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当事者能力を失う米国

2022年6月11日  田中 宇

6月10日に米政府が発表した5月分の消費者物価指数・CPIのインフレ率は前年同月比8.6%の上昇で、燃料や食料など広範な物価高によって、米国が予想以上の、40年ぶりのひどいインフレになっていることがわかった。インフレ対策として、米連銀(FRB)が6月14-15日の政策会議FOMCで0.5-0.75%の大きな利上げを実施する可能性が強まり、長期金利(米国債)金利が上昇し、金利高を嫌気して株価が急落した。インフレ回避資産として好まれる金地金の相場は上昇した。インフレとQTの同時進行で、金利上昇と株価下落が進んでいく。 (Inflation surprise: Here's what's inside the red-hot CPI report) ('Ugly' inflation report could put Fed rate hike of 75-basis points on the table

いま進行中の世界的なインフレの原因は、米国や中国など流通網のボトルネックの詰まりが続いていることと、欧米が対露経済制裁としてロシアからの石油ガス穀物など資源類の輸入を急減する自滅策をやった結果、石油ガスや穀物などが急騰しているためだ。今のインフレは通貨政策と関係ないから、米連銀が利上げしてもインフレは止まらない。米政府がインフレを止めるには、流通網を精査してボトルネックを解消していくこと、ロシアに対する自滅的な経済制裁をやめること、中国敵視もやめて米中経済分離を緩和させていくことなどが必要だ。 (ロシアは中国と結束して延命し、米欧はQE終了で金融破綻) (金融大崩壊への道

だがマスコミ権威筋は、こうした状況すら正しく報道・指摘しない。米政府のインフレ対策は頓珍漢だ。流通網の詰まりが指摘されても、それをうまく改善する手立てが採られていない。米政府はインフレを止められない。流通網の詰まりや、資源類を高騰させる対露制裁は今後も続き、インフレはひどくなるばかりだ。中国やインドは、ロシアから資源類を買い、欧米に高値で転売して儲けている。これも欧米が資源インフレに悩まされる一因で、これは今後もずっと続く。インフレは米欧経済を不況に陥れ、スタグフレーションを引き起こす。米政府は経済を運営する当事者能力を失っている。 (We Are Hurtling Toward Stagflation) (インフレに負ける米連銀

コモディティの国際相場は、信用取引によって金融的に引き下げられてきた面があり、その大きな資金源は米連銀のQE(通貨を過剰発行して金融市場に注入して相場をつり上げる策)だったが、米連銀はすでにQEをやめてQT(資産圧縮)を開始している。今後はコモディティ相場の引き下げ効果が薄くなって高騰する傾向が増す。石油価格は今の120ドルから140ドルへと上がっていくと予測されている。金相場も今後、他のコモディティよりも長く上昇抑止の効果が続くが、いずれ抑止力が薄まって高騰する。 (DataTrek: Oil Prices Hitting $140 Would Mean Recession In The Next 12-18 Months) (来年までにドル崩壊

米バイデン大統領は、愚痴みたいな言い方で自分の希望や他国の批判をするばかりで、実効性がある政策を進めていない。バイデンは6月10日、米国でガソリン代が値上がりしているのはプーチンが石油価格をつり上げているからだと宣言した。この指摘は間違いだ。石油価格の高騰は、米国がウクライナの傀儡政権をけしかけてロシア系住民を殺し続け、ロシアが正当防衛的にウクライナ侵攻するのを誘発し、この戦争勃発とともに、稚拙で過激な対露制裁を開始したからだ。米国がウクライナ戦争を起こし、米国が対露制裁を発動して国際石油価格を高騰させ、自国のガソリン代を高騰させた。自業自得だ。バイデンは、自分で石油価格を高騰させておいてプーチンのせいにしている。ロシアは制裁されて弱い立場なので、国際価格より2-3割り安く中国インドなどに石油を売っている。 (Biden attempts to blame Putin for inflation) (India is Buying Up Cheap Sanctioned Russian Oil and Selling it to the U.S. and E.U. at Huge Profits

バイデンは6月9日には、インフレを船会社のせいにした。太平洋航路で貨物船を運行する9つの船会社(中国企業など)の中には、船賃を10倍に値上がりしたところもあり、インフレはこの値上げのせいだとバイデンは米国民に向かって述べた。船積み運賃の高騰は昨年からのことで、米国と中国の港湾の積み下ろし作業が滞り、沖合の滞船やコンテナ不足がひどくなって運賃が高騰した。こうした流通網の詰まりは、いつまでも修正されないので、もともと意図的に引き起こされた可能性が高い。インフレを悪化させ、QE停止からドル崩壊を引き起こすための米諜報界の隠れ多極主義勢力による策略でないかと、私は昨年初めから疑ってきた。船会社は民間企業であり、需給に沿って合法的に動いている。流通網を詰まらせて需給の均衡を破壊してインフレを起こしたのは、バイデンの傘下にいるはずの米諜報界である。船会社批判は頓珍漢だ。 (Biden says shipping costs are major part of inflation) (インフレ隠しの悪化) (世界的な超インフレになる?ならない??

米大統領府はバイデンの船会社批判の演説をユーチューブで公開したが、公開から約1日の間、ユーチューブのページのコメント欄が書き込み可能な状態になっていた。米大統領府は通常、コメントを書き込みできない状態に設定してユーチューブを公開するが、この時はスタッフが書き込み禁止にするのを忘れたらしい。その結果、このユーチューブのページには「米国をインフレにしたのはあなたですよ」「人のせいにするのはやめなさい」「最低の大統領だ」といった(おそらく共和党支持者からの)猛烈な批判が無数に並ぶ事態になった。書き込みは1日半後に禁止され、コメントは全て消えた。バイデンの不人気を象徴する事態だ。 (Joe Biden Wrecked On YouTube After White House Forgets To Turn Off Comments

インフレがひどく悪化することは、流通網の詰まりが始まった2020年末から予測されていた。ウクライナ開戦後の対露制裁が発動された時から、石油ガス資源類が世界的に高騰することが予測されていた。それがQE停止や利上げにつながってドル崩壊まで進むことも予測されていた(ドル崩壊はこれからだ)。それがプーチンのせいにされることも予測されていた。流通網の詰まりによるインフレも、ロシアをウクライナ侵攻に誘導して対露制裁し、世界経済を米国側と非米側に分裂させつつ非米側が利権の大半を持っている資源類を高騰させて米国側(ドル)を破綻させることも、すべて予定通りだ。 (ドルはプーチンに潰されたことになる) (放置される米国のインフレ

これらは、米諜報界による多極化の策略である。バイデンが頓珍漢なことばかり言い続けるのも、諜報界が送り込んだ側近たち(サリバンやブリンケン?)がテレプロンプターを通じて大統領に言わせているからだろう。バイデンが、オバマやトランプのような独自の思考力がある人だったらもっと抵抗していただろうが、認知症だからなのか、バイデンは言いなりで、側近に操られている。バイデンは「大統領ごっこ」をしているだけだ。米諜報界が自作自演でインフレを起こし、それに対する間違った対策としてQTを進めてドルが崩壊していく。米諜報界は、稚拙なウクライナ戦争でロシアや非米側に資源類を牛耳らせて台頭させ、米覇権の崩壊と多極化を引き起こす。頓珍漢なバイデンは、こうした策略の道具の一つだ。米諜報界は、米国の覇権国としての当事者能力を失わせている。 (Americans Will Never Forget The Historic Economic Collapse During Joe Biden's Presidency) (米諜報界を乗っ取って覇権を自滅させて世界を多極化

またバイデンは最近「石油ガスが不足する分、太陽光発電を増やしてエネルギー不足を補うから大丈夫だ」とも言っている。これは、太陽光発電が不安定だしコストが高すぎて、石油ガスの代替システムとして不適格・不十分であることを無視した頓珍漢だ。インチキな地球温暖化問題(無根拠な人為説)を信奉してしまっているマスコミ権威筋は、自然エネルギーがダメダメなことを意図的に無視してきた。バイデンはまた「石油ガスの不足は、化石燃料の使用を減らすための『良いこと』でもある」とも発言している。温暖化問題(やコロナなどの大リセットのインチキ)は、欧米文明を自滅させていく。軽信による自業自得だ。バイデンは最近「米国の消費者や金融システムの状態は良好だ」とも言っているが、これも大ウソだ。 (ひどくなる大リセット系の嫌がらせ) (Biden Declares Emergency Over Threat of Power-Generating Shortages

バイデンは全体的に有言不実行の妄想発言屋さんだ。たとえばバイデンは5月に訪日した際に「米国は『1つの中国』の原則を認めているが、それとは別に、米国は民主主義である台湾を中国の侵攻から守りたい」という趣旨を発言した。この発言は、米国が「1つの中国」から離脱して米中戦争も辞さずに本気で台湾を防衛する新戦略に入ったこととして日本で喧伝された。だがその後、米国務症や国防総省が、バイデンの意志を無視して「米国は1つの中国を堅持する」と相次いで表明し、バイデン自身もそれを黙認した。結局、米国は台湾に対する姿勢を何も変えていない。バイデンは、寝言や妄想をいう無権威な人、側近たちの操り人形に成り下がっている。 (複合大戦で露中非米側が米国側に勝つ) (Blinken China policy speech: Nothing new to see here

バイデン政権は、現実化しない頓珍漢な妄言を言いづける無権威な大統領と、大統領の妄言を放置扇動して米国の信用低下を加速させ、過激な政策を稚拙にやって失敗させて覇権を崩していく隠れ多極主義の側近たちによって構成されている。バイデンと民主党の支持率がどんどん下がり、インフレ対策は米国民の3割以下にしか支持されていない。これから米経済が破綻していくと、バイデン政権に対する国民からの不満はさらに大きくなる。民主党は中間選挙で惨敗が必至で、最大で50議席減になると予測されている。大統領府の報道担当者たちは、バイデンの妄言についてマスコミに詰問されて取り繕うことに疲れてしまい、辞任する者が相次いでいる。バイデン政権の人々はモラルが低下している。中間選挙で共和党が議会多数派を奪還すると、米政府はねじれ状態になって決定不能性が増す。 (Morale of Biden and his staff plummeting) (More Members Of White House Press Team Departing As Biden Approval Rating Hits Record Low

外交面でも米国の信用は失われていく。バイデンは5月半ば、まだウクライナがロシアに勝ちそうだと喧伝(それ自体が最初からウソだったが)されていたころに、北欧のスウェーデンとフィンランドにNATO加盟を強く勧め、米国が後押ししてくれるならということで北欧2国がNATOに加盟を申請した。だがその後、トルコが2国の加盟に厳しい条件をつけてきた。トルコは、自国と隣国のシリア、イラク、イランにまたがって住んでいて独立国家を持ちたがっているクルド人を「テロリスト」「分離独立主義者」として敵視して弾圧・掃討してきたが、それを2国など欧州諸国が非難しトルコを経済制裁してきた。トルコ政府は、2国など欧州がトルコによるクルド掃討・殺害に賛成しない限り、2国のNATO加盟に拒否権を発動し続けると言っている。2国など欧州が譲歩しないので、トルコはシリアに再侵攻してクルド人を掃討・殺害するぞと言っている。 (フィンランドとスウェーデンNATO加盟の自滅) (Erdogan: Sweden, Finland need to ‘act accordingly’ toward Kurdish groups for approval on NATO bids

トルコは他にも要求がある。それは、米国がトルコに新型戦闘機F35を売ってくれることと、トルコがロシアから新型迎撃ミサイルS400を買うのを米国が了承してくれることだった。バイデンがこれらの要求を飲めば、トルコはクルドに関する欧州の制裁解除要求について軟化しただろう。だがバイデン政権はトルコの要求に応えず、「これは欧州とトルコの問題なので米国は関係ない」などとうそぶいている。ちがうだろ。米国が後押しするよと言ったから北欧2国はNATOに加盟申請したのに。米国は、欧州とトルコの両方に対してはしごを外してしまった。 (Turkey’s list of demands to NATO revealed by Bloomberg) (Biden didn’t go to Turkey, and things aren’t okay with Erdogan

はしごを外されたトルコの方は、腹いせに勝手に過激にクルドを掃討しようとしている。トルコは米国を信用しなくなった分、ロシアとの結束も勝手に強めている。北欧の方は黙ってしまった。米国の言葉を信じたことを後悔しているのだろう。北欧は貴重な200年間の中立の実績を一瞬で失った。6月末のNATOサミットの様子しだいで、トルコは本当に北イラクに再侵攻する。クルドはこれまで米英の傀儡だったが、すでに米英からの支援が減っており、ロシアの仲介で仇敵だったアサド政権と和解し、アサド+クルドvsトルコという新たな対立軸になっている。それを仲裁するのがロシアとイラン。米英の役割は大幅に減った。米国は中東でも覇権国としての当事者能力を失っている。 (US-Backed Kurds Offer To Work With Assad Government To Resist Turkish Invasion) (Playing games in NATO, Turkey eyes its role in a new world order

この手の話はほかにもいろいろいある。ネタニヤフが復権しそうなイスラエルが米国に頼らずサウジアラビアと仲良くしていること。ベネズエラなど中南米の対米自立。ウクライナのゼレンスキーも米国を頼れなくなっている。これらの話はあらためて書く。 (Israelis begin doing deals in Saudi Arabia) (Losing Latin America



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