異常なバブル膨張、でもまだ崩壊しない2020年1月2日 田中 宇米国などで、お金持ちが百ドル札や金地金の備蓄を急増している。合計で1兆5千億ドル分の百ドルの米ドル札が、どこかに消えてしまっている。その多くは、低金利やゼロ金利が続くなか、金融市場の先行き不透明を懸念する大金持ちや企業が、債券や株などで持つより現金で持った方が良いと考えて、金庫などに退蔵したものだ。米国で1年間に造幣されるドルの総額は5年前の1.2兆ドルから、昨年は1.7兆ドルへと増加した。その多くが百ドル札だ。時代はキャッシュレス化に進んでいるはずなのに、実際は逆だ。お札や地金の退蔵は、キャッシュレス化とマイナス金利による資産の目減りを防いだり、いずれ行われる金持ちへの資産課税を回避しようとする策だ。まだ株価は上がっているが、いずれ大崩壊する。その先の大混乱を見越して、現金や金地金での備蓄が好まれ始めている。 (Steven Mnuchin Explains Why $1.5 Trillion In $100 Bills Have Disappeared) (The Wealthy Are Hoarding Physical Gold) (世界の決済電子化と自由市場主義の衰退) 今後、通貨のデジタル化(キャッシュレス化)が進むと、人々はお金を現金で持てなくなり、銀行口座に入れておかざるを得なくなるが、その状態で中央銀行が金利をマイナスにすると、人々は自分のお金が目減りしていくのを容認せざるを得なくなる。その時に現金で退蔵しておけば、目減りせずに資産を維持できる。すでに世界の負債総額はGDPの3-4倍の255兆-300兆ドルであり、ものすごいバブル膨張の状態だ。この状態で金利が上がるとバブルが崩壊して世界的な破綻が起きるので、中央銀行群は金利を上げられない。低金利を永遠に続けねばならない(少なくとも30年間)。この先ずっと低金利が予測されるのだから、資金を銀行に預けてキャッシュレス化で目減りさせられるより、百ドル札の束で退蔵しておいた方が良い。お金持ちの人々はそう考えて米ドルや豪ドルなどの百ドル札を貯め込んでいる。 (Steven Mnuchin explains why nearly $1.5 trillion worth of $100 bills reportedly disappeared) (Hundreds Of Billions In Gold And Cash Are Quietly Disappearing) (現金廃止と近現代の終わり) 米国では民主党を席巻する左派議員たちが、大金持ちへの資産課税を政策にしようとしている。大統領候補であるエリザベス・ウォーレンの案では、5千万ドル以上の資産に対して毎年2%、10億ドル以上の資産に対して毎年6%を課税する。これで10年間に7万世帯の大金持ちから合計4兆ドル近くの税収を見込んでいる。昔の共産主義革命を税制に置き換えた感じなので、大金持ちたちは全力で課税を回避したいはずだ。株や債券、銀行預金、不動産などが真っ先に補足される。現金や金地金で備蓄し、どこかに埋めるなどして退蔵するのが補足されにくい。百ドル札をいくら刷ってもなくなるのは当然だ。 (Elizabeth Warren Has A Bad Plan For Everything) (トランプと米民主党) いま株や債券を吊り上げている中銀製の巨大な金融バブルがいずれ崩壊すると、基軸通貨としての米ドルの地位が喪失していく。そのとき米ドルが退蔵する資産としてふさわしい価値を持ち続けているか不明だ(QEなどバブル膨張策に協力している円やユーロ、豪ドルなども同様)。ドルの基軸性が喪失するほど、代わりに金地金が重要になっていくと予測される。そう考えると、お金持ちが資産を退蔵する際には、百ドル札よりも金地金の方がリスクが低いことになる。そのように考えるお金持ちがすでに多いらしく、ニューヨークとロンドンの金取引所では、売買した金地金(先物)を現物として受け取る手続きを選ぶ人が増え、取引所の手持ちの金地金では足りない状態が起きている。NY金取引所では12月に41トンの現物化の申し込みがあったが、取引所には37トンの金地金しかなく、足りない分がどうなっているのか不明な状況だ。金(先物)市場全体で5900トン分が取引されており、現物化の申し込みが少し増えただけで対応不能になり、昔から私が予測していた「金地金の取り付け騒ぎ」が起きる。 (Gold Market Fraudulent Cannot Deliver 5,900 Tons, Gold Market Deliveries Already in Deep Default) (Signs Swirl All Around Us - The Monetary Reset Is At Hand) (金地金の売り切れが起きる?) これらの最近の現象からうかがえるのは、米国中心の金融システムの不健全なバブル膨張がひどくなり、再び健全な状態に戻る可能性が減り、逆に、株や債券の再起不能な大幅下落など、史上最大のバブル崩壊によって金融システムが破綻する可能性の方が高まっていると予測する人が増えていることだ。私の見立てでは、株や債券の相場はQEの資金で吊り上げられ、実体経済と乖離した状態が何年も続いている。乖離がひどくなり、この事態に気づく人がようやく増えてきた。「世界の実体経済は好調で、現状はバブルでない」とうそぶく金融専門家やマスコミを信じない投資家が増えていることを、百ドル札や金地金の退蔵の増加が物語っている。(米国では昨年、史上最多の9300の小売店が閉店した。マスコミはこれを「アマゾン効果」で片付けている) (More Than 9,300 Stores Closed Across US in 2019) ("Black Friday Is Dying" - Shopping Malls Turn To "Ghost Towns" Amid Online Shift) (インチキが席巻する金融システム) 米国では昨秋から年末までの12週間に発行された米国債総額4220億ドルの87%にあたる3670億ドル分を、米連銀がレポ市場救済の名目で市場に注入した資金で買い支えている。日本でも、国債や株式(ETF)の多くを日銀がQEによって買い支えている。株や債券の高値は、中央銀行が作ったバブルによって維持されていることが明白だ。事態の異様さに、ようやく人々が気づき始めている。 (Fed Is Monetizing 90% of U.S. Deficit to Keep Interest Rates from Rising and Crashing Markets) (The Fed Has 'Absorbed' 90% Of Treasury Issuance Since September) 権威あるマスコミはいまだに事態が正常であるかのようなプロパガンダを流し続けているが、しだいに人々はマスコミを信用しなくなっている。マスコミが崩壊寸前のバブルの実態を認めたら、それが引き金になってバブルが大崩壊しかねない。そのためマスコミは、自分たちの信用を失墜させてもインチキを報道し続けざるを得ない。 (A productive economic bubble is my wish for 2020) 米国中心の金融システム(債券金融システム)は、85年の米英金融自由化で膨張の過程に入り、00年のIT株バブル崩壊でいったん破綻しかけたが、その後はバブル膨張に拍車をかけることでシステムを延命させる態勢に入った。08年のリーマンショック前後に再崩壊したが、その後は中銀群のQE策によってバブル膨張にさらに拍車をかけることで延命し続けている。世界の負債総額は、IT株バブル崩壊前の99年の80兆ドルから、今では3倍以上の255兆ドル超になっている。この間、あまりに巨額の資金がバブル延命策として金融市場(債券システム)に注入されたため、もはやこの巨額の資金を少しずつ市場から引き出してバブルを収縮して軟着陸的に元に戻すことは不可能だ。民間主導のバブル膨張は限界に達しているので、今後は米日などの中銀群がQE4、QE5などのかたちで資金注入を続けてバブルを膨張させて延命していくしかない。 (The Fed Is Entrenched in the Repo Market. How Does It Get Out?) (ドルを犠牲にしつつバブルを延命させる) 金利が上昇すると、255兆ドルの負債の利払いが増えて支払不能に陥る民間の債務者が続出し、巨大なバブル崩壊を引き起こすので、今後はもう中央銀行群が利上げをできない。中銀群は逆に、金利が上がらないよう、常に市場に資金をあふれさせておかねばならなず、もうQEをやめられない。米連銀は昨年9月以来、銀行間融資のレポ市場の危機に対応するためのレポ資金注入のかたちで、QE(QE4)と言わずにQEを再開している。連銀は、レポ危機が起きたのでやむを得ず、それまでの緊縮姿勢をやめて事実上のQEの再開したことになっているが、実のところ、どうやらレポ危機を起こしたのはJPモルガンなど、通常のレポ金融の貸し手である米大手銀行が、何やかや(BIS規制対応などの適当な)理由を作って資金を中小銀行に貸したがらない姿勢をとって意図的にレポ金利を高騰させ、米連銀に介入させた観がある。 (米連銀のQE再開) (世界中がゼロ金利に) 連銀はJPモルガンに騙された単なる被害者かというとそうでもなく、「これ以上バブルを膨張させたら軟着陸できなくなるのでやめろ」と主張する連銀上層部のまっとうな人々(米覇権永続派)を黙らせるために、CFR内部などにいるトランプ系の覇権解体屋の勢力がJPモルガン(CFRを主導してきたロックフェラー系)などを動かしてレポ危機を誘発し、トランプの敵のふりをした傀儡であるパウエル連銀議長が「やむを得ずのQE再開」を演じた可能性がある。(かつてリーマンブラザースも、JPモルガンなどが寄ってたかって倒産させて危機の誘発に使われた) (Goldman and JPMorgan tweak repo operations to limit Basel impact) (ドルを破壊するトランプたち) (トランプのドル潰し) 年末の大晦日にもレポ金利が高騰しがちなので懸念されたが、何事もなくすぎた。12月前半に「数日内にレポ危機が起きる」と書いたオルトメディアの記事は外れた。昨年中のバブル大崩壊を予測した記事は全部外れた。昨秋、バブル崩壊につながる金融危機は確かに起きたが、それは中銀群の隠然としたQE増強の延命策によって金融崩壊として表面化せず「隠れ金融危機」になった。 ("It's About To Get Very Bad" - Repo Market Legend Predicts Market Crash In Days) (隠れ金融危機の悪化) 逆に「レポ危機はもう起きない」という見方もあるが、そんなこともない。今年も折りにふれてレポ金利が高騰し、それを理由に米連銀がQEを維持拡大し、米国の金融バブルが維持されていく。連銀自身は、自分たちが手がけているレポ市場への資金注入(債券担保の融資)をQE(債券の買取)でないと言い張っているが、米金融界の多くはすでに、これをQEであると考えている。日銀もQEを目立たないように続けているし、欧州中銀もドイツの反対を押し切って静かにQEを続けている。 (Repo Crisis Fades Away: For The First Time, A "Turn" Repo Is Not Oversubscribed) (株はまだ上がる!?) (A Majority On Wall Street Are Convinced The Fed Is Currently Engaged In QE) 今後、米日欧の中銀群が思惑通りのQEを続けられる限り、株価の高値が続き、債券の金利も上がらない。ときおり相場が崩れても、QEの資金注入によって短期間に元に戻る。構造的には異常なバブル膨張なので、オルトメディアには「間もなく金融が大崩壊する」と予測する記事がたくさん出ているが、その「間もなく」は来月や再来月でなく、来年や再来年だ。QEの資金は株と債券の高値維持とともに、ドルの究極のライバルである金地金の相場を先物を使って引き下げるためにも使われてきた。この年末、取引が薄くなる時期を狙って金相場が上昇したが、これからの年明け、QEの資金が再び金先物の売りに使われて金相場が下げられ、昨秋来の伸び悩み状態が再来するのでないかと予測される。今のQEの威力が低下して金欠になると、中銀群と金融界は、株や債券の延命をあきらめるより先に金相場の抑制をやめるだろう。その時が金相場抑制の真の終わりになる。紙切れ礼賛の権威あるFTですら、すでに最終的な金地金の高騰を認めている。 (Jim Rickards Warns That Tsunami Of Debt Could Upend The Economy) (FT: Gold is looking more and more attractive) (金相場抑圧の終わり) これまでの米日欧中銀のQEは、それぞれひとくくりが3-4年で限界に達している。中銀群の余力が低下しているので、昨秋からの米連銀のQE4は2-3年しか持たないかもしれない。日欧はすでにQEが限界に達しているが、代わりに次はMMT的な政府の財政赤字増加による経済テコ入れをやる話になっている(日本政府の10兆円の景気テコ入れ策など)。これらの延命策によって、今年から来年(20-21年)にかけて、まだ株と債券の高値が維持されるのでないかと予測される。この間にトランプが再選される(民主党はエスタブ系の主導力が延命し、バイデンが大統領候補、左転向したウォーレンが副大統領候補になるがトランプに惨敗し、議会下院も共和党に取られると予測されている)。トランプの2期目に入ると、株と債券の暴落・バブル大崩壊があり得る。まだ先の話なので予測は困難だ。 (Here's What's Going To Happen In 2020) (Abe’s stimulus brings back ‘bridges to nowhere’ spectre in Japan) (Japan's 10Y Yield On Verge Of Turning Positive As Abe Prepares Massive Debt-Busting Stimulus) 債券市場で今年予測されている新たな崩壊は、シェールの石油ガスなどエネルギー産業の社債(主にジャンク債)の分野だ。シェール産業はずっと赤字だが、これまで「赤字は新興の産業につきものであり、そのうち黒字化して大儲けし、債券も高騰する」という、マスコミや専門家が流布する詐欺的なバブル神話をみんなが信仰していた。私は周囲から「田中君、素人考えはやめなさい。専門家の言うことが正しいよ」と言われ続けてきた。最近ようやく「みんな」の方が軽信者だったことが露呈している(私の周囲は「シェールがバブルというのは前から知ってた」と言い出している 笑)。昨秋来、投資家たちがエネルギー産業の社債を買いたがらなくなっている。金融界は、エネルギー産業の債券崩壊が他の分野に伝播せぬよう、売れない債券の凍結、償還資金の格安融資などの救済策をとりそうだ。 (まだ続くシェール石油のねずみ講) (2020: The Year Of The Oil Bankruptcies) (Banks Get Tough on Shale Loans as Fracking Forecasts Founder) (シェールガスのバブル崩壊) 金融システムとしては低金利が続いているが、一般の人々が銀行などから借りる資金の金利の多くは高いままで下がらない。米連銀が利下げしているのに、米国のカードローンの金利は史上最高だ。実体経済の悪化が続き、一般市民の収入は伸び悩み、ローンを返せない人が多いので、お金を貸す側にとってのリスクが下がらない。低金利や株価高騰の恩恵を受けられるのは大企業や金持ちだけなので、その他の一般市民との貧富格差が増大する一方だ。金持ちや企業が低金利を利用して不動産を買い漁るので、米国の住宅の70%は、平均的な人々が買えないほどの高値になったままだ。今後、いずれ金融が大破綻すると、年金や健康保険の制度が破綻し、一般市民の生活がさらに苦しくなる。お金持ちや大企業に対する一般市民の憎悪が増していく。 (A Funny Thing Happened As The Fed Cut Rates: Credit Card Rates Hit All Time Highs) (Despite Falling Rates, 70% Of US Homes "Unaffordable" To Average American) 今年秋の大統領選はトランプが勝ち、民主党が惨敗するだろうが、その次の2024年になると、民主党の左派が大統領になるかもしれない。そのころにかけてさらに貧富格差と金持ちへの憎悪が強まるからだ。民主党左派が大統領になると、金持ちへの資産課税を開始するだろうが、資産の逃避や退蔵が急増して税金の捕捉率が予定通りに上がらず、一般市民の政府に対する不満も増加し、米国(や西欧?)は社会不安が増大する(日本人は依然として1億洗脳状態だろうが)。そのころには世界的に金融システムが破綻しており、実体経済も恐慌になっている。 (人類の暗い未来への諸対策) (米民主党の自滅でトランプ再選へ) そのころにかけて、米国側(米欧日)と非米側(中露など)の経済的な分離・デカップリングが進行する。非米側を経済的に主導する中国は、リーマン危機あたりまで米国中心の金融システムの一部だった。だがその後、今に至るQEなどバブル膨張加速による延命の時代に、中国は、米国と一緒にバブル膨張することを拒否し、米国に先駆けて意図的なバブル崩壊を進めてきた。中国では最近、地方政府から地元企業への融資の焦げ付き、中小銀行や企業の破綻などが相次ぎ、李克強首相は、中国の経済混乱が来年さらに悪化するとの予測を公言している。私の周囲は「田中君、米国は好景気だけど、中国はもう破綻するよ。キミの中国びいきの妄想は間違っていたね」と言っている。 (China Premier Warns Of Economic Turmoil In 2020, Continued Deceleration Means Global Rebound Unlikely) (Corporate defaults in China surge in 2019 to record high $18.6bn) たしかに、中国では金融の破綻が相次いでいる。しかし、これは中国経済の非米化にともなって前から予測されていたことだ。先に金融崩壊している中国など非米諸国は、米国側のバブルが大崩壊するころには、崩壊が一段落し、非米(非ドル)的な決済機構も何とか軌道に乗り、米覇権崩壊後の多極型世界の実体経済を牽引していくことになる。 (中国の意図的なバブル崩壊) (China's "Moment Of Reckoning" Arrives: $38BN State-Owned Giant Announces Largest Dollar Bond Default In Two Decades)
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