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ロシアは中国と結束して延命し、米欧はQE終了で金融破綻

2022年3月11日  田中 宇 

米国は欧州を巻き込んでロシアが石油ガスなどを輸出できないようにする経済制裁をやってロシアを経済的に潰し、ウクライナ戦争をロシアの負けにする戦略を進めている。ロシアは、イランを抜いて「世界で最も経済制裁されている国」になった。ウクライナ侵攻前、米欧からロシアへの経済制裁の案件数は2754で、イランの3616より少なかった(2608のシリア、2077の北朝鮮よりは多かった)。ウクライナ侵攻後、ロシアへの制裁件数は5532に急増し、ダントツの世界一になった。こんなに制裁されているのだからロシアは米欧に潰されるだろう、と人々が思うのは当然だ。ロシアには、天然ガスを産出するガスプロム、アルミニウムを産出するルサルなど、世界最大級の資源会社があるが、これらの会社は欧米から輸出を止められ、このままだと潰れかねない。 (Russia surpasses Iran to become world's most sanctioned country

しかし、ロシアは潰れない。なぜなら、中国がいるからだ。中国の国有企業は、制裁されて困っているロシア側に資金供給するため、ガスプロムやルサルに資本参加する話をロシア側と開始している。ロシアもナショナリズムが強いので、ロシアを象徴するガスプロムやルサルが中国に完全に買収されるとロシア人の反中国意識を扇動しかねないが、少しの資本参加なら大丈夫だろう。中国は、平時なら買えないガスプロムなどへの資本参加を安値でやれる。資源の安定供給源も確保できる。ロシアは孤立を避けられ、中国との結束の強さを米欧に示すことができる。困るのは、ロシアからガスやアルミを買えなくなる米欧の方だ。 (China to boost stakes in Russian companies – media) (U.S. Sanctions Can’t Keep China From Buying Russian Oil

2月24日にウクライナ戦争が始まった直後、米国のゴールドマンサックスなど大手銀行が、制裁されて困窮し安値感の出たガスプロムなどを部分的に買収することを模索した。中国とゴールドマンサックスと、どちらがガスプロムなどを買うのか、といった感じの話になった。しかしその後、ゴールドマンサックスなど米銀行は米政府から「ロシアと完全に手を切れ。さもないと制裁違反とみなす」と加圧されてロシアからの完全撤退を発表し、ガスプロム買収どころでなくなった。米国は、冷戦後ずっと自国の経済覇権下にいたロシアを切り離して中国に与えてしまった。 (Goldman Becomes First Major Bank To Abandon Russia

米政府は「中国が対露制裁に参加しないなら、米国はロシアだけでなく中国も経済制裁する。たとえば中国の半導体メーカーSMICが米国の技術を使うことを禁じる制裁をやるかもしれない」と言い出している。ロシアを助けた中国も米国に潰される構図だ。しかし、SMICは米国から制裁されても潰れない。SMICは以前から、中国軍との関係などを理由に米政府に制裁されており、それでも高収益を維持してきた。SMICなど中国企業は、米国に制裁されてもやっていけるような対応をすでに行っており、今後さらに制裁されても潰れない。 (US threatens to 'shut down' Chinese chipmakers if they violate Russian sanctions) (A New "Berlin Wall" Is Going Up And The Shock Of This Decoupling Is Only Just Beginning To Be Felt

これまで中国側は、米国に経済制裁されても制裁を乗り越えて延命する策をとるだけだったが、今のように米国からの中露敵視が激化すると、中国が米国を逆制裁し始めることになる。米国が必要とする製品や部品を中国が売らなくなる。しだいに米国が困窮する。日欧が米国に追随して中露制裁に参加すると、日欧も中露から制裁されて行き詰まる。日欧は、中露制裁に参加しないと米国から「不参加は敵とみなす」と言われる。参加も地獄、不参加も地獄である。 (Chinese companies that aid Russia could face U.S. repercussions, commerce secretary warns.) (EU has exhausted all financial sanctions on Russia – bloc’s top diplomat

ウクライナの戦争が長引くほど、中露は結束し、米国は中露への制裁を強め、中露と米欧の経済の分断が加速する。世界経済は、中露側と米欧側に分裂していく。石油ガスなど資源の多くは中露側が持っている。世界最大の消費地帯である中国もインドも中露側だ(インドはロシアと仲良くし続けると宣言している)。米欧側の最大の強みは債券金融システムが生む巨額の資金力だが、そのちからは今、米連銀がインフレ対策としてQE(過剰造幣による債券買い支え)を停止するので破綻寸前だ。QEをやめたら債券金融システムはバブル崩壊する。米欧側は最大の強みを喪失し、生活必需品である石油ガス鉱物を中露側に握られ、インフレと不況と内政混乱で経済破綻して敗北していく。中露側も経済難は続くが、地下資源と実体経済の成長構造があるので米欧をしのいで台頭していく。混乱の中、世界が多極型に転換する。 (Russia To Ban Fertilizer Exports To 'Not Friendly' Countries; China Warns US Against Retaliation

ロシアのプーチンは今後のこうした展開を知っているので、米欧から強烈に制裁されてもウクライナ戦争をやめない。ウクライナ戦争が長引くほど、戦争がなかったら米欧とロシアの両方と仲良くしつつゆっくり台頭しようと思っていた中国が、ロシアと結束して米欧と対決する方向に流されていく。プーチンは、中国を引き寄せて中露の結束で米欧を経済破綻させて勝つことを狙っているので、ウクライナに譲歩せず戦争を長期化させる。プーチンはけしからん。しかし、けしからんと叫んでもプーチンが勝っていく現実は変わらない。石油もガスも資源もなくて貧乏になり、紙くずになった債券を燃やして暖をとるしかない。 (Volkswagen CEO Warns Ukrainian War Could Be Worse For Europe Than COVID

プーチンを挑発してウクライナに侵攻させ、強烈な対露制裁をやる流れを作ったのは米国だ。それにより、これまで単一的に世界を支配していた米国の経済覇権が、米欧側と中露側に引き裂かれて対立し、米欧側が負けていく。米国は、余計なことをしなければ全世界を支配し続ける覇権国であり続けられたのに、それをみずから壊して自滅の道を突き進んでいる。 (ロシアは意外と負けてない) (優勢なロシア、行き詰まる米欧、多極化する世界

米欧のロシア外しはすべての分野に及んでいる。米英は金地金市場からロシア勢を排除した。ロンドン金市場ではロシアの6社の地金精製所が外された。世界有数の金産出国であるロシアの金地金は米欧側で売れなくなった。これでロシアが窮乏するのか。多分違う。米欧の金融・通貨システムから外されたロシアは今後、貿易相手の非米諸国との間の代金決済で、ルーブルと並んで金地金を使うようになる。ロシア製の金地金は、ロンドンなど米欧から消える半面、非米諸国の各地に流れていき、そこで備蓄・使用されるようになる。 (US Tees Up 'Stop Russian Gold Act', Triggering LBMA And COMEX To Eject Russian Refiners

ロシア政府は、国内での金取引に付加価値税をかけるのをやめた。金地金を商品でなく通貨とみなした感じだ。米欧がドルやユーロのロシア流入を禁じ、資産を外貨で貯められなくなった露国民に、金地金で貯めるよう露政府が奨励している。ロシアなど非米諸国は、ドルから離れ、金地金を通貨とみなしていく金本位制的な流れの中にいる。金地金はドルの究極のライバルだ。ドルは米欧の側に、地金は中露の側にいる。ドルと地金の戦いは、QEの終わりでドルが自滅していくことで決着していく。 (Russia drops gold tax to encourage savers to dump dollars) (Dollar collapse could be the most significant result of the Russia-Ukraine war as gold rises, analysis warns

米連銀は2月末でQEをやめると以前に発表していたが、それは2週間伸びたようだ。ゼロヘッジによると、3月9日に最後のQEが行われ、連銀が40億ドル分の米国債を購入した。翌3月10日、米国や日本の株価が高騰した。「ウクライナがロシアと和解する姿勢を見せたので緊張緩和への期待から株が大きく買われた」などと報じられたが、実のところ、最後のQE資金が株式に流入して高騰した可能性がある。高騰は1日で終わり、3月11日は株が反落した。本当はQEのせいなのに、ぜんぶプーチンのせいだと報じられるのが今の歪曲世界だ。 (QE Is Officially Over) (ドルはプーチンに潰されたことになる

金融メディアの中には「米連銀は3月15-16日のFOMC政策会合までQEを続けることにした」と書いているものもある。その後も、すぐにQT(連銀が債券を手放す勘定縮小)は始まらず、QT開始は今年末かそれ以降になるという。以前は4-6月にQT開始と予測されていたので、話が後退している。QEをやめてQTを進めると金融崩壊することを、上の方がようやく問題にしているのかもしれない。しかし、その一方で英中銀は3月8日に最初のQTを挙行している。欧州と日本の中銀はしばらくQEを続ける姿勢だが、アングロサクソンはQTに進んでおり、米国もその流れの中にいるはずだ。それとも、米連銀は英中銀と違う道を歩み始めるのか。 (Stages Of Quantitative Tightening ) (BOE Starts QT Era as $37 Billion of Bonds Fall Off Balance Sheet

バイデン政権が「インフレ激化はプーチンのせいだ」と言い出しているのも気になる。これまで米政府はインフレ激化を自分たちの責任と認め、連銀にインフレ対策としてQEをやめてQTを始めろと加圧してきた。それが「プーチンのせい」に変わると、プーチンのせいなのだから連銀はQEをやめる必要がない、QEを再開しよう、という話に転換しうる。ゼロヘッジは「連銀は数か月以内にQEを再開するかも」と書いているが、それはこのことかもしれない。 (Biden blames US inflation on Russia sanctions, Moscow hits back) (Reporter Refuses To Accept Psaki’s Attempt To Blame Russia For Gas Price Surge

3月9日時点の米連銀の資産総額は、1週間前よりも67億ドル増えた。資産増加はQE継続を意味しうる。その前の1週間に242億ドルも減ったのでその反動かもしれず、これだけではわからない。曖昧なまま放置されている。QEが本当に終わったかどうか、しばらくしないとわからない。その間にも金融の暴落は起こりうる。 (The Fed - Factors Affecting Reserve Balances) (Wall Street Sends Fresh Alarms on Bond Liquidity as QE Era Ends

QEは当局による金融相場の不正なテコ入れであり、リーマン危機後にQEに依存した時点で米国覇権やドルはすでに崩壊していた。だがマスコミ権威筋はそう言わず、大半の人々は軽信的で当局の不正など知らないしどうでもいいので、表向きの相場が崩壊しないと覇権崩壊にならない。リーマン危機から14年たった今、いよいよQEが終わって相場が崩壊するかどうかの瀬戸際にいる。瀬戸際だから、上の方がプーチンを動かして戦争をやらせ、目くらましにしている。 (The End of Markets: The Fed Cannot Control What Has Already Begun

モルガンスタンレーの分析者(Michael Zezas)は最近、露軍侵攻が引き起こす地政学的な転換、みたいな感じの記事の冒頭で、「何十年間も何も起きなかった後、その何十年間かに起きるべきだったことが数週間(の革命)で起きる」という趣旨のレーニンの言葉を引用している。私にはこの引用が「リーマン危機からの14年間、QEによって何事もなく維持されていたバブル膨張が、露軍侵攻からの数週間で全崩壊していく」という意味に見え、良い引用をするねと思った。とはいえ、この記事自体は深いことを書いておらず、ロシアと中国はそんなに親しくないとか、マスコミと同じ浅さの分析に終始している。あちこちから示唆が出ているが、具体的に何がどうなって覇権崩壊していくかを書いている分析にはまだ出会えていない。 (Morgan Stanley: Investors Needs To Understand Something Else The Russian Offensive May Bring About



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