米連銀がQTをやれない理由2022年7月31日 田中 宇米当局が7月28日、今年4-6月期の米国の経済成長率がマイナス0.9%だったと発表した。1-3月期もマイナス1.6%で、2期連続のマイナス成長となったため、従来の定義からすると、米経済は不況入りしたことになる。ところが、米政府は経済が不況になったことを認めようとしない。米財務省は、経済が2期連続でマイナス成長になったら不況とみなす従来の定義が良くないと言い出した。経済成長率だけでなく、消費や雇用などを総合的に判断して決めるべきであり、新たな総合的な判断に基づくなら、米経済は減速しているが不況になっていない、と宣言した。 (Biden denies recession after GDP decline, but economists say otherwise) (Welcome To The Biden Recession: Q2 GDP "Unexpectedly" Shrinks 0.9%, 2nd Consecutive Decline) 判断基準の変更は、合理的なものであるなら納得できる。だが今回のは変更の理由が曖昧だ。むしろ、不況入りを認めてしまうとバイデンの民主党政権の経済政策が失敗したことになり、11月の中間選挙での民主党の敗北に拍車がかかってしまうので、判断基準の変更でごまかして、不況入りを不正に回避した可能性が高い。正しくは、米経済が5月ごろから不況に入っていたと考えられる。 (Biden's Bizarre Damage Control Tour Culminated With CEOs Telling Him Economy Is Ok) (Luongo: None Dare Call It A Recession Lest The Democrats Lose The Mid-Terms) 米民主党内ではエリザベス・ウォーレン上院議員ら左派が、米連銀(FRB)が利上げを続けるので景気が悪化するのだ、利上げをやめろ、インフレなんか放置しろ、と要求している。対照的に大統領府は、利上げによるインフレ抑止策を続けろと連銀を加圧している。連銀はインフレ抑止を重視して0.75%の大きな利上げを繰り返しており、だから景気が悪くなるんだ、不況入りは連銀のせいだ、と民主党左派から非難されている。実際は、インフレの理由が通貨供給でなく流通網の詰まりや米露対立による石油ガス高騰なので、連銀の利上げは無意味であり、今回は左派が正しい。(左派は、石油ガスが高騰して消費量が減ると温暖化対策になるのでインフレは良いと言っており、それは詐欺である温暖化人為説を持ち出しているので間違いだが) (Democrats Prepare To Unleash Hell On Fed Chair Powell For The Coming Recession) (US administration explains how soaring gas prices are actually ‘a benefit’) 米国では鉄道や港湾など流通網の詰まりが悪化したままになっており、エネルギーや食糧の高騰と相まって、インフレと物不足、雇用の悪化、生活苦の増大、個人消費の減退、貯蓄の減少など、不況の現実化が進んでいる。バイデン政権が詭弁を弄しても、中間選挙での民主党の惨敗は避けられない(再び選挙不正しない限り)。議会両院の多数派を共和党にとられてねじれ現象になり、政策を決められなくなる。米国だけでなく、欧州や途上諸国でも、エネルギーや食糧の高騰と不足などにより不況がひどくなっている。IMFは、今年4月から世界経済が悪化しており、来年にかけて世界が不況になっていくと予測している。世界不況の中で多極化が進む。 (IMF sounds global economic alarm) (Costco CEO Warns "A Lot Of Consumers Are In Recession Right Now") 実体経済の悪化を反映し、株や債券の金融市場も悪化傾向だが、連銀のQE(造幣による相場テコ入れ策)の残滓があるので暴落の進行が避けられている。米連銀は6月1日から、QEで増やした資産を逆に減らしていくQTを開始しているが、2か月たった今、QTは予定の3分の1程度の規模でしか進められていない。その理由について最近、興味深い指摘を読んだ。QTで連銀が手放す毎月の予定額は、6-8月が、米国債300億ドル、不動産担保債券(MBS)175億ドルになっている(9月以降は倍増する予定)。 (The Fed Will Not Hit its Own Quantitative Tightening Schedule) (The Fed - Factors Affecting Reserve Balances) 毎週木曜日に連銀が発表する資産状況を見ると、6月1日から、最新発表の7月27日までの2か月弱で、連銀は米国債を366億ドル減らしたが、MBSは逆に100億ドル増えている。米国債については約6割の執行率でQTが行われているが、MBSについては全くQTが行われず、逆にQEが続いている。その理由は、満期前のMBSを途中売却しないとQTにならず、それをやると住宅ローンの市中金利を引き上げ、ローンを組んで家を買った米国民の利払いを増やして生活苦をひどくするからだ。これは政治的にまずい。米国の住宅市況はすでに売れ行きが悪化しており、連銀のQTでローン金利が上がると、ますます住宅が売れなくなり、米経済の景気悪化に拍車をかけてしまう。だから連銀はMBSについてQTをやらず、むしろQEを継続して住宅ローン金利を引き下げている。米国債については、途中売却でなく償還時の再購入を控えることで何とかQTをやれている。 (The Fed Will Not Hit Its Own Quantitative Tightening Schedule) (行き詰まるFRBのQT) 米国はこれから不況がひどくなり、人々の所得や貯蓄も減るので、住宅の売れ行きが悪化し続ける。今後もMBSのQTはやれないだろう。連銀のQTは、事前の計画より大幅に少ない額しか資産圧縮できない状況が続く。9月以降のQTの増額も無理だろう。QTが少額になると、債券金融システム内の資金総額が減らないのでバブル崩壊が先送りされる。バブルまみれでQE依存が強かった米国の債券金融システムが延命し、米国覇権の衰退も後回しになる。最初からこういうシナリオだったのかどうかわからない。 (もっとひどくなる金融危機) 米連銀はQEをやめてQTを始めている。英中銀やカナダ中銀もQTを開始している。だが、日銀とECB(欧州中銀)という日欧の中央銀行群はQEを続けている。日銀は、資産総額を2か月連続で減らしたが、それは景気対策としてやってきた国内銀行への融資残高を減らしたためであり、日本国債の購入によるQEは続けている。日銀はQEの継続を隠すために、銀行融資残高を減らして資産総額を増やさないトリックをやっている。ECBは利上げをしたがQEを続けている。利上げは緊縮でQEは緩和なので、両方やるのはおかしいと批判されており、ECBはQEをやめると言っているが口だけだ。 (Bank of Japan’s Assets Drop for 2nd Month in a Row) (New ECB bond-buying tool makes 'no sense': Strategist) 日本と欧州の中銀群は、おそらく米連銀がQTによって金融システムから引き抜いた資金を穴埋めしてバブルを維持するためにQEを続けている。日欧中銀は2015年にも、米連銀がQEを減らした分を穴埋めする役目を担った。英カナダのアングロサクソン中銀群は、こういう尻拭いをやらない。米国と横並びでQTをやっている。米国の尻拭いをやらされるのはいつも、敗戦国で格下の日独だ。 (日銀QE破綻への道) (最期までQEを続ける日本) 米国の実体経済はまだ不況入りしていないことになっているが、実際はすでに不況になっている。不況になると株価が下がっていくはずだが、金融バブルの大黒柱だったQE資金を取り去るQT策が予定より大幅に小規模にしか進んでいないのでバブルが延命し、むしろ米国の平均株価は6月後半から上昇傾向だ。実体経済の好不況でなくQE資金の動向が株や債券の行方を決める。金融マスコミはこうした現状をずっと前から全く報じない。実体経済はこれから大幅に悪くなりそうなので、QEなど不正操作によるテコ入れにも限界がある。バブルはどこかで終わる。いつどのように終わるか独自の視点で見ていく必要がある。 (来年までにドル崩壊)
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