制裁されるほど強くなるロシア非米側の金資源本位制2022年6月30日 田中 宇6月27日からドイツで開かれたG7サミットはロシア敵視のかたまりだった。ウクライナのゼレンスキー大統領が「ご本尊」のようにビデオ参加して、戦争疲れする米同盟諸国の指導者たちに睨みを効かせて叱り飛ばす状況下で、G7はウクライナに対して軍事経済両面の支援を恒久化することを誓い、ロシア産の金地金を輸入禁止にすることや、ロシアが輸出する石油価格に上限を設けるといったロシア敵視策を決めた。G7は、ロシアがウクライナからの穀物輸出を阻止して世界を食糧難に陥らせているという(事実を歪曲した)非難も表明した。またG7は、中国の一帯一路に対抗する南太平洋地域などでのインフラ整備計画など、ロシアだけでなく中国をも敵視する姿勢を打ち出した。 (Commits To 'Indefinite' Military & Financial Support To Ukraine) これらの策によって露中が弱体化するのならG7の思惑通りになる。だが実際は、これらの策で露中が弱体化するどころかますます強くなり、むしろG7など米国側の方が、石油ガス金地金など資源の不足や高騰にみまわれ、露中など非米側が「金・資源本位制」を発展させて台頭することを誘発している。米国側がロシアを敵視するほど、BRICSなど非米諸国はロシアを支持して結束する。 以前は米国の「ドル本位制」が世界を席巻していたが、ウクライナ開戦と同時期に米連銀がドルを支えていたQE策(造幣して債券を買い支えるバブル維持策)をやめて逆回しのQT策(資産圧縮)を始めたこともあり、ドル本位制(米国覇権)が崩壊して金資源本位制(露中などの多極型覇権)に取って代わり始めた。米国側が今回のG7サミットで決めたことは、自分たちを非米側の金資源本位制から切り離す策だ。今後のドルの金融崩壊によって米国側の資産が大幅に減価した場合の、米覇権喪失と多極化をより決定的なものにする「隠れ多極主義」の策である。G7を仕切っている米バイデン政権を牛耳っているのが米諜報界の隠れ多極派なので、今回のような展開になったのだろう。 (G7 Set To Impose "Price Caps" On Russian Oil; Unclear What This Actually Does) (米連銀は、資産の状況を毎週木曜日に発表しているが、6月に入って3週連続で資産総額が増え続けている。QT策を続けているなら資産が減らないとおかしい。来週か再来週にまとめてドカンと削減するのか、さもなければ連銀はこっそりQTをやめたことになる。QTを続けると株や債券に入っていた資金が抜けて大幅下落・金利上昇になる。暴落を避けたければ連銀はQTをやめるしかない。QTがどうなるかで、ドルや米金融覇権の今後の延命状態が決まる。QTを続けたら9月までに金融崩壊が激しくなると指摘されている) (The Fed - Factors Affecting Reserve Balances) (The Market Is Telling The Fed That After September They Are Done) 米欧日など米国側はウクライナ開戦後、ロシアからの金地金の輸入を急減しており、今回の金地金の輸入禁止策はそれをさらに強化した。ロシアは世界的な金地金の産出国であり、ロシアから欧米への金地金の輸出が止まることは供給減なので金相場の上昇につながりそうだが、実際の金相場は変化せず、1オンス2千ドルの以下に幽閉されたままだ。QE資金などを使った「ドル側」からの信用取引での金相場の上昇抑止の機能が効いているので上がらないのだろう。 (ロシアを皮切りに世界が金本位制に戻る) 中国インドなど非米諸国は金地金の備蓄を増やしているが、金地金の「国際価格」は米国側のロンドンやNYで決まる。非米側と米国側の経済が完全に分離されていく状況が進んでいるため、非米側の需給状況が米国側の市場に反映されない。金地金など資源類の価格は「国際市場」という名前の「米国側市場」で決められている。資源類の大半はすでに非米側が握っているが、国際価格の決定は敵方の米国側が決めている。そこでは米国側を優勢にする目的で価格抑止の金融トリックが横行しており、石油ガスなどの価格も抑止されている(石油ガスはすでに高いが、抑止がなければもっと高騰する)。 この状況は今後もしばらく続く。米国側では、金価格が高騰する前に品薄になって地金が買いにくくなる。いずれ米国側の金融システムが崩壊すると、資源類の価格抑止も終了し、非米側が握っている資源類が急騰し、金資源本位制への移行や多極化、覇権転換が劇的に進む。それまでの間、金地金は過小評価され続け、地金よりドルがはるかに優勢に見える状態が続く。その間に非米諸国の中央銀行が金地金の備蓄を増やす。 G7は今回、ロシアが世界に売る石油の価格に上限を設ける政策も打ち出した。この政策は頓珍漢で逆効果だ。G7諸国はロシアから買う石油を減らしており、ロシアの石油のより多くがG7の影響圏外にある非米諸国に輸出されている。G7は、敵国であるロシアの石油の輸出価格に影響を与える力をほとんど持っていない。G7の一員である欧州が、ロシアから買う石油の価格に上限を設けて安く制限しようとすれば、ロシアは欧州に石油を売らなくなり、その分は非米諸国に売られる。欧州の精油所の多くはロシアのウラル原油用に設計されており、他の産地の石油を精製できない。 ロシアからの石油が止まって困るのは、G7でロシアの石油を最も買っている欧州だ。G7を動かしているバイデンの米国は、欧州を自滅させ、ロシアを強化する隠れ多極派だ。米国はNATOやEUに命じて、ロシア領の飛び地であるカリーニングラードに対する経済封鎖を行い、その報復としてロシアは欧州に売る石油やガスを減らすことを検討している。米国は、対露制裁の名のもとに欧州を自滅させる策を次々と打っている。G7は今回のサミットで、永久にウクライナを軍事・経済の両面で支援し続けると宣言した。G7がウクライナ支援を長期化するほど、ロシアはG7など米国側に資源類を売らなくなり、欧州を皮切りに資源の不足と高騰で経済難がひどくなる。 (ウソだらけのウクライナ戦争) 欧州は自滅させられたくないだろう。ウクライナ問題の経緯を見れば、最も悪いのはロシアでなく米英であることもわかるはずだ。米国の対露制裁に乗らない方が賢明だ。しかし、欧州は安全保障を米国に依存して対米従属を続けてきたため、米国の言いなりにならないわけにいかない。米国はそれを知っているから、ますます欧州に「ロシアを制裁しろ。敵視しろ」と加圧してくる。米国の傀儡であるゼレンスキーも、横柄な感じで欧州に過大な要求をしてくる。バイデンは「ウクライナは間もなくEUに加盟できるだろう」とうそぶき、それに対してEU側は「ウクライナがEUに加盟するには多くの改革が必要で、何年もかかる。間もなく加盟できるという話は、欧州がウクライナを支援していますという象徴の話にすぎない」と言い訳し、ゼレンスキーがEUに不満を表明する茶番劇が展開している。 (ウクライナ戦争で最も悪いのは米英) G7は今回のサミットで「ロシアがウクライナの港湾に機雷を敷設し、世界的な穀倉地帯であるウクライナからの穀物輸出を妨害して世界を食糧難に陥れている」と非難した。だが実のところ、オデッサやマリウポリといったウクライナの港湾に機雷を敷設したのは米国の指示に従ったウクライナ側だ。ロシアはむしろマリウポリを占領して機雷を撤去し、穀物を輸出する船が入港できるようにした。ウクライナ戦争は、ロシア敵視のウソに満ちている。 (G7: Russia Engaged In "Geopolitically Motivated Attack" On Global Food Security) (ドイツの失敗) G7諸国は今回のサミットで、中国の地域覇権戦略である「一帯一路」に対抗するため、合計6000億ドルをかけて途上諸国のインフラに投資する新計画PGIIも決めた。G7は、ロシアや中国を敵視して対抗する策ばかりやっており、覇権勢力としての主体性がない。しかも、G7の諸策は中露を弱体化できない。一帯一路の参加諸国に対してG7諸国がインフラ投資しても、対象国が一帯一路から抜けてくれるわけではない。ほとんどの国は、中国とG7の両方から投資してもらおうとする。投資先の途上諸国に対し、G7は「中国とつきあうな」と言いたがるが、中国は「G7とつきあうな」と言わない。その点で中国の方が有利だ。 (G7 Unveils $600 Billion Global Infrastructure Plan To Counter China's 'Belt And Road') これまで米豪の影響圏にいた南太平洋のソロモン諸島が最近、中国と安保協定を結び、米豪から非難されたが、中国は「うちと安保協定を結んだら米豪とつきあうな」とは言っていない。G7がソロモン諸島に新たなインフラ投資をしても、ソロモン諸島に中国との縁を切らせることはできない。米国やG7の中国包囲網戦略は中国の影響圏拡大を止められない。中国はソロモン諸島だけでなく、キリバス、サモア、フィジー、トンガ、バヌアツなど、太平洋の他の島嶼諸国に対しても影響を拡大しようとしている。 (Solomon Islands Foreign Minister Pushes Back on Criticism of Deal With China) 中国の台頭に対し、周辺地域の親米諸国の中でも日本やニュージーランド、東南アジア諸国などは、米国から加圧されても中国敵視を強めたくない。東南アジアは米国側から非米側に移りつつある。米英豪は昨秋、中国敵視の新たな同盟体としてAUKUSを作ったが、日NZはAUKUSに入らない姿勢をとり続けている。しかたがないので米国は、太平洋の島嶼国に対する中国の影響圏拡大に対抗する組織として、AUKUSの外側に日NZも含めたゆるやかな会合としてPBP(ブルーパシフィックにおけるパートナー)を6月下旬に作った。日本ではマスコミなどが中国敵視の姿勢を毎日喧伝しているが、自民党や官僚機構は米国の中国敵視策に表面的なお付き合い以上の本格関与をしたがらない。自国の弱さを大事にするため、強くなることより紛争に巻き込まれないことを重視する日本は、表向き対米従属一本槍や軍備増強を言いつつ、実のところすでに米中両属であり、目立たないかたちで多極化に対応している。 (US launches new alliance in Pacific) 米国やG7、NATOは、稚拙に過激な敵視策によって逆に中露を強化している。世界は、ドル本位制の米国覇権から資源本位制の多極型に転換していく。だが、この流れを逆行させうるシナリオとして、中露で国内的な政治対立が激化してプーチンや習近平が失脚して政権転覆されると、中露が内部崩壊して多極化が進まなくなり、米国覇権が延命する。ロシアの場合、ウクライナで戦争している限り「有事体制」なので、プーチンの独裁がゆるぎにくく、政権転覆の可能性はほとんどない。中国の方が不安定で、共産党上層部が以前の集団指導体制から今後の習近平の独裁体制にうまく移行していけるか懸念がある。トウ小平が決めた集団指導体制を好んでいたリベラル派による反逆・巻き返しがまだありうる。中国が混乱したら、米諜報界がそれを拡大する策をやる。1989年の天安門事件の再来になる。 それを防ぐために習近平がやっている策略の一つが、国内の人の動きを規制・監視強化して党上層部での自分への反逆を防ぐための「ゼロコロナ策」でないかと私は考えている。新型コロナは世界的に下火になっており、延々と都市閉鎖を続けるゼロコロナ策は不必要だし、もともと効かないものだとわかっていた。それなのに習近平は今後もずっとゼロコロナ策を続けるつもりだ。WHOのトップが、中国はゼロコロナをやめた方が良いと述べたが、中国側は無視して続けている。北京市の党委書記である蔡奇が最近、ゼロコロナ策はあと5年続くと北京日報に語り、大騒ぎになったため「あと5年」のくだりが記事から削除され、この件について微博などSNSに書き込むことも禁じられる言論統制が敷かれた。ゼロコロナ策は中国の人々にとても不評だが、あと5年続いても不思議はないと多くの人が思っている。 (China Suggests it Could Maintain ‘Zero COVID’ Policy For 5 Years) (Inside China’s Zero-Covid Fortress, Xi Admits No Doubts) 中国のゼロコロナ策があと5年続くということは、政権転覆の懸念があと5年続くと習近平が思っているということでないか。米国覇権の崩壊と多極化が大きく進むと、中国の政権が転覆される可能性も大幅に下がる。それまで(とりあえず)あと5年と考えておけば良いか、ということだと感じられる。米連銀がQTをやめずに予定通り加速すると、今年から来年にかけてドルや米金融覇権の崩壊が大きく進み、2年以内に習近平がゼロコロナ策をやめられる独裁安定の状態になりそうだが、連銀がQTをやめてQEを再開して米金融を延命させると、再度の崩壊まで5年がかりになるとか。今後の世界がどうなるか非常に見えにくく、予想というより妄想の世界に入ってしまうが、あえて書くとそんな感じになる。 (China Paralyzed As Feud Erupts Between Xi And Li Over Covid Response) (Chinese Lockdowns Expand, Raising More Questions About Beijing's Motives For Shutting Down) ゼロコロナ策はむしろ習近平に対する人民の不満を増大させているという説もあるが、それだけならコロナ対策として効果がないゼロコロナをすぐにやめれば良い。不満増大というマイナスを上回る政治的なプラスがあるからゼロコロナが続けられている。中国が猛烈なゼロコロナ策をやっているのを見て、北朝鮮も5月から突然ゼロコロナを始めた。北が中国の真似をしたことも、中朝のゼロコロナ策が感染症対策のふりをした独裁維持の政治策に違いないと思う一因だ。 (Kim Mobilizes Military To Tackle "Explosive" North Korean COVID Outbreak, Infected Told To 'Gargle Saltwater') 従来の米国覇権下のドル本位制に替わる非米諸国主導の金資源本位制とは、どんな体制なのか。金本位制を石油ガスなど資源にも拡大してバスケット制にして通貨の価値と連動する体制のようだ。もっと具体的な説明は、宣伝役のロシアからもまだ出てきていない。曖昧な概念だけが先行している。米国側のマスコミは全く報じない。情報源はゼロヘッジやロシア系メディアなどしかない。ならばインチキ話でないのか?、というとそうではない。今まで覇権動向を観察してきた経験から、金資源本位制への転換はほぼ確実だと私には感じられる。具体的なことがわかってきたら書いていく。
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