。 (Similarities with 1997 emerging markets crash only go so far

 97年からのアジア通貨危機は、米英投機筋がアジアの新興市場諸国の通貨や金融を潰し、その後、先進諸国(米国)の代理人として国連のIMFが、強烈な財政緊縮策を条件に、潰れた新興市場諸国に金を貸して救ってやった。米国がマッチポンプ式に、発展しそうな新興市場諸国を潰したり支配強化を試みた策だったといえる。今回の危機も米国の都合で起きているが、米国の金融システムがリーマン危機から蘇生できず、QEなど自己救済策も尽きそうな中で、ドルや米国債に対する信用失墜を防止するため、先制的に新興市場の経済を潰そうとする、米国にとっての防衛戦だ。

 米国を中心とする世界の金融システムで最大のものは、米国債を頂点とする債券市場である。サブプライム危機からリーマン倒産までの米国金融の崩壊は、債券に対する信用失墜で起きている。米国の金融システムを守るには、債券市場を守らねばならない。米金融界は、債券市場を守るためなら株式市場を潰すこともやりかねない。2011年にS&Pが米国債を格下げした直後、債券市場が下落しそうな中で、米金融界は株式市場の暴落を誘発し、投資家が資金を株から米国債に逃避するよう誘導し、米国債を頂点とする債券の相場を守った。 (格下げされても減価しない米国債

 今回も、アルゼンチンなど新興市場からの資金引き上げとともに、米国債が値上がりし、基準となる10年もの米国債の利回りは、危険水準とされる3%近傍から、安全圏である2・7%台へと下がった。

 今後、米国の債券市場を守るため、新興市場からの資金引き上げだけでなく、株式市場からの資金引き上げも誘発されるかもしれない。ゴールドマンサックス(GS)は1月13日に「今後の数カ月間に、米株式市場が10%以上下落する可能性がある」との予測を発した。たしかに米国の株価は史上最高値の水準で、上がりすぎだから間もなく下がるとの予測があちこちから出ている。しかし、株が上がった方が儲かるGSのような権威ある大銀行が、株価の下落を予測するのは奇妙だと、分析者の間で話題になった。私が読んだ分析は、奇妙さを指摘するだけでとどまっていたが、11年の米国債格下げ後の事態を思い出した私は、直感的に、GSが米国債を守るために株価を引き下げようとしていると思った。 (Why Is Goldman Sachs Warning That The Stock Market Could Decline By 10 Percent Or More?

 米国の大金持ちは株を売っている。ウォーレン・バフェットは「米国の製造業に未来はない」とばかり、インテルなど製造業の株をどんどん売っている。ジョン・ポールソンやジョージ・ソロスは、JPモルガンなど大銀行の株を売り払った。 (Billionaires Dumping Stocks, Economist Knows Why) (The Stock Market Is On The Verge Of Another Historic Collapse And A Growing Number Of Investors Are Preparing For The "Unthinkable."

 新興市場の金融危機は、米国債を守るための米国勢の先制攻撃であると書いたが、それだけでなく新興市場諸国そのものの経済成長が鈍化しつつある面もある。1月に入り、鉄鉱石や石炭、穀物などバラ積みの荷物(ドライカーゴ)を運ぶ船のスポットの国際運賃の指標であるバルチック海運指数(BDI)が、2週間で40%も下落した。急落の直接のきっかけは、南米コロンビア政府が石炭の船積みの際の環境基準を強化して荷動きに支障が出て、船の需要に陰りが出そうなことだったが、構造的な主因は、石炭や鉄鉱石の分野で、世界最大の需要国である中国が備蓄を減らしていることだ。BDIは世界的な産業活動の先行指標で、その急落により、中国など新興諸国の経済活動の減速が予測されている。 (Baltic Dry Index Crashes 18% In 2 Days

 金融以外の実体経済の悪化は、中国など新興諸国より米国の方がひどい。1月10日に発表された12月分の米国の雇用統計は、失業率が7%から6・7%に下がったが、これは、いくら職探しをしても就職できず求職をあきらめた人が増え、失業率の分母が増えたからだ。労働できる年齢層の人々のうち、仕事がある人と職探ししている人の合計の比率(労働参加率)は、1970年代以来の最低水準である62・8%にまで下がった。 (US jobs data puncture recovery hopes) (U.S. Adds 74,000 Jobs as Hiring Slows Sharply

 労働参加率が以前のままなら12月の米国の失業率は11・5%になるはずだが、米政府が職探しをしている人をあきらめさせ、労働参加率を下げることによって、名目だけ失業率を下げてた。米政府は「職探しをやめた人々は、もう仕事を探すつもりがない」と言っているが、そんなはずはない。米国で12月に増えた雇用数は7・4万人で、3年ぶりの少なさだ。米国では毎月約10万人が、学校卒業や移民によって、新たに労働市場に入っている。7・4万人はまったく足りない。12月の雇用統計によって、米国経済が回復に向かっている見方が打ち砕かれたと報じられている。 (The Number Of Working Age Americans Without A Job Has Risen By Almost 10 Million Under Obama

 米国で、失業者全体に占める、6カ月以上失業している人の割合は、07年の18・4%から、いまや39・3%に達している。失業は長期化している。今後さらに労働参加率が低下し、見かけの失業率だけ改善する半面、実質的な失業が増える傾向が続きそうだ。労働市場に参加できていない(62・8%の労働参加率に含まれない)37・2%の人々を、事実上の失業者とみなすべきだから、米国の実質失業率は37・2%だと言っている専門家もいる。この実質失業者は、数にすると1億人以上だ。オバマ政権になってから1千万人近く増えた。 (39 Percent of Unemployed Americans are Seeking Work for 6+ Months) (Wall Street adviser: Actual unemployment is 37.2%

 失業増の米国では、中産階級から貧困層に転落する人が増えている。就労年齢層の米国民の53%が年収3万ドル(約300万円)以下で、40%が年収2万ドル以下だ。雇用形態はフルタイムが減り、パートタイムが増えている。夫婦2人が共稼ぎでそれぞれ複数のパート仕事を掛け持ちし、何とか家計を支える不安定な世帯が増えている。対照的に、金融投資で大儲けする大金持ちの資産も増加傾向で、米国の貧富格差は史上最悪になっている。 (`US crushing middle class into poverty'

 失業者は失業保険金が頼りだが、米政府は財政緊縮策の一環として、元旦に130万人の失業保険支給を打ち切った。08年のリーマン倒産後の不況対策として失業保険の支給期間を延長していた措置を、昨年末で終わりにしたからだ。これには世論の反対が大きく、米議会は1月に入って失業保険の再延長を検討しているが、議論だけが行われ実現していない。再延長を検討しているふりをして、議員が有権者から非難されないようにしているだけだろう。今年半ばには、さらに190万人の失業保険金の支給延長が打ち切られる。米政府は今年、ぜんぶで500万人分の失業保険の延長を打ち切る。米国の貧困と貧富格差は広がるばかりだ。 (Over One Million Lose Unemployment Benefits - Will Hit Five Million By End of 2014) (1.3 million Americans lose unemployment benefits

 米国では、財政難を理由に失業保険が切り捨てられる半面、防衛費は4年連続の増加だ。米政府は、国防総省の要求額に対する削減率を例年よりやや増やしたので、新聞の見出しは「防衛費削減」になっているが、特別な戦争経費の枠を新設して防衛費の一部を移し替えるトリックが行われており、実際には防衛費増加だ。オバマ政権はイラクやアフガニスタンから撤兵し、防衛費を減らしているように見えるが、実はそうでなく、軍事面の効率性が低下している。 (No Austerity for Military Budget in 2014) (Pentagon the `Big Winner' in New Spending Bill

 オバマ政権は1月24日、国防総省の予算をこれから2019年まで毎年増額すると約束した。米政府は、社会保障面で、失業保険金だけでなく、貧困層向けの食糧支援であるフードスタンプの予算も削っている。米軍が世界から撤退しているのに国防総省の予算が増え続け、国内に貧困層が増えているのに社会保障面の予算が削られ続ける。 (White House Guidance: Increase Pentagon Budget Every Year

 米国経済の70%は、製造業などでなく国民の消費による経済活動だ。これまで、米国の中産階級が旺盛な消費を続け、それが世界経済の牽引役となってきた。しかし今、米国で中産階級が失業して貧困層に転落し、消費が減退している。米国の昨年の年末商戦は、商店街に繰り出す人の数が増えたものの、売り上げは前年より減り、09年以来の悪さだった。米国の消費者の景況感は、8年ぶりの悪さになっている。 (US retailers warn on profits after disappointing holiday season) (Consumer Confidence Slides, Misses By Most In 8 Years

 歳末の売り上げ減を受け、今年に入って米国の小売業大手が、相次いで解雇や店舗閉鎖を打ち出している。JCペニーは33店舗を閉鎖、ウォルマートは2300人を解雇し、シアーズは主力店であるシカゴ繁華街のデパートを閉店する。米国の小売業の業績の悪さはリーマン危機から何年も続いてきたことで、今後も何年も続くと予測されている。インターネットの普及でネット販売が増え、雇用を吸収できる店舗型の小売業が衰退している。商業施設の空室率は、リーマン危機以来倍増して11%になった。全米の小売店の総面積は、今後の5−10年間で、今の3分の2から半分になると予測されている。 (A 'tsunami' of store closings expected to hit retail) (Walmart to lay off 2,300 workers

 全米の至るところにあるモール(テナント式商店街ビル群)は、テナント料の収入を前提とした借金経営で回っている。空室率が一定以上になると連鎖的に閉鎖と倒産が広がる。すでに各地のモールの多くはがらがらだ。モールへの融資や起債は、サブプライム危機で崩れた住宅ローン分野と並ぶ、米国の金融界の大黒柱だ。モールの崩壊は、米金融の再崩壊につながりかねない。住宅の分野も、昨年末まで良かったが、今年に入って急に悪化している。 (Dead Mall Syndrome: The Self-Reinforcing Death Spiral of Retail) (The U.S Economy Is Getting Ready to Crash Again… Are You Prepared?

 このように、米国の実体経済は着実に悪化している。中産階級が貧困層に転落すると、少なくとも数年から十数年は豊かな暮らしに戻れそうもない。米経済の悪化は長期化しそうだ。失業率の名目だけの改善や、金融バブル膨張に支えられた株価だけを見ると、米経済が「不況を脱しつつある」と強弁しうるが、実態はそうでなく、すでに述べたように大金持ちの投資家が株を買わなくなるのは当然だ。 (JC Penney and Intel announce massive layoffs and closures

 しかし、スイスのダボスに米欧や新興市場の金持ちや政治家、王侯貴族ら「世界の上層部」を集めて開かれている「ダボス会議」では、今年の実質的なテーマが「米経済の蘇生、成長再開」だという。本質を外れた、表面だけ、報道だけの粉飾である「米国の好調」が、大まじめに語られている。ダボス会議は「裸の王様」たちの会議になってしまった。米国からダボスに参加した大金持ち自身は、米国経済に愛想を尽かして株を売り放っているのに、そうした本質も議論に反映されない。世界は「大量破壊兵器」「民主化」「地球温暖化」「シェールガス」などだけでなく、経済分析の面でも、粉飾が大見出しになり、本質が隠される傾向になっている。 (Don't fret about soaring asset prices - this time really is different) (Every silver lining has a cloud for Davos business elite) (◆金融相場と実体経済の乖離

 上記に書いたこと以外に、米国では、財源の手当をしないまま年金支払いを約束している公的年金の欠損の総額が1兆ドルを超えており、今後10年20年かけて、この年金欠損が具現化していく。財政が破綻したデトロイト市も、最大の要因は年金の欠損だ。シカゴやニューヨーク市、カリフォルニア州なども年金問題を抱えている。これらはいずれ米政府が財政赤字を増やして欠損を肩代わりするか、高齢者が年金を受け取れない事態の拡大が起きる。どちらにしても米国の経済衰退と社会混乱に拍車をかける。この問題も、何年も前から指摘されていたが、指摘した人が変人扱いされて終わっていた。 (Report: State debts top $5 trillion) (US public finance: Day of reckoning) (アメリカは破産する?

 このように世界経済は、米国の経済難や金融バブル崩壊が先か、米国発の資金が一気に引き揚げることによる新興市場諸国の破綻が先か、という状態になっている。いずれにしても、世界経済を再び不況に引き戻す懸念が大きい。



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