債券金融システムの終わり2022年11月17日 田中 宇1980年代から米英を中心に世界に資金を大量供給してきた「債券金融システム」が終わりにさしかかっている。このシステムは、1972年のニクソンショック(金ドル交換停止)による金本位制の崩壊後の状況を利用して構築され、1980-90年代に開花・拡大した。だが、拡大はバブル膨張でもあり、2000年代になるとバブル崩壊し始め、2000年のIT株バブル崩壊、2007-08年のサブプライムローン危機からリーマン倒産で信用不安を引き起こし、いったんシステム破綻した。その後、米欧日の中央銀行群が造幣した資金で債券を買い支えるQE(量的緩和策)を開始し、破綻した債券システムを蘇生したように見せかけて延命させた。この延命体制は現在まで続いているが、かなり行き詰まっている。 (The End Of World Dollar Hegemony: Turning The US Into Weimar Germany) 米英中銀は2020年春、新型コロナでへこんだ経済を立て直すためにQEを大膨張させた。米国やカナダの金融当局内では、コロナ危機が一段落したらQEで増やした中銀の資産総額を元に戻す(QEをやめてQTを進める)約束だったようで、コロナ危機が一段落した2021年後半からQE停止・QT開始の要求が強まった。超愚策なコロナ対策の都市閉鎖などにより、欧米では流通網が詰まり、2021年春からインフレがひどくなった。米政界などでは、QEがインフレをひどくしているという(間違った)批判が広がった。加えて2022年2月からのウクライナ戦争で行われた対露制裁が大失敗して欧米のインフレが加速し、これもQTと利上げを続けろという米英中銀に対する要求の強まりになった。QTや利上げは、リーマン危機後の債券システムの延命策を行き詰まらせ、インフレが激化した今年に入ってシステムが再崩壊する感じが強まっている。 (Von Greyerz Warns Of "$2.5 Quadrillion Disaster Waiting To Happen") 1944年に作られたブレトンウッズ体制(ドルの米覇権体制・基軸通貨制)は、金地金のドル建て価格を固定する金本位制で、それは米政府の健全財政を前提とし、政府支出拡大などでドルを過剰発行すると体制が破綻するものだった。戦後の米覇権は英国(諜報界)が黒幕であり、英諜報界は冷戦まで起こして米覇権を無理やり英国好みのかたち(米国好みの多極型でなく米英中心体制)にした。米国側(CFRなど)はこれを嫌い、米政府に金遣いを大盤振る舞いさせてドルを過剰発行させ、ブレトン・ウッズ体制を自滅させて1972年のニクソンショックを起こした。ドルは金地金に見放されて大幅に減価し、金地金から見たドルの価値はその後の8年間で20分の1に(1オンス38ドルから800ドルへ)下がった。米国側の思惑通り、ドルの米覇権はいったん壊れた。 (World Dollar Hegemony Is Ending (And That May Be A Good Thing)) だが金ドル交換停止は、見方を変えると、ドルが金地金の束縛を解かれ、自由に過剰発行して良い新体制の誕生を意味した。日独など世界の大半は、米国の覇権崩壊を望まず、ニクソンショックでドルが崩壊した後もずっと対米従属して経済取引を続けることを望んでいた。こうした世界の需要を活かし、米金融界と英諜報界は、米国がドルや債券を過剰発行し続け、それを日独など世界に買わせ続ける新体制を作り出した。世界が債券を買ってくれるので、米英は、あらゆるもの(クズ資産など)を担保に債券の種類と発行総額を急増した。クズ資産やジャンク企業の債券が崩壊しそうになると、金融界が資金供給して救済して金利上昇・信用失墜を防止し、金利全体をずっと低い状態に保った。低金利(リスクプレミアムが低い状態)が続く限り、クズを担保に債券を発行して資金を増やす錬金術的な体制を続けられた。これか債券金融システムのうまみだった。 (The Treasury Market Is The Fed's Next Crisis) 米英は、作った資金の一部を使って信用取引で金相場を下落・抑止させた。ニクソン・ショック時の1オンス38ドルから、1980年に800ドルまで高騰した金相場は、その後300-400ドルまで下がり、そのまま2008年のリーマン危機の前までずっと上昇抑止され続けた。1972年まで「資産の王様」「価値の中心」だった金地金は、1990年代以降、古臭い時代遅れの「野蛮な商品」に格下げされた。ドルが勝ち、地金は幽閉された。1970年代まで財政破綻していた英国は、債券金融システムを思いついて米国と一緒に拡大することで、経済の立て直しと、覇権の再獲得の両方を実現した。G7は、債券金融システムで覇権を蘇生した米英を、対米従属を堅持したい日独などが債券買い支えや市場介入で支援する「米英を支える会」風の覇権テコ入れ機関として作られた。G7が発足し、米英が債券金融システムを公式化(金融自由化策の開始)した1985年に、米覇権の蘇生が正式に始まった。 その後、アジアなど新興市場や発展途上諸国に債券金融システムを拡大しようとする動きがあったが、それは1997年のアジア通貨危機などで阻止された。債券金融システムはもともと米英覇権蘇生のために作られたものであり、それがアジアなど(今でいうBRICS諸国)にコピーされていくと、中国などが力をつけ、米英覇権が崩れて世界が多極化しかねない。米英上層部の単独覇権主義者たちは、それを阻止するため1990年代にアジアや中南米で金融危機を起こした。日本の上層部は対米従属が大好きでやめたくなかったので、日本自身が債券金融システムを持たないようにする目的で、1990年代にバブル崩壊を引き起こして金融的に自滅した。日本はその後「失われた20年」を演出し、自国の発展を自ら阻止し続け、対米従属に安住した。 1990年代、米英は金融で覇権を蘇生し、新興市場諸国の債券金融化を止めるアジア通貨危機などを起こして多極化を防ぎ、ソ連は崩壊して米英中心の世界の最後尾についた。「(覇権争いの)歴史の終わり」が夢想された。だが実のところ、これは新たな破綻への道の始まりだった。アジア通貨危機で、アジアなど新興諸国に向かっていた資金は、行き場を失って米国側に逆流してきた。米国は金融バブルの膨張がひどくなり、2000年にIT株のバブル崩壊が起きた。その後も行き場のない資金が巨額に存在し、米国内の不動産担保(住宅ローン)債券市場が金融バブル膨張の行き過ぎとなり、2007年にサブプライム(優良以下)住宅ローン債券の市場がバブル崩壊した。これは広範な社債市場の凍結(取引急減、崩壊)を引き起こして長期化し、2008年のリーマン倒産で債券金融システムの全面崩壊になった。その後、自然にリスクプレミアムが低下することは二度となかった。 (Ex-Treasury Secretary Warns Of Deficit "Doom Loop", Says Fiscal Debates Need To Be "Back On The Table") リーマン危機後、米金融界が全面崩壊をいったん認め、時間をかけて縮小再均衡を試みていたら、リスクプレミアムが再低下して債券金融システムの錬金術が蘇生していたかもしれない。だがその道は採られず、もっと近視眼的な、米連銀など中央銀行群が造幣して債券を買い支えて金利を人為的に引き下げるQE(量的緩和策)が行われた。金利はゼロやマイナスになったが、金融システムは、自然な需給関係が永久に戻らず、QEという生命維持装置によって形だけ生きている植物人間状態(死に体)になった。米欧日のマスコミ権威筋や金融界は、米英覇権主義勢力の傀儡なので、金融システム(金融覇権)が死に体になっていることを報じず、米金融が隆々と蘇生したかのようなウソばかり喧伝する「裸の王様」状態になった。それがリーマン危機後、今日まで15年間続いている。 (‘Fragile’ Treasury market is at risk of ‘large scale forced selling’ or surprise that leads to breakdown, BofA says) 米覇権を自滅させるイラクやアフガニスタンの泥沼の軍事占領や、シリア内戦を通じた中東覇権の米国から仇敵のはずの露イランへの移転、覇権放棄屋ドナルド・トランプの興亡(米中間選挙の不正)などをみればわかるように、米国上層部(諜報界)では、米英覇権主義勢力と、多極化勢力がずっと暗闘し続けている。この暗闘は経済金融部門でも行われている。倒産させる必要のなかったリーマンブラザーズを倒産させて金融危機を激化したのはその一例だ。リーマン危機後、米金融システム(金融覇権)がQE中毒の植物人間になったのを見て、多極化勢力は、これを放置すればいずれQEが限界に達し、金融覇権が再崩壊すると思っただろう。だが、10年経っても金融再崩壊は起きなかった。10年間のQEは米連銀の資産総額を10倍にした(1兆ドル以下から9兆ドルへ)。これは理論的に不健全だが、投資家など人々が実際に不健全だと思うかどうかは別だ。覇権主義勢力は傘下のマスコミ金融界に、QEや米連銀の資産急増が不健全でないと喧伝させれば、ほとんどの人が軽信し、連銀の資産勘定が20兆とか30兆ドルになっても問題は起こらない。多極化勢力は今回も負けてしまう。 (米金融界が米国をつぶす) 再敗北を防ぐため、多極化勢力はここ数年、いろいろやり出している。まず、2020年に始まった新型コロナ危機で超愚策な経済自滅の都市閉鎖を先進諸国にやらせ、都市閉鎖による経済停止の穴を埋めるために米英などの中銀群にQEを大幅増額させた。それまでQEに消極的だった英国やカナダの中銀群も、コロナ開始後にQEを急増した。そして、コロナの超愚策で経済が停止している状態を利用して、米諜報界の多極派が傘下の左翼労組などを動かし、米国などで国際流通網のボトルネックを悪化させ、2021年春からインフレを悪化させた。さらに、米傀儡のウクライナ政府に国内のロシア系住民への攻撃を強めさせてロシアの反撃を誘発して2022年2月からウクライナ戦争を起こし、米欧がロシアからの石油ガス資源類の輸入を厳禁する対露制裁の構造を作り、米欧のインフレや物不足を激化させた。 (無制限の最期のQEに入った中央銀行群) (Peter Schiff: The Fed Got Everybody Drunk On Cheap Money But The Party Is Over) これらの構図の上に、米政界から米連銀に対し、インフレ対策としてQEをやめてQT(QEの巻き戻し)を開始し、利上げをせよという金融引き締めの圧力が強まった。米連銀はQTと利上げを続けている。コロナ危機も流通網の詰まりも対露制裁もずっと続くので、インフレはまだまだ終わらず、QTと利上げも続く。債券金融システムの維持には金利全体が低い状態を作り出すことが必要で、QTと利上げの長期化はシステムの破壊を引き起こす。金融システムは、すでにかなり破壊されている。だから、孫正義は金融投資をやめていくことを発表し、これからは半導体事業(アームなど)をやると言っている。ウクライナ戦争で作られた、米国側=金融力と、非米・中露側=現物の力・製造業や実体経済との対決は、現在進行中の米国側の金融崩壊によって、非米側の勝ちになる。孫正義はこの流れを察知し、注力する先を金融業から半導体製造業に移すと宣言したのだろう。 (SoftBank shares tumble after Vision Fund reports another big loss) 金融相場はまだ決定的な崩壊になっていない。大崩壊直前の状態で寸止めされている。長期米国債の金利が5%を大きく越え、ジャンク債の金利が10%を大きく越えて上昇していくと、金利が高止まりして不可逆的な大崩壊を引き起こし、債券金融システムと米金融覇権の終わりになる。大崩壊が今後いつ起きるかはわからないが、大崩壊が起きずに金融システムが蘇生していくことはない。きたるべき大崩壊は、米諜報界(深奥国家)の多極化勢力が意図的に起そうとしてきた動きだ。彼らは、米覇権を崩壊させて覇権構造を多極型に転換するという目的を達成するまで画策し続ける。コロナ超愚策や。ウクライナ戦争(対露制裁の失敗による非米側の台頭)などを見ると、多極派の目的が達成されつつあることがわかる。 (Stocks Sink As Yield Curve Tumbles To Biggest Inversion In 40 Years) (金融を破綻させ世界システムを入れ替える) 金融システムの周辺部分はすでに崩壊している。たとえば最近、仮想通貨が多くの銘柄で大幅下落し、今後さらに下がると予測されている。仮想通貨は「ドルなど政府管理の通貨に対抗する、政府が介入できない通貨」とされ、ドルの基軸性・覇権が低下するほど仮想通貨の価値が増すと言われてきた。だが実際には今年、QE中毒や長引くインフレ、対露制裁の大失敗などによってドルの基軸性が低下し続けても、ビットコインなど仮想通貨の相場は上がるどころか逆に下がり続けている。仮想通貨の価値の源泉は、ドルへの対抗性でなく、米金融界が債券発行などで作ったバブル資金で仮想通貨を買って相場をつり上げることだったと考えられる。今年、QTと利上げのの連続でバブル資金が急減しているが、これと並行して仮想通貨の価格も下がっている。仮想通貨は結局のところ「ドルの対抗馬」でなく、ドル(債券金融システム)が作った資金で膨張してきた「ドルの傀儡」に過ぎなかった。仮想通貨取引会社FTXの破綻を受け、以前から金融危機を予測してきた経済学者のヌリエル・ルビーニは、仮想通貨はひどく腐敗した存在だと指摘している。 (Crypto ‘totally corrupt’ – Nouriel Roubini) (Roubini Warns Of Imminent Dollar Crash: The Fed Is Going To "Wimp Out" In The Inflation Fight) きたるべき金融の大崩壊が起こり、債券金融システムが不可逆的に崩れたら、それ以前に存在していた金本位制に戻るのか。金融の「専門家」たちは、そんなことあるわけない、金融システムはニクソンショックで金本位制を捨てた後、規模が大幅に拡大・膨張しており、金地金で支えられるような規模でない、と言ってきた。しかし、金融専門家自身が債券金融システムのバブル膨張を支える詐欺のために存在する傀儡勢力である。金地金についてボロクソに言うことは、専門家の詐欺行為の一つである。中国やロシアなど非米諸国は金地金を買い集めている。非米側は金地金の価値を重視している。そのことと、金本位制の導入とは別物だ。実際にこれから金融大崩壊が起きた後、金本位制に戻るのかどうかはわからない。まず、信用取引を使って金相場が不正に引き下げられている状況を解消せねばならない。それが達成されれば、少なくとも、国際決済や資産備蓄の一つの道具として金地金が使われるようになる。 (Establishment Supports Central Bank Gold Secrecy instead Of Exposing It) (金本位制の基軸通貨をめざす中国)
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