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QEで進む金融市場の荒廃

2017年8月27日   田中 宇

 日本での債券市場(民間)の取引量が、史上最低の状態を加速している。金融分析サイト「ゼロヘッジ」によると、日本の民間の債券市場の毎月の取引総額は、14年秋に日銀がQEを急拡大するまでは月間20兆から30兆円以上の規模だったが、その後減少傾向となり、今年7月には12・6兆円まで減った。日銀がQEによって巨額の日本国債を買い占め続けているため、債券全体が超品薄となり、金利が低くて取引しても儲からない。 (Japanese Bond Market Volume Collapses To Record Low) (米国と心中したい日本のQE拡大

 日銀はQEの資金を、直接・間接的に、債券、株式、為替のすべての市場に注入し、市場の変動性を抑止している。債券と株式は超高値に貼り付いたままだし、為替も事実上の固定相場だ。相場が変動しないため、民間の投資家が取引しても儲からず、薄商いが続いて取引量が減っている。日本国債の発行総残高に占める日銀保有の割合は、QE急拡大時の10%から、いまや45%にまでなっている。株式についても同様の急増だ。日本の金融市場は、日銀の独占状態となり、民間市場として死んだ状態になっている。日本はもはや資本主義でない。日本の金融市場は荒廃・廃墟化している。この傾向は、日銀がQEを拡大した14年からずっと続いている。 (The BOJ Bond Buying Binge) ("Liquidity Is Becoming A Serious Issue" As Japan's Bond Market Death Goes Global

 日本国債は、代表的な銘柄である10年物でさえ、何日間も全く取引がない状態がめずらしくない。短期の金利先物市場も、ほとんど誰も取引していない。3か月もの金利先物は取引が皆無で、9か月間、相場が動いていない。翌日もの金利先物は、需要がないため7月に取引が停止(廃止)された。ほとんど報じられていないが、日本ではすでに、民間金融市場がほとんど存在していない。 (Japan's Bond Market Grinds To A Halt: "We'll Go Days When No Bonds Trade Hands

 QEは、リーマン危機後、蘇生しない金融システムを、あたかも蘇生したかのようにみせるための、米日欧の当局による「官製詐欺」「官製ネズミ講」の政策だ。金融市場は見かけだけ蘇生したが、実のところ、民間市場が死んだ状態がQEによってむしろ悪化した。金融システムが蘇生していないので、日銀(や欧州中銀)がQEをやめたら、債券や株式の最大の買い手がいなくなり、金利の高騰や株価の急落、つまり金融危機が起きる。まさに「QEやめたらバブル大崩壊」である。世界の金融システムは、QE中毒に陥って荒廃・廃人化している。 (QEやめたらバブル大崩壊) (官製ネズミ講と化した金融市場

▼QEを縮小するふりして裏で維持する日欧中銀

 世界がQE中毒で荒廃しても、中央銀行がQEを永久に続けられるなら、少なくとも中銀にとって、死活問題でない。だが、QEは中銀が保有する債券を急増させ、中銀の勘定(バランスシート)が肥大化し、不健全な状態になる。そのため、QEは数年間しか続けられない。米連銀(FRB)は、リーマン危機後の08年末からQEを開始し、断続的に14年末まで続けたが、その間に、連銀の勘定は1兆ドル以下から4兆ドル以上に肥大化した。連銀はQEをやめざるを得なくなり、日銀とECBに肩代わりさせた。日銀もECBも、QEの肩代わりからすでに3年すぎており、QEの縮小を内部で議論している。 ( Monetary Policy Has been A Failure In Japan) (BOJ May Need QE Exit Talks by Year-End on Economy, PGI Says

 米連銀がQEをやめた後、QEによる世界金融システムの蘇生演技の最も大きな部分を負担しているのが日銀だ。ECBは、ユーロの盟主であるドイツの政府が反対しているためQEを縮小する方向だが、対米従属一本槍を続けてきた日本は、連銀の言いなりでQEを続けている。米連銀は、日本に不健全なQEを続けさせる一方で、自分だけゼロ金利からの離脱や勘定の縮小によって健全化しようとしている。 (米連銀の健全化計画にひそむ危険性) (Japan Has Entered The Next Phase: Unlimited Money Printing

 日銀の勘定は、GDPとほぼ同額の4・6兆ドルまで肥大化し、米連銀(4・5兆ドル)を抜き、いずれECB(5兆ドル)も抜いて、世界最大の不健全な肥満体になる。米連銀の勘定はGDP(17・3兆ドル)の26%、ECBの勘定はGDP(18・5兆ドル)の27%であり、GDPと同額の日銀の勘定は飛び抜けて不健全だ。 (BOJ could overtake ECB as world's largest central bank

 日銀とECBは、QEの縮小を検討しているが、縮小は金利高騰などの金融危機を引き起こしかねず、かなり難しい。そこで日欧の連銀は最近、新たな芝居を打っている。日銀は7月24日、QEによる5-10年物の国債買い支えの規模を、前回の5000億円から4700億円に減らした。これは実質的なQE規模の縮小であり、ふつうに考えると、日本国債の金利上昇(価格下落)をもたらすはずだ。だが実際にはその後、10年物日本国債の金利上昇が起こらないどころか逆に、金利の低下傾向が続いた。同様の金利低下の事態は、実施額を4400億円に減らした日銀の8月25日の買い支えの時にも起きている。 (JGBs tick up even as BOJ reduces buying in 5-10 yr bonds) (Bizarro World: JGB Yields Slide After BOJ Tapers

 日銀がQEを縮小したのに金利が上がらず、逆に下がったのは、欧州や米国で債券金利が下落したので、民間の投資家たちが、日銀よりも欧米の動きを重視して取引したからだと報じられている。もし、日本で民間の債券市場が隆々としているなら、この説明で良い。だが、すでに述べたように、日本の民間の債券市場は死滅状態だ。相場を動かすのは、ほとんど日銀だけだ。日銀は(表向きの)QEを縮小する一方で、金利上昇を防ぐため、並行して「裏のQE」ともいうべき非公式な国債の買い支えをやっていると考えられる。 (Kuroda bashing time, again

 欧州ではECBが、来年からQEの縮小を検討する一方で、QEで買い込んだ債券の満期がきて償還された時、戻ってきた資金で再び新たな債券を買う、裏QE的な再投資(ロールオーバー)を増額している。ECBは、この裏QEでどんな債券を買っているか発表していない。 (As Investors Think Taper, ECB Is Set to Buy More Bonds

 米日欧の中銀群のうち、米連銀は、情報公開の義務が比較的強く、裏の非公開のQEを続けるのが難しいが、日本や欧州の中銀は、開示義務が甘いので、裏でこっそりいろいろやれる。米連銀は、自国の株式を買い支えるのをこっそりやってきた(と指摘されている)が、日銀はおおっぴらに自国の株式をETFのかたちで買い続け、批判もほとんどされていない。日銀とECBは、QEを縮小するそぶりを続けながら、裏で何とかQEを減額しないで維持しようとしている。米連銀が利上げや勘定の縮小をやろうとする中で、日欧の中銀が本気でQEを縮小したら、金融危機の再燃が不可避になるだからだ。 (Bank of Japan staying the lonely course

▼日欧中銀QEの効果を吹き飛ばしかねないトランプと米議会の対立激化

 米連銀が利上げと勘定縮小の姿勢をとる一方で、日欧中銀がQEを縮小するふりをして裏で維持続行する。米国と日欧の中銀群の微妙なバランスで、なんとか均衡が維持されている。だが最近、この微妙なバランスを破壊していきそうな動きが、米国で始まっている。 (Lemon: Trump ‘Is Clearly Trying to Ignite a Civil War in This Country’

 それは、金持ち減税やインフラ整備、米墨国境の壁の建設、健康保険制度の改定などの経済政策を実現しようとするトランプ大統領と、それらの実現を拒否する米議会との対立が激しくなり、9月末までに可決せねばならない財政赤字上限の引き上げが不可能になり、10月からの米政府の閉鎖、下手をすると米国債の元利支払い不履行(デフォルト)になりかねないことだ。 (White House Watch: Trump Picks a Fight With Congressional Republicans) (Trump Divorces the GOP Congress

 トランプは、米議会の共和党主流派(軍産・グローバリスト)からの圧力を受け、自分と方針が同じスティーブ・バノン首席戦略官らナショナリストの側近を辞めさせ、アフガン増派も了承し、議会共和党に譲歩を迫っている。だが、議会側はトランプと協調しない姿勢を続けている。このままだとトランプは、孤立を乗り越えるため、意固地で直情型な個性を爆発させる。議会との対立に歯止めがかからず、政府閉鎖やデフォルトの懸念が増し、株価の急落や金利の急上昇を引き起こしかねない。 (Steve Bannon’s ideas will survive and thrive in the White House) (The Rising Trend of Civil Unrest

 ゴールドマンサックスによると、10月に米政府が閉鎖する可能性は、2週間前の33%、1週間前の50%から、いまや75%へと上昇している。ぎりぎりまで対立して直前で和解するチキンゲームが、本物の激突になりかねない。米国は、リベラルと右派の社会的な対立も激化傾向で、米政府や議会の機能不全が長引くと、社会対立が扇動され、内戦状態に近づく。先行き不透明の増大の影響で、株や債券の相場のゆらぎが増している。市場が不安定になるほど、唯一の安定材料である日欧中銀のQEによる買い支えの効果が薄くなる。世界の金融システムは、かなり危険な状態にある。トランプと米議会の対立については、あらためて詳述する。 (Trump's Economic Boost May Be Short Lived

 今回もう一つ簡単に紹介しておきたい最近の事象は、ドイツ政府が、敗戦国として戦後、米英仏の戦勝国に強制的に預託させられていた巨額の金塊を、自国に返却させる作業を、前倒しして完了したことだ。この件は「今後ユーロが通貨危機になりそうなので、その際の最後の頼みの綱として使える金塊を手元に置いておくことにした」と説明されているが、危ないのはユーロだけでなくドルもだ。ドルが安泰でユーロだけが危機になるなら、金地金でなく米国債を貯め込んだ方が良い。 (Germany shifts 50,000 gold bars overseas back to Frankfurt amid Eurozone collapse fears

 ドイツ政府は、ユーロと同時にドル(や円)も危機になると予測しているからこそ、金地金を急いで手元に取り戻している。ECBにQEをやめさせる一方で金地金を貯め込み、ドルの基軸制を崩壊させる、きたるべき金融崩壊に備える合理的なドイツと、何も考えず対米従属を続け、害悪にしかならないQEを漫然と続ける自滅的な日本。2つの敗戦国の、70年後の異様に鮮明な対照性。日本人は間抜けだ。日本万歳。 (Yanking The Bank Of Japan's Chain - "It's Basic Math, Stupid!"



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