ウイルスの次は金融崩壊2020年3月2日 田中 宇新型コロナウイルスの感染拡大で、世界的に都市や企業の封鎖が広がり、経済の停止がひどくなっている。世界の製造業を牽引してきた中国で、2月半ばから始めた経済再開の試みが感染拡大の再発懸念からなかなか進まず、中国経済の悪化が確定的になった。感染拡大による経済停滞は韓国や日本、欧州にも広がり、それらを嫌気して2月下旬に入って世界的な株価の大幅下落が始まった。米国や日本の株価は1週間で10%以上の暴落となっている。 ("Worst Thing In My Career" - US Stocks Suffer Fastest Collapse From Record Highs Since Great Depression) (China's Coronavirus Recession Has Arrived) 中国や日本など、世界の実体経済は昨年後半(もしくはもっと前から)から減速してかなり悪い。日本で2月16日に発表された昨年10-12月期のGDPは年率換算で前年比6・3%の縮小・マイナス成長だった。私が見るところ、日本や米国のGDP成長率はリーマン危機後、上昇方向に粉飾され続けてきた。中央銀行群によるQE(造幣による資金注入)で株価を粉飾的に上昇させていることとの整合性をとるため、GDPも粉飾してきた。10-12月期のGDPは、ウイルス問題で1-3月期の数字もものすごく悪くなることがわかった後のタイミングで発表されている。日本政府はもともと10-12月期のGDPをもう少し上方に粉飾しようと思っていたが、どうせ1-3月もものすごく悪くなるのなら、10-12月期も無理して底上げいなくて良いと考え直し、年率6・3%の経済縮小という、平時なら巨大なショックを引き起こすとんでもない数字を、ウイルスで世界中がパニックになっている中でどさくさ紛れに目立たないように出したのだろう。 (Stephen Roach: "When China Sneezes...") (インチキが席巻する金融システム) (アベノミクスの経済粉飾) 日本や中国は昨年から不況だったが米国はGDPや雇用統計を粉飾し続けて好景気を演出し、それを世界的な株価上昇の理由として使っていた。今年2月に入り、中国がウイルスとの戦いで武漢など総人口の3割を占める4億人の居住地域を閉鎖し、中国経済が大停滞しても、まだ米国や日本などでは株の最高値が更新されていた。すでに米国でも日本でも、株を買っている勢力のほとんどは、中銀QEの資金や、そこから派生した資金(QEによって社債の利回りが低く抑えられているのを利用して社債を大量発行して自社株を買う企業など)であり、これらの株高を粉飾するための勢力でない、実体経済の拡大を心底予測して買っている「純粋な投資家」は少ない。世界の株式の大半は国際的な大金持ちが保有しており、彼らは中央銀行群や金融界に影響力を行使して株価や社債の高値を維持している。実際の景気が悪いのに株や社債は高値で、そのつじつま合わせに景気が良いかのように数字が粉飾されている。 (Coronavirus: Only a third of Chinese small businesses open as outbreak disrupts labour and logistics) (Why the Coming Economic Collapse Will NOT be Caused by Corona Virus) (中央銀行の弾切れ) ウイルスによって実体経済が大幅に縮小すると、純粋な投資家が市場から出て行くが、彼らはすでに市場の少数派なので、その流出分は追加のQEなど資金注入の増額によって穴埋めされ、株や社債の高値が維持される。しかし、このやり方が通用するのはある程度のところまでだ。今後、実体経済の悪化が長引き、各種の産業で倒産や債券の債務不履行が増えると、リーマン危機と似たような社債の危機・金利高騰が発生し、債務をめぐる相互不信が拡大し、金融システムが崩壊していく。 (Why the Coming Economic Collapse Will NOT be Caused by Corona Virus) (Why A Bear Market Will Lead To A Dollar Collapse) (異常なバブル膨張、でもまだ崩壊しない) 社債市場で最も危険なのは、米国のシェール石油ガス産業のジャンク債だ。この業界はもともと採掘の高いコストを低金利の債券で賄って赤字を自転車操業で埋めてきた詐欺的な「シェール革命」の神話を利用して運営されてきた。昨年来の景気悪化で石油ガスの国際価格が下落傾向になり、今回のウイルス発生の前から「そろそろやばいよ」と言われてきた。そして今回のウイルス問題で、中国を中心に石油ガスの需要が世界的に急減し、石油ガスの価格が大幅に下がり、下がったままの状態がずっと続く。石油ガス産業は大赤字になって債券を償還できなくなり、石油ガスを皮切りに社債の連鎖破綻が起きる。バブル状態が続いてきた社債の金融システムは、潰れそうな会社でも安価・低金利に資金調達できるので、株高や景気全体の底上げに使われてきた。今後それが潰れていく。株価と実体経済の両方の状況が一気に悪くなる。 (Markets are too complacent about coronavirus despite sell-off) (Sharp sell-off in junk bonds as coronavirus fears grow) ウイルス問題は、いずれ治療薬が出てくるか、感染すべき人々がだいたい感染すれば、深刻さが低下し、経済や社会も復旧していく(ふつうのインフルエンザみたいに来年の冬に再発するかもしれないが)。これと対照的に、社債の金融システムは、いったん崩壊するとなかなか再生できない。08年のリーマン危機から12年たったが、いまだに世界の金融システムは中銀群のQEによる救済策がなければ再崩壊する。12年たっても再生していない。リーマン危機の時はまだ中銀群に大きな余力があったが、今は余力をほぼ使い果たした状態だ。これから確実にやってくる金融危機の再来に、中銀群は弾切れの状態で向きあわねばならない。危機に勝てない可能性が大きい。中銀群が敗北すると、米国債や日本国債の信用問題・金利上昇になる。ドル崩壊になる。金地金ぐらいしか価値を保てるものがなくなる。金相場は先週に暴落したが、これは中銀群が先物を使ってライバルに先制攻撃をかけたものだろう。(金相場は最終的にものすごく高値になるが、その前に乱高下が続く) (Who Smashed Gold Monday Afternoon? Let’s ‘Round Up The Usual Suspects’) (Gold Tumbles - Is The BoJ Back In The Market?) 今後注目すべきことの一つは、米国での新型ウイルスの感染拡大がどうなるかだ。米国はすでに「水際作戦」が破綻し、中国と関係ない人にどんどん感染が広がる事態に入っている。すでに米国内の旅行者の減少などウイルス関係の経済縮小が始まっている。米国は以前から貧困層の医療体制が崩壊しており、ウイルスの感染拡大に歯止めがかけられなくなる可能性がある。そうなるともともと脆弱な米国の景気が一気に悪化し、米国発の世界的な株価の暴落が再来もしくは加速する。(米当局は、中国や日本と同様、感染者の統計数字を過小に発表するかもしれない) ("Here's Why I Don't Really Trust The Official American Coronavirus Numbers") (Could The Covid-19 Pandemic Collapse The U.S. Healthcare System?) いずれWHOが新型ウイルス感染を「パンデミック」に指定すると、それも株価の暴落要因になる。指定されると国際・国内の人の動きがさらに規制され、経済への打撃が加速する。国際金融界や各国政府は経済を悪化させたくないので、WHOにパンデミック宣言するなと圧力をかけており、WHOの宣言はパンデミックの一歩手前で止まっている。しかし、これも時間の問題だ。 (WHO escalates risk assessment of Covid-19 to “very high”) (Is Wall Street Behind The Delay In Declaring The Covid-19 Outbreak A "Pandemic"?) 日銀がステルスQEを再拡大していると指摘されるなど、これからQEの資金注入が増額し、株価が反騰する局面もあるかもしれないが、その一方で、米国での感染拡大とWHOのパンデミック宣言で再暴落が起きる。それに加え、3月中旬を超えても中国経済の再開が遅々として進まないことがわかると、先週と同様、これも株価の急落要因になる。中国の封鎖状態が3か月を超えると、中国の中小企業の8割が資金難に陥る。世界の株価はカスケード状・階段的に下落を続けそうだ。どこかの段階で、米連銀が利下げを開始する。社債市場が崩れそうになったら、レポ市場を使った「QEじゃないぞと言いつつのQE」でなく、大っぴらなQE再開・造幣による社債の買い支えもありうる。 ("Emergency Is On The Table": Goldman, BofA Brace For Crisis, Predict Multiple Rate Cuts In Coming Weeks) (Trump Admin Considering Tax Cuts, Pressuring Powell To Cut Rates In Hopes Of Containing Coronavirus Fallout) (隠れ金融危機の悪化) さらに悪くなると、米連銀がQEの資金で株式を直接もしくはETFで買うこともありうる。日銀はすでにずっと前からやっている。米連銀のイエレン元議長は以前「次に危機になったら連銀が株を買うべきだ」と言っている。その一方で連銀内には「連銀が株投資家を救うのはおかしい。(株の急落を放置して)投資家の連銀依存をやめさせるのが良い」という正論もあるが、「株価が自分の支持率だ」と表明するトランプや、米金融界が連銀に強い圧力をかけているので、たぶん連銀のカネで株を買うことになる。それでも債券のシステム崩壊が起きたら終わりだ。 (Fed's Fisher Stuns CNBC: "Time To Wean Generation Of Money Managers Off Their Dependency On A Fed Put") ("Trump Faces An Impossible Trade-Off": Why A Global Recession Is Now Inevitable) (Yellen Says Fed Should Buy Stocks In The Next Crisis) トランプは、株価が上がると「自分の経済政策の正しさが株価に表れている」と自慢するが、逆に株価が下がったら経済政策が間違っていたことを認めるかといえば、そうではない。株価と自分の支持を結びつけるトランプの言い方は、世界の株式の大半を持っている大金持ち(選挙資金源、権力層)への配慮であり、連銀に圧力をかけるための言い回しである。株が暴落しても、今秋の大統領選挙におけるトランプの勝算はあまり下がらない。トランプの草の根の支持者の多くは株など買えない人々だ。民主党の予備選で、大金持ちと敵対するサンダースが勝った場合は特にそうだ。予備選でバイデンが勝った場合でも、民主党内は予備選を通じて中道派と左派の対立が悪化しており、党内の結束を最強化できずトランプに負ける可能性が高い。 (Trump Isn’t Easing Coronavirus Forebodings) (How coronavirus could upend the US election)
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