ドイツの失敗2022年5月30日 田中 宇今回のウクライナ戦争で最も失敗している国はドイツだ。冷戦後、ドイツはEUの盟主として欧州の地域覇権国になり、世界の「極」の一つとして米国やロシア中国などと肩を並べるはずだった。欧州はドイツの主導で動くはずだった。ドイツなど欧州が米英に従属してロシアを敵視する冷戦型のNATOの構図は、冷戦終結とともに終わるはずだった。そのような流れになる前提で冷戦終了時に東西ドイツが再統合し、ドイツと他の欧州諸国もEUを作って国家統合していくシナリオが作られた(レーガン政権など米国の隠れ多極主義者たがこのシナリオを作ってドイツに呑ませた)。しかしドイツは冷戦後も自立せず、対米従属をやめなかった。ドイツやEUは、米英がNATOを温存・拡大してロシア敵視を続けることを容認した。 (EU unity on Russia sanctions ‘crumbling’ - Germany) (ユーロ危機はギリシャでなくドイツの問題) EU自身、ドイツが主導するはずだったのに、いつの間にか英国の隠然主導に替わった。英国はEUを脅威と感じているので、EUを無駄に東方拡大して統制困難な状況に陥らせて自滅させていった。2016年に英国がEU離脱を決めるころには、すでにEUは不可逆的に機能不全に陥っていた(私は英国の離脱でEUがドイツ主導になり強くなると予測したが外れた)。地政学的に見て、ドイツはロシアと仲良くするのが良い国家戦略だ。だが、ドイツは対米従属をやめなかったので、英国が米国を動かしてドイツを従属させてロシアを敵視する冷戦型の政治構造がずっと続いてしまった。ドイツが対米自立していたら、ロシアと仲良くしつつ英国の謀略を断ち切ってEUを強化でき、今ごろはEUの対米自立的な軍事安保統合が進み、NATOも終焉していたはずだ。 (英国をEU離脱で弱めて世界を多極化する) (英離脱で走り出すEU軍事統合) ロシアの天然ガスをドイツ経由で全欧に流すノルドストリームの海底パイプラインは、独露協調を前提に計画されてきた。冷戦終結とともにソ連が崩壊してロシアの影響圏が縮小した時、ロシアはウクライナやベラルーシが自国の影響圏から出ていくことを嫌ったが、エストニア、ラトビア、リトアニアというバルト三国がロシアの影響圏(ソ連国内)から飛び出してEUに入っていくことをロシアは容認した。ロシアはドイツを信用し、バルト三国がロシアの影響圏からドイツの影響圏に移転することを了承した。バルト三国は、中世などにドイツの影響を受けた諸国だった。 (The 'Baltic States' Are Fake Countries - They Were Founded, Built and Populated by Germans) ロシアはドイツを信じ、ドイツがEUを率いて欧州を米英従属・ロシア敵視の領域から離脱させ、欧州が自立した世界の極としてロシアと仲良くすることを期待した。だがドイツは対米自立せず、英国にしてやられ続け、期待はずれの状態に陥っている。バルト三国やポーランドは英国の傀儡となり、ロシア敵視の尖兵として機能し続けている。ドイツはそれを傍観するだけだ。ドイツを信じたロシアは馬鹿だった。いや、ロシアよりもっと馬鹿だったのは、EUを作ってドイツを盟主にしてやりさえすればドイツがEUを率いて対米自立して英国の謀略も振り切ってくれるはずと期待した米国の隠れ多極主義者たちだ。そもそも米国自身が戦後ずっと英国に入り込まれて覇権戦略を隠然と牛耳られていた。英国の諜報力は米国より上だった(少なくとも1970年代あたりまで)。米国でさえ英国に牛耳られていたのだから、敗戦国になって戦後英国側から再洗脳されたドイツが、冷戦終結で欧州の地域覇権を米国から突然に与えられても、英国の謀略を断ち切ってうまく運営できなかったのは当然といえる。 (米国が英国を無力化する必要性) (EU not prepared for war - top diplomat) 今年のウクライナ開戦で、欧州(と世界)の冷戦後は終わった。QE終了でドル崩壊が加速し、替わりに露中・非米側の金資源本位制が強くなり、米国覇権体制も終わっていく。ドイツが率いるEUが世界の極の一つになるシナリオは失われて久しいが、代わりにドイツが採り続けた対米従属の方針も、米国覇権の終了とともに失われる。それが見えてきたのに、いまだにドイツやEUは対米従属のままロシアを敵視し、事前の準備も全くせずに自分たちが依存しているロシアからの石油ガス輸入を止める対露経済制裁をやろうとしてできず、大失敗している。 (Brussels says about $24 bln of Russian central bank assets frozen in EU, less than expected) (複合大戦で露中非米側が米国側に勝つ) そもそもドイツやEUが対米従属とロシア敵視を戦略として継続するなら、2014年に米国がウクライナを政権転覆して極右政府にして国内のロシア系を殺し始めた時点で、ドイツやEUはノルドストリーム2の建設をさっさとやめ、中東などの石油ガス産出国と交渉して、ロシアへのエネルギー依存を解消しておくべきだった。しかし、ドイツもEUも無策のまま何もしなかった。昨秋から米国がウクライナ内戦への加勢やロシア敵視を強めた後も、ドイツやEUは漫然とエネルギーをロシアに依存し続け、戦略備蓄も増やさず、決定的に無為無策の間抜けだった。開戦後、石油ガスの価格が上がり、ロシアの儲けが増え、欧州の負担が増えている。 (How Sanctions Have Increased Russia's Oil And Gas Revenue) EUはウクライナ開戦後、ロシアからの石油ガス輸入を全て止める対露経済制裁を実施すると宣言した。だがEU内の多くの国がロシアの石油ガスに高度に依存しており、輸入停止などできない。EUは、ロシアが要求するルーブル払いで加盟諸国が天然ガスを輸入しても違法でないと決定した。石油も、欧州への輸入の大半を占めるパイプライン経由は制裁対象から外した。EUは、加盟諸国が今後もロシアから石油ガスを輸入し続けられるようにした。こうしたEUの対露経済制裁の骨抜き化に最も貢献したのは、EUで最も親露的なオルバン大統領のハンガリーだった。 (EU To Block Seaborne Russian Oil Deliveries, Not Pipeline, To Satisfy Hungary) (Hungary Declares Wartime State Of Emergency) ドイツやEUの首脳陣たちは、ロシアは極悪だ、絶対に制裁する、ロシアに寛容な国や人を取り締まる、などと豪語している。だが実際は、EUで最も親露的なハンガリーがEUの対露制裁決議に反対し、拒否権を発動して過激な制裁決議を葬り去ってくれているので、ドイツやEUはロシアから石油ガスを輸入し続けることができ、自分たちの経済を自滅させずにすんでいる(チェコやスロバキアも対露制裁に反対する傾向)。ドイツやEUは、表向きハンガリーなどの反対を非難しているが、裏では感謝している。EUは「対露制裁の違反者に対する資産没収などの罰則を作る」と息巻いているが、これも確実に同様の茶番である。こういうコソコソした負け方は、倫理的にだけでなく、政治外交的に大きなマイナスだ。EU各国の多くの人々が、EUやドイツ(やフランス)に失望している。 (EU’s Coreper fails to agree on light version of oil embargo against Russian) (EU Proposes To Make Breaking Russia Sanctions A Crime) ハンガリーは親露方向の反対派・過激派だが、逆にロシア敵視の方向に過激派なのがポーランドだ。ポーランド政府は、露骨にドイツに喧嘩を売って誹謗中傷し続けている。ゼレンスキーのウクライナ政府も、ドイツから色々もらっているのに、喧嘩を売ったり誹謗中傷し続けている。ポーランドやウクライナの政府は、米英の言うことをよく聞く半面、ドイツのことを軽蔑し、軽んじて馬鹿にしている。 (Poland ‘very disappointed’ with Germany) (Ukrainian ambassador insults Germany again) ドイツの上層部は「ロシアに味方する者たちを許さない」とか「EUで決議できなくてもドイツだけで対露制裁をやる」とか「ウクライナを全力で支援する」とか、米国に叱られないよう口だけ言っているが、実際にはこれらをほとんどやっておらず、できるだけロシアを敵視しないようにしている。ポーランドやウクライナの政府は、このようなドイツの優柔不断を見て、思い切り非難侮辱している。ドイツは侮辱されても「当惑」しか表明していない。ドイツはEUの主導国としての当事者能力を失っている。 (Germany ‘perplexed’ by Poland’s accusations) (Germany's Scholz Says Unacceptable to Side With Russia on Ukraine War) ポーランドは、ウクライナ政府の同意を得た上で、ウクライナ西部を事実上、自国に併合しようとしている。これは5月初めの記事に書いた動きだが、その後もこの動きが続いている。ポーランドとウクライナはすでに「両国間の国境はなくなった」と宣言している。 (同盟諸国とロシアを戦争させたい米国) (Ukraine risks merging with Poland - ex-president) ロシアは着々と、ドンバスとその周辺のウクライナ東部と南部を傘下に入れている。ゼレンスキーは先日初めて、それまでの「わが方が勝っている」ばかりのプロパガンダ発信をやめて「ドンバスをロシアに奪われそうだ」と認め始めた。ロシアはいずれオデッサも取り、ドンバスとクリミアから沿ドニエストルまでのウクライナの東部と南部を自国の傘下に入れ、ウクライナから独立した親露国(ノボロシア)にするか、ロシアに併合するだろう。ウクライナで残ったキエフやリボフ(リビウ)などの西部は、ゼレンスキー政権のまま、ポーランドの傘下に入る。米国はポーランドを通じてウクライナ(西部)を傀儡化し続ける。ポーランドも米国(米英)の傀儡だ。 (Zelensky Signals Donbas Could Soon Fall: "Indescribably Difficult" Russian Onslaught) (ノボロシア建国がウクライナでの露の目標?) ドイツのすぐ東で、こうしたとんでもない動きが起きているが、ドイツは全く黙っている。黙認している。米英傀儡のポーランドとウクライナが、ドイツを侮辱・愚弄し続ける。ロシアはウクライナの東部と南部を取り、そこの住民たち(ロシア系とウクライナ系)に安定した生活環境を与えられればそれで満足し、2月末からのロシア軍の特殊作戦(ウクライナ戦争のロシア側での呼び名)は成功裏に完了できる。露軍はウクライナ東部と南部を防衛し続け、露軍がいる限りウクライナやポーランドや米英はロシアを思い切り敵視し続け、ウクライナ戦争体制は延々と続く。ドイツやEUは、ずっと米国に従属し、ウクライナやポーランドから侮辱愚弄されつつロシア敵視を宣言させられ続ける。だが石油ガスはロシアから輸入し続ける。ドイツの当事者能力の喪失が恒久化していく。 (Poland tells Norway to hand over oil revenues) (Lavrov: Recent Sanctions Unlikely to Be Lifted) ロシア軍は、ウクライナ東部の黒海岸の港湾都市マリウポリのウクライナ極右軍(アゾフ大隊)を降参させ、戦闘を終わらせた。マリウポリを占領した露軍は、港湾の海中に敷設されていた12000発の機雷を除去し、マリウポリ港を再開した。2月末の開戦直後、マリウポリを支配していたウクライナ側は、米国からの指示で、マリウポリ港に機雷を敷設した。露軍が海から攻めてくるのを防ぐための策とされたが、機雷を敷設したので港が使えなくなり、マリウポリ周辺の穀倉地帯で収穫した小麦などの輸出品を船で運び出せなくなった。世界的な穀倉地帯であるウクライナは、中東やアフリカに小麦などを輸出していた(ロシアとウクライナの合計で、世界の小麦輸出の3割を占める)。 (Russia Ready To Help Solve Global Food Crisis, On One Condition) (Safe passage opens through Azov Sea - Russia) ウクライナからの輸出停止に加え、それ以前からの国際流通網の詰まりもあり、世界的に食糧インフレがひどくなっている。中東アフリカなどで食糧難が暴動や社会不安を引き起こしている。そんな中、ロシアがマリウポリの戦闘を終わらせてウクライナ側が敷設した港湾の機雷を除去し、小麦などを積んだ船がウクライナから中東アフリカなどに出港できるようになった。これは世界的な朗報だ。ウクライナ政府は米国の指示を受け、マリウポリだけでなく、もう一つのウクライナの港であるオデッサ港にも機雷を敷設して使用不能にしてしまっている。いずれ露軍がオデッサからウクライナ軍を追い出せば、機雷を除去してオデッサから世界への小麦などの輸出も再開される。 (Russia To Open Sea Corridors From Ukraine Ports Amid Wheat Crisis, But Warns Of Ukrainian Mines) (Russian top brass confirms Mariupol seaport cleared of mines and back in business) ドイツや日本など米国側のマスコミ権威筋は、ウクライナの港湾に機雷を敷設したのは露軍だとか、露軍はウクライナの畑を荒らしたり穀物を盗んでいるとか、米英諜報界が流すウソばかり喧伝している。だが非米側の中東アフリカ諸国ではそういうウソがあまり流布していないから、ウクライナ側が敷設した港湾の機雷をロシア側が撤去して穀物の輸出が再開されたことが好感される。こういう現象が今後もずっと続く。 (World Has Just ’10 Weeks’ of Wheat Supplies Left in Storage, Analyst Warns) (Putin Says Large Russian Grain Harvest to Support Higher Exports) ドイツやEUでも、マスコミはロシア敵視の歪曲報道しかせず、有権者のほとんどが歪曲を軽信しているから、政府がロシアと仲直りする政策を打ち出すことは今のところほぼ不可能だ。だが今後、この事態が長期化し、ロシアや非米側が安定して好調になり、ドイツなど米国側が行き詰まり、QE終了による米国発の大きな金融バブル破綻・ドル崩壊が起きていくと、ドイツやEUでも事態を直視する人が増え、何とか転換せねばならないという気運が強まる。既存の左右のエリートが今のように無能さをさらすほど、今は極右と呼ばれている右派ポピュリストへの民主的な支持が増える。いずれ左右エリートの政権が転覆されると、対米自立がやりやすくなり、ドイツやEUは非米的な勢力に転向して安定した発展に入る。そうならない場合、ドイツやEUは今の自滅的なじり貧状態がひどくなり続け、ロシアなど非米側はEUやドイツを無視して勝手に非米的な新世界秩序を運営していくし、米英は勝手に自滅して覇権を喪失していく。 (米諜報界を乗っ取って覇権を自滅させて世界を多極化) (人類を怒らせるための大リセット) 今回の記事に対し、ドイツや欧州びいきの方々が「日本の方がもっとダメじゃないか」とお叱り(逆切れ)を入れてきそうだ。しかしお言葉ですが、日本は戦後、国際的な地域覇権国としての新たな地位を引き受けたことが一度もない。安倍晋三はトランプから、米国とも中国とも違う米中の間の太平洋の地域覇権領域(日豪亜)を豪州と組んで作れよと誘われたが、結局何もやらずに終わっている。安倍はむしろ中国にもすり寄って米中両属の新国是を作り、菅も岸田もそれを踏襲している。日本は戦後、一度も地域覇権を引き受けていない。米国から頼まれても断っている。ニクソンに頼まれた田中角栄は軍産からピーナッツをぶつけられて潰された。 (中国と和解して日豪亜を進める安倍の日本) (潜水艦とともに消えた日豪亜同盟) 戦後地政学的な助平根性を棄てた日本と対照的にドイツは、冷戦終結時に米国に誘われてEUを作って盟主になり、世界の極の一つとしての欧州をドイツが仕切る地域覇権国になることを了承している。EUは米国に押し付けられて作ったものかもしれないが、ドイツがそれを了承した以上、ドイツは地域覇権国になるべき国であり、米中両属の日本とは立場が違う。地域覇権国になることを了承したのに対米従属を続けているドイツは、約束不履行で無責任な国である。何も国際的な覇権・責任を負いませんとずっと言い続けている日本は、別の意味で(経済大国なのに国際政治上の責任を果たしてないと言われれば)無責任かもしれないが、言ったとおりのことをやっている(国際政治上の責任は糞)。日本はこれでよい(欲を言うならG7を脱退した方が良い)。ドイツはダメだ。 (コロナ帝国の頓珍漢な支配が強まり自滅する欧米) コロナや温暖化といった超愚策関連でも、ドイツやEUは大間違いの都市閉鎖やワクチン強制や化石燃料廃止などをガンガン本気でやって自滅している。日本は「無能な小役人」をうまく演じ、ドイツに比べて超愚策を不真面目にしかやっていない。日本の方がましだ。ドイツなど欧州が困窮するのは自業自得だ。早く非米化した方が良い。
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