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行き詰まるFRBのQT

2022年7月15日  田中 宇 

これは「FRBがQTをやめるかも」の関連です

米連銀(FRB)は6月1日から資産を減らすQT策(量的引き締め)を毎月475億ドルずつやっていることになっている。QTは、リーマン危機後の14年間の金融システムの最大の延命策だったQE(ドルを過剰発行して債券などを買い支えるバブル膨張策。資産拡大。量的緩和)の巻き戻し・清算であり、QEで膨らませた金融バブルを縮小するのがQTだ。QTは金融相場の維持を困難・不可能にする危険な自滅策だが、QEをやめてQTをやらないと世界的にすごくなっているインフレを抑止できないと考えられており、米政界からインフレ抑止策を要求された連銀は、3月中旬にQEを終了し、6月1日からQTを開始している。連銀は6月から毎月475億ドルずつ債券(米国債とMBS不動産担保債券)を手放して資産を減らすと発表している。 (来年までにドル崩壊) (もっとひどくなる金融危機) (Strike Three for the Federal Reserve

だが実際に米連銀が毎週木曜日に発表している資産状況の推移を見ると、米連銀は6月1日から7月13日までの1か月半に190億ドルしか資産を減らしていない(8兆9646ドルから8兆9456ドルへ)。予定なら連銀は1か月半で700億ドル近く資産圧縮せねばならないが、実際はその30%ぐらいしか圧縮できていない。連銀はQTをやれてない。その理由はおそらく、QTを予定通りやると、株価がもっと下落し、債券の金利が上昇し、石油ガスや金地金などコモディティの相場も上がり、金融崩壊とインフレが激化してしまうからだ。表向きインフレ抑止策と言われているQTは、実のところ、予定通りにやると逆にインフレが激化する策である(米政界はそれを無視して連銀にQTをやらせた)。 (Factors Affecting Reserve Balances July 14, 2022) (Factors Affecting Reserve Balances June 2, 2022

これまでQEが市場全体の資金を増やし、その資金を使って株や債券の相場のテコ入れだけでなく、信用取引で石油ガスや金地金の相場の上昇が抑止されてきた。だからQEをやめてQTをやっていくと、株安・債券安・コモディティ高がどんどん進み、金融崩壊とインフレ激化になる。米欧日の経済が崩壊してしまう。米連銀は政界に加圧されてQEをやめてQTを始めたものの、QTが引き起こす経済崩壊に直面し、QTを減額した状態で立ちすくんでいる。 (No more whispers: Recession talk surges in Washington) (Goldman: "The World Is On The Brink Of A Rather Severe Recession"

米政界は、米国民の生活を破壊するインフレを抑止したい。加えて最近の米国側は、石油ガス価格の高騰がロシアを儲けさせウクライナ戦争の露軍の戦費になっているとの見方から、石油ガス相場の上昇を止めねばならないという話にもなっている。G7は最近、ロシアがG7諸国(米国側)に輸出する石油の価格に上限を設けることで石油相場の上昇を止める策を決めたが、これを実施するとロシアは米国側に売るはずの石油を中国インドなど非米側に売るだけで、むしろロシアからの石油輸出を止められた米国側が困窮して終わる(天然ガスは長期契約が多いので価格を急に変えられない)。G7の露石油価格上限設定は自滅的な超愚策なので、すでに事実上棚上げされている。 (日米欧の負けが込むロシア敵視) (The Fed Is Causing Another Recession

物理的な石油の価格でなく、信用取引を使って米英にある国際相場の石油ガス価格を上昇抑止する方が手っ取り早い。すでにここ2週間ほど、米露対立が激化して本来なら石油ガスの相場が急騰しそうな状況なのに、実際の相場は下がっており、信用取引による石油ガス相場の引き下げが行われている感じだ(ロシアからのガス送付を止められている欧州のガス相場だけは上昇している)。 (Explaining The Disconnect Between Physical And Paper Oil Markets) (The One Commodity That Won't Stop Soaring

とはいえ、前回の記事に書いたように、ロシアやサウジアラビアなど非米側の産油国は、米英で決められる国際相場を無視して自分たちの石油の輸出価格を決める傾向を強めている。露サウジなどは、インド中国など仲間の非米諸国には安値で石油を売り、欧日など敵性の米国側諸国にはプレミアムを上乗せして高値で石油を売っている。世界の石油利権の大半は非米側が握っている。 (ロシア敵視が欧米日経済を自滅させ大不況に) (ドルを否定し、金・資源本位制になるロシア

米連銀や金融界が信用取引を使って米英の国際石油相場の上昇抑止策を続けるほど、非米側は米英が決める石油価格を使わなくなり、「国際石油相場」は国際性を失い、実態を反映しない頓珍漢な存在になっていく。米国側は、マスコミの解説も頓珍漢、国際相場の価格設定も頓珍漢、露中敵視など外交も頓珍漢、温暖化対策やコロナ対策など科学の「事実性」も頓珍漢なものになっている。これらは軍事や経済のパワーの低下と相まって、全体として米英覇権の喪失・自滅を形成している。米英覇権が低下するほど、替わりにプーチンが提唱している金資源本位制を伴った、非米側が主導する多極型の世界体制が強くなり、覇権転換が進む。 (China And Russia Want To Replace US Dollar With BRICS Currencies) (制裁されるほど強くなるロシア非米側の金資源本位制

米連銀は、金融崩壊とインフレを激化させるQTを続けられなくなっている。だが、米オルトメディアで出ている予測は「今すぐQTが停止される」でなく「来年後半あたりにQTが停止される」というものだ。3年間続けられる予定のQTが1年半ぐらいで終わりになるだろう、との予測だ。米国のインフレの最大の原因である流通網の詰まりは今後も続き、連銀はインフレをなくしたい米政界に加圧され続けるのでQTをやめられない。QTを予定より減額して続けるぐらいしかできない。予測から感じ取れるのはそういうことだ。 (Iconic Fed Analyst Calls It: Powell Will Be Forced To End QT Much Sooner Than Expected) (Letter: Quantitative tightening is the last thing the US needs

減額されてもQTが続く限り、米国側の金融システムはじわじわと崩壊していく。株や債券の下落、金利上昇の傾向が続く。米国側(米英)の石油ガスや金地金の「国際相場」の上昇抑止は続きそうだが、実体的な価格と乖離したものになる。金地金は、米国側がロシアの地金の輸入を停止したこともあり、米国側で品薄が拡大・顕在化するかもしれない。プレミアムがつくと国際相場との乖離になる。金相場の上昇抑止の黒幕は、抑止をやめさせるためにバーゼル3で金取引の規制を強化したはずのBIS(国際決済銀行。中央銀行群の上位に立つ中央銀行)自身だったと、最近ロンドンの金取引の内部者(Peter Hambro)が告発した。金相場の上昇抑止は永久に続くように設定されている。だが、ドル崩壊が進んでいくと、いずれ永久設定の上昇抑止策も壊れていく。また、金地金の「当て馬」として用意されたビットコインなど仮想通貨は反騰しないとみられている。 (Don’t forget the golden rule: whoever has the gold makes the rules) (Bitcoin more likely to plunge to $10,000 than rise to $30,000: Survey



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