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意外と正しい日銀の円安放置

2022年9月8日  田中 宇 

1ドル=140円を超えて円安ドル高が進んでいる。ウクライナ戦争の対露制裁や、国際流通網の詰まりで石油ガス穀物など資源類が高騰する中、資源類を輸入に頼っている日本にとって、円安は物価高につながりかねない。米英カナダの中央銀行群が、悪化する一方のインフレへの対策として今春から利上げを重ね、QT(量的緊縮)を開始して緊縮策を進めている。米英と対照的に日本では、日銀がゼロ金利策とQE(量的緩和)の超緩和策を続けている。日米の金利差が拡大するほど、ゼロ金利の日本から高金利の米国に資金が流れ、円安ドル高が加速している。米連銀議長は8月26日のジャクソンホール国際会議で、インフレ対策として今後さらに大胆(0.75%)な利上げを行うと表明した。カナダ中銀は9月7日に0.75%の利上げを決めた。カナダはインフレ対策で半年間で短期金利を0.25%から3.25%に引き上げ、QTもやっている。米連銀と欧州中銀も間もなく大胆な利上げを行う。G7諸国の中で、利上げもQTもやっていないのは日銀だけだ。これらの動きを受けて円安が急進した。 (Bank of Canada Hikes 75bps As Expected, Warns Rates "Will Need To Rise Further" Given Inflation) (無制限の最期のQEに入った中央銀行群

日本も、QEとゼロ金利の超緩和策をやめて、利上げとQTの緊縮策に転じるべきなのか??。私はそう思わない。日本が緩和策をやめず、円安を放置しているのは意外と良い策だ。最良の策でないが次善の策だ。最良の策を考えるなら、もともとQEなどという不正な愚策をやるべきでなかったが、対米従属の日本は米連銀のQEに付き合わざるを得なかった。すでに愚策のQEをやっている米英欧日の中銀群は、それをやめる時に再び愚策をやるべきでない。米英中銀が今のタイミングでQT(QEの巻き戻し)と利上げをやるのは愚策であり、近いうちに巨大な金融危機を引き起こす。日銀はQEを続けることにより、米英が金融危機になった時、日本だけ危機をいくらか緩和できる。 (Is The Yen About To Resume Its Path Lower?) (来年までにドル崩壊

米英はインフレ対策として利上げやQTの緊縮策をやっているが、実のところ、緊縮策をやってもインフレは抑止できない。インフレの原因は、流通網の詰まりや、ウクライナ戦争の対露制裁といった物資の供給側の話であり、中央銀行によるQEとゼロ金利による通貨の過剰供給が原因でない。米連銀などが利上げやQTをいくらやってもインフレはおさまらない。米英は、これからの利上げとQTの加速によって、実体経済と金融システムの両方が悪化し、不況や失業の急増、金融崩壊を引き起こしていく。今年中か来夏までに、ドルの基軸通貨性が喪失するほどの大きな金融危機・ドル崩壊が起きそうだ。インフレはひどくなるばかりで、実体経済の悪化に拍車をかける。 (Futures, Global Markets Tumble As Central Bankers Plan To Push World Into Coordinated Recession) (もっとひどくなる金融危機

米連銀は3月からQEをやめてQTを開始したが、これまでは予定(8月まで毎月475億ドル)の半分以下の額のQTしか実施してこなかった。予定通りの規模でQTをやると債券金利・住宅ローン金利が高騰するからだった。だが8月17日の週から連銀はQTを4倍に増やし、当初予定した額(9月以降毎月950億ドル)に近いQTをやっている。このまま進めると、市場の資金が枯渇していき、数か月以内に株や債券の下落が加速して大きな危機になる。 (The Fed - Factors Affecting Reserve Balances) (It's A Fact That Needs Repeating: The Federal Reserve Is A Suicide Bomber) (米連銀がQTをやれない理由

金融危機への対策として、中央銀行が流動性資金を供給することが必要だが、QEをやめてQTに転換している米英中銀群は、それができない。金融危機が起きてからQTをやめてQEを再開しても手遅れだ。米英と一緒にQEをやめない日銀は正しい。QEは愚策だが、日米欧中銀はすでに10年以上QEを続けてきた。これから金融危機が起きるまで、長くて1年ぐらいだ。米英と一緒に今QEをやめて米英とともに自滅するより、米英が金融危機で自滅していく時に、日本だけQEを続けて延命できた方が賢い。日銀は、米英の金融システムが崩壊した後、QEをやめていけば良い(QEをうまくやめるのは難しいが、米英と共倒れで金融危機になるよりましだ)。 (Inflation Now Causing Hardship For Majority In US: Gallup) (‘Doctor Doom’ predicts historic market crash in US

日銀がQEとゼロ金利をやめないと、利上げしている米国への資金流出が続き、円安ドル高が止まらない。日本が世界から輸入する物資の価格が上がり続ける。日本もインフレになりかねない。しかし2月末のウクライナ開戦で資源類の国際価格が高騰し始めてからすでに半年が過ぎたが、日本の生活物資の価格は意外と上がっていない。電気ガスの料金は上がっているが、スーパーで売っている肉や野菜やコメの価格は、少し上がったかもしれないといった程度だ。お菓子などは値上がりしたが、それも米欧のひどいインフレに比べれば大したことない。日本はもともと物価が高く設定され、輸入価格の高騰に対するクッションが大きい。日本はインフレになっていない。1年以内に米英がドル崩壊しそうなことを考えると、これから日本の物価が上がっていくとしても、QEを続けることによる物価高のマイナスより、QEを続けることによる金融危機緩和機能のプラスの方が大きい。 (Japan, China On Edge After Record Dollar Surge Sparks "Explosive" Yen Plunge; China's Yuan Not Far Behind) (Ron Paul Rages 'The Fed Wants You Fired'

円安は放置されてかまわない。円安の副産物として日本の輸出産業が復活するかもしれない。中国も元安にしているので、その面の効果は大したことないかもしれないが。 ("Don't Be Fooled By Recent Strength... A Post-Dollar World Is Coming"



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