銀行救済を口実にQEが再開される?2023年3月15日 田中 宇
これは「シリコンバレー銀行破綻の影響」の続きです 3月9日にカリフォルニア州のシリコンバレー銀行(SVB)が破綻し、同じ日にニューヨークの仮想通貨専業のシグネチャー銀行(SNY)も預金流出から破綻した。これらと前後して3月8日、同じく仮想通貨専業のシルバーゲート銀行も廃業し自主清算すると発表した。週明け12日には、ファーストリパブリック銀行、パックウェスト・バンコープ、ウェスタン・アライアンスなどの銀行群が連鎖破綻しそうだと懸念されて、これらの株価が暴落した。ムーディーズは米銀行界全体の格付けを「安定的」から「ネガティブ」に引き下げた。 (Small Banks Are Crashing) (Moody’s sees harder times ahead for all US banks and puts six on ‘downgrade’ watch) 昨年から不振が続いてきた大手のクレディスイス銀行も危ないと思われてCDS(債券破綻保険)が高騰し、株価が下落して史上最安値を更新した。証券会社のチャールズ・シュワブも業績不振で危険視された。このままだと、あと20の銀行が連鎖破綻するという予測まで出てきた。SVBの破綻が米金融界全体に連鎖し、大規模な金融危機になりそうな懸念が急増した。 (巨大な金融危機になる) (Credit Suisse CDS Hits Record High As Silicon Valley Banking Crisis Spreads To Europe) (20 banks that are sitting on huge potential securities losses—as was SVB) だが米金融界では逆に、この危機を利用して米連銀(FRB)が銀行救済の名目でQE(造幣による債券買い支え)を再開し、その資金で銀行界の預金流出を穴埋めするだけでなく、利上げ停止とQE再開で債券価格を反騰させ、下がっている株価もテコ入れしてほしいという期待がふくらんでいる。そもそも今回の金融危機は、米連銀がインフレ対策の名目でQEをやめてQT(債券放出による資金回収)を進め、金融システムから資金を吸い上げていることから発生している。連銀が金融危機を止める名目で利上げを停止し、進めてきたQTもやめてQE再開に転換すれば、銀行の危機は去り、債券や株の価格も反騰する。金融界は、何でもいいから理由をつけてQEを再開してもらいたい。(EUでは、地球温暖化対策に巨額資金が必要なのでECBのQE再開でまかなうべきだという、トンデモにトンデモを重ねる話も出ている) (Schiff: Federal Reserve Launches "QE Extra Lite" To Bail Out Banks) (ECB Hikes 50bps As Expected, Issues Dovish Forward Guidance, Unveils Climate QE) 金融界のQE再開への期待は絵空事でなく、すでに実現し始めている。3月9日にSVBとSNYが連続的に破綻して国有化された後、米当局(預金保険担当のFDIC)が、2行の預金を全額払い戻す保護策を行うと発表した。2行は、預金の多くが大口で預金保険の対象外だったが、対象外の預金も含めた全体をFDICが払い戻し、FDICの資金が足りなくなった場合は米連銀が資金を供給することを決めた。通常、FDICは一つの口座あたり25万ドルまでの預金しか保護・払い戻ししないが、それだと今回は預金者の多くが損失を蒙り、他の銀行からの預金引き出しが誘発されて連載破綻につながるシステム的リスクがあると米当局が判断し、預金の全額保護を決めた。 (Yellen Says Government Will Help SVB Depositors But "No Bailout" As Fed, FDIC "Hope" Talk Of Special Vehicle Prevents More Bank Runs) 今のところ、破綻して国有化された銀行は2行で、全額保護の対象も2行だけだ。しかし今後、他の銀行も連鎖破綻して国有化されたら、それらの銀行の預金にも同様の特例が適用され、保険対象外の大口預金口座も含めて全額保護することになりそうだ。破綻する銀行が増えると、FDICの資金だけでは足りなくなり、連銀が資金注入することになる。連銀はQTを進めているので資金が減っている。連鎖破綻が広がったら、連銀はQTをやめてQEを再開しないと資金を作れなくなる。 (Nomura Calls For Rate Cut At Next FOMC Meeting, End Of QT) (ウイルスの次は金融崩壊) 連銀がQEを再開したら、その資金は銀行救済だけでなく、債券や株の相場のテコ入れにも使われる可能性が高い。QEはとても腐敗している。2020年2-3月にコロナ危機が米国に広がって都市閉鎖が開始され、米経済が急に悪化したとき、米上層部はコロナ対策の名目で連銀に圧力をかけてQEの額を急増させ、それが実体経済のテコ入れだけでなく債券や株など金融バブルのテコ入れに使われた(金融テコ入れが主眼だった)。このときの経験から考えると、これから連銀が銀行連鎖破綻回避の名目でQEを再開したら、その資金の大半は連鎖回避よりも債券や株の相場テコ入れに流用される。金融界は、米当局を経由して連銀にQEを再開させ、自分たちの損失を穴埋めし、儲けを増やそうとしている。この話が出回ると、週明けに急落した米国の銀行株などが、QE再開への期待から大幅に反発した。 (Blankfein Says "Govt Actions Removed Reasons For Bank Run" As Ackman Pleads "Regional Banks Are Incredible Bargain") (すべてのツケはQEに) コロナ危機のときもそうだったが、米上層部には、政府自身にできるだけ巨額の財政負担を負わせて自滅させたがる勢力がいる。彼らは大体「左翼」の皮をかぶり、経済を国有化するのが良いという左翼思想を実現するふりをして、米政府の肥大化と財政破綻を推進している。今回も、SVBが破綻した3月9日、SVBを吸収合併したいという銀行が現れ、米当局に申し出てきて合併話がまとまりかけたのに、バイデン政権の内部から猛反対する動きが出て合併が阻止され、結局SVBは合併されず国有化されることになった。その後システム的リスクの回避を名目に、SVBの預金を保険対象外の分までFDICが保護する策もとられ、米政府の負担がどんどん増やされた。 ('Another Scandal': Biden Admin 'Radicals' Blocked SVB Sale, Nationalized It, Then Blamed Trump For Collapse) (史上最大の金融バブルを国有化する米国) QEはドルの過剰発行であり、最終的にドルの覇権を自滅させる。バイデン政権や民主党にいる左翼の中には、左翼のふりをして米政府を肥大化して潰そうとする隠れ多極主義者たちが入り込んでいるのかもしれない。だが、どこまでQEを拡大したらドルの覇権が崩壊するのかは不明だ(だから隠れ多極派が米政界を誘導して連銀にQE中止とQTをやらせている)。世界中がドルを基軸通貨と認めて頼っている限り、どんなにドルを過剰発行しても信用低下は起きない、と考えることもできる(中露など非米諸国がドルを基軸通貨と認めなくなっているので事態は変わりつつある。これも隠れ多極派の策略の「成果」だ)。米連銀がQTをやめてQEを再開すると、最終的なドルの信用崩壊が起こらない限り、債券や株のバブルが再膨張し続け、今回のような銀行破綻も資金注入によって未然に防がれ、マスコミの歪曲報道によって好景気が演出される。 (左派覇権主義と右派ポピュリズムが戦う米国) (Our Economic Illiteracy) 米連銀は昨年春からのQTによって6000億ドルあまりを金融システムから吸い上げた。連銀が今後、銀行連鎖破綻回避の名目でQTをやめてQEを再開し、何千億ドルかを金融システムに再注入すると、景気が良いような感じが演出される。バイデンの不人気も解消できるかもしれない。米国の預金総額は4兆ドルであり、かりにそのすべてを連銀がQE資金で穴埋めしたとしても、8.5兆ドルの連銀の資産総額が12兆あまりに増えるだけで、ドル崩壊を引き起こさずに肥大化できるかもしれない。 ( Factors Affecting Reserve Balances, March 9, 2023) (債券金融システムの終わり) 米国の覇権は一直線に潰れていかない。米連銀が銀行連鎖破綻回避の名目でQTや利上げをやめてQEと利下げを再開するのかどうか。今は景気悪化で沈静化しているように見えるインフレが再燃することはないのか(今のインフレは景気過熱が原因でないと私は考えてきたが、どうなのか)。これらが今後の注目点になる。 (ドル崩壊への準備をするBRICS) (行き詰まるFRBのQT)
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