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無制限の最期のQEに入った中央銀行群

2020年3月19日   田中 宇

3月15日の日曜日、米国と日本の中央銀行が、崩壊しかけている金融市場に対する巨大な資金注入策を相次いで発表した。日銀は「ステルスQE」の大幅な増加を決め、米連銀は昨年9月から続けてきた銀行間融資市場(レポ市場)への資金注入(隠れQE策)の急拡大と、それとは別に債券を直接に買い支えるQEの再開(QE5の開始)を発表した。米連銀は金利を1%引き下げてゼロ金利にする大幅な利下げも実施した。米連銀は3月17日から、CP(短期社債・手形)の買い支えも事実上のQEの一つとして開始した。 (Moral Hazard Is Back: Fed To Bail Out Commercial Paper Market) (Fed Injects $189BN In Repo Liquidity As Libor Explodes

QEは不健全な策なので、米連銀は14年末にQEをやめた後、金融界から再開を要請されても断ってきた。昨秋から実体経済の悪化に伴って米国の金融システムが不安定になり、米連銀はレポ市場介入を続けてきたが、連銀はこれをQEであると認めることを拒否してきた。昨年から脆弱だった米金融システムは、新型ウイルスの感染拡大による世界と米国の経済の劇的な停止を受け、株価暴落や社債金利の上昇、銀行間信用の崩壊などの多面的な金融危機に陥っている。 ("We're About Halfway There" - Historic Carnage Everywhere Sparked By Dollar Margin Call Panic) (US Restaurant Association Projects Up To 7 Million Jobs Lost Over 3 Months

3月15日の日米中銀のQE急拡大の決定は、中銀群が、QEが中央銀行を不健全にする毒薬であるというマイナス面を気にしていられなくなり、最後の切り札である「無限のQE」を開始したことを意味している。欧州のECBも、一足先に3月12にQEの再開を決めている。QEは、金融市場をQE中毒にしてしまうなど悪影響が大きいので、以前のQEは3-5年程度の時限的な政策だった。だがおそらく中銀群は今回、市場をQE中毒にしても仕方がないと考えている。今回のような全面的で劇的な金融崩壊に対しては、QEしか対策がないからだ。金融市場は今回のウイルス危機の前からとても脆弱だった。QEは市場を蘇生する策でなく延命する策なので、市場を再び独り立ちさせて中銀群がQEを終えていく展開は期待できない。中銀群は、自分たちの信用が崩れるまで、ドルや米国債の崩壊まで、QEを続けるつもりだろう。 (ECB: Rates unchanged with expansion of QE and additional TLTRO) ('Helicopter Money' Sparks Bond Backlash, Stocks Bounce On Fed Bailout, But Bank Liquidity Worsens

3月15日の日米中銀のQE急拡大の発表後、株価はまず暴落した。「中銀群がQEを再開しても効かなかった。もう弾切れだ」とオルタナティブメディアがコメントした。だがその後、株価は下落傾向が続いているが、株より重要な米国債の相場は、下落(金利上昇)するたびに不可解な反発(金利下落)が起きている。中銀群はQE資金で米国債を買い支え、10年ものの金利が1.2%を越えないように介入している感じだ。米国債の金利が上昇すると最悪のシステム危機になるので、それを防ぐために中銀群がQE資金で金利上昇を抑止して反落させているのだろう。株式の分野では、日本株の下落幅が、米国株よりなだらかになっている。これは日銀がQE資金を使い、日本株をETFで買い支えているからだろう。 (There Is Something About This Crazy Treasury Move That Nobody Can Explain) (Global stocks, oil prices and government bonds tumble

多分これからしばらくは、株や債券の相場が下落するたびにQEの資金が入って反発、または急落が抑止されてなだらかになる傾向が続く。株は、債券よりも重要でないし、ウイルス感染拡大で世界経済が不況入りする中で株価のバブルが続いているのはおかしいので、中銀群は株価のある程度の下落を容認するかもしれない。たとえば米国のS&P500はピーク時から3割下がったが、あと1割ぐらいの急落を容認した後、横ばい傾向に転じるようQEの資金を注入していくつもりかもしれない(これは無根拠な予測なので、このシナリオで株を買ってはいけない)。 (Mark Cuban On Virus-Bailouts: "No More Buybacks. Not Now, Not A Year From Now. Not Ever."

だが、米国と世界の経済状態は、もうすぐ株価の下落が止まりそうな状態からほど遠い。米国の企業は、航空会社、ボーイング、石油ガス、小売、飲食などの分野でこれからどんどん倒産していくことがほぼ確実だ。世界的に失業が急増している。株式相場がある程度の下落で止まると考えること自体が間違いで、今からさらに半値以下になる可能性もある。これまで米株上昇の最大の要因だった自社株買いは2度と行なわれないだろうと予測されている。 (Call It a Layoff, a Furlough or a Cut Shift: Americans are Losing Work) (Kudlow Says US "May Take Equity Position" As Part Of Coming Bailouts

QEは、米国などの世界の国債、株式、金地金、仮想通貨の相場を歪曲している。日銀などがQE急増を決めた直後の今週初めに金相場が暴落したが、これも、株や債券など紙切れ金融システムに対する信頼を喪失した投資家が金地金購入に転換していくのを、金先物を使って金相場を暴落させて阻止する、中銀群による「出口ふさぎ」の策だろう。金相場が大きく動く前に円ドル相場が動くことが多いので、QE資金で金の売り先物を買って金相場を暴落させることは、中銀群の中に主に日銀の担当になっていると考えられる。金地金の国際相場は昔から先物と現物の市場が統合されており、中銀群や金融界が金融バブル(ドルや債券)を維持するため、金先物(紙切れ)を使って金相場を下落(上昇防止)してきた。 (What's Causing The Gold & Silver Sell-off?

今回のウイルス危機でいよいよ金融バブルが崩壊しそうなので、多くの人々が債券や株を見限り、ドルの現金ですら不安なので、金地金に対する需要が世界的に爆発急増している。各地の地金取引業者の地金の在庫がなくなって、売り切れ状態になったり、プレミアムが拡大している。それでも、金相場は急騰するどころか先物を使って暴落させられている。マスコミは、昔から続くこの巨大な不正が激化していることに関して何も報道していない。経済マスコミは金融界(紙切れ側)の傀儡だからだ。 (Gold and Silver Prices Fall Despite Bullion Shortages and Rising Premiums) (操作される金相場

債券市場では、ジャンク債の金利が9%を越えてじわじわと上昇している。企業の倒産や業績悪化が必至なのだから、これから社債やジャンク債が次々と債務不履行になっていくだろう。それを見越してジャンク債の金利が上昇し、CDS(債券破綻保険)の掛け金も上がっている。QEの資金はジャンク債の相場をもテコ入れしていくと考えられるが、中銀群が、破綻しそうな企業の債券を買い込んで債務不履行に陥るのを止めていくのかどうか不明だ。航空業界や石油ガス業界は、米政府に支援金を出してくれ、救済してくれと強く求めており、米政府が救済に動く場合、米連銀など中銀群も潰れそうなジャンク債を買い支えて金利高騰を抑止するかもしれない。しかし、それをやると経済界の中銀群に対する不健全な依存が強まる。 (Bank of England offers unlimited QE for large company financing) (Western countries embark on trillion-dollar virus fightback

すでに、いくつもの分野の業界が、今回のウイルス危機による需要の急減や、それを引き金にした金融バブルの崩壊を自力で乗り越えられず、中央銀行や政府にすがって助けてもらうしかなくなっている。中銀群や政府群が「不健全だから」と言って救済を拒否していると、倒産や信用と金融の崩壊が連鎖的に拡大して世界経済が全崩壊してしまう。それを防ぐには、中銀群と各国政府が、不健全なQEや財政出動(財政赤字増)の政策をあえて急拡大するしかない。だが、しかしそれをやると、政府や中銀に対する各業界からの依存が強まってしまい、どんどん巨額の資金が必要になり、中銀や政府の造幣や財政の余力が予測より早く尽きてしまう。 (After Blowing $4.5 Trillion On Buybacks, US Execs Demand Taxpayer-Funded Bailouts Of Shareholders) (Coronavirus pandemic will bankrupt nearly ALL of the world's airlines in a matter of WEEKS

政府の財政赤字の拡大は、中銀の勘定拡大よりも政治的に目立つので、リーマン危機後の米国でも、財政赤字拡大による救済策(不良資産救済プログラムであるTARPなど)は初めの4年間(2008-12)だけで、その後は中銀群のQEだけが頼りになった。今回も今のところは、トランプ政権が財政出動しているが、いずれは中銀群への依存が強まる。中銀群は「無限のQE」をやらざるを得なくなっているが、これは経済全体が中銀群のQEに依存する状況につながり、中銀群がすべての不良債権の買い支えや赤字の補填をやらされる事態になり、意外と早く力尽きて破綻しかねない。 (Credit markets signal the US risks heading towards a financial crisis) (Fed Launches Primary Dealer Credit Facility Which Will Accept Stocks As Collateral

中銀群が、いつどんなかたちで破綻するのか、まだ想像できない。あえて想像してみると、ジャンク債から米国債へと金利の高騰が波及して手がつけられなった挙句に債券市場の全体が広範に取引停止に陥るかもしれない。金相場も抑止しきれなくなって高騰した後に値が付けられなくなっていったん市場が破綻し、その後ようやく先物に抑止されない金地金の本物の現物市場が立ち上がってくるといった展開が考えられる。これから金融界は市場を運営しきれなくなり、夜逃げ的なやり方として、市場の閉鎖や、市場ごと破綻する事態が増えるかもしれない。違う意味合いではあるが、社会主義者のドゥテルテが支配するフィリピンは3月17日、ウイルス対策にかこつけて、株式や債券、為替などすべての金融市場を無期限に閉鎖してた。 (Peter Schiff: These Markets Are Rigged) (Philippines Is First Country To Halt Its Market "Until Further Notice"

QEについて、以下にこれまでの流れをまとめた。米日欧の中央銀行群が、造幣で作った資金で債券や株式を買い支え、金融システムの中核に位置する債券市場(国債と社債)を延命するQE(量的緩和)の政策は、08年のリーマン危機によって崩壊したまま自力で蘇生できなかった債券市場を蘇生したかのように見せかけて延命するために行われてきた。中銀群がQEによって買い支える債券は、民間が買いたがらない事実上の不良債権であり、QEを続けていると中銀群は不良資産が肥大化して不健全になり、信用低下を引き起こしかねない。そのためリーマン危機後、最初に大規模なQEを手がけた米連銀(FRB)は、14年まで6年間QEを続けた時点でやめることにして、代わりに日銀と欧州中央銀行の日欧勢がQEを肩代わりした。日欧も18年には不健全が懸念される事態になり、QEに頼る戦略は行き詰まった。 (QEやめたらバブル大崩壊) (QEで進む金融市場の荒廃

しかし当時、リーマン危機から10年たっていたのに、債券市場は自立的な蘇生をしておらず、QEがないと金融危機が再発する状態だった。QEは、債券市場の蘇生を促すどころか逆に、債券市場をQE依存の中毒状態に陥らせていた。18年末に日欧中銀がQEをやめていくことを決めると金融危機が発生した。そのため中銀群、とくに日銀は、QEをやめると言いつつやめずに黙って続ける「ステルスQE」の状態に移行してQEを続行し、金融システムを延命させてきた。ECBもQEを延長したが、EUの盟主で緊縮派のドイツの反対が強く、規模はかなり縮小した。日銀は、QEで作った円資金を国内金融機関を経由してドルに替えて米国市場に注入し、米国の金融市場をテコ入れしてきた。日銀の黒田総裁は、日本のために動いているのでなく、米連銀の隠れた一員として米国のために動いてきた。 (米連銀のQE再開) (最期までQEを続ける日本

米国中心の国際金融システムの最重要な部分は、信用を資金に替える債券市場だ。株式市場は、政治的・社会的に華やかで目立つものの、経済的には債券市場より下位だ。株を買う資金の多くは債券市場で作られており、株価の上昇には債券の堅調が必須だ。リーマン後のQEは、もともと債券市場の延命策だが、政治的な(腐敗した)理由により、QEの資金は株価テコ入れにも使われている。米国では、QEの資金が社債市場を経由して大企業の自社株買いの資金になり、株価を押し上げる最大要因になっていた。トランプは、株価上昇こそ自分の経済政策の成功の結果だと豪語している。自社株買いが制限されている日本では、日銀がQE資金の一部で株式のETFを買い、アベノミクスや東京五輪の「成功」を象徴する株価上昇の最大要因になってきた。 (いずれ利上げを放棄しQEを再開する米連銀

昨年の前半は日欧中銀のQEで米国の金融バブルが維持されていたが、昨年後半になると世界的な実体経済の悪化が加速し、金融バブルの再崩壊が懸念されるようになった。そのため米連銀は昨年9月から、民間銀行間の相互信用の低下を穴埋めするかたちで、民間銀行間の融資市場(レポ市場)に資金を供給する事実上のQEを再開した。QEは不健全な政策なので、米連銀は「レポ介入はQEでない」とウソを言い続けてきた。米連銀がウソをつきながら資金注入せねばならないほど、米国中心の世界の金融システムは昨年から脆弱だった。そのため、ウイルス危機で世界経済が突然死すると、金融システムは一気に崩壊感を強め、米連銀など中銀群はあらゆる手を急いで講じねばならなくなった。 (金融危機を無視する金融界

今後、QE資金を全開で注入しても米国債の金利上昇を止められなくなったら、それが中銀群と金融システムの終わりになる。それはもう不可避だろう。いつまでもつか、いつ力尽きるかという話だ。中銀群は最期の策として、無制限のQEを開始した。これがいつまで事態を延命できるかが今後の注目点になる。



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