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金地金の売り切れが起きる?

2013年4月24日   田中 宇

この記事は「通貨戦争としての金の暴落」の続きです。

 4月12日から15日にかけての金相場の暴落が一段落した後の4月17日、米国政府の造幣局で、1日で6万3千オンス(約2トン)分の金貨が売れた。これは、米造幣局の1カ月分の金貨の販売量に匹敵する。1カ月分が1日で売れてしまった。08年のリーマンショック後、世界的に金貨や金地金の売れ行きが増え、特にインドや中国などの新興市場諸国の人々が、貯金の代わりとなる備蓄資産として金地金を買い増してきた。今回の暴落で、金の価格に安値感が出たので、人々が一気に金を買いあさった。米造幣局のイーグルコインなどは、世界的に人気があるので需要が急騰した。米国だけでなく、オーストラリア政府が発行する金貨の売り上げも暴落後に急増している。 (US Mint Sells Record 63,500 Ounces Of Gold In One Day

 今回の金暴落に際し、金融界やマスコミは、金が安定した資産の備蓄対象でないことが露呈したと喧伝している。金投資はもう終わりという印象だ。しかし、実際の人々の行動から示された方向は全く逆で、金がこれからも資産として価値があると人々が思っていることがうかがえる。 (US Mint's Sales of Gold Coins Soar After Futures Prices Plunge

 金地金は富の備蓄(投資)の対象として、株や債券、もしくはドルなど国際備蓄通貨のライバルだ。だから金融界は今回、先物市場を使って金暴落を引き起こし、金に対する勝利宣言を放った。しかし、金を儲けの対象としてでなく、自分たちの資産の減価を防ぐための備蓄対象と考えている人々は、リーマンショック以来のドルや株、債券の不安定さが今後も続くと感じ、金地金に対する信頼を失っていないようだ。実は、金融界の中でも(日米以外の)各国の中央銀行は、備蓄対象として金地金を買い増しており「人々」と同じ側にいる。

 金融界は先物を使って金相場を急落させられるので、金の価格は今後も上がりにくいかもしれない(暴落後、相場は上昇傾向だが)。価格上昇が抑圧されている一方で、地金に対する需要は旺盛だ。人々はどんどん金を買っている。これは「売り切れ」の状態を招きかねない。

 金地金の「売り切れ」は2種類ある。一つは他の商品でもよくある、在庫払底の売り切れだ。それはすでに起きている。4月23日には、米造幣局で鋳造と金地金の調達が間に合わず、10分の1オンス金貨の在庫が底をつき、売り切れとなった。リーマンショック直後の08年11月にも、金貨が売れすぎて米国、カナダ、南アフリカなどの造幣局で売り切れた。 (US Mint Halts Sales, Depletes Inventory Of One-Tenth Ounce Gold Coins) (操作される金相場

 米国では造幣局だけでなく、金商社の間でも地金の売り切れが起きた。東南アジアのバンコクでは、金地金商社(ゴールドショップ)の店頭から金地金が消えてしまったという。 (All US Wholesalers Sold out of all Physical Silver

 この種の売り切れは、時間が経てば解消される。だが、もう一つの種類の金の売り切れは、もっと深刻だ。日本を含む先進諸国では、地金を買う人の多くが、実物を手にしない。金貨を買う人は実物を持ち帰るだろうが、金貨に加工していない地金(金塊)を買う人の多くは、金商社で買う金を、そのまま同じ商社の金庫に預け、預り証だけを持ち帰る。買い手の多くが実物の商品を引き取らないので、金商社は、自分の会社にある金の在庫量を越えて、どんどん売ることができる。これは詐欺や「ねずみ講」の状態だが、毎日の世界的な金価格を決めている権威あるロンドンの金商社の組合が率先してやっていることだ。世界的に、すでに現存する量よりかなり多い金が売られてしまっている可能性が大だ。

 人々が金商社を信じている限り、このやり方は無限に拡大できる。売り切れは顕在化しない。世界の金鉱山で毎日新たな地金が採掘されているので、金の需要が減れば、そのうち現存量が買われた総量に追いつく。しかし、今のように人々がどんどん金を買い増していくと、どこかの時点で、人々が商社に預けたはずの地金を引き出そうとしても、金地金の在庫がない事態となる。この時に初めて深刻な売り切れが露呈する。世界的な「金の取り付け騒ぎ」となる。

 近いうちに、金地金を買って現物で受け取る人は、預り証だけもらって帰る人よりも高い価格を払わねばならなくなる、つまり現物受け取りにプレミアムがつくようになるという予測が出ている。このプレミアムは、これまで存在(顕在化)していなかった、先物と現物の価格差である。 (Gregory Mannarino: Physical Gold & Silver Shortages Are Accelerating

 これまで現物だと思っていた金地金が、ある日突然、地金との関係を絶たれた紙切れ(証券や紙幣)に変身する事態も増えそうだ。いつでも金地金に交換できると銘打った証券(ETFなど)を発行してきた金融機関が、金地金が調達できないので交換サービスを停止すると言いかねない。証券発行の約款を良く読むと、発行者の都合でいつでも交換を停止できることが小さな文字で書かれているはずだ。オランダのABNアムロ銀行は金暴落の直前、証券と金地金(白金や銀なども)の交換を停止した。不満な人には現金で払い戻している。今のところ多くの金融機関は、金地金証券と金地金との交換を保証している。しかし、それも時間の問題かもしれない。 (ABN Amro Halts Physical Gold Delivery - Another Sign All Trading is Simply For Pieces of Paper) (Largest Dutch bank defaults on physical Gold deliveries to customers

 今回の金暴落の2週間前、ゴールドマンサックス(GS)は、暴落を予測するかのような大幅下落の予測を発表した。そのGSが4月23日、金の先物売りを推奨するのをやめるという発表を投資家向けに行った。これは、金相場の下落が止まる、もしくは上昇に転じるという予測だ。 (Goldman: It's time to close out those gold shorts) (Paulson Tells Clients Central Bank Purchases to Back Gold

 大手投資家のジョン・ポールソンも、金の再上昇を予測する一方で、今後はドルの過剰発行がもたらすインフレの方が心配になると言っている。事態は再び株や債券、ドルの危機に戻る。金地金とドル(金融界)の通貨戦争は、意外と早く金の反撃が始まるかもしれない。 (世界的バブル崩壊の懸念



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