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覇権の暗闘とイスラエル

2022年6月22日  田中 宇 

私はこれまでの分析で、国際政治にとって最も大事なことが覇権であることを理解した。覇権とは国際的な隠然とした政治支配力だ(覇権は隠然支配、帝国は顕然支配)。また、欧米中心の世界的な覇権の歴史について以下の4点がわかった。(1)覇権はスペイン+ポルトガルの時代から、ユダヤ人(スファラディ)の商業情報ネットワークを利用して構築運営され、ユダヤ網が覇権の黒幕として機能していた。(2)大英帝国も、ロスチャイルド家などユダヤ網の国際情報力=諜報力に依存しており、それが英諜報界(MI6など)になって覇権運営を手がけた。(3)2度の大戦で覇権が米国に移るとともに、英諜報界が米国に諜報機関(CIAなど)を作って入り込んで黒幕支配し始め、米覇権は最初から英国(ユダヤ網)に乗っ取られていた。 (覇権の起源) (覇権の起源<2>ユダヤ・ネットワーク

(4)米国は孤立大陸であり、紛争だらけの多民族大陸ユーラシアの面倒を見たくなかったので、米国は戦後の世界体制として、各大陸に別々に地域覇権国が並び立つ「多極型」の覇権構造を望み、国連(事実上の世界政府)の権力を多極型のP5(安保理常任理事国)に持たせようとした。だが英国は(自らが隠然と牛耳る)米国がユーラシアを含む全世界を支配する単独覇権体制を望み、冷戦を誘発して米ソを対立させて多極型の構想を潰した。相互乗り入れしている米英諜報界の内部で、覇権を多極型に戻そうとする多極派(隠れ多極主義。ロックフェラーなど)と、米英単独覇権体制を維持しようとする勢力(軍産エスタブ)が暗闘し続けた。多極派は、単独覇権派のふりをして米中枢で覇権運営を担当し、単独覇権戦略を過激に稚拙に失敗させ続け、ベトナム戦争以来50年かけて米英覇権を自滅させてきた。冷戦終結、イラク戦争、リーマンショック、そして今のウクライナ戦争も多極派の策略だ。これらの策略のおかげで米英覇権は順調に自滅している。 (米諜報界を乗っ取って覇権を自滅させて世界を多極化

「ユダヤ人が隠然と世界を支配している」というユダヤ陰謀史観があるが、私の分析の(1)から(3)までを短絡的に表現するとそういうことになる。個別のユダヤ人たちが世界を支配しているのでなく、昔からあるユダヤの国際情報ネットワークが覇権構造の基礎になっている。米国の隠れ多極主義の大御所であるロックフェラー家はユダヤ人でないが、その代理人であるキッシンジャーやネオコンの大多数はユダヤ人だ。(4)は私のオリジナルな分析であり、田中宇史観である。 (田中宇史観:世界帝国から多極化へ

私が今回考えたのは、壮大な500年のユダヤ系と覇権の関係史の中で、イスラエルやシオニズムはどのような役回りなのか、ということだ。シオニズムは「ユダヤ民族主義運動」のことで、20世紀初めに世界各地で民族自決の植民地独立運動が起きた時に、ユダヤ人も自前の民族国家を作って持つべきだと主張して始まり、中東にイスラエルを建国した。欧州のユダヤ人の中には、人数的に少数のスファラディ(スペイン系)と、圧倒的多数のアシュケナジ(ドイツ系)がいる(イスラエルのユダヤ人にはこのほか中東アフリカなど「東方」出身のミズラヒがいる)。ユダヤネットワークを運営して覇権の黒幕として機能してきたのは、ロスチャイルドらスファラディの方だ。アシュケナジは、東欧からウクライナなど旧ソ連にかけての地域に住んでいた庶民や貧農のユダヤ人で、かつてこの地域にユダヤ教に改宗したハザール汗国があったため彼らの祖先がユダヤ教徒になった。 (覇権の起源<3>ロシアと英米) (分解するイスラエル:2種類のユダヤ人

シオニストの指導者たちは、アシュケナジの人々に民族運動を鼓舞し、シオニズムを支持するユダヤ人(シオニスト)の多数派はアシュケナジになった。ユダヤ人ならシオニズムを支持せねばならないという考え方が席巻し、大英帝国の中枢の諜報界(ユダヤ網)を黒幕的に動かしてきたロスチャイルドなどスファラディのユダヤ人も、シオニズムを支持せざるを得なくなった。いったんユダヤ民族の意思決定機構としてシオニズムが確立してしまうと、内部の意思決定は多数決になり、少数派のスファラディよりも多数派のアシュケナジが強くなった。アシュケナジを束ねるシオニスト指導者の多くは、ソ連や国際共産主義運動と気脈を通じる社会主義者であり、大英帝国の覇権(ユダヤ網)を壊したり乗っ取ったりしたい人々だ。ユダヤ人の内部が「民主化」されてしまうと、ロスチャイルドは英覇権の基盤にあるユダヤ網を左翼に明け渡さねばならなくなる。シオニズムは、左翼による英国覇権潰しの謀略の一つだった。(資本と帝国の論理に基づくと、初期の左翼は資本家の手先だった) (イスラエルとロスチャイルドの百年戦争) (資本の論理と帝国の論理

(とはいえ、英国とイスラエルは第二次大戦後に協力して、英国の仇敵であるドイツを永久に土下座させておくために「ホロコースト」の構図を作っている。戦争プロパガンダの「事実」化。その面で、イスラエルと英国は互恵的な関係だ。米英イスラエルの諜報界は、ユダヤネットワークという共通の土台に3者が相乗りしているので決定的な敵になれず、表向き仲良くせざるを得ない。諜報界の内部争いは暗闘になる) (ホロコーストをめぐる戦い

ロシア革命や国際共産主義運動は、英国覇権の解体が目的の一つだった。国際共産主義運動は、大英帝国の植民地から独立を試みたり達成した国々を網羅しようとするネットワークで、大英帝国の諜報網(ユダヤ網)に対抗するものだ。大英帝国もロシア革命・左翼運動も、諜報網はユダヤ人が運営していた。大英帝国のスファラディvs左翼のアシュケナジという対立構造だった(やがて、どちらもアシュケナジばかりになったが)。シオニズムは、ロシア革命の関連運動だった。建国後のイスラエルの執政党は左翼の労働党だったし、キブツも社会主義のコミュニティ運動だった。 (覇権転換とパレスチナ問題

イスラエルは建国時に英国潰しの策略として企図されていたが、英国は表向きイスラエルを容認・支持しつつ、パレスチナ問題を作ってイスラエルを矮小化して封じ込める対策をとった。英国は「国際社会」を率いてイスラエルに対し「アラブ側に譲歩し、エルサレムを分割してパレスチナ国家の創建を認めよ」と要求し続けた。中東戦争の対立構造の中、イスラエルの譲歩はアラブ側を強化する自滅策になるのでやれなかった。英国はイスラエルに悪のレッテルを貼ることに成功した。アラブ諸国との戦争が繰り返される中、イスラエルは戦争に勝つために英米覇権側に転向した。1967年の六日戦争(第3次中東戦争)までの間にイスラエルは、英国が米諜報界を乗っ取った手法を真似て米政界を牛耳り、軍産複合体とともに米政界を支配する強い勢力になった。六日戦争後、米諜報界は、英国よりもイスラエルに強く牛耳られるようになってしまった。 (イスラエルの戦争と和平) (国家と戦争、軍産イスラエル

1980年代になると、米英が覇権の金融化(債券金融システムを長期にわたって肥大化=バブル膨張させることで米英が金融経済面で世界を主導し続ける)をやり出し、軍事覇権の重要性が低下してレーガンの米国が冷戦を終わらせた。その流れで中東の国際政治対立も解消する動きになり、中東和平の流れが1988年から始まった。労働党政権のイスラエルはいったんこの「平和の配当」の流れに乗ってパレスチナ国家の創設を認め、1993年にオスロ合意に調印した。だがその後、米国の軍産複合体とイスラエルが結託してイスラム世界を極悪の悪者(テロリスト集団)に仕立てて米国側の恒久敵にする「第2冷戦」としての「テロ戦争」の構想が企図された。その流れに沿って、イスラエルでは和平を推進していた労働党のラビン首相が1995年に暗殺され、与党が右派のリクードに替わった。米国はタリバンなどイスラム主義勢力への敵視を開始し(オルブライト国務長官の「ならずもの国家」戦略)、仕上げとして2001年に911テロ事件が軍産イスラエルの自作自演的な策略として起こされ、世界は「40年間のテロ戦争」に突入した。米軍はイスラエルを守るための衛兵にされた。 (イスラエルが対立構造から解放される日) (世界に嫌われたいイスラエル

テロ戦争は、米国がイスラエルのために永久に中東を支配してくれる、世界的な単独覇権体制になるはずだった。しかし、米中枢(諜報界)でテロ戦争の戦略を運営する役目を担ったネオコン(ロックフェラーやCFRの中のユダヤ人勢力)が実は、過激に稚拙にやって戦略を米覇権ごと自滅させる隠れ多極主義だった。彼らはイスラエルの仇敵だったサダム・フセインのイラクを潰すと言って、稚拙で過激なイラク戦争を起こして大失敗した。米国はその後も、エジプトのムバラク親米政権を壊したアラブの春、イランに核兵器開発の濡れ衣をかけたもののイランが中露の傘下に入って延命・再台頭してしまう愚策、シリアやリビアを無意味に内戦に陥らせる政権転覆の稚拙な試みなどを連発した。テロ戦争は、米国覇権を自滅させた。 (ネオコンと多極化の本質) (テロ戦争の意図と現実

イスラエルは、テロ戦争の戦略に早くから乗っていたが、米国で911後にネオコンがテロ戦争の運営役になって稚拙で過激なイラク戦争をやり出して米覇権を自滅させる策をやり出したのを見て、当時のイスラエルのリクードのシャロン首相は、テロ戦争の構図から足抜けする、西岸ガザの占領地からの撤退や、占領地とイスラエル本土の間に隔離壁を建設する策を2002年からやり出した。シャロンは、米国のネオコンがテロ戦争を大失敗させて米国覇権もろとも自滅させる策をやっていることを感知していた。シャロンはそれまでパレスチナを敵視する入植運動を推進する指導者だったが、米国がテロ戦争の戦略を自滅的に失敗させて中東から撤退したら、あとに残されたイスラエルはパレスチナやアラブ側との厳しい対立に米国の後ろ盾なしに直面し、戦争や孤立化で国家破綻していきかねない。だからシャロンは占領地の撤退や壁の構築をやり出した。だが、これは入植者ら過激な右派から猛反発を受け、シャロンはリクードを離脱して新党カディマを創設して和平敵視の構図から離脱しようとしたが、結局2006年に暗殺みたいな形で脳卒中で倒れて植物人間にされ、2014年に死去した。 (イスラエルの清算) (世界を揺るがすイスラエル入植者

イスラエルの入植運動の過激な活動家の多くは米国からの移住組で、その多くはイスラエルを行き詰まらせて潰そうとする「親イスラエルのふりをした反イスラエル」の勢力だ。彼らが、イスラエルを自滅させようとする策略に気づいて方向転換しようとしたシャロンを抹殺した。次に首相になったオルメルトはシャロンの策を継承し、イスラエルが同意できる形で矮小化したパレスチナ国家の創設を認める中東和平の「オルメルト案」を作って進めようとしたが、オルメルトは汚職スキャンダルを起こされて2009年に辞任し、リクードのネタニヤフと交替した。このころ、米国は民主党のオバマ政権になり、イスラエルとの関係が悪化して中東和平問題も閉塞状態になった。 (没原稿:パレスチナ和平の蘇生) (西岸を併合するイスラエル

次に中東和平が再稼働しそうになったのは2017年からのトランプ政権になってからだ。トランプは、中東和平のシナリオとして唯一現実的な「オルメルト案」を焼き直して「トランプ案」として出し、それをネタニヤフに飲ませようとした。その替わりに、イスラエルが切望していたサウジアラビアとの和解を仲裁してやるから、という話だった。しかしイスラエルでは、トランプが就任する直前からネタニヤフに対する汚職スキャンダルがいくつも出てきて、ネタニヤフがトランプ案に乗ったらオルメルトのように辞めさせられる可能性が高まった。ネタニヤフはトランプ案に乗らなかった。トランプ自身も2020年の大統領選挙で民主党側に不正をやられて落選させられた。(不正に)当選した今のバイデン政権はオバマ同様、中東和平を全く進めていない。 (よみがえる中東和平) (よみがえる中東和平<3>

中東和平・パレスチナ問題は、大英帝国の基盤にあった英諜報界(ユダヤネットワーク)を乗っ取って(というかコピーして)分離独立しようとしたイスラエルに対し、英国側が報復のために建国時のイスラエルになすりつけて永久に背負わせた難問である。英国は、インドが独立する時にパキスタンを分離独立させてインドが永久に苦悩するように仕向けたが、あれと似たものだ(表向きの偽善的な好印象と正反対に、英国は世界で最も極悪な国家である)。オルメルト案やトランプ案で中東和平が形だけ実現して安定的に維持されれば、イスラエルとアラブ諸国が正式に和解でき、イランなど他のイスラム諸国もイスラエルを敵視できなくなって「冷たい和平」に状態になり、中東は安定と発展に向かう。しかし、イスラエルの入植者から米民主党まで、現実的な中東和平の推進を妨害する勢力がたくさんいて、何十年も何も進まない状態になっている。 (不人気が加速するバイデン米民主党) (米覇権衰退で総和解があり得る中東

今回の記事はもともと、ネタニヤフを追放したベネットとラピドの連立政権が、4月から議会の過半数を喪失し、ネタニヤフが復権しそうだという状況を分析しようとして数日前から考察を開始した。書いているうちにベネットラピド政権が議会の解散総選挙を決めてしまい、全面的に書き直すなら英米覇権(諜報界)の根底にユダヤネットワークの存在があったことから分析した方が良いと思い、結局いまのイスラエル政界の話まで全然到達しなくなってしまった、という経緯だ。イスラエルは世界的な覇権構造を形成し運営する諜報界の一部であり、だから小さな国なのにとても重要だ。諜報界の話なので、玉ねぎ構造で内部が複雑かつ不透明で、しかも何を書いても陰謀論・妄想扱いされる。しかし、これは世界で最も重要な話だ。ここでいったん切って、続きはあらためて考察して書く。 (Israel heading to elections, Knesset to disband, Lapid to become prime minister



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